第2話 天才剣士と希少な力
王国からの使者が俺たちの村、エンバースにやって来た。彼女の顔はもう何度も見ている。毎回、彼女は王国の言伝を持ってくるが、俺はその都度断ってきた。だって、彼らの用事がアイリに関わるからだ。
その使者はいつものように、俺の家の扉を叩いた。彼女の顔にはいつもの公式な表情があった。
「また王国の用か?」
俺は開口一番に訊いた。彼女はうんざりするほど真剣な顔で。
「はい、そうです」と答えた。
俺は深くため息をついた。また同じ話かと思うと気が重い。アイリのことで王国に足を引っ張られるのは、正直言ってうんざりだ。アイリは俺の妻だし、村での生活に満足している。王国の要求は無視できるものではないが、どうしても受け入れる気にはなれないんだ。
使者は公式の態度で、何度も繰り返し王国の意向を伝えようとするが、俺の答えはいつも同じ。
「いい加減にしてくれ……俺たちには王国の用事など関係ない」
しかし、使者は聞く耳を持たない。彼女はただ、王国の命令を遂行しようとするだけだった。
使者は、女性。名前はリリアンという。彼女は穏やかで丁寧な口調で話すが、その目には隠された鋭さがある。俺は彼女を見て、何かが違うと感じた。
リリアンは、目の前で一枚の紙を取り出し、俺に向けて見せた。それは督促状だった。内容は厳しいもので。
「アイリを王国に招聘しなければ、あなたたちに大罪が課せられます」
書かれている。まるで脅迫のような言い方だ。
俺はその紙を見つめながら、怒りを感じた。王国はどうしてもアイリを手に入れたいらしい。でも、俺はただそれを受け入れるわけにはいかない。
「こんなの、受け入れられるわけがない」
俺は言った。だが、リリアンは動じなかった。彼女は淡々とした態度で。
「これは王国の決定です。従うか、従わないかはあなたの選択です」
その言葉には、何の感情もない。彼女にとっては、ただの仕事なのかもしれない。でも、俺とアイリにとっては、人生がかかっているんだ。
俺の怒りは頂点に達していた。リリアンの持ってきた督促状、そして王国の強引な要求に対してだ。思わず彼女に手を振り上げそうになったとき、リリアンは冷静に、しかし冷酷な口調で言った。
「この村がどうなってもいいのですか?」
その一言で、俺は手を止めた。彼女の言葉の意味をすぐに理解した。これは単なる招聘ではない。王国が本気でアイリの力を欲していること、そして俺たちが従わなければ、村に何らかの報復があるかもしれないという脅し。
俺はこの村を愛している。ここで育ち、アイリとの幸せな日々を過ごしてきた。村に危害を加えるようなことは、何としても避けたい。俺の個人的な怒りより、村の安全が大切だ。
リリアンの冷たい目とその脅しに、俺は無力感を感じた。こんな方法で王国がアイリを手に入れようとしているとは。でも、俺は何とかしてこの状況を打開したい。アイリを守り、村も守る方法を見つけなければ。
しかし、俺の怒りは限界を超えた。俺は剣を手に取り、リリアンに向かってその意志をはっきりと示した。
「アイリが特別なら、俺も特別だ……」
俺は言い放った。
俺の剣は、ただの飾りではない。これは俺の誇りであり、俺の力の証だ。
しかし、リリアンは動じなかった。彼女は冷静に俺を見つめていた。彼女の目には、俺の言葉がいかに無意味であるかを示す鋭い輝きがあった。
「あなたの能力がどれほど素晴らしいものであっても、今回の事態には関係ありません」
リリアンは静かに言った。その言葉には、王国の意志がいかに強固であるかが感じられた。
俺の抗議と剣の威嚇は、予想外の展開を迎えた。そこにアイリの両親が現れたんだ。彼らの突然の登場に、俺は剣をしまうしかなかった。彼らが何をしに来たのか、その時の俺にはまだ分からなかった。
俺たちの議論が続く中、突然、アイリの両親が現れた。彼らの登場に、アイリは驚いた表情をした。俺も剣をしまい、何が起こっているのかを理解しようとした。
「アイリ、君には王国へ行ってもらうべきだ」
彼女の父親が言った。彼の声には決意が感じられた。アイリの母親もうなずきながら。
「王国でのあなたの役割は重要です。これはあなたにとっても、我々にとっても最善の道です」
そうやって言葉を付け加えた。
俺は彼らの言葉に動揺した。アイリの両親がなぜそんなことを言うのか、理解できなかった。アイリも困惑しているようだった。彼女の目には、驚きと、一抹の不安が浮かんでいた。
リリアンはそこにいて、彼女はただ静かに様子を見ていた。彼女の目には、計算された満足があったように見えた。
この瞬間、俺は理解した。王国はアイリの両親まで動かしている。これは単なる招聘以上のことだ。俺たちの運命が、ここで大きく変わることを。
アイリの両親が俺たちの婚約に反対したことは、俺にとって忘れられない過去だ。特に彼女の父親は、厳格で、一人娘のアイリを親もいない、粗野とされる俺に預けることを望まなかった。しかし、アイリは強くて、俺たちは結ばれたんだ。
だが、今回の王国からの要求は、彼らにとっても都合のいいものだったらしい。王国に行けばアイリは安全で、将来も保証されると言う。しかし、彼女が行かなければ、彼女自身、彼女の両親、そして周りの人々も危険にさらされるという。
俺の横で、アイリは俺の手を握り、静かに「わかりました」と答えた。
でも、彼女は「1年だけ」と条件をつけた。彼女のその言葉に、俺は心からの信頼を感じた。俺たちはお互いに約束し、使者と両親にもその約束をした。
アイリが王国「ゼファラ」に向かった日から、俺は彼女が帰るまでにもっと良い男になるために努力を重ねた。彼女が帰ってきたとき、もっと幸せにできるように。
しかし、約束の1年が過ぎても、アイリは戻らなかった。俺は毎日、彼女の安全を祈りながら、彼女の帰りを待ち続けた。何が彼女を留めているのか、俺にはわからない。ただ、俺は彼女を信じ続けるしかなかった。
アイリの両親とのやり取りは、俺の心にいつも重くのしかかっている。彼らは俺たちの関係をずっと快く思っていなかった。特に彼女の父親は、俺を見下していたようだ。親もいない、粗野な俺を、彼の一人娘にはふさわしくないと思っていたんだろう。アイリを何よりも守りたい、そんな彼の目は、いつも厳しかった。
でも、アイリは強かった。彼女は、両親の反対を押し切って俺を選んでくれた。その決断に、俺はいつも感謝している。だが、その過去が、今回の彼女の選択に大きな影響を与えている。王国へ行けば、彼女は安全だし、将来も保証されると、彼らは言った。彼らにとっては、それが彼女を守る唯一の道だったんだろう。
アイリが王国へ行く決断をしたとき、俺は彼らの影響を強く感じた。彼らはいつだって、アイリの安全を一番に考えていた。彼女が俺と結ばれたときのことを思い出すと、彼らの保護的な姿勢が、今回の彼女の決断に影響を与えているのが分かる。
アイリが王国へ行った話は、エンバース村じゅうに広がっていた。村人たちの反応は、それぞれだった。一部の人々は、アイリの安全を祈り、彼女の決断に賛同しているようだった。王国が彼女の力を認めたことを誇りに思う声もあった。
けれども、他の村人たちは違う見方をしていた。彼らは、アイリが俺を残して行ったことについて、疑問を投げかけていた。中には、俺がアイリを守ることができなかったと、俺を批判する声も聞こえた。
俺は、村人たちの間のこのような分裂に心を痛めている。アイリがいなくなってから、村全体の雰囲気が変わってしまったように感じる。彼女の存在が、村に明るさをもたらしていた。今は、その明るさがなくなり、静寂が重くのしかかっている。
アイリのことで、同情を示す村人もいれば、彼女の行動に疑問を持つ人もいる。村では、彼女が王国へ行った理由や、俺たちの関係について様々な噂が飛び交っていた。
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