第7話 眠れない千春

 私は5人組のアイドル『クリスタル☆エレメンツ』のリーダーをしているんだけど、リーダーの責任って重大だよ。パフォーマンスもそうだけど、メンバー同士を仲を取り持つとかもしなくちゃいけないからね。

 トリとはその後も困る度に力を貸してもらっている。そうして、今回も問題が発生したので、さっそく力を借りるために森へと向かったのだった。


「助けてトリえもーん!」

「その言い方は止めるホ。で、どうしたホ?」

「ハチマキ、洗濯したら色が抜けちゃった」


 そのハチマキは以前トリにもらった頭がスッキリするアイテム。テスト勉強の進みが悪いって泣きついた時に渡され、中間テストの時はこれで乗り切ったのだ。

 その後も大事に使おうと見える所に常に置いていたら、母親に洗濯されてしまいすっかり色が抜けて落ちてしまう。


 真っ白になったハチマキはその効力を失っていて、装着してもただのハチマキにしか使えない。これでは困るのだ。

 話を聞いたフクロウは、呆れたようにため息を吐き出した。


「また使おうとしていたのかホ」

「だって期末テスト近いし……。だからお願い! 新しいのを出して」


 私は両手を合わせて目の前の困り顔のトリに懇願する。熱心に手をすり合わせていると、根負けしたのかフクロウはゴソゴソと体の中をまさぐりり始めた。


「仕方ないなぁ。同じのじゃないホけど……」


 そう言いながら取り出したのは紫のハチマキ。以前のが紺色だったから、確かに色違いだ。その言い方から違うのが色だけじゃない事を察した私は、トリからハチマキを受け取りながら質問する。


「これ、前のとどう違うの?」

「簡単に言うと、眠れなくなるんだホ」


 つまり、このハチマキを使う事で眠れなくなるらしい。以前のハチマキにも似た効果はあったものの、紺色ハチマキの場合は眠れなくなるのは二次的なもので、適切に使えば普通に日常生活を送る事が出来る。紫ハチマキの場合はそうではなく、装着した瞬間から眠れなくなるのだとか。

 私はその効果を知って逆に嬉しくなり、笑顔で声を弾ませる。


「眠気が襲ってこないって事はさ、夜の時間に勉強し放題じゃん! 有難う!」


 こうして代わりのアイテムを手に入れた私は、上機嫌ですぐに家に戻った。

 その様子を黙って目で追っていたフクロウは、私がいなくなったところでポツリとつぶやく。


「はぁ……心配ホ」


 家に帰って自室に入った私は、そのままゲットしたハチマキをしっかりと頭に巻いた。期末テストまで残り2週間を切っている。時間はもうあまりないのだ。


「夜中がなんぼのもんじゃーい!」


 気合を入れた私は猛勉強を開始する。紺ハチマキみたいな頭スッキリ機能こそなかったものの、勉強中に睡魔が襲って来ないと言うのはとても有難かった。

 テスト前の期間、テスト中の時間、私はハチマキの力を借りてただの一睡もせずに勉強に打ち込んだ。これも全てはアイドル活動のため! 赤点を取ったらアイドル禁止って言う親からの言いつけは絶対だから。

 私の気合が先生方の出題レベルを上回り、何とかテストは全問埋める事に成功する。


「ふう、やった……。私、やりきったよ……」


 こうして、私は無事長い戦いを切り抜ける事に成功して安堵した。後は答案用紙に丸がたくさんついて戻ってくる事を祈るばかり。回答中にどこにも引っかかるものはなかったし、きっと大丈夫なはず。

 もしかしたら、かなりの好成績だって期待出来るよっ!


 負けられない戦いも無事終わり、私は勢い良くベッドに倒れ込んだ。紺ハチマキの場合は気力が尽きた途端に反動が来た。今回もそうだと思ったんだ。

 最初からベッドに寝ていれば、徹夜した分の睡魔がいつ襲ってきても大丈夫だもんね。


 そうしてぎゅっとまぶたを閉じて横になっていた私は、ある違和感に襲われていた。


「あれ? いつまで経っても眠れない……?」


 そう、反動が来なかったのだ。結局その日は一睡も出来ずに一夜が空ける。ハチマキはもうしていないのに。電気も消して真っ暗にしていたのに――。

 違和感を覚えながらも、その内反動がやってくるだろうとこの時の私はまだ事態を楽観視していた。


 けれど、眠れない日々はその後もしっかり続いてしまう。肝心のテストの方は全教科平均点以上を叩き出せて安心したけれど、この頃には眠れないと言う別の悩みが私の頭の中を席巻していた。

 電気を消しても、アイマスクをしても、ヒーリングミュージックを聴いても何の効果も得られず、私はこの問題を自力で解決する事をあきらめる。


「助けてトリえもーん!」

「だからその言い方はやめるホッ!」


 トリは私を一喝する。その言葉をしれっと右から左に流しながら、私は今自分が置かれている惨状を海外の人のように身振り手振りを加えて大袈裟に説明した。

 話を聞き終わったフクロウは、呆れた顔で肩をすくめる。


「だから言ったんだホ。普通に使いすぎホ」


 トリいわく、紫ハチマキは使いすぎると体がその感覚を覚えてしまうものなのだとか。使う場合は2日使って1日休むペースがベストで、5日以上使い続けるともうアウト。私みたいにずーっと使いっぱにしていたら、その影響力がどれほどなのか見当もつかないのだとか……。

 私はそんな話は聞いてないって抗議したけど、言う前に帰っていったのはそっちだホと逆ギレされてしまう。激おこなフクロウを前に、私も少し反省して深呼吸。


「で、何とかならない?」

「すぐに眠れるようにする方法はないホ。自然に任せるホ」

「マジすか……」


 こうして私の不眠の日々は為す術もなく、しばらく続く事になってしまったのだった。


 夜は当然眠れないとして、学校の休み時間に机に突っ伏しても眠れない。アイドルのレッスンで激しく体を動かして疲労が溜まっても眠れない。

 眠れないのがこんなに辛かっただなんて、眠れなくなるまで気付かなかった。不眠症の人が睡眠薬を飲んででも眠りたくなる気持ちがやっと分かったよ。

 流石に睡眠薬はまだ試してないけど、私の場合、きっと効果はないんだろうな。


 眠れなくても元気ハツラツ! なら良かったんだけど、疲れは蓄積していくし、なのに眠れないしで、学校でもアイドル現場でも心配されまくり。

 特にアイドル現場では無理してでも元気に振る舞わなければならないので、そこもすっごく辛かった。


「早く眠れるようになりたーい!」


 私の苦悩を余所に、それから更に一週間……眠れないまま時間は過ぎていった。眠りたい、眠れない、体は限界をとっくに迎えている、トリは役に立たない。私、このまま体がおかしくなって死んじゃうのかな。

 そんな事を思いながら朝礼で並んでいると、私はスッと意識を失った。その後の記憶がまったくない。


「あれ?」


 気がつくと、私は保健室で寝かされていた。どうやらあの後、私は眠ってしまっていたらしい。窓からは茜色の光が射している。意識が混濁していて、起きてすぐには何がどうなってしまったのか事態の把握すら出来なかった。

 ただ、すごく久しぶりに眠る事が出来たため、頭はスッキリとしている。


「あ、起きた? 気分はどう?」


 私の起床に気付いた保健の先生が顔を出した。その表情は心配と安心が同居したような、一言では表現し辛い感じのもの。私はすぐに先生を安心させようと、とびっきりの笑顔を見せる。


「しっかり眠れたんで、気分は最高です!」


 そう言いながら、私は先生に向かってサムズアップ。元気そうな様子を確認して、保健の先生もようやくいつも見せる優しい笑顔をみせてくれた。

 ずーっと眠れなかった状態からの睡眠のおかげで、今は本当に気持ちがいい。眠れるっていいな、眠れるって有り難いな。

 こうして、期末テスト不眠事件は無事に幕を下ろしたのだった。


 この後、眠れない頃の反動が普通に返ってきて、常にまぶたが重くなる症状が1ヶ月は続くのだけれども、それはまた別のお話。

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