第五階層・人面犬(2)

 廊下のつきあたりを曲がると、なぜかトイレの入り口が六つも並んでいた。

 女子トイレはふつうにひとつだけなのに、男子トイレばかり五つもある。


 不気味に思いながら、曲がりくねって枝分かれした廊下を進むと、さらにおかしな光景が続々とすがたを現した。

 低学年が描いた似顔絵でいっぱいの廊下。

 真っ黄色に変色したプリントが貼りだされた廊下。

 ガムテープべたべたの防火扉にふさがれた廊下。

 まるで、誰かが学校の部品をばらばらに分解して、迷路みたいな形に組み立て直したみたいだった。


(夢だこれは。夢。夢夢夢。はやく覚めろ。覚めろ……)


 念じながら、あてもなく学校迷路を歩きまわる。

 夢はなかなか終わらなかった。

 そのうちだんだん、足がつかれてくる。のどもかわいてきた。

 無音の状態に我慢できなくなって、「わあーっ」と大きな声をあげてみたけれど、それは廊下にわんわん反射しながら消えていくだけだった。

 体じゅうから、イヤな汗がにじみでてくる。


 何度目かもわからない角を曲がったところで、はじめて階段を見つけた。

 ただ、わたしの記憶にある階段の形とはだいぶ違っている。

 のぼりの階段も、くだりの階段も、のっぺりした白壁に途中とちゅうでうめられて、使えなくされているのだ。

 これじゃあ階段の意味がない。

 くだりのほうの壁には、昇降口にあるようなアルミサッシの引き戸がついているものの、にぶい金色をした南京錠でがっちりカギがかけられている。


 近づいてみると、南京錠には牛の顔のレリーフがついているのがわかった。

 牛のひたいに、数字の「3」を左右反転させたようなマークが彫られている。

 わたしは首をかしげた。

 学校の部品で作ったコラージュみたいなこの場所の中で、牛のレリーフだけ、まわりから浮いている気がしたからだ。

 ぼんやり牛の顔を見つめていると。


「さっき大きな声を出したの、あなた?」


 背後から、いきなり声をかけられた。


「うひゃいっ!」

 飛びあがりそうになって、つい、変な声が出る。


 ふりむくと、知らない女の子が立っていた。

 てっぺんを平たくした麦わら帽子──カンカン帽をかぶり、すそに迷路みたいな幾何学きかがく模様をあしらった、白いワンピースを着ている。

 足元は黒く光る革靴で、手には、古びた感じの、四角い革のトランクを提げていた。


 わたしが固まったまま動けないでいると、女の子はすたすたと階段をおりてきて、わたしのすぐ目の前に立った。

 ランドセルよりふたまわりほども大きいトランクを、よっこいしょ、と言わんばかりの動きで床に置く。

 女の子は言った。


「あたくし、気がついたらこんなところに迷いこんでいたの。もしかして、あなたも同じなんじゃなくって?」

 わたしはとっさに声が出なくて、首をカクカクたてにふった。

「ああ、よかった。ひとりじゃ心細かったものだから、他の子がいて安心したわ。あたくし、有間ありまモネというの。あなたは?」

「は、長谷はせ柚子ゆず

「柚子さん、ね。よろしく」


 そう言って、女の子──モネちゃんはにっこりと笑った。

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