第5話 そのニオイは臭かった!


 聴力が戻ったノナがアドラの能力を見ているクインの傍へ寄る。


「アドラさんは何をされているのですか……?」


「アドラの能力はニオイを追跡して少し過去の出来事を見ることができるのです。ただし、ニオイだけですが。」


「ニオイって、警察の事件調査でなんか……こう、サンプル採って……。」


「鑑識部隊のことですね。あれよりもより詳細にわかることもあります。今回はそのパターンです。」


 クインがそういうと、ノナは首をかしげる。

 その理由がこの世界の鑑識はかなり精度が高い。そのため、アドラの能力が役に立っているというのが理解できなかった。

 口に手を当ててブツブツ言っていると、クインは苦笑いして答えを言う。


「ニオイが外部から持ち込まれた場合現場から成分が出てきません。そしてニオイの粒子は風で飛ばされることが多いので採取困難なのですよ。アドラは少しのニオイでも分析できてしまうのです。それに、アドラは犬なのでそのまま逃亡した犯人も追うことができるので、事件解決が早いのです。雨が降ってニオイを流されると出番はないですが。」


「あぁ、ニオイを追えばカメラの映像を確認するより早く追えますもんね。」


 アドラは鼻に意識を集中して鼻で思いっきり空気を吸い込んだ。

 傍から見ると大自然の中空気のおいしさを味わうような感じで空気を吸い込んでいたのだが、アドラが最初に言った通り事件現場は臭いのだ。

 死体が焼けるニオイ、爆発のニオイ、カフェの焼けていない材料のニオイ。ここまではクインは分かり、ノナもかろうじて分かっていた。

 これ以上何が分かるのかわからなかったノナは首をかしげて眉間にしわを寄せる。

 アドラは閉じていた目をクワっと見開くと突然むせ始めた。そして間もなく膝から崩れて嘔吐する。

 

「アドラさん!大丈夫ですか!?わたしに身を預けていいので少し休んでください!」


 一目散にアドラの元へ駆け寄ったノナに驚いたクイン。

 女性恐怖症であるアドラがなぜか彼女に身を預けていることに不思議に感じていた。

 一方、ノナはアドラの状態を見て居ても立っても居られない感情だった。

 自分も能力を使うと後遺症があるのでアドラにも同じような症状が出ていると感じ、急いで介抱に向かったのだ。

 吐しゃ物や鼻血で衣服が汚れるのを気にせず、ノナのお腹に鼻を当てさせて、アドラが落ち着くように背中を擦る。


「貴女は犬族の扱いが得意なのですか……?」


「い、いえ!そういうわけでは……。多分、鼻が敏感になっているからほかのニオイを吸わせないようにって思って……。」


「それが正しい処置なのです。それで得意なのかな?と思いましたが、直感でできるとは素晴らしいです。」


 ノナは褒められてはにかんでいたが、クインにされてきたことを思い出して再び警戒の表情をする。

 落ち着いたアドラはバッとノナから離れ、シャカシャカと後ずさりして、壁に激突する。

 そんな姿を見たノナはアドラの行動が面白かったのか笑っていた。


「アドラ、何かわかったのか?」


「屁だよ……。」


「へ……?」


「お・な・ら!」


 アドラの発言にクインはあっけにとられていたが、すぐにノナの方へ振り向く。

 ノナは今までにないほど眉間にしわを寄せてクインを睨む。


「わたしはしていないですっ!……その口論していた客から『ボブゥ~~』って長い……お、おならを……。」


「二人して何を言っているんだ……。確かに屁は可燃性ガスを含んでいるが、量が少なくて燃え広がることなんてほとんどないぞ。それこそ尻穴付近でないと……。」


「ヤギ獣人だよ。」


 アドラはクインの疑問にすぐに答えた。

 しかしクインはその答えには納得がいかなかった。なぜなら、おならで爆発事故が起きることに納得いっていなかったからだ。


「ここは野菜系のコーヒーを扱っているカフェだ。ヤギだって来るさ。そしてヤギは大量の屁をする。実行犯は二人。ヤギ獣人とライターの火花を起こす旧人類だ。ヤギ獣人は自分のガスと撥水スプレーを纏った合羽の引火で内側と外側から燃やされて死亡。火おこしの旧人類は爆発に巻き込まれて死亡。おおかたこの推理であっているはずだよ。」


「じ、じゃあ、本当に屁が原因だったのか……。って、お前今サラッと事件の全貌言ったな!?詳しく教えろ!」


 クインはアドラの両肩を持って揺さぶる。

 アドラは順序の通り説明を始める。

 

「まずは……被疑者のうさぎちゃんは無実だ。」


 その言葉を聞き、クインはがっくしと肩を落とし、ノナのもとへ歩くと、深々と頭を下げる。


「自分の調査・確認不足で貴女の人生を台無しにしてしまい申し訳ございません。このお詫びは何か形にして謝罪をさせていただけますか?」


「そ、それはもちろんなのですが……。この事件の全貌は聴かせてもらえませんか?」


 ノナの提案にクインは了承し、アドラの推理を聞くことにした。


「まず、うさぎちゃんの言っていた口論していた店員と客だけど、その客が今回の犯人の一味。こいつからは悪意のニオイがした。ヤギはガスの量が多いっていうのは聞いたことあるか?」


 二人は揃って首を横に振った。

 ヤギのガスが多いということは殆ど知らない。


「草食動物は基本的に消化構造が長めでガスが多い傾向にある。その中でヤギは特に多い。おならがカギだと分かったのは現場に残っている硫黄の残り香がずっとへばり付いてくるからだ。」


 ノナはクンクンと現場のニオイを嗅いではみるが死体が焼けたニオイしかせず再び嘔吐しそうになり、鼻を押さえる。


「続けるよ?まずはクインがライターを拾った時にこの線が浮かび上がった。しかし、おならをライターで引火させるだけじゃ爆発なんて起きやしない。そこでうさぎちゃんのお手柄だ。」


「わ、わたしですか!?な、何かしましたっけ!?」


「君が聴いた『シュー』っていう音は小麦粉を送る装置の詰まり防止用のガス圧送装置の音なんだ。これ自体に引火するようなガスは含まれてはいないが、小さい粒子でいっぱいになった空間は粉塵爆発という現象が起こる条件の一つになる。」


 ノナはアドラの推理を聴き段々憧れの表情へと変わっていく。

 それは自分の無実を証明した上、事件の真相をズバズバと言っていくその姿を見て、今までの挙動不審で女性に怯えるアドラの姿と異なっていたからだ。

 ノナの中でこれからの人生?を決めるきっかけになっていたのだった。

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