第21話

「堂々巡りやな。あかんな、佳彦君、視野が狭くなっているわ」

「視野ですか?」

「そや、佳彦君も自分の考え方に凝り固まっている」

「いえ、僕はそんなことありません」

「そういう人こそ絶対そう言うねん。だからたくさん本を読み。小説とか学術書とかなんでもいい。すると自然と視野が広くなって凝り固まった考え方も消えていくから」

「はい」と僕はその部分だけ軽く聴き流した。だけど僕はあいつらのように間違ってはいない。

「あとは友達を作って遊び」

「祖父が友達関係にも口出ししてきたので、僕は昔から友達の作り方を知りません」

「そうか」と言うと池田さんは僕が渡した偽の名刺を僕に返してきた。

「裏に俺の携帯番号とメールアドレスを書いておいたから。平日は仕事で対応できないけど、休日なら対応できる。俺、今でも独身の独り身やから、何かあったら連絡して。気晴らしにドライブとか行こう。ただ話を聞いてもらえるだけでもずいぶん楽になるから」

僕は名刺を受け取り裏返すと、そこには少し丸い字で池田さんの連絡先が書かれていた。いつの間にと思ったが、僕がトイレに駆け込んだ時に違いないと思った。本当に僕は池田さんにすべてを見透かされている。池田さんは本当に聡明な人だと改めて思った。

「ありがとうございます」

「俺でもいいけど、心療内科か学生相談センターに行きや、絶対に一人では解決できない問題やから。何度も言うけど絶対に一人で抱え込んだらアカンで」

僕は躊躇ったが一応「はい」と返事をしていた。

「今は少し気持ちが楽になったかな?」

「はい、うちのことを人に話したのは初めてだったので」

実際、僕の気持ちはだいぶ楽になっていた。

「そうか、それはよかった。もう俺からは話すことはもうないからそろそろ出ようか? 佳彦君、体調は大丈夫? 下宿先まで帰れる? 何なら車で送っていくで」と池田さんが僕に気遣ってくれたのがとても嬉しかった。そして池田さんはテーブルの伝票を取り上げた。「池田さん、それはダメです。僕が無理を言って池田さんを誘い出したのに」そう言うと池田さんは笑って「子供に払わす大人がいるか!」と言い会計を払ってくれた。車で送っていくのを拒否した僕を池田さんは駅の改札口までわざわざ見送ってくれて、最後に「困ったら迷わずに連絡してや」と言う池田さんを見ていると、きっと矢早さんもこんな優しくて聡明な人だったのだろうなと思った。するとさっきまで晴れていた気分がまた曇り始めて僕は帰りの電車内で矢早さんに一体どう償えばいいのかと深く思い悩んでしまっていた。

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