RPG世界でチートなモブになったので、勇者の手助けがんばるぞ!
ふうこ
第1話 入れ替わりを提案された。了承した
目が覚めた――ら、目の前に幼げな推しの心配顔があった。
うーん、眼福。
僕の名前は
死の間際、迫ってくるトラックの運転席が妙にはっきり見えたのを覚えている。片手にスマホを持った運転手の顔は驚愕に歪んでいた。想定外、とでも言いたげな表情だったが、そんなもの想定が甘すぎたってだけだろう。
よそ見運転ダメ絶対!
そんなわけで事故死して、すぐここかと言えば実はそんなこともない。間に一幕挟まっている。
最初に目覚めたのは不思議な白い街で、そこでなんと随分前に死別した両親と再会した。懐かしさに駆け寄る両者、手を取り合い涙を流して再会を喜ぶ――とはならなかった。両親は嬉しそうに手を振って、けれどゆっくりとこちらへ歩いてきたし、僕は僕で驚きすぎて呆然としていた。
嬉しくないわけではないけれど、寂しかった少年時代はとっくの昔に終わって過ぎ去り、心の整理も一通りついたところだったのもある。
そして、もう一つ問題があった。
両親の横には大好きな作品の大嫌いなモブ敵がいたのだ。
ゲームではドット表現しかされてなくてリアル3Dな今の姿はそれなりに違和感あるが、設定資料集まで詳細にチェックしていた僕には分かる。こいつはあいつだ。
彼は主人公である勇者をいじめて苦しめてくだらない嫌がらせをして、最後は勇者を罠にはめて、そのくせその罠が想定外の動きをしたからと勇者に助けを求めて、更に助けてもらっておきながら裏切って、最後は自業自得で死んでいく……という、けっこう最低なヤツだった。
なんでそんなヤツ――と言いかけて口を開いた僕の言葉は、母の意味ありげな笑顔と視線に声になる前に封殺された。
……うん。今のそいつの見た目は7歳前後だ。そんな小さい子に言っていい言葉じゃないよね。
ん? 幼いな? なんで? こいつが死ぬのって18歳とかじゃなかったか?
父親曰く、おまえの好きだった『
母が頭を撫でると、その子は照れくさそうに、けれど嬉しそうに幸せそうにほんわり笑った。分厚い眼鏡のレンズのせいで少々珍妙な顔に見えるけど、そうして笑うさまはなんだか少しだけ可愛かった。
ゲームの画面の彼の姿はごく小さなドット絵のSDだったから、リアルなサイズで目の前にお出しされると困惑の方が強い。ゲームの中では憎たらしい悪役だったけど、こうして見るとそこまで悪い子ではなさそうに見えた。
実際、話してみると割と普通だった。
「お願いがあるんだ」
少ししてから、その子はひどく真剣な眼差しで僕を見た。
「ぼくの体に入ってほしい」
「は?」
突然の言葉に、思わず疑問が音になって飛び出した。
「なんで?」
「そしたら、あなたはまだ生きられるし、ぼくもあっちに戻らなくて良くなる」
「だからどうして」
「……ぼく、もう、あそこには帰りたくない」
けれど、体は生きている。体は魂を求める。間もなく自分は体に無理やり引き戻されて、目覚めるだろう。それを避けたいなら、先に別の魂で体を埋めてしまえばいい。だから、代わりに入って欲しい。
両親はもうこの街に来てからかなりの時間が経つので無理だったのだそうだ。父も母も自分が代わりに入ってあげられたらよかったんだけどね、と言っていた。けれどまだこの街に来たばかりの僕ならば大丈夫な可能性が高いのだそうだ。他の人に頼む――のは、難しいだろうな。一応この子は彼の世界を救う勇者の関係者の1人なのだ。彼や彼の周囲の事情を知らない人に安易に任せたくはない。
「ぼく、もう、あの子にいじわるしたくない……でも兄さまたちも辺境伯夫人もやれって言うし、やらなかったらぶたれるし……」
「……君の意思でいじめてたんじゃなかったの?」
「半分くらい……だって、あの子はずっと自分の母さまに大事にされててずるいって思ってたし。でもぼく、あの子の大事なもの、壊しちゃった……やっちゃだめなこと、しちゃった……」
ポロポロと涙をこぼす少年を母が抱きしめて、震える小さな背中を慰めるように優しく撫でた。
……なるほど? ということは、今は丁度あのイベントの途中あたりなんだろうか。
主人公が魔王討伐に出発するのは彼が学園を卒業してすぐの18歳。そして今の彼の状況と話を合わせて考えると、彼と勇者は今10歳ということになる。
ちょうどその年に、彼が主人公である勇者の、母の形見である手鏡を崖から投げ捨てるというイベントが起こるのだ。その時彼もバランスを崩して崖から滑り落ちてしまうが、そこは勇者が助けて一命を取り留める。……まぁ、彼はそんな自分の命の恩人の勇者に対しても、この後も意地悪し続けるワケなんだけど。……半分くらいは自分の意思じゃなかったというのは意外だった。だからと言って許される行為じゃないとは思う。
公式設定では学園では同室で、ずっと勇者を召し使いみたいにこき使っていたらしいし、卒業の後は兄たちのパーティに参加して勇者を邪魔し続けたし。
てっきり彼は勇者のことが嫌いなんだとばかり思っていたんだけど。
……というか、10歳の割には、なんだか色々幼くないか? 見た目もガリガリに細くて、まるで栄養失調みたいな……? 発育不良?
「どうして僕に?」
「あなたのお父さんとお母さんに聞いたんだ。あなたがあの子を大好きだって。あなたならきっと、ぼくと違ってあの子の力になってあげられる。いじめないでいてあげられる。そう思ったんだ」
お返しにぼくが君にあげられるものはほとんどないんだけど。そう切り出した彼が躊躇うように続けたのは、「ぼくのこれまでの記憶をあげる」という言葉だった。小さい頃からずっとあの子を見てきたから、きっと君の知らないあの子の姿があるよ――なるほど! それはとても良い報酬だと思う!
「分かった。……でも僕はもう死んでしまったから、君に身体を譲れない。僕が君の中に入ると、君が戻れる身体がなくなってしまうんだけど――それは良いの?」
「うん。ぼく、もうずっとここに居たい」
そう言う少年の手を母がぎゅっと握りしめていた。逆側からは父が。……あれ? これ、なんだか新しい弟でも出来た感じ?
「この子のことは心配しないで。それよりあなたこそ大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ。もう大人なんだし……父さんと母さんの元気そうな顔を見れて良かった」
ここがもしもあの世だとするなら、元気もなにもないけど……苦しそうな様子がないだけでも一安心だ。きっとここはちゃんと天国みたいなところなんだろう。父さんも母さんも悪いことしてきた人達じゃなかったから、そこはあんまり心配はしてなかったけどさ。
……あれ? ってことは、この子も、そんなに悪いことは……していなかった? いじめが激化するのってこれからだったっけ?
あれよあれよと言う間に話が進み、僕は異世界に転生した。
勇者をいじめる彼の異母兄弟の1人として。
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