第23話 訪れたのは姫様でした

「お姫様なの!?」


 ノルンちゃんが僕の膝から飛び降りて姫様の方へと駆け寄った。


「うふふ。今はもう違いますけどね」


 姫様はそんなふうに言いながらノルンちゃんの頭を撫でている。


 子どもの相手も慣れた様子だ。


「いや、え、どういうことですか? 姫様が姫様じゃないって。なんですか、姫様が姫様じゃないって! そもそもここにいる理由がわからないのですが……!」


「簡単な話ですよ。ライト様が魔法局を追われたように、わたくしも魔法局を追われたというだけです」


「姫様が魔法局を追われた!? そんな、そんなの前代未聞の出来事じゃないですか。誰の仕業です?」


「やらかしてしまいました」


「やらかしてしまいました!?」


「ライト様がいないと、わたくし何もできないようです」


「……」


 どんな謙遜だ。どんなタイプの謙遜だ。


 いつものように、これまで見てきたように、とてもお淑やかに笑う姫様、もとい元姫様はとても別人のようには見えない。


 それに、嘘をついている様子じゃない。魔力感知は下手でも嘘をついているかどうかは簡単に判断できる。それについては自明の理だし、わざわざ姫様が僕に挑戦してくる理由はない。


 ふと気づくと姫様は僕の隣に座り、ずずいと顔を近づけてきていた。


「あ、あの。姫様、近いです」


「もう姫様じゃないですよ。ただのプレラです。そもそも、別にこれくらいいいじゃないですか。今はもう同じ身分なんですから」


「同じ身分でも、僕と姫様、プレラ様は……」


 そこで言いよどむ。


 僕の正体。僕の本性。僕は確かに女の子の外見をしているけども、中身は男で間違いない。だがそれは、理解し難い現実だ。


 さっとノルンちゃんの方を見やると、不思議そうに首をかしげるだけ。当然、僕の実態など知るはずもないのだから。


 無邪気そうに笑うプレラ様を見ていられず、僕は視線をそらした。


 こんな時、どうすればいいかわからない。


「いいんですよライト様、そんなに緊張しなくても。ライト様は魔法局にいた時からわたくしに対して必要以上に敬意をもって接してくださっていたようですが、そんなものライト様の方にはその必要性はありませんのに。むしろ、わたくしが丁寧な態度を心がけねばいけない立場なのですから」


「そんなことないですよ。それに、僕にだってありますよプレラ様に対し敬意を払う理由」


「そうですか?」

「そうです。僕は平民で。プレラ様は王族。血筋だけじゃない。僕はプレラ様のおかげであのような生活ができていたんです。それなのに、今ではおそらく、連帯責任でこのような措置を受けたのでしょう。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「いいえ。わたくしがここにいるのはわたくしの責任です」


「プレラ様……」


 魔法局にいた時から、この人はずっと優しかった。


 今だって、僕に責任を感じさせないよう僕をかばってくれているのだろう。まるで出ていくことをよいことのように語っていたから、てっきり僕を切り捨てる方策くらいは立ててくれたのだと思っていたけど、どうやらそんなことできない人ということに変わりはなかったらしい。


「お姉ちゃん。お姉さんと知り合いなの?」


 様子をうかがうようにそこでノルンちゃんが会話に割って入ってきた。


「ええ。そうですよ。わたくしとライト様は運命で結ばれた関係なのです」


「運命?」


「何を言ってるんですか姫様! えっとね。ノルンちゃん、僕とプレラ様は上司と部下。偉い人と普通の人だったんだよ。姫様っていうのも、僕が働いていた時は本当で、王都の方の姫様なんだよ。って、あ」


 そもそも姫様姫様なんて連呼していたが、ここにはノルンちゃんもいるんだった。


 どういう理由でここを訪れたのか知らないけれど、あまり身分を大っぴらにしてはよくなかった。


「すみませんプレラ様。ご配慮が足りず」


「いいんですよ。隠すような身分はもうありませんもの。それに、ライト様のお知り合いに嘘をつくわけにもいかないでしょう。それくらい、父もわかっているはずです」


「そう言ってもらえるとありがたいです」


 プレラ様の父。その人こそまさにメルデリア王国国王陛下。


 僕は何度か顔を合わせた程度だけれど、怒ってるのかなあ。この状況に。そんな器の小さな人ではないし、姫様と違って冷酷な決断も下せる人だから、魔法局をやめさせたのも、もしかしたら王様の采配かもしれない。


「えっと、つまりお姉ちゃんはお姉さんの妹ってこと?」


「どうしてそうなるの?」


「ふふっ。いいですね妹」


「プレラ様まで!」


「ライト様もわたくしのことをお姉ちゃんと呼んでくれてもいいのよ?」


「やめてくださいプレラ様。あと、なんだかキャラぶれてません?」


「わたくしはいつもこのようだったと記憶していますが」


「全然違いましたよ。もっとこう、気品があって落ち着いていました」


「それはわたくしを神聖視しすぎですよ。たしかに、ライト様によく見てもらおうと、気を張っていましたけれど、それにしたって、今は普通のプレラなんです。もっと人として見ていただかないと」


「人としてって、流石に人として見ていると思いますけど……」


 これは、外に出ると見知った人の知らない面を見ることになるってことなのか?


「それで、こちらのかわいらしい女の子とのご関係は?」


 姫様に問われ、ノルンちゃんの顔を見る。


 ノルンちゃんは何を言われるのか嬉しそうに待機していた。


 改めて問われると難しい。ノルンちゃんとの関係か。なんだろう。村娘、知り合い、友だち。いや、そんなものじゃないな。


 それに、あるじゃないか、明確で明瞭な関係の名前が。


「弟子です。ノルン・セスティアは、僕の弟子です」


「弟子ですか!」


「弟子です!」


 大きく目を見開き驚くプレラ様にノルンちゃんは元気よく返事した。


「あのライト様が弟子。実力不足を認め、血反吐を吐きながら懇願する貴族の方、研究のため精神魔法を修めたいと大金を積んだ貴族の方などなど、さまざまな申し出を断ってきた、あの鋼鉄の意志ライト・ミンドラと呼ばれたお方が、とうとう弟子を取られたんですね。それも、このようなかわいらしいお弟子さんを」


「かわいらしいなんてそんなあ」


 照れたようにはにかむノルンちゃん。


「いや、なんですかそれ。僕そんなふうに呼ばれてたんですか?」


「知りませんでしたか?」


「知りませんよ! 鋼鉄の意志とか、知ってたら絶対根絶してました」


 本当に、衝撃の事実祭りだな。


 僕の様子を見て、プレラ様はふふっと楽しそうに笑いながら、再度ノルンちゃんの頭を撫でた。


 嬉しそうになノルンちゃんはそんなプレラ様のされるがままだった。


 本当にプレラ様は、僕とは違って人心の掴み方をご存知だ。


「それでプレラ様」


「なんでしょうか」


「追われたからといって、僕のところに来たことには何か理由があるのでしょう? ただ、魔法局を追われたことを報告に来たはずがありません」


「ライト様にはなんでもわかってしまうのですね。ええ。その通りです」


 僕の指摘にプレラ様は居住まいを正し、こほんと咳払いをしてから言った。


「わたくしがここに来たのは他でもありません。ライト様にわたくしにかかった呪いを治していただきたいのです」

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