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「どうだった?」
そば屋のお会計を済ませた頃、俺の意識は根津の部屋へ戻ってきた。
「うん、ダメだったよ」
収穫はゼロだと言ってもいい。
逃避行中に二人で仲良くそばを食べている、という未来を知ったところで、なんの役にも立たない。
やっぱり無理にでも事件の概要を聞き出せばよかったんじゃないか。
今さらどうにもならない後悔が押し寄せてくる。
自分の命が危機にさらされた状態でなにをやってるんだか。
自己嫌悪。
「やっぱり」
なぜか根津には俺が失敗することをお見通しだったらしい。
「今の平尾が事件の詳細を突き止めるのは無理じゃないかって思ってた」
「なんでだよ。俺はやればできる男だぞ」
「でも坂下さんに事件を思い出させるようなこと、言えなかったでしょ? 平尾はそういうところだけ、優しいから」
「それを優しいとは言わん。思いきりが足りないとか、情けないとか、そう言うんだ」
「そうかもしれないね」
根津は笑いながら、手の中の懐中電灯をくるりと回す。
「次はどうするの? またどこかにタイムスリップする?」
「いや、正直手詰まりだ」
何度決意して未来へ行ったところで、俺は坂下から情報を聞き出すことはできない。
そのことが今回の一件ではっきりわかった。
死ぬ気になればなんでもできる、という話は聞くが俺の場合は未来で自分が殺されると知ってもできないことはできないままらしい。
でも死ぬのは嫌だ。
諦めるわけにはいかない。
「なんとかしないといけないんだけど、困った」
「あたしはこれ以上の情報を集めなくても、事件は防げると思う」
「どういうことだ? いじめを解決するのには失敗しただろ」
「わかってる。だから、たとえば二十七日の坂下さんを尾行するのはどう? もし尾行がバレても、犯行は思いとどまらせることができるかもしれないでしょ」
「そんなことで……いや、意外といけそうだな」
意外と単純な解決策があった。
それを思いつかないくらい俺は焦っていたのだろう。
俺の反応に気を良くしたのか、根津はどこか嬉しそうに続ける。
「もっと確実な方法なら、別の用事を約束するんだよ。一緒に映画を観に行くとか、買い物に行くとか。それで二十七日を平穏に乗り切ることができたら、その日に事件は起きない」
「そうなれば二十八日に逃避行をする理由はなくなるわけだ」
正確な犯行現場や時刻がわかっていなくても、事件を防ぐ方法はあった。
「すごいぞ、根津。俺はこれまでで一番、お前の賢さに感心してる」
「平尾が迂闊なだけだと思うけど、褒められて悪い気はしないかな」
「万全を期すために、高見のほうも用事を作って遠ざけることができるとなおいいよな」
加害者と被害者を引き離す。
それは単純だがたしかに問題を解決する手段の一つだ。
この場合、加害者がどちらで被害者がどちらなのか、という点は問題にならない。
「手分けしよう。坂下を連れ出す係と、高見を釘付けにする係だ」
「平尾はどっちがいいの?」
「どちらかと言えば、坂下翔子のほうだ」
「未来で逃避行している経験が活かせるから?」
「単純に高見と話すのが苦手なんだよ。だからまだ坂下のほうがいい」
「わかった。じゃあ高見さんのほうはあたしがなんとかする」
「頼んだ」
方針は決まった。
この方法なら確実に事件の発生を防げるだろう。
「これで未来はもう変わったかな?」
「そんなに簡単じゃないだろう」
俺たちが決意を固めただけで未来が変わるくらいなら、苦労はない。
「明日俺は坂下と、根津は高見と、二十七日を一緒に過ごす約束を取り付けよう。そうすれば未来に影響が出るはずだ。それからタイムマシンで事件当日を確認するのが確実だろう」
できれば今日中に片付けたかったが、焦って失敗しては元も子もない。
タイムスリップ前は余裕がなかったが、未来で坂下と話したこと、そして根津の案で解決の目処が立ったこともあって、以前ほどの焦りは感じなかった。
勝負は明日だ。
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