木村 美々花

第1話 潜る

 剛義たけよしくんも、金魚かねうおと同じように戻ってこなかった。


 映像の中で彼──罪記ざいきは剛義くんに『元の世界へ戻そう』って言っていた。


 それで彼がこの部屋に戻ってこないというのであれば、やっぱり私達が今いるこの部屋は、現実の世界から切り離された場所ってことなんだろうな。


 いっそ、今起きているこの状況自体、何かの悪い夢なんてこと──



『そうであれば良かったかい?』



 ハッとして顔を上げると、真っ白だったはずの画面はいつの間にか切り替わっていて、画面の中央にいる罪記が私を見下ろしていた。


 声が出てしまっていたんだろうかと焦って口元を隠したものの、蘇我や愛歌まなかちゃんが頭の上に疑問符を浮かべたような顔をしているのを見て、小さく息を吐いた。



『そんなに怯えるなよ、木村少女。前の二人の記憶を垣間見て、何か気づいたのかい?それとも、のかい?』



 気づいたも思い出したも……そもそも私はずっと……。



『ほう?』



 またビクッとして顔を上げると、八重歯を見せて笑う罪記と目が合う。


 悪戯っぽく笑っているようで、何かを試しているかのような表情にも見える。



「なんなんだよ、なんの話をしてるんだ?気づくことって……共通してるのは光弥こうやと絡んでることくらい……もしかして、みんなが光弥のことをほとんど覚えていないことと関係してるのか?」



 蘇我の口調が次第に強くなる。



「そういえば木村、飲み会で光弥の名前を出したとき、様子がおかしかったよな。お前は光弥のことをよく覚えていないって言っていたけど、あの時のお前の表情はなんていうか……覚えているけれどって感じだった」



 私は蘇我から顔を背けた。



「なぁ、光弥と何かあったのか?」


「それは……」



 恐る恐る顔を上げてみると、蘇我が真剣な眼差しでこちらを見つめていた。いつも光弥の隣でヘラヘラと笑ってたのが印象深い分、その眼差しがとても怖く感じた。


 それでも私は彼から目を逸らし、一度は開けかけた口を閉じた。


 だって、彼はのだから。


 心の奥底に記憶を閉じ込めているのは、むしろ蘇我の方だ。わざわざ思い出す必要は無い。


 あんな辛くて残酷な光景を。


 その光景を作り出してしまったのは、他でもない私たちなんだけど。


 この部屋に残された人の中で、蘇我だけが唯一の被害者だ。私たちを裁く権利がある。


 親友を私たちを。


 だから罪記は蘇我を断罪判定役に選んだ。つまり、彼は取り調べると言っておきながら、最初からんだ。


 なんだ、それなら……。


 私はずっと立ち上がって、蘇我の方へと体を向けた。



「……罪記さん、次の追憶体験は私でお願いします。蘇我、私の記憶と愛歌ちゃんの記憶を見れば、蘇我が知りたいことが分かるよ」


「……!ちょっと美々花っ!!」



 後ろを振り向けば、愛歌ちゃんが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。


 ふふ、おかしいね。


 はあんなにも怖かった彼女が、今となっては全然怖くない。むしろ可哀想な人だと思えてしまう。


 ああ、あの時にもこんな風に思えていたら。私がもっと強くあれたら……そしたら……光弥のことを傷つけずに済んだのに……。


 画面の中の罪記が元の冷たい表情へ戻り、口を開いた。



『良いだろう。では次の体験者は木村少女とする。蘇我少年とは引き続きよく観ておくようにね』


「……はい」


「はい」



 まだ引っかかるところがある様子の蘇我に対して、変わらず透き通った声で返事をするエレイナという女性。


 白銀の髪に宝石みたいな碧眼。そんな目立つ容姿なのに、今の返事を聞くまでその存在を忘れかけてしまうくらい、なんだか変な空気を持つ人だった。


 って思うような……あれ……?



 この空間に巻き込まれてしまった当初から、うっすらとまとわりついていた違和感。


 剛義くんが部屋に引き入れたことで、たまたま巻き込まれてしまったから、私たちの過ちに対して第三者の視点から判定するために、その役を任されたのかと思っていた。


 でも、そもそも彼女がなら……?


 それに私は、この美女の雰囲気を知っている気がする……その容姿もどこかで……。


 その時にふと脳内を過ぎっていったのは、中学三年の時の夏休みのある日。


 受験のための特別課外が終わって、先生も職員室に戻った後の教室。


 その黒板に貼り付けられた写真を、生徒たちが面白おかしく指さして笑っていた。


 そうだ。その写真の中に居たはずだ。白銀の髪に碧眼の少女が。


 それも、その少女が光弥と手を繋いで楽しそうに歩いていた写真が。



「待って。貴女は――」



 慌てて蘇我の隣に座る彼女の方へ目を向けた時、私は既に白い光に包まれていた。


 ただ、その視界の端になんとか捉えた彼女は、私のことを嘲笑うように唇を曲げていたように見えた。





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