「鳥」「幽霊」「ゲーム」

才羽しや

「鳥」「幽霊」「ゲーム」

 最近、家に――というか私の自室に幽霊がいる気がする。

 親や友だちにそんな話をしてみたが、「どうせ鳥でしょ」と一蹴されてしまった。確かに私の部屋にはペットの鳥が一羽住み着いているが、そういった次元の話ではないのだ。

 部屋の中で天井や床が妙な音を立ててミシミシと軋むし、テレビゲームなんかしているときには、特に軽快なラップ音がする。不気味というよりは、ビートを刻んでノリにノっているような感じの音で、だ。

 最初は恐怖の対象でしかなかったこの超常現象にも、何だか次第に面白みを感じてきた。なのでこの前、私はラップ音に合わせて踊ってみた。すると踊る私の姿を見たペットの鳥が楽しそうな笑い声を上げた。


「それ、鳥が憑依されてね?」


 私の話に弟がそう言った。確かにそうかもしれない。むしろどうして今まで、その線に気づかなかったのだろう。


 その日、私は高校から帰宅して制服から中学時代のジャージに着替え、試しにテレビゲームの最中に呟いてみた。


「ここどうすんだろね。扉開かないしカギとか探したけど見つかんないし、もう詰みじゃない?」

「攻略見るの、負けた気がして嫌なんでしょ?」


 私の独り言に、背後の鳥かごから声がした。あの、特徴的な声帯から発する甲高い声で言葉を発した。間違いなく私の鳥が喋ったのだ。

 不気味極まりない――。胃液が喉からせり上がってくるほど驚いたが、何故かポーカーフェイスを貫いて私は答えた。


「まあね……。ならヒントだけちょうだいよ」


 胃液の苦さに眉を寄せながら、声だけは友だちに接するように気安く言うと、鳥は答えてくれた。


「ヒントねえ。……あ、じゃあさっきの街に戻ってみてよ。その洞窟、さっきの街に直結する隠し通路がその左の壁にしれっと紛れてるから」


 フランクにそう答えられ、ゲームの中でキャラを操作し、私は言う通りにした。

 聞きたいことは山ほどあった。「あなたは私のペットのぴーざえもん? それとも憑依してる幽霊?」「最近変な音がするのはあなたのせい?」「このゲームお詳しいんですね?」「私ってもしかして呪われてますか?」

 ――すべてを飲み込んでテレビ画面にだけ集中し、暗い洞窟の中で壁をまさぐると、確かにギギ、と音を立てて隠し扉が開かれた。洞窟の外の川に繋がっていて、少し歩いただけで先ほどの街の、端っこにある宿屋の裏にたどり着いた。

 思わず感嘆の声が出る。


「ほんとだ、すごい。ありがとう」

「今それ超いいとこだから。ぜひ自力で、ネタばれ踏まずにクリアしてよ」

 そこまで言った後、ペットのピーざえもんはわざとらしく「ピョッ」と鳴いて見せた。自分はただの鳥だとアピールするように。

 その瞬間、どっと汗がにじみ出る。解放されたように私は勢いよく振り返った。いつものピーざえもんが、いつも通りに鳥かごの中で大人しく鳴いていた。

 その晩は天井が軋まず、いつものラップ音がしなかったので、久々によく眠れた。


 ***


 それから三日の間に、私は知りたいことをある程度把握した。

 一つ。私にゲームの攻略を教えてくれるのはピーざえもんではなく、ピーざえもんに憑依した幽霊だということ。

 二つ。その日の気圧や天候によるらしいが、憑依できるのは大体五~十分程度ということ。

 三つ。私は何かに呪われているらしいこと。


「私何かしましたか? 全く心当たりないんですけど」

「そんなのわたしも分かんないよ。わたしはただ鳥に憑依してるだけ。憑依してる理由も分かんないし、そもそも自分が誰なのか、何で死んだのかも分かんない。分かってるのは、そのゲームの攻略法だけ」


 ざっくりと無責任なことを言う幽霊の声(声帯はピーざえもんのものだが)にそう言われ、私は深く考えるのはやめた。ゲームも映画もアニメも人生も、細かいところを考えては何も楽しめないからだ。


「良いからゲームの続きしてよ。こっからが楽しいんだからさ」


 わくわくが抑えられないといった具合にねだられ、私も思わぬところでゲーム仲間ができて嬉しかったので、やんわりと幽霊にヒントを貰いながらゲームを進めた。

 幽霊はやり込み要素を網羅するタイプのプレイヤーだったらしく、寄り道に寄り道を重ね、最強装備を揃えるために途方もない作業を繰り返し、総プレイ時間は百時間を超えようとしていた。それでも毎日楽しくゲームを続けられたのは、生まれて初めてできたコアなゲーマーの友人のおかげかもしれない。――いや、友鳥? 友霊?


 ***


「いかにもなラスダン来ちゃったよこれ~。なんか取り返しつかない要素ある?」

「取り返し……鳥だけに?」

「うるせえ」

「ごめんごめん。二階で戦う中ボスはレア武器ドロップするから、アイテムコンプしたかったら直前でセーブした方が良いかもね」

「りょうかーい。じゃあ一階は普通に探索しちゃお」


 王道に王道を重ねたような中世ヨーロッパ風の古城に入り、私はダンジョン内の探索を楽しんだ。踏むと即死のトラップ、ヒロインによく似たモンスターの色仕掛け、メインテーマを丸々聞けるくらいに長い梯子……。


「あのさ、一つ思い出したことがあるんだ」

「え、何? もしかして取り返しつかないことしちゃった?」

「そうじゃなくって。――多分だけどわたし、このゲームの開発スタッフだった」


 テレビ画面から勢いよく振り返る。ピーざえもんが「ピョッ」と鳴くだけだった。今日はもう終わりらしい。


「……言い逃げかよ……」


 言って、少し迷った後にセーブをしてゲームをやめた。本当ならいつもは幽霊が去った後にも続きを一人でやっているのだが、今日はその気分になれなかった。


 ***


「私がこのゲームをクリアしたら、あなた、成仏しちゃうの?」

「この流れから行けばね。それがセオリーってやつでしょ……」


 翌日の晩、幽霊に尋ねると少し寂しそうな声で答えられた。私もつられてそんな声を出す。


「……クリア、したくなくなってきたかも……」

「寂しい?」

「そりゃ寂しいよ。だって今時、こんなレトロゲームのプレイに百時間近く付き合ってくれる友だちなんてなかなかできないよ。そもそも私、誰かと一緒にゲームをするのだって初めてで、すっごくすっごく楽しかったんだ。学校じゃ、趣味がゲームとか馬鹿にしてきそうな連中とつるんでるし……」

「ああ、あるよね。わたしもそうだった気がする。ていうか今の時代は良いよ。まだみんな、ソシャゲだなんだって、ゲームをする人が増えて来てるし」

「ソシャゲなんてつまみ食いのおやつでしょ? 私の場合は主食なの。ていうか課金してガチャ引いておしまい、のソシャゲは私が好きなゲームとは違う。私は、買い切りの、一つの作品として完成されてるゲームが好きなの。時代錯誤のレトロゲームが好きな理由だってそれだよ……」

「……嬉しいじゃん。なんかもう、これだけで成仏しそうになってきた」

「うそうそ今のなし! 待って!」


 ハハハハハ、と甲高い声でピーざえもんが笑った。


「大丈夫だよ、君がこのゲームをクリアするまでは付き合うつもりだよ。……だからちゃんと、クリアしてよね。わたしはこのゲームのエンディングが見たいんだ」

「……自分でプレイしないでさ。全く、実況プレイ動画見てやった気になってるエアプ野郎みたいなことを……」


 せっかくできた友人がいなくなるのはとっても、かなり寂しいが、言われた通りに私はラストダンジョンを攻略していった。


 ラストダンジョンの攻略には一週間を要した。私が幽霊の憑依時間以外にあまりプレイしなかったからだ。


「ラスボスは四段階まで変わるよ。MP吸い取ってくるから気を付けて。最初のターンでバフかけた方が安定する」


 相変わらず高みの見物を決め込む鳥に言われるがままに、私はそこそこのスリルを味わいながらラスボスを撃破した。

 ムービーが始まる。世界は再び平和を取り戻し、主人公とヒロインは幸せなキスをして――。


「……クリア、しちゃったね……」

「うん。……楽しかったよ、本当にありがとう。このゲームをクリアしてくれて……」


 主人公と仲間たちの別れよりも、もっと悲しい別れに私は涙を拭いながら答えた。


「わだっ、私も、本当に楽しかった。ありがとう」


 膝に乗せていたピーざえもんの体を抱き上げ、そっと手で包み抱きしめるポーズを取る。本当にぎゅっと抱きしめたら、鳥まで死んでしまうからだ。

 嬉しそうに羽をふわふわと動かしながら、ピーざえもんの声は言う。


「もし、もしも生まれ変われたら……また一緒にゲームしようね」

「うんっ……うんっ。する。また一緒にゲーム、する……!」


 ピーざえもんの体をくるりと反転させ、スタッフロールを一緒に眺める。この連なる名前のどれか一つが、このゲーム好きの素敵なクリエイターのものなのだろう。

 真っ黒の円らな瞳がスタッフロールを最後まで見届けると、「ピョッ」といつも通りの声で鳴いた。


 ***


 私はしばらくゲームをしなかった。幽霊の友人と一緒にクリアしたゲームの余韻に浸りたかったというのもあるし、一人でゲームをする気にもなれなかったからだ。

 二か月はずっと学校から直帰してゲームばかりしていたから、その間ほったらかしにしていた友人グループから「いい加減に付き合え」と遊びに連れ回された。どうせ新しいゲームを買うような気にもなっていなかったので、お小遣いはカラオケ代にカフェ代にと溶けていった。


「これ、あんたにあげる」


 そんな中、友人の一人が気まぐれに引いた地元のくじ引きで、当たった商品を私に寄こしてきた。


「これって……」

「なんか知らんゲーム。あんた前、ゲームするって言ってたっしょ? うちゲーム機ないからさ。良かったらやって感想聞かせてよ」


 まさか、こんな形で再びゲームに手を出すことになろうとは。

 しかし、あの日々が忘れられないでいた。友人と一緒に、どうでもいいことを言いながらゲームをするあの時間を――。


「あのっじゃあさ! うち来ない?」


 気が付いたら、私はそう叫んでいた。


「え……?」

「だっ、だって当てた本人そっちのけで遊ばせてもらうの気が引けるし。それにこれ、ストーリーも良いって評判だし……」

「あー……」少し考える素振りを見せ、友人は苦笑して首を振った。「いや、遠慮しとくわ。グロとか暴力とか苦手だし」


 呆気なくフラれ、私は意気消沈した。確かにグロテスクな描写の多いシリーズだが、その陰惨さを凌駕する格別のストーリーが待っていると評判なのに……。


 結局その日はとぼとぼとゲームソフトを抱えて帰宅し、私は一人でそのゲームを起動した。レトロゲームが好きなのは確かだが、一応は現行機も揃えてはいるのだ。


「……うわ、実写かよ……」


 直前までやっていたレトロゲームと違って、随分と進化したグラフィックに目を見張りながら一人呟いた。

 コントローラーを手に、主人公のキャラメイクから始める。髪色や目の形、性別、胸の大きさまでカスタムできるとは……。


 と、その瞬間、ドアを叩く音がした。


「どうぞー」


 顔だけで扉を振り返ると、ひょっこりと弟が顔を出していた。何だかそわそわしている。


「どした?」

「……新しいゲーム、貰ってきたって聞いてさ。見てても良い?」


 まさか弟がこんなことを言い出してくるとは思わず、私は面くらいながらぼそぼそと答えた。


「別に、良いけど……」

「やった。――今度はもう、エアプ野郎とは言わせないから」

「え?」


 弟――いや、弟の姿をした何かが、弟が絶対にしない笑い方で私の隣に腰を下ろし、私の手からコントローラーを奪い取った。

 私は背筋が冷えるのを感じながらそいつにたずねる。


「おい……お前誰だよ……」

「可愛い弟だよ、姉ちゃん」

「絶対違うだろ。おい、本当のこと言えよ……ていうか成仏したんじゃ……いや、憑依とかって、うちの弟の体に実害ないのかそれは……」


 私の問いには何も答えず、そいつはパチン、と弟が絶対にしないウインクを一つして見せた。

 奪われたコントローラーで、勝手にキャラメイクを始められる。しばらくそれを眺めていると、前にクリアしたばかりのレトロゲームのヒロインによく似た姿が生まれつつあった。


「ピョッ――ピョオオオオオオオッ!! ピョオオオーッッ!!」 


 ピーざえもんが見た子もない形相で、鳥かごの中から弟に向かって激しく威嚇していた。

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「鳥」「幽霊」「ゲーム」 才羽しや @shiya_03

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