第13話 杉野ヤヌ

~第12話までのあらすじ~

 再び自然石へ訪れた響は、そこに自分の名前が記されていることを確認した。糸葉をもとに戻す方法は分からなかったが、代わりにあったのは謎のインターホン。これも応答はなく、ひびき伊奈瀬いなせ永久野とわのとともに河川敷へ戻ることにした。



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 響一行が自然石の場所を去ってから間もなく。次に姿を現したのは、20代前半の若い男だった。彼もまたインターホンに近づき、そっと手を伸ばす。

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「寝る場所ない。家連れてって。」

行きより2時間も早く到着した河川敷で、伊奈瀬はこんなことを言ってきた。


 帰り道、響は伊奈瀬の太ももにつかまりながら、前オーナーである杉野ヤヌについて考えていた。一刻も早くその人物に会えば、何かわかるかもしれない。「俯瞰ふかんの書」や「俯瞰の占い帳」とやらも持っている可能性すらある。それなのに。


「はぁ、わかりましたよ」

響はこう答えるほかなかった。断ればまた、何をされるのか分からないのだ。そして、伊奈瀬が来るということは当然、永久野ももれなく付いてくるわけだ。内心、少し嬉しいけど。杉野ヤヌについては問題ないだろう。今日やることが明日やることになるだけだ。


 響がバイクで前を走り、飛行板フライングボードに乗った2人が後ろから続く。幸せな追いかけっこである。ただやはり、交通状況は朝と変わらない。すべてが停止しているのだ。住んでいるアパートは都会のほうであり、停止していた車は多かったので、間をすり抜けて走った。響史上、初めてのすり抜けである。



 アパートに到着した。バイクを停車させる間、2人は周りをきょろきょろしている。

 響は玄関のドアの前に立ち、鍵を開ける。そのとき、永久野がある方向に向かって大声で叫んだ。

「お~~い!!」


 その方向を見ると、30mほど先に、永久野さんたちと同い年くらいのオトナの姿があった。何か迷っているようだったが、永久野の声に気づき、驚いたようにこちらを見ている。そして彼女は、小走りでこちらに向かってきた。響たちの目の前まで来ると、もじもじしながら口にした。


「今日、寝るとこ、ないんです...」



 なぜだろう。

 朝はたった1人だったアパートの1部屋で、今は4人で人生ゲームをして楽しんでいる。

 一昔前に流行ったゲームだが、やはり4次元から来た3人は知らないようで、響が細かなルールを説明しながら、ゲームは進行した。初心者向けの「ベーシックコース」である。

 借金が膨れ上がっている彼女は、科戸しなと衣央いおと名乗った。話してみると、口数は人並みではきはきしているが、響に対しても敬語だった。人生ゲームではどうしても支出マスに止まってしまい、「なんでですかぁ~!」と叫ぶ彼女に、隣からコソっと100000円札を渡していた永久野の、優しい笑顔は忘れられない。

 ゲーム終了時にはみんなお金持ちになっていて、響はほっとした。


 次に選択した「爆速リニア新幹線コース」が爆速で終わったので、「隕石ドッカンコース」へ突入しようとしたとき、スマホが鳴った。糸葉からの電話だった。

「あ、もしもしおにいちゃ~ん?元気?」

3人に聞かれてもいい内容か不安だったので、一応ベランダに出て応答ボタンを押すと、いつものトーンの糸葉の声が聞こえた。相変わらずで一安心だ。

「ああ、糸葉。何か変わったことはないか?」

「平気、平気。みんな優しくしてくれるの~!茶緒ちゃおさんとあいりさんのほかにも遊びに来てくれてね!ボスのリリーさんって人には私と仲良くしないように言われてるみたいだけどね!」

はじめて聞いた名前があった。響は糸葉に尋ねた。

「リリーさんって?」

とどろリリーさん。RGBのボスだって。私はまだ見たことないんだけどね」


轟リリー。響を狙っている本人であることは間違いないだろう。

(オレがオーナーであることを知っているのか?)


「おにいちゃん、気を付けてね~!」

糸葉はまるで危機感のない声でそう言い、電話を切った。どうやら現状報告の電話だったようだ。

 轟リリーについて考えながら、ベランダからリビングに戻ろうとした響は、ガラスに張り付いて電話を聞いていた3人と目が合った。それに気づいた3人は慌てて自分の席へ戻っていった。聞かれても大丈夫な内容で良かった。

 4人分のお茶を入れ、再びリビングに戻ってきた響が椅子に腰を掛ける。

 今度こそ「隕石ドッカンコース」を始めようとしたその時、今度はドアホンが鳴った。


(誰だろう...こんな夜遅くに)


 響は再び立ち上がり、モニター越しに玄関の向こうを確認した。外には紙袋を持った男の人が立っていた。

「はじめまして、国見響くん。」

見知らぬ男は名乗った。


「杉野ヤヌです。」


(スギノヤヌ...すぎのやぬ!!)

 一瞬、聞いたことある名前だと思った。そしてすぐに思い出した。石に名前があった、前オーナーだ。

(なぜここにいる?なぜオレを知っている!?)


 いや、そもそもだ。今日はオトナ以外の人間は動くことができないはずなのだ。彼はなぜ動ける??前オーナーだからなのだろうか。


「...寒いから開けて」

突然起きた出来事にいろいろ考えていたが、彼がそう言うので玄関の鍵を開けた。




小ネタ)

本話の冒頭にあった、インターホンを訪れた人物こそが杉野ヤヌである。

彼は王那にこの場所まで導かれ、響に会うように言われて響のアパートまで来たのである。


本話で登場した科戸衣央をアナグラムすると、

しなといお→おとなしい→大人しい

となる。


彼女は初期設定では大人しい性格だったのですが...意外とよくしゃべる感じになりました。


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