政治的に正しい回転寿司

ハタラカン

源流

「サーモンおいしー!」

「イカとタコならやっぱイカ」

「結局赤身食っちゃうなぁ」

平和な回転寿司店があった。

通ぶって玉子や白身魚ばかり食べる者。

大好物の一皿を注文し続ける者。

季節のフェアなど目玉商品から始めてルーティンに移行する者。

皆思い思いに海の世界を楽しんでいた。

しかしある時、そこに正義が現れた。


「……………………」

そいつは入店するや否や魚介より先に苦虫から噛み潰しはじめると、その表情のまま先客のテーブルへ近付いた。

そのテーブルは友達二人組のたまの贅沢だった。

二人とも寿司に夢中で傍らの正義など眼中に無い。

「あー♡」

二人組の片割れ…Aとしよう。

彼女が中トロを食べかけると正義がそれを奪い取り、床に叩きつけた。

「あ…え…?」

Aがわけもわからず、あまりの不条理に怒るに怒れず、ただ奪われた悲しみで涙目になって正義を見つめると、我慢の限界を迎えた正義の怒りが爆発した。

「この差別主義者め!!

お前みたいな奴がいるからパフェ差別が無くならないんだ!!

寿司が魚介だなんて決めつけるな!!

パフェが寿司でもいい!!」

正義の絶叫である。

そして正義は怒りの導くまま店内の魚介を投げ捨てて周った。

「パフェ以外のネタはパフェ差別を助長する!!

パフェを食え!!」

その暴虐を見かねた客の一人がついに立ち上がった。

「何をする!やめろ!」

しかし立ち上がり制止すると、即座に殴り返されてしまった。

「黙れ差別主義者が!!」

「ぐはっ」

「被害者の口を噤もうなどと…全く許し難い蛮行だ!!

私は絶対に声を上げるのをやめないぞ!!」

客に正義を止められる者はおらず、見る見る魚介が床の汚れに変えられていく。

全テーブルと全コンベアーから魚介が消えた時、ようやく店長が注意した。

「あの〜他のお客様のご迷惑になりますので…」

「迷惑だと!?

私はパフェにも寿司として当然の権利を与えろと言ってるんだぞ!?

パフェだって普通の寿司として扱われたいだけなの!!

それを迷惑とは…時代錯誤も甚だしい!!

もっと多様性を尊重しろ!!

より多くの人間がより平等により幸福を得られるようパフェだけ作ってろ!!」

「でもそれじゃ売り上げが…」

「私が全員にパフェを食わせる!!」

「あ、そうですか」

納得した店長は言われるがままパフェをコンベアーに乗せ始めた。

列をなした山盛りスイーツがどんどん店内へと流れていく。

「て、店長!?なにやってんスか!」

そのさまを見て狼狽えたのは客だけでなく店員も同様だった。

「おかしいでしょ!?

あんな奴ただの部外者なんだから言う事聞いてやる必要なんかねーんスよ!」

「バイト君…君もパフェ差別するのかね?」

「パフェ自体は別にいーんスよ!

元々デザートで置いてるもんだし!

でもウチは寿司屋でしょ!?

パフェは寿司じゃねーでしょ!?

ウチは魚介を出す店で、客は魚介食いに来てんでしょ!?

そのルール前提でないと成り立たない業界でしょ!?

目ぇ覚ましてください!

ルールはオレらが守ってやんなきゃ簡単に死ぬんです!」

バイト店員は時給交渉を凌ぐ熱量で訴えた。

単なる腰掛けバイト。

職人修業してるわけじゃなく、元来寿司にさほどの拘りも無い。

だがそれでも魚介寿司が食い物の中で一番好きだし、何より魚介を失って悲しむ客たちの涙がバイトを奮い立たせた。

それは人の為に働く者の最低限の誇りであり、最低限の誇りを護らんとする人間の意地であった。

しかし店長は小揺るぎもせず、パフェを流しつつ答える。

「黒字ならなんでもいいんだよ」


やがて回転寿司のコンベアーがカラフルなパフェで埋め尽くされると、他に取る皿も無いので人々は嫌々パフェを食べ始めた。

正義が満足気に吠える。

「フハハハ…アファーマファマファマファ!!

素晴らしいィ!!

これだよ!!

これこそ多様性!!

これこそ共生社会!!

魚介嫌いが生きづらさを感じなくていい、誰も取り残さない寿司屋!!

フハハハハッ!!

あー幸せ!!」

もはや正義以外誰も何も喋らなかった。

スプーンがパフェを切り裂いて容器に当たるカチャカチャという音だけがあちこちから鳴っている。

生きづらさを感じていないのは正義だけだった。

パフェが好きなのは正義だけで、他の客は嫌いな者が大半を占めていたからだ。

そもそも好き嫌い以前にバイト店員の指摘通り客は魚介を食べに来ていたからだ。

だがそんなもの正義にとってはどうでもよかった。

というより積極的に排除アップデートすべき価値観だった。

自由に自分らしくパフェを食べられる。

これを幸福と捉えられない感性など、多様な寿司屋にあってはならないのだ。

「サ、サーモン…」

そんな沈黙の空間内。

おずおずと発せられた舌足らずな声がよく響いた。

よく響いたが、しかし誰もそれを注文だと認識できなかった。

回転パフェ屋と化した店内においてその言葉は非現実過ぎた。

「て、店長さん…サーモンひとつ…」

注文者は最初に中トロを奪われたAだった。

彼女は挫けなかった。

より具体的に、相手を絞って再度要求した。

しかし店長より先に正義が動く。

早足かつ大股に歩み寄り、踏み込みの流れに乗せた拳で殴りつけた。

「ぴぎゃっ」

悲鳴というより押し出された空気の音を鳴らして座席に倒れるA。

正義はさらに論破で追い打ちをかける。

「差別主義者め…!!

ここにきてサーモンだと!?

ギトギトの油で客を惑わす、寿司らしさという歪んだ価値観の元凶を!!

時代の流れに逆らってまで食おうと!?

死ねクソビッチが!!」

完膚なきまでに論破された風に見ようとする輩も存在しなくはない風潮を感じさせるAだが、なおも正義に立ち向かった。

「だって…だってわたしはサーモン食べたいもん。

魚介食べたいもん。

パフェ食べたくないもん!

どうしてもパフェ食べたいなら、あなた一人が隅っこで黙って食べてて!」

「あのな小娘…それじゃあ意味が無いんだよ。

魚介だけが寿司という価値観の中で寿司屋に来て一人でパフェ食ってたら私が変態みたいだろう?

それじゃ私が可哀想だろう?

私は『普通に』パフェを食いたいんだ。

変態としてじゃなく当たり前に、何一つ負い目を感じずにな。

ここまで言えばDHA漬けの生臭い脳味噌でも理解できたかマヌケめ。

私の気持ちに寄り添うためには、全員が大好物として普通にパフェを食う寿司屋にしなければならんのだ。

その実現には魚介寿司を、古い普通を滅ぼす必要があるのだよ。

パフェ食えりゃいいって話じゃない」

「…その錯覚を演出するために…変態の気持ちのために嘘を押しつけられる普通の人たちは可哀想じゃないの…?」

「マジョリティは形成されると同時にマイノリティを生み、精神的苦痛を与える。

存在そのものが加害なのだ。

ゆえに、マイノリティには愛を。

マジョリティには死を。

これが時代の流れだ。

常識だぞ」

「そんな流れ知らない…」

「そうだろうとも。

寿司屋から存在しないものとして扱われてきた可哀想な私が人知れず作り上げたものだからな。

この流れを知らぬ事自体お前が非人道的な加害者側である証左なのだ。

さあ、罪を洗い流すがいい。

パフェ食え」

「イヤだ!」

「じゃあ死ね!!!」

「いい加減にしろ!!」

正義が再び拳を振り上げたのを制するように、Aの友人…Bが立ち上がって叫ぶ。

「頭おかしい奴だし誰かがどうにかするだろと黙って見てれば…!!

いきなり顔面殴るわデタラメ語るわ何考えてんだ!!」

Bの怒気は凄まじいものだったが、絶対的被害者である正義にとっては新たな加害でしかなかった。

「やれやれ…既にいわれなき誹謗中傷を受けている私にさらなる攻撃とはな。

相手が弱々しいマイノリティと知ればすぐにこれだ。

さすが差別主義者は不寛容極まりない。

全く話が通じん」

「話が通じないか…そこは同感だね。

でも言うべき事は言わせてもらう。

あんたはいわれなき弱い者いじめされてるつもりらしいが冗談じゃない…盗人猛々しいにも程がある。

あんたが責められてるのは弱いからでも少ないからでもない。

魚介を食べる場所でパフェ食べる不合理な変態だからだ。

不合理を誤魔化すだけのために魚介寿司っていう合理を滅ぼす迷惑な駄々っ子だからだ。

迷惑な駄々を暴力で強制する極悪人だからだ。

極悪な行いをやっていい正当な権利が自分にあると妄想する狂人だからだ!!

正誤も善悪も無視した特定少数の私情で世界を塗り潰す暴君だからだ!!

僻みと逆恨みを正当化する狂った暴君なんか尊重されていいわけないだろっ!!

そんな奴が尊重されるのは悪魔の時代だっ!!

時代錯誤も何も、悪魔の時代に適応できるほうが人間として終わってるよっ!!

魔界の住人は出ていけ!!

寿司屋不適合者は出ていけ!!

あんたの存在は、より多くの自由と平等と幸福を破壊してる!!」

憎悪みなぎるヘイトスピーチだった。

悪への憎しみこそ善の存在証明なのだから当然である。

そして正義に悪の自覚が無いのもまた当然であった。

「ふん…たわけめ。

どのような戯言を並べてもパフェと私が尊重されるべきという事実に変わりはない!!

目指すべきは多様性を尊重する寿司屋であり、不寛容な差別主義は多様と矛盾するのだからな!!」

「だからだよ。

目指すべきは多様性を尊重する寿司屋だから、変態でも後ろ指さされるくらいで済んでた寛容な寿司屋をパフェ以外許されない不寛容なパフェ屋に変えちまう差別主義者は寿司屋の敵なんだよ。

そもそもの話、多様は

『異なるものの多いさま』だ。

当然、多様性を尊重するって言っても

『七色のスイーツで全て埋め尽くす事』なんて意味にはならない。

『多いほうが少ないほうに同化して何一つ負い目を感じさせないようにする事』なんて意味にもならない。

むしろ両立できない時は物理的に多いぶん異なる部分も多いマジョリティを立てるのが多様性の尊重なんだよ。

要するに…多様うんぬんは暴君を正当化できる魔法の言葉じゃないし、あんた1色に染まった子宮を多様とは呼ばないし、可哀想な暴君と満たされた平民が対立した時は平民に勝たせるのが多様なんだよっ!!

多様語るなら他人なめんな!!

多いのは常に自分より他人だ!!

多様な寿司屋ってのは他人たちが、不特定多数がそれぞれ異なる寿司を食べられる場所だ!!

どうしても仲間に入れてほしいってんなら普通の変態をやる覚悟決めて出直してこい!!

自分が絶対尊重される赤ちゃんプレイを寿司屋にやってほしいってんなら諦めて大人になれ!!

誰もが当たり前に暴君をやれる魔界がほしいってんならもう地球から出ていってくれ!!

人間の邪魔をしないでくれ!!」

「黙れっ!!

被害者の口を噤むなっ!!」

カッとなった正義の正当防衛鉄拳がBの頬を打つ。

座席へ倒れ込んだBはしかし不敵に微笑み、勝ち誇る。

「これで3発目…立派な暴行傷害だ。

どうせ言葉で説得なんてできやしないだろうからね…1発目の時点でとっくに警察呼んである。

あんたに支払い能力があるとも思えないけど、手錠かけられる前に慰謝料の算段でもしとけ!!」

Bが啖呵を切り終えると、ちょうど警察が入ってきた。

「ちわーっす警察でーっす!

あ、正義さんこんちゃっす!

今回はどいつが差別主義者ですか?」

「そこの二人組だ」

「へい毎度!」

正義と軽くやり取りした警察が寸分の迷いなく、一切事情を聞かず、流れるような動作でAとBに手錠をかけた。

涙目にはなっても殴られて鼻血は噴き出しても嗚咽まではしなかったAだが、これにはさすがに耐えきれなかった。

「ふえ〜ん」

「泣くな差別主義者が!!

てめぇにゃそんな権利はねえ!!

なんせ社会的にブチ殺されちまったんだからなぁ!!

ゲヒャヒャヒャヒャヒャア!!

オラッ!!キリキリ歩け!!」

力任せに、やはりなんの迷いもなく極悪犯として連行されていくAB。

「ちょっ…ちょちょちょちょ!!

なんでアタシらが逮捕されんの!?」

Bの引きずられながらの質問に、警察はあっさり言った。

「悪者ならなんでもいいんだよ」


無から悪者を創作できる正義は警察の得意先だったのだ。

警察も店長も正義の味方。

寿司を握る機械は店長が止めてしまっており、バイト店員には能力的にも立場的にも寿司は作れない。

人々の手がパフェを味わう方向以外に流れれば抹殺される…その新しい時代が結果として示された今、今度こそ店内は絶望に包まれた。

だが…店の外はその限りではなかった。

「はあはあ…おい!!みんな!!」

自動ドアに衝突しそうな速度で息急き切って乱入してきた新たな男。

彼は全員に呼びかけた。

店内の誰の知り合いでもなかったが、その切迫した様子はパフェに飽きた耳目を惹くに充分だった。

「あっち…あっちの寿司屋!!

魚介を出してる!!」

「なんだって!?」

報告を受け、店内に別の流れが生まれていく。

人間ひとりひとりそれぞれの意思の集合による流れは、正義単体の力が作ったパフェへの流れを易々と呑み砕いた。

「サバは!?サバはあるの!?」

「ある!!」

「赤貝とサンマは!?」

「あるとも!!

やっぱりこの店もやられてたようだな…教えに来て正解だった!!」

「もしかして、その店ではパフェ食べなくてもいいんですか…?」

「いいんだ…いいんだよ!!

なんでも好きなものを食べていいんだ!!

さあ、こんなクリーム臭い店に閉じこもってないで、みんなで魚介を食べに行こう!!」

正常を殺させないための戦いより奴隷生活を正常とする狂った怠け者たちでも、外から逃げ道を与えられれば素早かった。

乱入男の号令で会計レジは大混雑し、客の全員があっという間に出ていった。

店長と店員と客ではない正義だけがその場に残された。

「おンのれぃ…!!

差別主義者どもがあああああ!!

いいだろう…その店にも配慮と尊重を教えてやろう。

そして魚介寿司を押しつけない多様性溢れたパフェの店にしてくれるわ!!!!!」

正義も後追いで出ていった。

店長と店員と、流れるパフェと床にぶちまけられた魚介だけが残った。

「どーすんスか、これ」

店員の嫌味たっぷりな責めを店長はあっけらかんと受け流す。

「店なんて潰れてもいいんだよ。

俺はただの雇われだし貯金あるから」

機械仕掛けが延々パフェを流し続け、店長たちは呆然とそれを眺め続けた。

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