ジャスト・ブラザーズ

すずちよまる

誕生日のプレゼント

僕はみどり。今日で三歳。

――――僕という人間の記憶はここからだった。


誕生日を迎えた今日、お母さんは新しいお父さんと、新しい兄ちゃんを連れてきた。僕の本当のお父さんは、保育所のさやか先生と好き同士だったそうで、少し前に家を出て行った。お母さんはその日たくさん泣いていたけど、次の日僕に、

「あの男の話はもうしないでね。あなたには最初からお父さんはいないの」

と告げたっきり、普段の様子に戻った。僕はお母さんの言葉に、お母さんが満足するまで何度も頷いた。本当は、僕には最初からお父さんがいたけれど、いつも優しいお母さんのどす黒い声を聞いて、僕はそれ以降“あの男”の話はしないようにした。そして、僕の中の本当のお父さんは、“あの男”になった。

今日の夕飯は、新しいお父さんと、新しい兄ちゃんの歓迎会だった。僕の誕生日会という名の、歓迎会。

新しいお父さんは、ずっと新しい兄ちゃんの話をしていた。頭がいいだの、スポーツ万能だの、男前だの、料理が得意だの、親孝行だの。それを横耳に、兄ちゃんは得意げな顔をしてコーラを飲み干した。お母さんも嬉しそうにお父さんの話を聞いていた。楽しそうだった。

夕飯の間、僕の話は一切なかったけど、お父さんは僕の誕生日を聞いていたみたいで、お風呂からでた後に大きなチョコレートケーキを冷蔵庫から出してきた。そして、僕の頭の大きさの三倍くらいある綺麗な袋をくれた。中には、大きなピンク色のテディベアが入っていた。

「碧くん、ごめんね。これを買ったのが大分前で、僕がまだお母さんと結婚していないときだったから、碧くんが男の子って知らなくてね。ピンクのくまさんなんていらないかな?」

お母さんは、恋人にも結婚するまで子供が男か女かも教えなかったようだ。このお父さんも、今までずっと、聞かなかったんだ。

それでも“あの男”よりはずっとまともな人だと思った。

「ううん。ありがとう。僕、くまさん好きだよ」

「本当かい?良かった良かった」

お父さんは、ずっと僕のことをかわいいと言っていた。お母さんは誇らしげで、「そうでしょう」と、大きく頷いていた。お母さんにかわいいと言われたのは久しぶりだったので、少し照れくさかった。


兄ちゃんは、次の日の夜、僕に初めて話しかけた。

「お前、今日誕生日なんだってな」

「昨日だよ」

「いいや、今日だね」

意味が分からなかった。

「4月20日、僕が今日と言ったら今日なんだよ」

そう言いながら、兄ちゃんは僕の手に恐竜型の消しゴムおもちゃを握らせた。

「やる」

大きな猫目を細め、にやけながら兄ちゃんは自分の部屋に帰っていった。


それから兄ちゃんは、毎年誕生日、いや、誕生日の次の日にプレゼントをくれた。

兄ちゃんは僕が三歳のとき、十二歳だったから、僕からみるとかなりお兄さんだった。

そして毎年、お小遣いもあがって、お金持ちになっていく。

四歳のときは、かっこいいふでばこ。

「あ?お前まだ四歳なのか?それなら大人ぶりすぎだぞ。せっかく小学生になると思って買ってやったのに……まあいい、二年後まで壊すなよ」

兄ちゃんはそれからもいっこうに僕の年を覚えていなかった。

五歳のときは、ポップな絵柄のことわざ図鑑。

「お前は語彙力というものがなさすぎる。話しててめんどくさいんだよ。もっと国語を勉強しろ」

僕はまだ語彙力という言葉も知らなかった。この年のプレゼントはちょっとつまらなかった。でも、何度も何度も読んだ。

六歳のときは、兄ちゃんが受験生だったから、手抜きだった。コンビニのグミ。

「僕には時間がない。だが手は抜いてないぞ。たまたまコンビニだっただけだ。感謝の言葉じゃ足りないくらいなんだからな」

手抜きなのは確かだけど、この前外食の帰りにみんなでスーパーにいったとき、お母さんに買ってもらえなかったやつだった。

七歳のときは、スポーツブランドの財布。

「そろそろ祭りもあるからな。ガキ友達と行くんだろ?小学生でそんないいもん持ってる贅沢なやついないからな。しっかり自慢しとけよ。優しい兄ちゃんに買ってもらったってな。なくすなよ。盗まれたりもすんじゃねえぞ。絶対にな。」

いつもより言葉が多かった。多分、高かったんだ。


兄ちゃんはすごく口が悪くて、よくテレビに向かってどんなにきれいな女優さんに対しても悪口を言ったりしている。男の俳優さんやアイドルにはもっと厳しい。僕は悪い言葉を、ほとんど全部兄ちゃんから学んだ。一回だけ、お母さんに「うるせえ」と言ってしまったときは、大惨事だった。兄ちゃんも怒られてた。兄ちゃんはケロッとしていたけど、僕はいっぱい泣いた。もう兄ちゃんの真似はしないようにした。

口が悪いけど、兄ちゃんは勉強がすごくできた。高校は、k大学付属高校という、すごく頭が良いところに入った。

そこでサッカー部のキャプテンをやって、彼女も家に連れてきた。男子校で彼女ができるというのは、すごいことらしい。でも兄ちゃんが“彼女”と僕に紹介する女の人は、会うたびに別の人だった。

「前のやつは重かったんだよ。ほら、見ろよこのメール。今どこにいるだの、誰といるだの私のこと本当に好きかだの、縛りつけてきやがる。その前のやつは、どこに行っても財布を出さない。その前のやつは食い方が汚ねえし、またその前のやつはパパ活してやがった。気持ち悪いったらありゃしない。どいつもこいつも僕に相応しくないんだよ」

兄ちゃんの彼女がころころ変わることの理由がもっともなことだったので、僕は特に否定したいとは思わなかった。それに、兄ちゃんが度々振った女の人の話を僕にするので、僕は将来、どんな人と付き合えばいいのかもだいたい想像がついた。

「お前も容姿はだいぶ良い。僕ほどじゃないけどな。僕が教えてやるから、でかくなったらもてるんだぞ」

僕は多分、兄ちゃんのようにはならないと思う。


でも一度だけ、僕がもてそうになったことがあった。僕は恋愛とか、そういうことに興味があまりなかったけど、国語の授業で僕があまりにもことわざを知っていたので、クラスの中心グループにいたあかりちゃんや、マドンナだったまりちゃん、優等生のなつみちゃんにちやほやされた。

「はは、こんなの、僕にしてみればなんでもねえよ」

僕はそのとき、少し調子に乗っていた。兄ちゃんの真似をしてしまった。真似と言っても多分、兄ちゃんはこういう風には言わない。

「おい、お前、調子に乗るなよ」

「この前まで大人しかったろ」

案の定、僕はクラスの中心グループの男子に目を付けられた。蹴られた。叩かれた。

僕は兄ちゃんに言った。

「兄ちゃんにもらったことわざ図鑑、役に立たなかったよ。僕なんかかっこよくないよ。もてないよ」

兄ちゃんのせいではないのに、兄ちゃんが悪いみたいに言った。僕は兄ちゃんに嫉妬をしたことがなかった。このとき初めて、ちょっとした。

兄ちゃんはいつものケロッとした表情で、しばらく僕を見つめていた。そして、途端に立ち上がり、

「よし、鬼退治だ。行くぞサル!トリ!イヌ!オトウト!」

兄ちゃんはなぜか、キッチンから大きめののビニール袋を持ってきた。そして僕の手を引いて、学校の近くの公園に出向いた。

そこには、僕を叩いたやつらが集まってお菓子を広げ、ゲームをしていた。

「なんだ、あいつじゃないか」

「兄貴といんのか」

「弱虫だな」

兄ちゃんは、やつらの中に突っ込んでいった。そして、お菓子を踏み潰した。僕らは小学生で、兄ちゃんは高校生なので、殴ったらどうしようかと思ったけど、手は出さなかった。兄ちゃんは潰れたお菓子を抱え、家から持ってきたビニール袋の中に詰めた。そして、公園のゴミ箱に丁寧に捨てた。

「お前ら、いつも公園散らかしてるだろ。やめろよな、みんなの場所だぞ。な、わかったか」

「…………お前!人のもの勝手に捨てるなんてだめだぞ!」

「人のものなのか」

「俺らのものだったのに!」

「お前らが買ったのか?お前らが稼いだ金で買ったのか?それとも材料を育てるとこからやったのか?はは、できるかこんなにも能のない小学生どもに」

兄ちゃんはずっとにやにやしていた。やつらは黙った。こいつらはばかだから、なにいってるんだって思っただろうけど、言い返せないんだ。

兄ちゃんは普通の人間とは何か違う雰囲気をまとっている。

「よし、片付いたことだし帰るか。行くぞ、碧」

呑気に歩く兄ちゃんは、半熟卵の黄身みたいな色をした夕日に照らされて、眩しそうに目を細めた。

「環境ボランティアした気分だな。気持ちがいいよな、をするってさ」

なぜ兄ちゃんは、いつもやつらが公園にいるとわかっていたのだろう。僕は教えていない。それに、兄ちゃんは僕から話を聞いたとき、まるで知っていたかのように行動した。

「兄ちゃん」

「あ?」

僕は兄ちゃんの考えていることが、少しわかった気がした。だからあえて言わないほうがいい。

僕はコンビニの方を指差した。

「肉まん食べたい」

「お前な、前の前の女に金絞られたって話したよな」

兄ちゃんは財布を出し、眉をひそめて中身を覗いた。そして短くため息をつき、またにやけて顔を上げた。

「半分ずつだぞ」

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