第8話 新たな事件発生!
アドラは机に顎を乗せてダラダラしていた。
一方ノナは事務所に置いてある本を読み漁っていた。本のジャンルは化学反応系、生態系、過去の事件簿がほとんどだった。
事務所の書棚は壁一面が本で埋まっており、すべてを読破するにはかなりの時間がかかりそうである。
(参考になる本は多いんだけど、時々えっちな本がでてくるのよねぇ……。)
そう思っていると、事務所の呼び鈴が鳴る。
駆け足で入り口に行くと、宅配業者が立っていた。
宅配業者は息を切らし、冬であるにもかかわらず大汗をかいていた。
その理由は事務所が入っているマンションにはエレベーターがついていない。それは建物が横に長く三階建てであるためオーナーがつけなかったようだ。
ノナは申し訳そうな表情をするが、宅配業者は早く帰りたいのか早口で用件を伝える。
「お疲れ様です!獣人探偵事務所にお荷物をお届けに参りました!」
「はい!ありがとうございます。」
ノナはサインを書くと宅配業者は足早に帰っていった。
(やっぱり人間にとって獣人は怖い存在だよね……。)
少しブルーな気持ちになって事務所の応接スペースに荷物を置くとアドラが仕切りの向こうから話しかけてくる。
「何かあった?少し落ち込んでいるニオイがする。あと……それは服のニオイだな。」
自分の気持ちをいち早く感じ取られて一瞬警戒するが、アドラはそういう能力持ちであるということを思い出す。
「……いえ、やはり獣人は怖い存在なのでしょうか。」
「そうだな。戦争でいっぱい人を殺した兵器だもんな。しょうがない。」
「で、でも!戦争はもう終わったし、新人類の研究で私たちは生まれ変わった。だから、そんなに怖がらないでほしいと思っているのだけど。」
ノナは精一杯獣人のことを悪くないと言ってみるが、アドラは違っているようだった。
「じゃあ、例えば昔、いろんな人にイジメをしていたやつがいたとする。大人になってイジメはしなくなったから、信じてくれと言われても信じられるかい?例えば凶悪な強姦殺人をした人間が刑期を終えて出てきて、もうしませんと言われて信じられる?たぶんそれと同じことだよ。」
「そ、それでも先人たちがやったことで私たちには――」
「関係ないと言いたい?」
アドラに遮られてノナは怯んで黙ってしまう。
アドラは淡々と冷静な口調で話していく。
「昨日の事件もそうだけど、最近は獣人が絡んだ不可解な事件が多くなっていてね、それもあって危険な存在だと思われているんだ。偶然なのか仕組まれたものか……。いずれにせよ、俺たちは理解されない。新人類になれなかったんだから。」
「そ、それはそうなのかもしれませんが……けど――」
「邪魔するぞ。」
突然事務所の入り口が開いた。
ノナは驚いて振り向くと、はち切れんばかりの筋肉量でピチピチになったネルシャツを着ている狐獣人が立っていた。
私服で一瞬判別できなかったが、獣人の警察官のクインだった。
ギスギスした事務所の雰囲気を察していやらしい笑みを浮かべる。
「へぇ、痴話喧嘩でもしているのか?」
「ちげえよ。」
「ほーん。でもお嬢ちゃんはむくれているぞ。」
「あ、あの……。いつかは獣人を受け入れてくれる時代は来ますよね……?」
クインはその質問に即答できなかった。
クインの中でもアドラと同じように獣人による事件が増えていることもあり
、まだまだ理解はされない部分がある為だ。
「いつかはね……。きっといつかはそんな日が来てくれても良いかなとは思うように。今は難しいけど。」
「キレイゴトー。」
「うっせ!黙ってろ!……じゃなくて、捜査の結果が出たんだが聞くか?」
「どうせ、事件だけど表向きは事故の処理にするんだろ?」
「……ッチ!どうしてわかるんだよ。そんなニオイ出てきてんのか?」
(事件現場で言った通りのことになった……。)
クインは悔しそうにアドラを睨んでいたが、すぐにノナの方へ振り向き深々と頭を下げた。
突然のことでノナは焦っていたが、そんなことも気にせず口を開く。
「ノナ様。この度は大変申し訳ございませんでした!貴女の人生を台無しにしてしまったことを謝罪いたします。お詫びの方はいかがいたしましょうか?」
「……今度からアドラさんの弟子として事件現場に向かってもいい許可を出してもらえますか?それだけいただけたら何も要りません。」
「そんなもので良いのですか?」
「俺は弟子を取った覚えはないぞ。」
「アドラ!ちょっと黙ってろ!もちろん、捜査にご協力頂けるなら喜んで!」
「じゃあ、交渉成立ね?」
ノナとクインはお互いに握手をする。
ノナは思い出したように、宅配物を開ける。
中身はアドラが言った通り、衣料品であり、鹿撃ち帽とケープのようなコートが入っていた。
ノナはそれを羽織り、帽子を深々と被るとクインにその姿を見せる。
クインは最初は呆気に取られていたが、すぐに表情が柔らかくなる。
「ノナ様も探偵デビューですね。お似合いですが、アドラのように長いコートにはしなかったのですか?」
「長いコートにすると自慢の護身術の蹴りができないのでこれで良いんです。アドラさんとは鹿撃ち帽でお揃いです!アドラさんに見せてきますね。」
「あ、アドラは……」
「ほえいあ……。」
アドラは突然隣に来たノナに驚き、椅子から落下したのである。
クインは額に手を当てて呆れているとポケットの中から雑音が流れ出す。
それは携帯端末に似た物で、取り出すとノイズの入った音が事務所に響く。
「こちらクイン!応答せよ!」
『ザザッ……くい……うみ……ザザザ……きゅ……ザザッ……せよ……
ザー。』
「端末が壊れてるんか?」
「いや、落としたりはしていないのだが……。」
「あの〜。多分、『クイン巡査長。海にて事件発生の模様。直ちに現場へ急行せよ。』って言っていますよ。」
アドラとクインは驚いた顔でノナを見つめる。
イケメンマッチョなクインとヒョロそうだが、色々と魅力的に感じているアドラから見つめられて思わず垂れた両耳を掴み、恥ずかしそうな顔をする。
「アドラ。弟子じゃなくても助手にはしたほうがいいと断言する。」
「しゃーねぇ。いっちょ現場へ向かうとするか!クイン、パトカーに乗せて連れて行ってくれ。」
「今回はノナさんのお手柄だから許してやるよ……。」
三人はパトカーに乗り込み海に発生した事件現場へと急行するのである。
(海に行くなら水着を買えばよかったな……)
ノナは少し悔しそうに車内から外の景色を見てそう思ったのだった。
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