第4話 生まれ育ちについて考えた

 授業は、兄2人だけはテキストを持っている。教師が説明する内容を簡単に纏めた物をその日の授業の前に渡してくれるのだ。1授業当たり手のひらサイズくらいの紙に1~2枚を兄2人分だ。


 アレンと僕にはない。黒板みたいなものもなく、教師は自分が用意したテキストを参照させながらとうとうと話すだけ。1枚目の○行目を見て下さい、そこに書かれているとおり、なんて説明の仕方も普通にする。


 1日の終わりにその日に話した内容からランダムに質問が飛んでくる。テキストを見れば簡単に答えられる内容だ。兄2人はテキストを読みながら答えられるから、ほぼ答えられるけどそれでもたまに間違える。読み間違いとか勘違いとか覚え間違いとか聞いてなくて質問自体が理解出来ていなかったりとか理由は色々。


 そしてこの質問、なぜかアレンと僕にも飛んでくる。兄2人にそれぞれ3つずつ質問をし、アレンと僕には2つずつ質問する。間違い1つにつき、手首を鞭で1回打たれる。もちろん服を傷つけてはいけないから、袖はまくって肌を見せて叩いてのだ。兄達は間違えて袖をまくっても叩かれるのは腕のすぐ横の机の上。アレンと僕は、ちゃんと腕を叩かれる。とても痛い。先が平たくなっている体罰用の鞭だから、赤くはなっても身体に後は残らない。ただただ痛い。


 更に注意しなくてはいけないことがある。兄達よりものだ。例えばどちらかの兄が1問しか正解出来なかった場合、僕らはそれより少なくしか正解してはいけない。つまり正解してはいけない。兄2人が3問全問正解することはほぼほぼなくて、大抵は2問正解だ。だから出された答えの内、1問は不正解にしなくてはいけない。たとえ正解が分かっていても。だから僕らは基本的に毎日教師から鞭で叩かれる。


 兄達は僕らが鞭で打たれる様を見るのが好きらしい。楽しそうににやにや笑いながら「これだから出来損ないは」と言いながら見物している。その出来損ないにテキスト解答を持っているくせに間違える人は含まれないんだ、さすがだなと心の中で舌を出した。

 今日は上の兄が1問しか正解しなかったから、アレンも僕も正解数は0扱いだ。先生もそこはわきまえたもので、ちゃんと僕らが正解出来ないように、習っていない事柄から質問を出してきた。

 ……今日のアレンは、それでも正解しちゃってたけど。教師はその正解をきれいに無視した。


「お二人とも、二問とも間違いですね。さ、腕をまくって下さい」


 慇懃な口調で教師が告げるのに、アレンは悔しそうに唇を噛みしめて、「でも!」と抗議の声を上げた。慌てて彼の服の裾をちょこんと掴んで引っ張った。


「――だって、ザジ」


 言い募ろうとするアレンに、僕は周りから気付かれない程度に視線だけで「駄目だよ」と諭した。口答えは駄目だ。もっと酷い目に遭わされる。


「アレン様、なにかありましたか? ザジ様も早く腕をまくって下さい」

「はい、先生」

「……はい、先生」


 一応は付けられてるけど、その前が略称なのが台無しだ。

 アレンも僕も、この家ではいつだってこんな風に蔑ろにされている。


 だからこそ、アレンも僕を崖下から助けてくれたんだろうか。ないがしろにされる同士、仲間意識を持ってくれていたのかもしれない。


 ひとりでこれを受け続けるのは、結構キツい、ということを僕は知っている。ザジの知識として、肉体に刻まれた記憶として。


 鞭で打たれる痛みで、過去へ飛びそうだった想いは現在に引き留められた。

 アレンが母を失って別館から本館であるここにやって来るまでの8年間、ザジはずっとひとりぼっちでこれに耐え続けていたのだ。

 物心つく前からずっと、ザジは母から抱きしめられたこともなければ、笑顔を向けられたことさえない。兄たちには惜しみなく与えられるそれを眼前で見せつけられながら、自分には決して与えられることはない現実にいつだって傷つけられてきた。

 母親がそんな風だからか、使用人たちもザジには素っ気ない。以前には情けを掛けてくれる使用人もいなくはなかったけれど、そういう人は、首になった。以来、親しくしてくれる人は周囲から消えた。


 名前からしてひどい。この世界では、濁音は縁起の悪い良くないものを呼び寄せるものとして嫌われている。だから、名前に使われることはとても少ない。使われたとしても最後の方に一文字がせいぜいだ。特に身分が高くなるほどにその傾向が高まる。

 ザジークという名は、母である辺境伯夫人から付けられた名だ。悪意しか感じない。上の兄3人には真っ当な名前が付いているから、ザジだけなのだ、こんな名を付けられているのは。

 生まれてきたことを疎まれているとしか思えない。髪の色も目の色も両親共に似ていない。顔立ちもそうだ。魔法の才も、治癒なんて家族どころか先祖を辿っても誰1人いない。メガネをかけてるのもザジだけ。まるで余所から貰われてきた子のようで――……


 え。ちょっと待って。ひょっとして、冗談抜きで、そういうことなんだろうか。被害妄想とかそういうのじゃなくて。

 僕、この家の子じゃない? 少なくとも、戸籍上の母の腹からは生まれていない……?


 そんなこと、設定資料集にも載ってなかったんだけど!?

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