DEATH♰Ⅲ

堂道廻

第1話 

 その日、神奈川県鎌倉市にある大仏の中に地下空洞が突如出現した。


 鎌倉市役所は謎の空間の調査のため、役所の公務員で編成した調査隊を送り込む。

 しかし、地下に潜って帰ってきた者はいなかった。


 鎌倉市調査隊は地元の警察官と共に遭難者の捜索を主任務とした二次隊、三次隊を地下に送り送り込むが共に帰還者はゼロ――。


 事態を重くみた神奈川県庁は神奈川県警を中心とした捜索隊を地下に送り込むが、やはり生還者はいなかった。


 さらに事態を重くみた県知事は自衛隊に災害派遣を要請、陸上自衛隊を中心とした大規模な捜索隊を編成して地下に送り込む。

 

 ――結果、生還者は一名のみ。


 大怪我を負って生還を果たした彼の証言により、内部の状況が明らかになる。


「内部は迷宮のように複雑に入り組んでおり至る所に罠が張り巡らされている。そしてこの世の者ではないモンスターが徘徊している」


 そう言葉を残して息を引き取った。


 そしてある日、遂に異変が起こる。


 鎌倉市にある鎌倉大仏の下のダンジョン(以下、大仏ダンジョンという。)から、この世界では確認されないUMA、つまりモンスターが飛び出してきたのだ。


 社会は正体不明のモンスターによって混乱に陥る。


 建物は破壊され、逃げ惑う人々はモンスターに喰われた。

 例のごとく事態を注視し続けてた日本政府は、やっと自衛隊に防衛出動を命じる。

 

 モンスターは自衛隊の武力によって排除されたが、それは一時的なものだった。

 次から次へとモンスターは大仏ダンジョンから湧くように出現し、戦いは熾烈を極めた。


 自衛隊が劣勢になったとき、ひとりのヒーローが現れた。

 彼はモンスターたちを一掃し、大仏ダンジョンに飛び込んでいった。

 後に判明する。

 彼はサキュバス・ドット・インクというゲーム会社に所属する社員であったのだ。 


 この物語は、その数か月前に起こった出来事である。


◇◇◇


『悠久の時を超えて眠る遺産を手に入れろ』


 それは五十億ダウンロードを超えるモンスター級ゲームアプリ、《ファンタスティック・デイライト》のキャッチフレーズだ。


 異世界に転生してしまった主人公がモンスターや亜人の住むファンタジー世界を仲間と共に冒険するという王道スマホRPGである。基本プレイは無料だが、強力な武器やアイテムを取得するにはゲーム内課金、いわゆるガチャをしたりクエストをこなしたり、クリスタルなどの素材を集めたりしなければならない。


 他のスマホRPGとの大きな違いは基本的に初期で与えられたジョブは特定のアイテムがない限り変更できないという縛りだろう。独自の登録システムによってリセマラも認められていない。

 致命的とも思える無茶な設定だが、魅力的なキャラクターデザインや豪華な声優陣、巧みなメディア戦略、期間限定イベント時に発生するレアアイテムの大盤振る舞いとレベルによって変化する難易度の絶妙なアメとムチ加減で新規ユーザーを獲得し続けている。


 だが、全てが順調というわけではなかった。案の定というべきか、高額課金によって破産するユーザーが多数現れ、いまや社会問題にまで発展している。

 また、このゲームには妙な噂があった。それは〝ある種の魔力がゲームに込められている〟という。


 人を魅了し、虜にする誘惑の魔法――。まるで蝶が甘い蜜に誘われるように必然と引き付けられ、のめり込み、やがて廃人へと変えてしまう。

 

 俺は想うのだ。このゲームを開発したサキュバス・ドット・インクという会社を規制した方がいいと。


 もはやガチャは麻薬と同等に扱う必要があるのではないか。物欲を満たすためにガチャをしていたつもりが、いつしかガチャをしないと落ち着かなくなり、遂にはガチャを回すこと自体が快楽になってしまうのではないだろう……。


 ちなみに俺はこのゲームをやっていない。なぜかと問われれば、幼稚でくだらない理由である。


〝流行り物には手を出したくない、王道をやる奴は脆弱だ〟


 そんな斜に構えた考えを持ったことはないだろうか。

 俺は昔からそうだった。そして今でもそうだ。漫画もアニメもゲーム機も、王道と言われる媒体ではなく常に二番手……、いや、三番手、四番手を好んで嗜んでいる。

 損な生き方、ひねくれ者とも言う。

 

 つまらない意地を張っていると言えばそれまでであり、後悔なんかしたことないと言えば嘘になる。王道のゲーム機を持って王道のゲームをやっていれば友達との会話も弾むし、マニアックだと忌避されることもない。


 だけど長年のスタイルと思想は変えられずに俺は高校一年生になっていた。

 そんな俺がファンタスティック・デイライトをやるようになったのは、サキュバス・ドット・インクの社員を名乗るある一人のサキュバスとの出会いがきっかけだった。


 それが本日、五月某日のことである。


 五月、《皐月》とも書く。とても美しい字だと思う。なんというか字体というかフォルムというか洗練されていて、黄金比のように完成されている。


 そんな皐月の平均気温は二十度であり、五月晴れなんて言葉があるくらい一年を通して過ごしやすい季節でもある。また、学校や職場などの生活環境の変化から落ち着きを取り戻す時期であると同時に五月病なる奇病が多発する季節だったりもする。


 気分が沈んだまま浮上できない人々が患う精神病だ。これがもし〝皐月〟病なら、ちょっと患ってみたい気持ちにもなるのだが……、兎にも角にも五月という暦は変なヤツが湧く季節だといえよう。


 そんな訳で、高校からの帰路途中である俺は今、特上の美少女に付きまとわれていた。高校の正門からずっとストーキング被害に遭っていると言っても遜色ない。


 何も聞こえず見えないフリをしても、めげずにすがるようにしてブレザーの裾を引っ張りながらくっついて来る。さながら駅前にいる宗教の勧誘かホストのキャッチ並みのしつこさだ。


 回避スキルとステルス能力値の高い俺が無下に出来ないのは彼女が美少女だからだろう。どれくらい美少女かと言うと〝この世の者とはおもえないほど〟という表現がしっくりくる。


 琥珀色のつぶらな瞳、緩やかに波を描く桜色のロングヘア、艶やかな桃色の唇も魅力的で、純粋無垢な白い肌が紅潮する童顔は保護欲を掻き立てる。加えて小柄で華奢なクセに意外と豊満な胸もギャップがあって良い。

 桜色の髪なんて初めて見たが別段驚くことはない。なぜなら彼女はサキュバスなのだから。今のところ自称ではあるが。


「いいんですか? 街が壊されちゃいますよ!」


 早足で歩く俺の傍にピタリとくっ付きながら、彼女は瞳を潤ませて俺の顔を見上げた。

 なぜか我が校のセーラー服を着るサキュバスの睫毛が長いことを確認した俺が歩く速度をさらに上げたそのとき、街の中心部辺りから爆発音と共に巨大な火の球と黒煙が吹きあがった。

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