第17話 うわさ調査
もし仮に、村で広まっていたうわさというのが、あのインバ・モスだったなら少しは納得できるだろうか。
「いや、むしろ無理があるな」
たとえ身動きがうまく取れなくとも、ある程度戦える人間がいればさして問題にはならないはずだ。
それに、ノルンちゃんはアレを知らないようだった。つまり、周知徹底されていないという点でうわさだとしても広まっていなかったと考えられる。
「なんなんだろうなあ」
改めて、名前も知らない森の中。
昨日の宴会は、ノルンちゃんとウロウロした後、村長の声かけがあって解散となった。
村の人たちは、まだまだ騒ぎたいという感じで騒がしかったし、暗いから泊まっていかないかとノルンちゃんのご両親からのお誘いもあったが、僕は丁重に断らせてもらった。
できれば朝食も一緒にしてあげたかったが、あまり力をなまらせては今後の生活に支障が出かねない。
というわけでうわさの調査。というよりも、インバ・モスがなぜこんなところにいたのか、その調査に乗り出したわけだ。
外にいるのでノックイベントはなし。
「やっぱり、他の個体は確認できない、か」
ノルンちゃんを助けたあの時は、安全確保で素材の回収どころではなかった。
それでも、何か残っていないかと考え、こうして昨日の現場までやってきたけど、そこには何もなかった。無痕跡だ。
「となると、たまたまどこかから流れ着いたのか、それとも近くを通りかかった行商が逃したのか」
可能性はいくらでも考えられる。
考えられるが、どれもこれも確実とは言いがたい。
たまたまという可能性は否定できないものの、どうだろう。本当にそんなことがあるだろうか。
元からこの辺りに大量に生息していたなら無視してもいい出来事だが、いたのは一匹だけだ。
それにうわさの件もある。
「やっぱり気になるよなあ」
一日経ってしまったとはいえ、何かしらの痕跡が残っていてもいいはずだが、それすらないってところが怪しい。
あの後誰かが痕跡を消したって線もある。
「精神系魔法を使うような魔物は、基本的に有害認定されているから、扱いもかなり厳重にする必要がある。逃がしたから証拠隠滅したかったってことか?」
ただ、インバ・モスがそこまで価値のある魔物とは思えない。
ただの厄介な魔物という印象だ。他の凶暴な魔物と違い、精神系魔法は使われても外から見えないというところが厄介なのだ。
村で養殖していたから、勝手に運命づけて気にしすぎているだけ、だといいのだが……。
「調査に出てきたけど、他にそれらしいものもないし……」
焦って意味もなく動きすぎたかもしれない。はなはだ情報不足だ。
せめて、村の人からうわさの正体がどんなものだったのか、少しくらい聞いてから動くべきだったか。
いや、インバ・モスが二羽三羽と見つかったとしたら、話が変わってくるし、ここは無駄な骨折りをした甲斐ありってことにしておこう。
「最後に魔力感知だけしておくか」
目視での確認だけでなく、自信はないが魔力感知。
ノルンちゃんの服は、これのせいで必要以上にダメージを負ったはずだが、そこのところは許してもらおう。
「さて、と」
今は急ぎでないので、ゆっくりと呼吸を整えて精神を集中させる。
空気に意識を拡散させながら、徐々にその範囲を広げていく。
まるで自分が森の一部になったかのような感覚を味わいつつ……。
感知する範囲を広げてみても、特段、インバ・モスのものと思われる魔力は見つけられない。
魔物はちらほらいるものの、これ自体は普通のことだ。
「ん?」
と意識を集中させていると、魔力感知を働かせたからだろうか、おかしな反応が気になった。いや、違うな。魔力感知を発動する前から、僕の方へと近づいてくる小さな魔力反応があったのだ。
慌てて僕は意識を戻し、自分で自分ので頬を張って、意識を現実へと引き戻す。
ガサガサ、ゴソゴソと草むらをかき分ける音が聞こえてくる。
どうやら迫る相手は、僕の単なる魔力解放では威勢を削がれることはないらしい。それに、接近を隠すつもりもないということか。
「出力を上げるか? いや、万一村の人って可能性もある」
などと考えていると、接近方向一番近くの草むらが、ガサガサガサッ! と大きく揺れた。
そこから人影が姿を現す。
「わあ! って、あれれ?」
「……」
まるで驚かすようにそこから勢いよく現れた少女は、僕の反応が思わしくなかったためか、困ったように苦笑いを浮かべた。
「何してるのかな?」
「えっと、お姉ちゃんってやっぱりすごい魔法使い?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
現れた少女、ノルンちゃんへと悪影響を与えないため。僕は魔力を制限する。それと同時に首をかしげた。
「おどかすつもりだったの? でも、あれだけ音をして近づいてたら誰だって気づくと思うよ」
「ああ。音か。なんだかワクワクしてきちゃってこそこそするの忘れちゃった」
えへ。と無邪気に笑うノルンちゃん。彼女はもしかすると、僕とともに過ごす間に、僕が放つ魔力からの悪影響を少しばかり克服してしまったのかもしれない。
それはあまりよろしくないな。
まあ、どうすることもできないのだけど。
「それで? どうしてここにやってきたの?」
「ついてきちゃった。お姉ちゃん、今日はお外で何かするみたいだったから」
「なるほどね。なるほどなるほど」
ぴょこぴょこと跳ねながら、ノルンちゃんはいつものことように、僕の隣までやってくると、その手で僕の指に絡ませてくる。
「ママもお姉ちゃんと一緒なら大丈夫だねって言ってくれたよ?」
「そうかもしれないけども」
親子揃って、僕への信頼が厚いな。全く。
運よく自分の得意分野だったというだけなのに。まあ、知らない相手からしたら、命の恩人みたいなものなんだろうけど……。
「いいよ。来ちゃったんだし、仕方ない」
「じゃあ、弟子に」
「そこじゃない。今日はってこと」
「ブー」
「僕は弟子を取れるほどの人材じゃないんだから。それより、危なくならないようにノルンちゃんの方でも気をつけること」
「はーい」
「それと、僕から絶対離れないこと。いいね」
「うん! 離れない!」
そう言って、昨日の晩のことでも思い返したのか、僕の体に密着してくるノルンちゃん。
「そこまで近くなくていいからね。ね? 大丈夫だから」
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