私がアイドルになるまでの少し不思議な物語

にゃべ♪

第1話 アイドル志望の少女と森のフクロウ

 春、3月。私は高校1年生最後の1ヶ月を過ごしていた。2年生になる前にやり残した事はないか……いや、ある!

 今、私はその野望を胸に玄関で靴を履いている。


「千春、どっか行くの?」

「うん、ちょっと森に」

「あんたまさかあの森の噂、信じてるんじゃないでしょうね?」

「た、ただの散歩だよっ! じゃあ行ってくる!」


 母親にはあまり知られたくないので、私は急いで家を出た。私の野望、それはアイドルになる事! 今までにもオーディションとか受けまくってみんな惨敗。

 でも、あきらめる訳には行かないんだ。アイドルは今しか出来ない。アイドルになってライブで輝いてみせる! そのためにやれる事は全部やってやるんだ。


 家を出た私は、まっすぐ地元の鳳凰神社へと向かう。その裏の鎮守の森には、願いを叶えてくれるフクロウの伝説があるんだ。もうこうなったらそう言うもの頼みだよっ!


 最寄りのバス停で降りて徒歩3分、鳳凰神社は地域で一番大きい神社だから迷わずすぐに辿り着く。一応来たんだし、お参りはしておこう。45円を賽銭箱に入れて2礼2拍手1拝。どうか私の願いが叶いますように。これで良し!


 神様に挨拶を済ませた私は、その足で神社裏の森へと向かう。有数のパワースポットでもあるこの森は、ただ歩くだけでも心地良くてついつい深呼吸してしまう。

 子供の頃は1人で迷い込んで散々両親に迷惑をかけたけど、流石にもう迷子になんてならないよ。もう16歳なんだから。


 森はどこまでも似た景色が続いていて、子供視点だと迷子になるのも分かるなと納得する。実際、この森に入ったのも10年ぶりくらいだ。そう、迷子になって両親を困らせて以来。

 この森のどこかに願いを叶えるフクロウがいる。私はゴクリとつばを飲み込んだ。でも、そのフクロウを実際に見たって話は聞かないんだよね。所謂都市伝説ってやつ。


 ただ、この噂を信じて森に入る人は多い。つまり、それだけ欲深い私みたいなのが多いって事。だから、いつもこの森はフクロウ目当ての人で賑わっている。

 ――はずなんだけど、今日は何故だか森の中を歩いている間、誰にも会わなかった。こう言う事ってあるんだなぁ……。


 かなり歩き回って結局何も見当たらず、やっぱり噂は噂だと私は帰る事にした。こんな事ならダンスか歌の練習をしていた方が良かったよ。

 帰ろうとして分かったんだけど、来た道を戻っているはずなのに景色が変わらない。まさか16歳にもなってまた同じ森で迷ってしまうなんて。


「嘘でしょ?」


 迷った私はつい独り言をつぶやいてしまった。今日森に誰もいなくて良かったよ。独り言って誰かに聞かれたら恥ずかしいもんね。

 と、そこでは私は妙な光景を目撃する。フクロウが蛇ににらまれて固まっていたのだ。その大きさは30センチくらい。まるまると太っていてとても可愛らしかった。対する蛇は全長は50センチくらいで、そんなに大きいと言うほどでもない。


 普段は蛇が苦手な私だけど、この時はどうにかフクロウを助けようと自然に足が動いていた。

 どうやって蛇を追い出そうかと考えていると、私の気配に気付いた蛇はすぐにどこかに行ってしまう。何だ、ちょっと怖がって損しちゃった。


 で、目の前の怖がりフクロウがその噂のフクロウなのか、私は興味深く観察する。すると、このフクロウがとんでもない行動に出たのだ。


「た、助かったホ!」

「ホ?」

「お礼に俺様が何か望みを叶えてやるホ! 早く言うホ!」

「しゃ、喋ってるゥゥゥ!」


 そう、そのフクロウはただのフクロウじゃなかった。世にも珍しい喋るフクロウだったのだ。って言うか本当にフクロウなのかな? 

 疑問に思った私はこの謎のフクロウに顔を近付ける。見れば見るほど不思議なフクロウだ。顔は間抜けだし、丸々としているせいでぬいぐるみのようにも見える。

 ひとつはっきりしてるのは、このフクロウがとても可愛いと言う事。まるでどこかのマスコットキャラみたいだ。


「そんなに顔を近付けるなホ! 恥ずかしいホ!」

「君、名前とかあるの?」

「お、俺様の名前はトリだホ! それ以上でもそれ以下でもないホ!」

「ふーん」


 こんな可愛らしい生き物、初めて見た。もしかしたら、このフクロウこそが願いを叶える噂のフクロウなのかも知れない。


「ねぇ、願いを叶えてくれるって……」

「そうだホ! 望みを言うホ!」

「じゃあ、私をアイドルにして!」

「ア、アイドルホ?」


 私の望みを聞いたトリはそう言うと、フクロウらしく顔を有り得ない角度で傾ける。私もつられて顔を傾けてしまった。


「わ、分かったホ! 後日楽しみにするホ!」

「本当? 約束だからね!」

「お前、名前なんて言うホ?」

「私? 私は千春」


 それから詳しい住所を教えると、トリはどこかに飛んでいった。全てが終わった後は何故だか呆気なく森を出る事が出来て、私は無事に帰宅したのだった。


 次の日の朝、目が覚めて窓を開けると、目の前に突然昨日のトリが現れた。不意を突かれた私は思わず大声を上げる。


「わあっ!」

「千春! 望みを叶えにやってきたホ!」

「え?」

「さあ、レッスンだホ!」

「ええ……?」


 私は勘違いをしていた。フクロウに願えば無条件で願いは叶うものだと。真相は、願えばフクロウが願いを叶えられるように導いてくれると言うものだったのだ。

 この時から、トリは私の専属のトレーナーになった。アイドルに必要な要素、歌唱力、ダンス、笑顔、トーク、ありとあらゆるものを徹底的に叩き込まれる。この準備のために一日空けたのかも知れない。


 何故フクロウがアイドルのレッスンに詳しいかとか、そんな事はどうでもいい。その指導は本物だったのだから。

 トリに指導される内に、私はこの不思議鳥類を師匠と呼ぶまでになっていた。


「よし! いいだろうホ! これで千春はどこに出しても恥ずかしくないアイドルになったホ!」

「師匠、あざっす!」

「苦しゅうないっホ!」


 アイドルとしての基礎能力を身に着けた私は、自信を持って人気の大人数アイドルのオーディションに書類を送る。応募者何千人の壁を乗り越え、真のアイドルになるために!


 数日後、書類選考とネット選考を余裕で突破し、私は本戦に駒を進める。ここから先は公開オーデションだ。負けられない戦いがここにある! 

 両親は私が受かると思っていないのか、青春の記念として頑張って、みたいなテンションで私を送り出してくれた。ふふん、合格して帰ってきた時の驚いた顔が目に浮かぶよ。


 オーディション会場は流石大型アイドルのオーディションだけあって、有名な多目的ホールで行われる。ああ、緊張してきた。

 師匠は見守ってくれるって言ってたけど、朝から姿を見せていない。フクロウだから人前に姿を表す訳に見いかないよね。見ていてください、師匠! 私、夢を叶えます!


 無事会場に着いて、私の夢への第一歩のオーディションは始まった。私達アイドル候補生は、1人ずつパフォーマンスを審査されていく。

 このオーディションは公開オーデション。大勢の人の前で実力を披露しないといけない。私、こんな大きな会場で何かをした事なんてないよ。アイドルになればこれを毎回経験しなくちゃいけないんだから、慣れておかないといけないんだけど――。

 どうしよう、緊張してきちゃった。師匠、助けて……っ!


 結局緊張は全く解ける事なく、私の番がやってきた。ガチガチに緊張しながら私はステージに上る。

 そこから見た景色はキラキラ輝いてはいるけれど、それ以上の大勢の視線。初めて経験するそのプレッシャーに、私は一瞬で頭の中が真っ白になった。


「……では千春さん、どうぞ!」

「……」

「千春さん?」


 緊張しきった私は口を金魚のようにパクパク動かすものの、全くそこから声が出せなかった。焦れば焦るほどドツボにはまっていく。終わった。私の挑戦、ここで終わったよ……。みんなの前でこんな醜態を晒してしまって、もう今すぐ帰りたいよ……。

 こんな時、師匠が側にいてくれたら……。


「あきらめるなホーッ!」

「し、師匠?」


 どこからか師匠の声が聞こえた気がして、私はオーデションの途中にもかかわらず顔を左右に動かす。すると、ずっと遠くのビルの屋上に師匠が見えた気がした。

 フクロウの視力は一説によると人間の8倍。だとすれば、本当に師匠が近くにいるのかも知れない。声はきっとテレパシー的なやつだ。


「千春はここで棒立ちになるために頑張ってきたのかホ? 今こそあの地獄のレッスンを思い出すホ!」

「はいっ!」


 師匠の導きによって私は平常心を取り戻し、無事自分の出せる全力のパフォーマンスを引き出す事が出来た。ただ、オーディションの途中まで棒立ちだった事もあって、その分のマイナスを取り戻す事までは出来ず、最後まで会場に残る事は出来なかった。


 それでも大勢の目の前で自分の力を出し切る事が出来たので悔いが残る事もなく、どこか気持ちは晴れやかで最高に気分がいい。

 私は背伸びをして気持ちをリセットすると会場を後にした。



「ちょっといいかな?」

「え……?」

「君のパフォーマンスには感動したよ。僕に夢を預けてみないか」


 帰りかけた私を呼び止めたのは、有名な芸能プロのスカウトマン。名刺を貰って説明を受けて、取り敢えずはその話を持ち帰る事に。両親を何とか説得した後、私はそのプロダクションに所属する事になった。

 事務所は私を中心としたアイドルグループを企画してくれて、今日はついに揃ったアイドルグループのお披露目だ。


「はじめまして! 私達、今日からデビューするクリスタル☆エレメンツですっ!」


 こうして、ついに私は夢を叶える事が出来た。それもこれもトリ、いや、師匠のおかげ。師匠とはあのオーディションを最後に会ってないけれど、きっと今もあの森で悩みを抱える人を導いているんだろうな。

 私はこれからアイドルとして頑張っていくから、どこかで見守っていてね。

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