ほうかごラビュリントス

小金井ゴル

第五階層・人面犬(1)

 帰りの会が終わって教室を出たとたん、世界から音がなくなった。

 教室に残っていたクラスメイトたちのおしゃべりも、イスや机を動かすガラガラいう音も、校内放送のチャイムも。

 動画の音声をミュートにしたみたいに、突然ふっつりと消えてしまったんだ。


「……えっ」


 思わずもらしたつぶやきが、がらんとした廊下に大きく響く。

 それが消えると同時に、耳が痛くなるほどの静けさがやってきた。

 人がいない。

 廊下を見まわしても、教室をふりかえっても、誰のすがたもない。

 さっきまで、みんな普通にそこにいたはずなのに。


(どうして……?)


 わけがわからない。

 もしかして、わたし、ねぼけてるのかな。

 うっかり帰りの会の途中で眠ってしまって、とっくに下校時間がすぎたところで目を覚ました──とか。

 だとしたら、まずい。塾に遅刻してしまう。

 あたりを見まわしながら、わたしはそろそろと歩きはじめた。


 時間を確認するためにスマホをつけたけれど、なぜか表示がバグってしまっていて、操作を受けつけない。

 それでよけいに、気持ちがあせりだした。


 足早に廊下の角を曲がる。

 そこで、わたしは立ちすくんでしまった。

 廊下の形が違う。

 本当なら、そこを曲がったところには階段があるはず。なのに、今はただまっすぐな廊下が伸びている。

 右手にならんだ教室の扉には、「理科室」「音楽室」「給食室」といった札がさがっているけれど、どれも、六年生の教室がある二階にはないはずの部屋だ。

 わたしは何度も目をこすった。


 ……うん。わかったぞ。これ、夢だ。

 やっぱりわたしは、帰りの会の途中で眠ってしまったに違いない。昨日、おそくまで塾の宿題をやっていたせいだ。


 そう思ったとき、廊下の後ろのほうで、チャチャチャチャッと物音がした。

 反射的にふりむくと、さっきわたしが出てきた教室の中へ、赤いひものようなものが吸いこまれていくのが見えた。

 一瞬のことでよくわからなかったけど、ナイロンでできた犬用のリードのようだった。夕陽にきらりと光ったのは、先端についた金具だろうか。

 そう考えると、チャッチャッという物音も、廊下に爪をたてて歩く、動物の足音だったような気がしてくる。


(……え、犬? 犬がいる?)


 わたしは怖くなった。

 別に犬が嫌いなわけじゃないけど、校舎にいるのは明らかにおかしい。こんな変な夢(夢……のはず)の中で、おかしな犬に遭遇するのは、よけいにイヤな感じがした。

 とにかく、ここを離れよう。

 そう思ったわたしは、長い長い廊下を急ぎ足で歩きはじめた。


 犬は、追ってはこなかった。

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