クチグセ

ヒロ

第1話

 「私を1番にしてくれてありがとう」


 これが俺の彼女の口癖だ。そんな彼女の話、聞いてくれない?



 俺らが通ってる高校、まあまあな進学校なんだけど、その中で俺は最底辺。なんで受かったのかって不思議なレベル笑

 それに対して彼女はめちゃくちゃ頭が良い。学年ではもちろん、県でもトップ。全国模試でも常に上位にはいってるみたい。

 彼女との出会いは高校になってからだから、中学んときのことはよくわからないけど、まあすごかったらしいね。文武両道、さいしょくけんび(?)って有名だったらしい。

 吹奏楽部だけど、運動神経がいいからよく他の部に助っ人としてよばれてるみたい。それで大会とか入賞したりしちゃうんだからすごいとしか言いようがないよな笑

 でももっとすごいと思うのが、彼女はそれらを全く自慢しないってことだ。謙遜とかそういうんじゃなくて、ホントにたいしたことないって思ってるみたい。

 前に、なんでそんなに頭いいの、どうやって勉強してるんだって聞いたことがある。そしたらこう言ってた。

「先生が“毎日これだけはやったほうがいい”みたいなアドバイスしてくれることがあるでしょう。例えば英語だったら1日15分単語練習するとか。それらをすべて実践してるだけよ。小学生のときからずっと」

 普通できる?こんなこと。俺なんか課題やるだけでもたいへんなのに笑

 彼女のゴールでサッカー部が優勝したときも、テニスの大会で1位入賞したときも涼しい顔して「たいしたことじゃないわ」って言ってた。

 彼女自身は得意になったりしないとはいえ、そんなかんじだから、やっぱり妬まれもしている。でもそれだって気にしていないみたい。ホントにかっこいい。

 俺が彼女を好きになるのも当然だよな。まあ、なんで俺のことも好きになってくれたかはわからんけど。やっぱ顔かな笑

 高1のときに好きになって、高2で運良く同じクラスになれた。それからしつこく話しかけて、アプローチして、夏休み前になんとか告白成功。俺はひたすら彼女の魅力を彼女に伝え続けた。彼女はもともと感情を表に出さないタイプだったけど、しだいに俺の言葉を嬉しそうに笑って聞いてくれるようになった。今思うと大分うっとうしいやつだった気もするけど、そんな俺を好きになってくれたんだ。たぶんな。

 めでたく恋が叶ってから半年、俺の彼女への想いは相変わらずだ。それどころかますます好きになっている。つまりめっちゃ幸せ。

 ところで、彼女の口癖の話に戻ろう。

 初めて彼女がその言葉を言ったのは、付き合い始めて1週間がたった頃のことだ。

 その日、7月のはじめにあった模試の結果が返ってきた。俺のは目も当てられないようなものだったが、彼女はというと、全国1位、偏差値は80超えだった。

 俺は当の本人より興奮して、彼女をたたえた。

 彼女はいつも通りの冷静さで、騒ぐ俺を見て苦笑した。

 「もっと喜びなよ。1位だよ、すごくない?」 

 俺の言葉に彼女は思いがけないことを言った。

 「これのどこがすごいの?」

 それは、やっぱり謙遜ではなく、本気でそう思ってる風だった。

 「すごくないの?どういうこと?」

 彼女の答えをまとめるとこんなかんじだ。

 

 私はなにもすごくはない。なぜなら、勉強で1番にはなれないから。全国模試で1位だったとして、それは同じ学年のその模試を受けた人の中での話。日本全体で考えたら私よりも賢い人はいくらでもいる。世界で考えたら私は何億番目。そもそも、問題として出されてる以上、その問題を作った人には敵わない。私にしか解けない問題じゃない。だからすごくはない。サッカーも、テニスも同じ。私が誰よりもできるわけではない。


 つまり彼女は、上には上がいる。だから自分はすごくないと考えているらしい。そんな極端な、と思うが彼女の主張はもう少し続く。

 

 私には特別好きなものや趣味が何もない。自己紹介で言えるようなこと、自分といえばこれだというものが何もない。個性を表現できるような芸術系なんかにはそこまで興味がないし、推しというものにも出会ったことがない。だから、誰かと話すにしたって盛り上がるような話題も持ち合わせていない。自分がだれとも違う、ただ1人の存在だと思うことができない。それが私のずっと抱えてきた悩み。


 彼女は、自分は人一倍“しょうにんよっきゅう”が強いのかもしれないと言った。残念ながら俺の乏しい語彙の中にはない言葉が出てきて、そのせいか、俺には彼女の言いたいことがいまいちよくわからなかった。

 彼女は長くしゃべった後、途中からよくわからなくなりあいまいな相づちを打つだけだった俺を見てニコッと笑った。そして最後にこう言った。

 

 「私をあなたの1番にしてくれてありがとう」


 その言葉を聞いて俺が思うのは一つだけ。


 「あぁ、俺の彼女今日もかわいい!」


 っていうただのノロケ笑、ここまで聞いてくれてありがと!






 スマホを閉じ、天井のぼんやりと緑に発光する消えたライトを眺める。

 狭い独り身のアパートの一室。冷たいフローリングの上に直に敷いた布団の上。今はいったい何時だろう。

 何気なく開いたSNSで見つけたどこの誰かもわからないやつの投稿。それらを眺めて今日も眠りにつく。と、その前に一言。


 「リア充爆ぜろ」


 それが口癖…






 

  

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