妖精のおじいさんたち

 お菓子のお陰で元気が出た三人は、一気におじいさんの家まで歩いた。おじいさんの家に近づくにつれ、道は上り坂になって行った。坂を200m程登った突き当たりに、丸太が連なった吊り橋のような小さな橋が出てきた。長さ6m程のこの橋を渡って10歩程歩くと、目の前が妖精のおじいさんの家だ。 家は3階建てで、茶色の洋瓦の屋根に漆喰の壁、木の格子窓に木の扉。おじいさんの家は高さ7m程の崖の上に建っていた。

 三人は橋の手前で立ち、様子をうかがった。

そこからはおじいさんの家の玄関が見える。その玄関の前で、緑のハンチング帽子を被り、背中に透き通った羽が生えている白髭のおじいさん、通称緑ジイが掃き掃除をしていた。

三人は橋を渡ると、先ずは太一がおじいさんに声をかけた。

 「あの〜すみません…妖精さんにおじいさんの家に行くように言われて、ここに来たんですけど……」

おじいさんはホウキを持つ手を止めると、こちらをジーッと見つめてきた。すると突然、目を丸くさせ、顔を前に突き出してきた。

 「ふおおー!ふおおー!」

太一は一瞬ビクッとした後、少し顔を後ろに引き気味にして聞いた。

 「あのー、どうすればいいんですか?」

 「ふおおー!ふおおー!」

 「だめだ……この人、話が通じない」

太一があきれたように言う。

 「ねえ、このおじいさん……何か変だよ、怖いよ、僕、帰りたいよ……」

 陸は今にも泣き出しそうだ。

優樹はその言葉が聞こえなかった振りをして、

 「あの!私たちはどうすればいいんですか?」  

 と、緑ジイに聞いた。

 「ふおおー!ふおおー!」

 「だから!」と、優樹は大きな声で言うと、「ど、う、す、れ、ば、い、い、ん、で、す、か?!」と、聞き取りやすいように、わざと言葉を区切って言った。

 「ふおおー!……中に入りなしゃい…」

緑ジイは、急にまともになると、やっと家まで案内してくれた。緑ジイが、「ふおおおー!」と、言いながら、玄関の扉を開けると、金色のハンチング帽子を被り、同じ様に白髭で背中に羽が生えている、かっぷくの良いおじいさん、通称金ジイが目の前にそびえ立つように立っていた。

 「その、”ふおおー”は、やめろって言っとるじゃろがー!!」

金ジイは怒ってそう言うと、緑ジイの頭を思いっきり、ベシンッと叩いた。そんな事はお構いなしの緑ジイは、「子どもたちが来たよ〜!」と、穏やかな声で言った。

 「知っとるわい!」と、金ジイは言った。

緑ジイの声を聞いて、一階や上の階から同じ様にハンチング帽子を被り、白髭で背中に羽が生えているおじいさん達が、ゾロゾロとやって来た。

その中の黒のハンチング帽子のおじいさん、通称黒ジイが、「よく来たのう」と、三人に声をかけてきた。すると緑ジイが、

  「そう言えば、お前さん達の名前は何じゃっけ?」と、聞いてきた。

「俺は前田太一です!」

「私は、中山優樹です」

 「えっ?お前、"なかおえやま゛じゃないの?」

太一は驚いて、優樹の方を見た。優樹は、゛なかおえやま゛なんて名前あるわけないじゃんって、内心思いながら、「本当は、"なかやま"って言うの」 と、言った。そして、次に陸の番になると、陸は優樹の後ろに隠れて、顔だけちょこっと覗かせて言った。

 「……何で、怪しい人に…名前を教えないと…いけないんですか?」

「普通、名前ぐらい教えるだろ?ちゃんと言えって」

 と、太一に言われて、渋々、 

  「……後藤…りくです」と、答えた。

三人が名前を言い終えると、金ジイは緑ジイの方を向き、「名前くらい、覚えておかんかい!」と、ベシンッとその頭を叩いた。


 「まあ、まあ、いつまでも玄関で立ち話もあれだから中に入りなしゃい」

 黒ジイは優樹の手をグイグイと引っ張っぱり、部屋の真ん中にあるソファーに座らせた。続いて、太一と陸が座ると、そのソファーの周りを、色とりどりのハンチング帽子を被った、17人のおじいさんたちが取り囲んだ。見ていると、優樹は目がチカチカしてきた。体型や身長は様々だが、どのおじいさんも白髪で髭を生やしている。一見すると、みんな似たような出で立ちなので、見分けが難しそうだが、帽子と服の色がおじいさんによって、それぞれ違うので、色で見分けがつきそうだった。例えば、黒ジイだったら、全身が黒で、金ジイだったら全身が金色で統一されている。そう言えば、妖精さんたちもそんな感じだったなと優樹は思い返していた。すると、その時、青いハンチング帽子を被ったおじいさん、通称青ジイが、階段から降りて来た。青ジイは鼻歌を歌いながら、ノリノリでキレッキレのダンスを踊っている。

 「音楽かけてもええかー?」

 青ジイがいかにも呑気そうな声で言いながら、スマホを操作し始めた。それを見た金ジイが、

 「こーれから話をすーるとこじゃろがー、ボケー!」

 と怒鳴り、青ジイの頭をベシンッと叩いた。

 「痛いなぁー!知らんかっただけじゃて!そんな怒らんでもいいじゃろー!?」

 そう言って、青ジイが自分の頭を撫でていると、

 「察しろおぉぉ!」

 金ジイの怒声が部屋中に鳴り響いた。

 黒ジイは、青ジイと金ジイのケンカに動じる風も無く、始終、三人の方を向いたまま、「ごめんね〜、うるさくて」と、三人に謝った。数秒間の沈黙の後、

 「で、お前さんたちは何しにきたんじゃ?」

 と、聞いてきた。

 「俺たち、妖精の家に行った時に言われたんです。おじいさんの家に行くようにって」

 太一が答えると、黒ジイはポンッと手を叩いて言った。

 「あっ、そうじゃったよね!……で、何じゃっけ?」

 「それは、こっちのセリフですよ!」

 太一がイラつきながら言った。

 「うーむ……」

 黒ジイは首を傾げている。見兼ねた優樹が、

 「あの、私たち、妖精さんにおじいさんの家に行って、トランクを買って貰う様に言われたんです」

 と、説明すると、やっと思い出したようだった。

 黒ジイは、「あっ!そうじゃったね!そうじゃったね!」と、言いながら席を立ち、「ちょっと、待っとってね!」と言うと、どこかへ行ってしまった。すると、金ジイと青ジイがやって来て、空いたソファーに座った。

 「それにしても、いつの間にか、三人が仲良くなっとって!わーし、ビックリじゃわー、ね!金ジイ?」

 「そうじゃねー、青ジイ!お前さんたち、いつ仲良くなったんじゃよ〜?!」

 金ジイがギョロっとした目を、更にギョロッとさせながら、

 「私たち、妖精さんの家に行く途中で出会ったんです。その後、いろいろあったけど……一緒にいるうちに仲良くなったんです」

 「そりゃー、良かったね!」と、金ジイが言うと、

 「りくは、昔から人見知りが激しくて、友だちがなかなか出来ん子じゃったから、わしも嬉しいよ!」

と、青ジイは嬉しそうに笑って言った。りくは怪訝そうな顔をして、「何で…このおじいさん、僕の事知ってるの?怖いんだけど……」と、優樹に耳打ちした。

 「……分かんないけど、おじいさんたちは妖精さんだから、きっといろいろな事が分かるんだよ」

と、優樹は小声で言った。

 「そういえば、話が変わるんじゃけど、お前さんたちはグリムリーパーって知っとるかの?」

と青ジイが唐突に聞いてきた。

 「話が変わるというか……だいぶ変わっとるじゃろが!」

  金ジイが青ジイの頭を叩く。

 「痛いなあ!!叩くなこのボケジジィめ!」

 「ボケジジィにボケジジィとは呼ばれたくないわい!」

  二人はにらみ合う事、数秒間……青ジイは 「ふんっ!」と鼻を鳴らすと、パッと金ジイから視線をそらして、三人の方に顔を向けた。

 「それでねぇ…グリムリーパーの話に戻るんじゃけど、お前さんたちグリムリーパーって何だか分かる?」

 三人は首を横に振った。

 「グリムリーパーって何ですか?」と、太一が聞く。

 「グリムリーパーは”死神”って意味じゃ」

 「死神…?」と、優樹が聞き返す。

 「そうじゃ。噂によるとグリムリーパーってのは骸骨のような姿をしておって、その手には大きな鎌を握っておる。そして!黒い大きなマントを被っているそうじゃ……しかし!誰もその姿をちゃんと見たものはおらん……もしかしたら、このペリウィンクルの森にも……」

 「えっ…」と、優樹と太一は驚いて息をのんだ。

 陸は優樹の腕をつかんで、青ざめている。その時、黒ジイがパンフレットを持って現れた。そして、持っていたパンフレットで青ジイの頭をペシンッとはたくと、

 「青ジイ!なーにそんな怖い事を子供に話しとるんじゃよ!!」と怒った。

 「そうじゃ、そうじゃ!こんな事話すなボケ!」と、金ジイも一緒になって怒る。

 「じゃて……話しておいた方がこの子達のためじゃと思って……」と、青ジイがしょげていると、

 「でも、まあ……確かに、それも一理あるのぉ」

 と、黒ジイがうなずいた。

 「じゃろ!?黒ジイ!」

 途端に、青ジイの顔がバッと輝く。

 「じゃあ、続きはわしが話すの……あのね…そんなに不安に思う必要はないからのぉ?グリムリーパーは別にそんなに……」

 と言って、黒ジイは両手をゆらゆらと左右に揺らしてお化けのポーズをとると、「怖いからのおぉ〜」と、言って脅かした。直後、金ジイがわざとらしくガクッと片方の肩を落して、「怖いんかい!!」と、言った。その時、まだ怖がっている陸の姿が目に入り、金ジイは、「大丈夫か?」と、声をかけた。陸の体が小刻みに震えている。

 「…も、もしかしたら僕、見たかもしれないです……妖精の家に行った帰り……森に迷い込んだ時に…」

 優樹は驚いて、「それ、本当!?」と聞いた。

 「はっきりと見たわけじゃないけど……あの時は、あの二頭の聖獣だと思ったんだけど……今思い返すと、森を横切った黒い影は……聖獣たちとは全く形が違った……それに、聖獣たちは空からやって来たんだ!」

 と、陸は興奮しながら話した。

 「うむ……しかし、グリムリーパーがうろついているのは、第2妖精国の方じゃからな……きっと見間違いじゃろ...」と黒ジイが言う。

 「第2妖精国?妖精国って二つあるんですか?!」

 優樹は意外な事実に驚いた。

 「そうなんじゃよ、元々は妖精国は一つの国だったんじゃけど……そいつが現れてから、国は完全に二つに分かれてしまったんじゃ……でも、お前さんたちがこれから行くのは第1妖精国の方じゃから心配はいらんよ」

 と、安心させるかのように黑ジイは微笑んだ。


 「さあ、このパンフレットに色んなトランクが載っとるんじゃけど……お前さんたちはどんなのがええかの?」

 と、黒ジイは言うと、三人にそれぞれパンフレットを渡した。優樹がパンフレットを開いて見てみると、おしゃれなアンティーク風のトランクが載っていて、色は全部で10種類あった。優樹は目を輝かせながら

見ていたが、あまりにもたくさん色の種類があるので、迷ってしまった。太一が真っ先に、  

 「俺、これ!」

 と、茶色に持ち手とベルトが黒のトランクを選んだ。陸は茶色とこげ茶のトランクか水色に白のトランクでしばらく悩んでいたが、「僕は……これで」と、水色に持ち手とベルトが白のトランクを選んだ。

 優樹は二人が決めた後もずっと悩んでいた。あまりの遅さに、おじいさんたちと太一と陸でお茶会が始まってしまった程だ。太一は三杯目のお茶を飲み終え、お菓子もすべて食べつくし、満腹になったお腹をさすりながら、チラッと優樹の方を見た。

 「私、これにする!」と、優樹がやっと決めたのは、なんと2時間後だった。太一は、「何でそんなに悩むわけぇ?」と、半ば飽きれ気味に言った。結局、選んだのは、ピンクに持ち手とベルトが白のトランクだった。

 「ゆうじゅも、やっと決まったようじゃの!あとはキャリーケースも必要なんじゃけど……トランクとお揃いで構わんよね?」と、黒ジイが言うと、三人はそれぞれ、「はい」と、返事をした。

 「あっ!そうじゃ、忘れとった!……ちょっと待っててね!」と、黒ジイは言うと、

 「みんな、一緒に来てくれ〜」と、他の19人のおじいさんたちに呼びかけ、みんなを引き連れて、階へ行ってしまった。するとしばらくして、2階でガタガタッと騒がしい音がし始めた。三人が驚いてじっと耳を傾けると、

 「痛いんじゃー!!」

 「このボケがぁぁ!」

 「おっ、良さそうな踏み台がある!これでパンフレットを取るとするか…」

 「それは踏み台じゃなくて、ワシの頭じゃボケィ!」

 「踏むなボケ!」

 「ボケボケうるさいんじゃー!!」

 という、おじいさんたちの騒がしい声が聞こえた。10分後、ようやく、おじいさんたちが、少し身なりが乱れた状態でゾロゾロと2階から降りてきた。

 「いや、いや、待たせたね!なかなかの、パンフレットが見つからなくての」

 黒ジイは、若干ボロくなっているパンフレットを差し出してきた。

 「トランクの他に、まだ揃える物があっての。このパンフレットに載ってるんじゃけど……遠足や普段使うリュック、ノートやえんぴつなどの文房具などは自分で買わなきゃいかんのじゃ。学校指定のもあるから、妖精界の町へ行って買わなきゃいかん。杖は、仮入学期間は学校が貸してくれるから大丈夫じゃよ。あとは……そうそう!妖精のトランクを忘れると大変じゃ!」

 「妖精のトランクって、何ですか?」

 優樹が聞いた。

 「あっ、それはねえ〜お前さんたちにはね、それぞれ担当の妖精がついておってね、学校に行く時には必ず一緒に連れていかんといけないんじゃよ、トランクはその妖精を連れていくのに必要なんじゃ!

トランクの中は妖精の部屋になってるんじゃよ」

 優樹は、妖精さんと学校に行けるなんて…と喜んだが……でも、私たちより大きい妖精さんをどうやってトランクに入れて連れて行くのかなと、ふと心配になった。すると……

 「なーに、心配はいらんよ!妖精は自由自在に体の大きさを変えられるんじゃ!じゃから、学校へ連れていく時には手のひらサイズに小さくなるんじゃよ」

と、まるで、優樹の心を読んだかの様に黒ジイが言った。

優樹は偶然かなと思い、あまり気にとめる事もなく、「そうなんですね!良かった」と、返事をした。


 「では、早速妖精界へ出発じゃ!」

 と、黒ジイが張り切って言うと、金ジイと青ジイも一緒について来た。

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