人形のはなし

@tsutanai_kouta

第1話 袴田 千代子の話


あの人は私の許婚いいなづけでした。

子供の頃に親同士が決めた相手ですが、昔は珍しい話ではなかったし、何より私は、あの人を好いていました。


けれども結局、結婚には至りませんでした。生来せいらい、体が弱く、病弱だった私を両家が不安視し、私の代わりに妹が嫁ぐことになったのです。


その人の代わりに姉妹の誰かが結婚する…今では奇異きいに感じるでしょうが、これも昔は当たり前にありました。


ただ、私の気持ちは、そう簡単に割り切れません。秘かに心を寄せていた相手と、何の思い入れもない妹が結婚する─。


何故、私ではないのでしょう?

何故、大人しいだけで愚鈍ぐどんな妹が、あの人の妻になるのでしょうか?



私は大切にしていた日本人形の着物の胸元を開き、そこに針を刺しました。

どうやってそんな怪力が出せたのか分かりませんが、私は親指と人差し指だけで針を深く、深く、人形の胸に刺し入れ、最後に親指で押し込みました。親指には穴が穿うがち、血が一筋流れたのを鮮烈に憶えています。



私は、その人形を妹に結婚祝いとして与えました。

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