第1話 俺に異世界を案内してください!
中世の欧州みたく石レンガを綺麗に隙間なく積み重ねられ造られた家々が並ぶ街。辺りは出店で賑わっており、街行く人々は背中に剣や杖などを背負っている。
本当に異世界じゃないか……。何度も頬を抓る。ちゃんと痛みを感じる。やっぱり夢ではない。その光景に絶望し、その場で俺は膝から崩れ落ちる。そして大きく息を吸い込んで……。
「最悪だあああああああああああああああああああああああああ!」
その叫びによって、周囲の人間はまるで汚物を見るかのように俺に視線を向けてきた。だが、そんなこと今の俺には気にならなかった。この負の感情を吐き出さずにはいられなかったのだ。
「あんな人にならないようにね」
「はーい」
「頭がおかしい人なのかも」
「まあ、よくあることだよね。けど、絶対に関わりたくないけど」
「アハハ、それは言い過ぎだよ。ちなみに私もだけど!」
自分の真横を通りかかる親子や仲の良い綺麗な女性たちが、そんな俺を嘲笑いながら会話する声が聞こえた。こいつら、どんな思いで俺が異世界に連れてこられたのか知らないくせに。
でも、こうなってしまった以上、俺は異世界で生きていかないといけない。あの少年、今度会った時は絶対に自分が味わった絶望を体験させてやる。
それでも今すぐに気持ちを切り替えることができなかった。
どうしても自分は現実世界に未練がありすぎて、そういう思考には至らなかったのだ。この事実を受け入れるには時間が解決してくれるだろう。それにしても、衣食住を失ってしまったのは致命的である。
そのために最優先で俺がやらなければいけないこと――それは資金を手に入れることだ。その前に、まず出店に入って食材の値段を確認しよう。そうすれば、1日当たりの食費を計算することができる。俺は片っ端から出店に入っていき、食材の値段の平均を頭の中で計算していった。
※
「思った以上に安くて助かったけど……異世界にまともな食べ物は存在していないだろうか」
ピッグフロッグの足、ブラックドラゴンのテール、スライムゼリーなど見たこともない食べ物が並んでいた。店主に「牛や豚といった肉はないのです?」と聞いてみたが、この世界では牛や豚よりも魔物という肉の方が肉汁があり柔らかく美味しいと言っていた。
魔物は人間を食料としている非常に凶暴な生物らしい。そんな人肉しか食っていないお肉が果たして美味しいのだろうか……。
実際に食べてみないと口に合うか合わないかは分からないが、どれも食材は日本と比べて値段は安くほとんど2桁の買えるものばかりだった。
しかし、厄介な点があった。この世界は”円”ではなく”マイ”というお金の単位であった。そのせいでマイの相場が分からない。1円=1マイといった価値ならば、この世界でも何とか生きていけそうな感じがする。
だが、そのマイをどうやって稼ぐのか……こういうのは自分で見つけるより異世界民に聞いて情報を得る方が手間が掛からずに済む。お、見た感じあの人は優しそうだ。こう見えて、実はコミュニケーション能力には自信があるのだ。
「すみません」
「おう、どうした?」
優れた体格にスキンヘッドの男性。左目には動物に引っ掻かれたような傷跡がある。褐色肌で筋肉質の太い腕に足。おそらく自分の筋肉を自慢したいがため、タンクトップと半パンを履いているのだろう。
「いきなりなんですが、マイを効率良く稼ぐ方法ってありますか?」
「そうだな。冒険者になったらどうだ?」
男性は考える様子もなく答えた。まさに異世界らしい職業が出てきた。どうせダンジョンにある鉱石や倒した魔物の素材を売ったり、国や住民からの依頼を引き受けて報酬をもらうといった仕事だろう。けど、あまり命を落とす危険性がある仕事をやりたくはない。
「その他で良いのはないですか?」
「俺がしている建築だと1日で200マイほどしか貰えない。お前が言った効率よく稼ぐのには向いてない職業だ。その点、冒険者は一番難易度の低い依頼でも最低500マイは貰える。だから、ほとんどの人間が冒険者になるのさ」
「そうなんですね」
そんなに冒険者は貰えるのか……防具を着て武器を背負った人がやけに多いのはそれが理由だったのか。確かに今の話を聞く限りだと、冒険者にならない人間がいるのだろうかと疑問に思えるほどだった。
しかし、自分に親切に教えてくれている男性は冒険者ではなく建築業をしている。つまり、人によっては冒険者になりたくない要素が何かしらあるはずだ。
「何も知らないんだな、お前。もし冒険者になりたいのなら、中央広場にあるギルドに行って登録をする必要がある。これから時間があるなら、そこまで俺が案内してやるがどうする?」
ここまで優しく教えてもらったら断り辛いな。冒険者になる、と決まったわけではないが異世界の情報を知るといった意味では案内してもらうのは良いかもしれない。
「ぜひお願いします!」
「分かった。俺の名前はアリトレだ。呼び捨てで構わない。何か分からないことがあったら、ギルドに着くまでの間どんどんと質問してくれ」
「自分はメイといいます」
「メイか……よしメイ、離れないようにちゃんと俺の後を付いてくるんだぞ」
「はい!」
普段からアリトレは器が広いのだろうな。ここまで見知らぬ人に真摯に対応してくれる人はそう多くいない。何だか親戚のお兄ちゃんのような存在だ。こうして、俺はギルドまでアリトレに案内してもらうことになった。
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