第6話 知名度アップ大作戦

 ある日のレッスン後の控室。みんなが着替えて次々に帰る中、メンバーの夏川夏樹がスマホをにらみながらせわしなく指を動かしていた。


「夏樹? 何やってんの? ゲーム?」

「ん? 執筆」

「執筆?」


 その予想外の答えに、私は思わずオウム返しをしてしまう。


「執筆って何? もしかして小説でも書いてる?」

「うん」

「え? そんな趣味あったんだ?」

「趣味って言うか……。それもあるけど、これも営業だよ」


 夏樹から返ってきたその言葉の意味がすぐには理解出来ず、私は首をかしげる。


「どゆ事?」

「えっと、どこから話せばいいかな……」


 彼女はスマホから目を離して私の前に向き合うと、こほんと小さく咳払いをする。それからマジ顔で私の顔を見つめてきた。


「私は小説投稿サイトに投稿しているんだ」

「ふんふん」

「でね、評価を沢山貰うと読者も増えて知名度が上がるの」

「へぇ~」


 私は自分の知らない世界の話を、何となく相槌を打ちながら聞いていた。アイドル関係の話なら興味もあるけど、それ以外の事はあんまり知らないから。

 私が真剣に聞いていないのが丸分かりだったのもあって、夏樹は頬を膨らませて更に話を続けた。


「今の時代、アイドルがアイドル活動だけしてるようじゃ足りないんだって! 他のメンバーも頑張ってるんだよ」

「えっ。嘘?」

「例えば、みのりは動画配信してるし、深雪は踊ってみたをやってるし、ゆかりはSNSでフォロワーを集めてる」

「全然知らなかった……」


 前に自分ルールの話題が出た時もそうだったけど、みんなレッスンやライブが終わってから、プライベートな時間に色々やってるみたい。それで知名度を上げて、新規ファンの獲得に繋げているんだ。

 て事は、私も何かやった方がいいのかな?


「小説のいいところはね、人気が出たら書籍化の道があるって事なんだ」

「それは難しいでしょ……。でも夏樹なら分かんないか」

「あ、その目、疑ってるでしょ。書籍化とか無理だって」

「あ、いや……」

「確実に書籍化される道があるんだよ。それはコンテスト! コンテストで入賞すれば書籍化決定! そうなったら絶対注目される!」


 彼女の目は燃えていた。それは本気でコンテストで天辺てっぺんを取ると言う熱意の炎。私はその圧に押されてゴクリと唾を飲み込む。


「が、頑張ってね」

「ねぇ、千春も一緒にやろうよ」


 夏樹さん、熱意で暴走したのかいきなりとんでもない事を仰った。当然ながら、私は目が点になる。


「え?」

「千春は何でもこなすし、テストの成績もいいし、小説書けそうじゃん。て言うか、書けるって!」

「い、いやいや! 小説なんて書いた事ないし!」


 執拗に迫ってくる彼女に対し、私はブンブンと首を激しく左右に振る。未経験なのにいきなりコンテストとかハードル高すぎでしょ。

 それでもそこは知的系で売っている夏樹、言葉巧みに私を褒め、いい気分にさせてくれる。

 気が付くと、執筆未経験の私をすっかりその気にさせてしまっていた。


「私に出来るかな?」

「大丈夫だって! 女は度胸、何でもやってみなくっちゃ」

「じゃあ、やろっかな」

「うん、一緒に頑張ろー!」


 何だか上手い事言いくるめられた気がしないでもないけど、こうして私は小説投稿サイトが主催しているコンテストに参加する事になった。

 それからはまずサイトのアカウントを作って、投稿されている作品を読み始める。やっぱりまずはレベルを知らないとね。


 最初に分かったのは、このサイト、投稿者のレベルがとても高いと言う事。こんな面白い小説がただで読めて、しかも全員素人ってどう言う事? 

 この時点で私はすっかり戦意を喪失していたものの、夏樹の前で頑張ると言った手前、簡単に前言は撤回出来ない。

 なので、参加する事に意義があるオリンピック作戦で行く事にした。


 コンテストは準備期間を合わせると3ヶ月の時間が用意されている。その90日の間に10万文字以上の小説を書くと言うのが条件だ。私は最初の一ヶ月を準備期間にして、とにかく執筆に慣れようと短編を書きまくった。

 いくらか書いていると多少は人気になって、私も執筆の喜びが分かるようになってくる。


 そうしてあっと言う間に一ヶ月は過ぎ、勝負の二ヶ月目がやってきた。10万文字を初心者が書くには2ヶ月の時間は必要なはずと言う計画だったので、そろそろ長編を書き始めないといけない。

 けれど、短編だって満足に書けない私がいきなり10万文字も書ける訳がなく、ネタ出しの段階でいきなり挫折する。私はスマホに映るサイトの執筆画面を見ながら固まっていた。


「うう、ネタが思い浮かばない……」

「頑張ってる? 私は終わったよ」

「え? 嘘でしょ?」


 夏樹の言葉に私は驚愕する。彼女は長編を一気に投稿する派。10万文字の長編を書き上げて、最初の1ヶ月で全話投稿が完了したらしい。

 そんな彼女に向かってまだネタ出しの段階だと正直に伝えると、優しいお母さん目線で頭をナデナデされた。


「大丈夫。最初はそんなもんだよ。まだ時間はあるから頑張って」

「あ、ありがと……」


 書けない日々はその後も続き、用意された残り時間はどんどん短くなっていく。どうしよう? 一体どうしたいいの? 書けない葛藤の日々は残り1ヶ月を過ぎても続いてしまう。

 コンテスト期間残り1ヶ月を一週間ほど過ぎた頃、私は焦りに焦っていた。頭は小説の事で一杯で、学校の授業もアイドルのレッスンにも身が入らない。


 事情を知っているのは夏樹だけなので、友達にもメンバーに心配されてしまう。自作を読まれるのが恥ずかしかったため、執筆の事は誰にも話していない。だから周りには謎の不調と言う事で通していた。

 きっと10万文字と言う自分にとって前代未聞なボリュームが、大きなプレッシャーになっているんだ。プロットを書いては消し、書いては消し――。私は頭を抱える。


「もうダメ……。残り3週間で10万文字とか無理……」


 部屋にかかってるカレンダーが非情な現実を伝えている。このままギブアップしようか、夏樹には悪いけど……。

 と、ここまで追い詰められて、やっと私の頭の中の豆電球が光る。


「そうだ!」


 思い立ったが吉日と、次の日私は鎮守の森に向かう。そう、困り事をいつも何とかしてくれる素敵な存在の事をすっかり忘れていたのだ。


「おーい!」

「久しぶりだホ。今度は何をやらかしたんだホ?」

「やらかしたとは失礼な……」


 無駄話すら惜しいと、私はすぐに本題に入る。小説を書く羽目になった事と、締切がヤバイと言う事。これらの事情をオタクが得意ジャンルを語るレベルの早口でまくしたてた。

 うんうんとうなずきながら聞いていたフクロウは、最後まで話を聞き終わった後に大きくため息を吐き出す。


「……しょーがないホゥ。何とかしてやるホ」

「本当? やった!」

「でも飽くまでも書くのは千春だホ。そこは忘れるなホ」


 そう言いながら、トリはまた自分の体の中にある謎ポケットから銀色に輝く金属製の腕輪を取り出す。何のデザインもされていないシンプルすぎるその腕輪は、昔流行った健康グッズによく似ていた。


「前に渡したハチマキと一緒に使うホ。腕輪は利き腕に付けるんだホ」

「分かった!」


 こうして便利グッズを手に入れた私はすぐに家に戻り、言われた通りにする。ハチマキをして腕輪をセットすると、急に自分の内側からやる気がもりもりと湧いてくるのが分かった。


「おー、何かやる気が出てきたーっ!」


 それからは執筆が急に捗りに捗る。ハチマキと腕輪をセットしなくてはいけないので執筆は自室にいる時に限られ、なので1日にそんなに時間は取れなかった。

 その分、書ける時間はその時間を目一杯執筆に割り当てる。


 ガンガン作業は進むものの、その分残り日数も激しく減っていった。アイテム効果のおかげで一週間で3万文字のペースで執筆は進む。

 とは言え、もう少し無理しないと期間内に必須条件のクリアは難しい状態だ。なのでラスト一週間は睡眠時間を削って執筆に励む強行軍を実施する。


 その作戦が功を奏し、9万8千文字近くの投稿は完了する。ラスト一話、約2千文字で完結すればこの辛く厳しいミッションは完遂だ。

 コンテスト締切当日、ついに私は最終話に取り掛かる。エピローグだけに筆の進みは早い。楽しく書けているのはいいけれど、常に時間を確認しないといけない。書き終わるまで余韻に浸っている余裕はない。


 もう少しで書き終わろうとしたその時、時間表示は最終締切時間まで後3分になっていた。最後の3分間。ラスト180秒。

 残り数行と言うところで私の意識は飛び、無我夢中で文字を打ち込んでいた。


「か、書けたど~!」


 エピローグを書き終わり、送信ボタンを押す。作品情報を完結済みに移動させる。文字数は10万文字を無事超えた。ここで改めて公開時間を確認すると、締切1分前――ギリで間に合っていた。

 安心した途端に私はひっくり返り、そのまま意識を失う。次に気がついた時、私はベッドに寝かされていた。丸2日間眠っていたらしい。

 命懸けで執筆を終えた私に残ったのは満足感だけ。書き上げられただけでもう十分だよ。


 コンテスト終了から3ヶ月が過ぎ、運営から1次の結果が発表される。下手っぴの私の作品が何と通過していたのだ。これにはびっくり。当然ながら夏樹の作品も無事通過。

 1次通過の奇跡から2次も淡く期待したものの、流石にそこまでの奇跡は起きなかった。夏樹は2次も通過したものの、最終選考で撃沈。やっぱり書籍化は簡単じゃないね。

 2人の結果が確定したところで、夏樹は私に笑顔を向ける。


「創作、楽しかったね」

「うう、もうコンテストはこりごり……」


 今回はアイテムの力を借りてのドーピング。そのせいでコンテストにトラウマが出来てしまった。もうしばらくは長編はいいや。

 でも執筆の楽しさは分かったので、短編書きとしてこれからも小説を楽しもうかな。これで有名になったらきっとファンも増えるよね。

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