TS薬を同僚にぶっかけられた精神魔法研究者は追放を機に全力を出してみたい〜研究者時代は力を抑えていましたが、晴れて自由の身になったので力を解放していこうと思います〜

川野マグロ(マグローK)

第1話 TS薬をぶっかけ

「腹立つんだよ! ライト。お前のそのスカした態度がな!」


 ピシャリ、と突然、僕、ライト・ミンドラに向かってフラスコに入った液体がかけられた。


 色は蛍光色のピンクに濁っており、体についたその液体はなんだかベタベタしてねばつくだけでなく、異様に甘い香りがしており、頭がくらくらしてくる。


 どうやら、かけられたものはただの水ではなさそうだ。


 かけてきた本人であり、僕の同僚でもあるドロドバ・フェットくんは、そんな馬鹿みたいな行動をしておきながら、してやったりと言いたげな表情でご満悦だった。


「これは、魔道具か何かの類、かな? ポーションなんだろうけど……」


 体を確かめつつ言う僕に対し、ドロドバくんは、パンッと手を叩くと僕のことを指さしてきた。


「ご名答! さすが天才様、頭の出来が違っていらっしゃる! ただ、これでお前の研究者生命はオシマイだよ」


「何を言って」


 いるんだ。と言おうとして、ドクン、と急に心臓が大きく跳ね上がった。


 途端、視界が一気にくらみ、僕は気づくとその場に膝をついていた。


 目の前の赤っぽい茶髪をしたドロドバくんにまるでひざまずいているようなそんな姿勢。


 突然のことで事態が飲み込めない中でも、彼が僕のことをニヤニヤとした気持ちの悪い笑みで見下してきているのだけは見えた。


「ハッハハハハ! いいザマだなぁ、ライト! 俺はずっと、お前のそーいうツラが見たかったんだよ!」


 悪事を隠そうともせず、ドロドバくんは顔に手を当てながら、建物中に響きそうなほどの高笑いをあげた。


「どうだ? 今まで見下してた相手から下剋上を喰らう気分は、なあ、教えてくれよ。天才様よぉ!」


「僕はそんなつもりはない」


「だろうなぁ。なんてったって、お前はずっと周りを見ていた。自分のことだけじゃなく、周囲のモブである俺たちの世話も焼いていた。年下で田舎の出のくせにでしゃばりやがって。そーいうの全部が気に食わないって言ってんだ。なあ。どんな気持ちだ? ええ?」


 何も間違ったことをした記憶はないのだが、どうやらそれら全てがドロドバくんの気に障っていたらしい。


 やたら僕の気分が気になるらしいので、僕は自分の感覚に集中した。


「体がだるい。あとは、少し熱っぽい、かな。声も変だし。もしかして風邪をひかせるポーションとか?」


「ハハッ! 俺の研究的にはそう思う部分もあるかもなぁ? だが、知見が浅いんだよど田舎育ちのバカめ。バーカ! こいつはな、性転換を引き起こす薬さ」


 そう言って、ドロドバくんは僕に空のフラスコを見せつけるようにしながらケタケタと笑った。


「なっ……TS薬なんて、肉体変化の中でもかなりの代物じゃないか。そのうえ、これまで一度しか純粋なものを作れなかったって聞いたよ? そんなものを作れるようになってたの?」


「そんな上から目線の親目線をしていられるのも今のうちだ。すぐにわかるぜ? この薬の効果がよ」


 純粋に嬉しくなってしまった自分に、僕は、はあ、とため息をつく。


 僕は、人の喜び、人のためになることが嬉しくて、それで今のように魔法の研究者になった。だから、ついつい人の成長話を聞くと自分のことのように喜んでしまう。


 ドロドバくんが言っているように、僕はドロドバくんたち同僚が活躍できるようにしていたからな。仕方ない。


 でも、本当かな。


 僕は荒くなってきた息を整えつつ、歪む視界でドロドバくんに目をやった。


「どうやって用意したのさ」


「そんなん決まってるだろ? ちょろまかしてきたんだよ。研究用に保管されてるやつをな」


「そんなことして」


「いいわけないだろうなぁ」


 僕の言葉を遮るように彼は言うと、ようやくその手に持っていたフラスコを机の上に置いた。


 わかってるようなことを、と笑みを深めつつドロドバくんは続ける。


「だが、そんなことはどうでもいいんだ。俺は、お前みたいな田舎者が局長である姫様に評価されて、俺のような評価されるべきエリートが割を食うのはおかしいと考えたんだよ。だから仲間を集めた。なあ、お前ら」


 元より僕の専門は精神系魔法。どちらかと言えば今回のような肉体に影響を及ぼしてくる相手の相手をするのは苦手な部類。そのせいも相まって、僕は周囲にいた三人の影に今の今まで気づくことがなかった。


 それは、ドロドバくんと同じく、僕の同僚である三人だった。


 ドロドバくんと同じく、肉体強化や肉体変化の研究をしている、アルクメラ・ユークリフさん。


 身体的魅力の向上による惚れ薬の研究をしているブリージュ・バナーアルさん。


 そして、純粋に恵まれた肉体をしており、彼らの被検体を一手に引き受けている偉丈夫、ザムザット・ルークさん。


 彼女、彼らも、ドロドバくんがしていたのと同じように、僕の目の前に現れると、僕を見下すようにクスクスと笑っていた。


「みん、な……」


「なに? 助けでも期待してるの? 残念だけど、そんなことするわけないでしょ? 似合ってるわよその姿勢」


「ほんと。ライトくんってさ、ずーっとウザかったんだよねぇ。そうして地面を這いつくばってる姿、無様でピッタリ!」


「ああ。これまでの仕打ちをチャラにするほどのいい気味だ」


 言ってる内容こそ少しずつ違うが、彼らもまた、ドロドバくんに同調し、僕がこうしてポーションをかけられる様を待っていたということなのだろう。


「どう、して……」


 僕は、つつがなく彼らと時をともにするため、協力し、時に意見をぶつけ合って、研究を進めてきたというのに……。


 僕だって、実力を制限しながらも、人の役に立つ、精神汚染を食らった姫様のような人たちを救えるよう努力してきたというのに……。


「どうして、だって?」


 僕の疑問に答えたのは、今回の主犯、ドロドバくんだった。


「そんなこと決まっているだろ? お前だってわかってるはずだ。俺はお前と一度だってつるんだつもりはない」


「そうよ。一瞬でも仲間とか思われてたんだったら心外だわ」


「自意識過剰すぎてかわいそー」


「というわけだな。初めから貴様はここに居場所などないのだ」


「そん、な……」


 僕はここに来て、知り合いもなく、天涯孤独の身の上である僕に対して、彼らが優しくしてくれていたと感じていた、うまくいっていたように感じていた。


 だが、僕がそう信じていたのは、全て僕の感じていた幻想だったってのか。


「ああああああ!」


 熱い。



 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


 話をしていたら、肉体の変化がピークに達していたらしく、すさまじい肉体の熱さに意識がもうろうとしてきた。


「はっ。いい気味だな。そうだ。お前今から女になるんだ。だったら、俺の奴隷になるってんなら、飼ってやってもいいが?」


「いや、だ」


 途切れそうになる意識の中で、僕が必死で首を横に振ると、ドロドバくんは心底つまらなさそうな表情になった。


「あっそ。まあいいさ。そのお可愛い体じゃ、ここで研究は続けられまい。何せ、魔力量が低下していくんだからな」


「……低下?」


 瞬間、空になったフラスコが僕にめがけて飛んできた。


「うっ……」


 軋む体では回避できず、もろに額にくらってしまう。


 倒れそうになるのに抗って、僕はなんとか踏みとどまる。


「悪い悪い。手が滑った」


「……」


 何か言おうとしたのだが、もうすでに声を出せる状態ではなかった。


「まあ、せいぜい帰るまでの間、悪あがきでもするんだな。ワハハハハハ!」

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