ブルーエルフィン妖精魔法学校とペリウィンクルの森

ローズマリー

妖精国のお役所で

人間の世界では....と言っても、これは日本でのお話だ。日本では春は卒業、入学の季節だ。人間にとっては不安と期待とが入り混じる季節である。そして、ここ妖精界でも春は卒業、入学の季節なのである。


  「いや〜皆さん、朝からご苦労さん。では、会議を始めるかの」

あごに長くて白い髭をたくわえ、背中には、透き通った大きくて立派な羽が生えており、頭に白いパナマ帽を被る、このおじいさんは、妖精国のお役所、メンバー人選管理本部の所長アンドリューである。年齢は九百歳。 妖精の寿命は約千歳なので、だいぶ高齢になる。

白いレンガの外壁に、緑のとんがり屋根が特徴の十階建ての建物が妖精国のお役所だ。その九階の一室で会議は行われていた。部屋には白樺の木で出来ている長いテーブルと椅子が置いてあり、床にはライラック色のカーペットが敷きつめられている。部屋の三ヶ所にある白い格子窓の出窓部分には、リネンのクッションが四つずつ置かれていた。その出窓の両側には、白いレンガの壁を覆うように、背の高い本棚が置かれている。本棚には、人間界の事が詳しく書かれた本がぎっしりと並んでいた。

朝から会議とは言っても、早起きが苦手な妖精の出勤時間は朝の十一時過ぎだ。その出勤時間も妖精によって、かなりのばらつきがあるので(妖精は皆、マイペースな性格なのだ)、会議の開始時間は早くて十一時半、日によっては十二時を過ぎる事もある。

 今日,この会議には所長のアンドリューと、その秘書の他に二十名の妖精が参加していた。


  「えー、大事な妖精国のプロジェクトである、”人間招集”の時期が、またやってきたの!人間界では、毎年春に行われとる事になるが、妖精国では……え〜何年振りになるのかの?」

所長のアンドリューが、”妖精国では” という言い方をするのは、人間界と妖精界では、時間の流れ方が違うからだ。人間界の一日は、妖精界では六十日間に相当する。一ヶ月で約五年、一年で約六十年の時が妖精界では流れていく。

 「六十年ぶりでございます。所長」

すかさず答えるこの女性は、アンドリューの秘書のキャサリンである。すっきりとした切れ長の目に宿る薄茶の瞳はいかにも聡明そうだ。茶色の髪はお団子に結ってあり、両耳の横のおくれ毛はくるくるにカールしてある。それはキリッとしたキャサリンの顔立ちを和らげる効果があった。キャサリンにとって、後れ毛のカールの仕上がり具合はとても重要だ。何故ならば、このカールの出来次第で、その日の気分が大分左右されるからである。そして、背中にはアンドリューよりは小さい、透き通った美しい羽が生えている。キャサリンの年齢は二百四十歳だ。

 「そうじゃった、そうじゃったね!....えーゴホンッゴホン...」

アンドリューは細くて垂れている目を、さらに細くさせながら、咳ばらいをした。

「な〜んか、お話したらのどが乾いたのう……キャサリンちゃん、お茶いれてくれるぅ?」

  「...分かりました」

キャサリンは早々に会議が中断される事に、イラつく気持ちを抑えながら、会議室内に設えてある給湯室で素早くお茶を入れると、アンドリューの前に置いた。

  「ありがとね!」

と言って、アンドリューはお茶をズズっと飲んだが、直後にぶっと吹き出すと涙目で訴えた。

 「キャサリンちゃ〜ん!このお茶まずい……ぜーんぜん甘くないよ~?」

そう言われて、キャサリンはすぐにいつもの”あれ”を入れ忘れていた事に気がついた。

「すみません……すぐに入れ直します」

キャサリンは、アンドリュー専用の特大マグカップに冷やかな視線を送ると、すばやく手に取った。すると、アンドリューがその手を止め、ゆっくりと席から立ち上がった。

「いいの、いいの、わしが入れるからね〜」

アンドリューはキャサリンの肩をポンポンと叩くと、自ら給湯室へ行き、お茶を入れた。お茶には仕上げに杖をひと振り。パラパラっとピンク色の粉を入れるのがお決まりだ。この粉を入れると、お茶が甘くなって美味しくなるのだ。

アンドリューは満面の笑みを浮かべながら、会議室の自分の席に戻り、ズズズっとお茶を飲んだ。

 「うん!美味しくなったね!」

 アンドリューは一人満足気にうなずくと、再び話し始めた。

 「えっと……会議の続きじゃね!えーー、大事な妖精国のプロジェクトである、人間招集の時期が……」

 「所長、それは先程おっしゃいました」

 「あっ、そうじゃった~?それは失礼、失礼……え〜っとね……そうじゃ!そういえば、有望な人間の子どもたちは集まったのかの?みんな教えてくれるぅ?わしはねー、やーっぱり、ピーッチピッチでスタイルがボンキュッボーンの可愛い子がいいな!」

 「……所長、お言葉ですが、招集するのは十歳から十一歳の子どもたちですので、ボンキュッボーンの子はいないかと……」

キャサリンが淡々とした口調で言う。

  「ええ〜?そうなの〜?でもわし、ボンキュッボーンの子がええのに〜!嫌じゃ、嫌じゃ〜!」

  「そのようなこと言われましても……所長、本来の目的をお忘れになっておりませんか?私たちが子どもたちを招集する目的は、ボンキュッボーンの子を集める為ではありません!」

言いながら、キャサリンの左眉がピクっと上に上がる。

  「キャサリンちゃん!そーんな、堅いこと言わんといて!わしはボンキュッボーンの子以外はいらないんじゃ!」

 会議室にいる他の妖精たちは、二人の言い合いを退屈そうに聞いていた。中にはおしゃべりを始める妖精もいた。

 「所長、お言葉ですが、所長の為に子どもたちを集めている訳ではございません」

 キャサリンの左眉が更に上に上がる。すると、アンドリューは、急に真面目な顔つきになって言った。

 「よし……キャサリンちゃん、そこに座りなちゃい」

 「はい?……」

キャサリンは怪訝そうな表情を浮かべながらも、言われた通り椅子に座った。が、アンドリュー専用の特大マグカップに描かれている巨乳の女の妖精が目に入ると、不愉快そうに眉間にシワを寄せた。

アンドリューは皆の方を向くと、「えぇーゴッホン…」と咳払いをひとつしてから言った。

 「皆、聞いとくれ!」

会議室が一瞬シーンとなり、皆は、アンドリューの次の言葉に耳を傾けた。

 「今から、子どもたちを集めるのは中止としゅる。廃止じゃ、廃止!」

 「えええぇー?!」

会議室が一気にどよめく。

 「所長!!何て事をおっしゃるのですか?!」

キャサリンは目を見開き、即座に立ち上がった。

 「今からは、ボンキュッボーンの二十代の女の子をあちゅめていくぞ〜い!男はね、むちゃ苦しいから、いらん、いらん!」

アンドリューがそう言い放った直後、

 「バッシン!!」と大きな音がして、アンドリューお気に入りの白いパナマ帽が吹っ飛んだ。

いちゃい…痛い…

アンドリューは、もううっすらとしか髪の毛が生えていない、あらわになった自分の頭頂部を手でおさえた。

「所長、すみません。手が滑りました」

キャサリンは顔色ひとつ変えずにクリップボードを持ち直す。

「キャサリンちゃん……ひどい!わし、年寄りなんじゃよ?!もう寿命なんじゃよ?!歯だって入れ歯だし……ほら……」

そう言って、アンドリューはパカッと入れ歯を外して見せた。

「所長!お止めください!」キャサリンが目をつり上げて怒ると、「ほへんね〜ごめんね〜」 と、アンドリューはシュンとして入れ歯を口に戻した。しかし、納得がいかなかったのか、

「じゃて……寿命間近なジジイの願いぐらい、叶えてくれてもええのに……もういい!わし、すねた!もう、会議終わりにすゅる!」 

と言って、 ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「……所長、申し訳ありませんでした。しかし……ボンキュッボーンの女性を探すのは無理ですので、お諦めになって会議の続きをお願いします」

「……でも、わし、もう疲れちゃったもん!喉も乾いたし〜、ボンキュッボーンの子が無理なら、もう会議終わりにしちゃい!」

 アンドリューは席を立つと、子どものように地団駄を踏んだ。

 「所長、いい加減にして下さい!」

 「じゃったら……キャサリンちゃん、タピオカジュース、飲みに行ってもいい?飲みに行ってぇ~帰ってきたら〜 会議の続きしてもええよ〜? 」

そんなアンドリューの提案にも、キャサリンは動じなかった。左眉をピクッと上に上げると、きりっとした目付きで、アンドリューを見つめ返した。その視線に耐えきれなくなったアンドリューは、キャサリンから目をそらすと皆の方を向いて言った。

「……タッピオカジュース、タピたいな〜!みんな知ってるう?人間界で飲まれてるジュースなんじゃって!年寄りはあまり飲まない方が良いみたいなんじゃけど......喉に詰まっちゃうと危ないからね〜 でも、わし〜 妖精だから大丈夫じゃよね〜?タピオカジュースって、色んなお味があるんじゃけど〜 わしがねえ〜 今、ハマっておるのは〜 キャラメルミルク味なんじゃよね!キャラメルミルクって最高じゃよ〜?あとは、いちごミルク味とか〜 抹茶ミルク味とか〜 、チョコミルク味とか〜、マンゴーミルク味とかあるけどね〜、 み〜んなは、何がお好きかの?そうじゃ!これからみ~んなで飲みに行こうじゃ!あのね〜、”タピた〜い”って、"タピオカ飲みたい"って意味なんじゃって!わーしもタピオカジュース、タッピたいな!」


いつもの事でみんな慣れているのか、話の途中からは、アンドリュー抜きで会議は進んでいた。

 「皆さん、有望な子どもの候補者は見つかりましたか?」

とキャサリンが聞くと、「は.....い」と、痩せっぽっちで大人しいレイラが、かたつむりのようにゆっくりと手を上げ始めた……が、レイラの指先がやっとレイラの眉の高さまで来た時には、隣の席の妖精が、「はい!」と手を上げていたので、キャサリンはうっかりして、この妖精の方を先に指してしまった。すると、レイラがこれまたゆっくりと、「わ...た...し...が......」と隣の席の妖精に向かって言いかけたので、それに気付いたキャサリンが、

「ごめんなさい、レイラ。あなたが先に手を上げていたのね」

 と謝った。そして、「レイラ、どうぞ」とキャサリンが言い終えたと同時にレイラがやっと手を上げ終え、それから、またゆっくりと手と顔を元に戻すと、ようやく話し始めた。

 「わ...た...し...が...こ....う……ほ……」

とレイラが最後までいい終わらないうちに、

 「はい、子どもの候補ですね。何名いましたか?」

とキャサリンは聞いた。

  「い……ち …… 」

  「一名ですね。場所はどこですか?」

 「お……お……さ」

 「大阪府ですね。名前は?」

 「き……ど…….」

 「"きど"ですね。下の名前は?」

 「れ...ん」

 「"きど れん"。男の子ですね?」

キャサリンが聞くと、レイラはこれまたゆっくりとうなずき始めたが、このペースだとお昼を過ぎて、午後のお茶の時間までかかってしまうに違いないと思ったキャサリンは、

  「わかりました。レイラ、後はわたしが調べておきますので大丈夫ですよ」

と優しく言って、早々に切り上げた。ようやく自分の番になった隣の席の男の妖精は、やれやれという風に立ち上がると、うす茶の巻物をスーッと横に開いた。そこには五十名程の名前がずらりと書かれてあった。

 「僕のところでは、北海道で一名。あいらちゃんです。心から妖精を信じていて、友だちや動物にも優しい。メンバーに必要な資質を十分満たしています。ただ母親が妖精を信じていないのが残念です。次に……山形県のゆうと君です。運動神経抜群で頭も良い。妖精は信じていない様ですが、動物や虫たちには優しいようです。宮城県のせいや君は、人にも動物にも優しく、正義感も強いのですが、残念な事に、彼も妖精は信じてないようです。ただ彼の場合は、妖精という存在自体をあまり知らないだけのようですが。次に栃木県では一名、すずちゃんです。すずちゃんは面倒見が良く、思いやりもあるので友だちに人気があります。すずちゃんは妖精を信じていますが、両親が全く妖精を信じていません。他の子どもたちも、親が妖精を信じていない場合が大半で、子どもも親も信じているケースはほとんどありません」

 「そうですか...他のところはどうですか?」

 「はい!」

 次に手を上げたのは、ショートヘアで元気が取り柄のキャロラインだ。

 「埼玉県では一名。男の子です。ぽっちゃり体型で、甘いものと昆虫が大好きです。穏やかな性格ですが、気ちょっと泣き虫なところがあるかな?名前はふうた。東京都では女の子が二人。のあと、ななです。のあは母親思いのとてもしっかりした子です。妖精も信じているし……ただ、父親にかなり問題があるかな。ななは、体が少し弱いみたいなんですが、友だちに優しく、明るく賢い子です!妖精も信じてるし。二人は友だちです。群馬県では、三名程有望な人間が見つかりました!内2名は男の子で、名前はたいちとりくです。りくは霊感があるので、妖精の事も信じているようなのですが、かなり臆病な性格で……ちょっとそこが難点かな…でも、優しくて頭の良い子です!たいちは、勇気もあって陽気な性格なんですが、ちょっと無鉄砲なところがあるかな?あと、妖精のことは信じていないというか、全く関心がないみたいです!二人も友だちです!そして……残りの一名ですが、女の子で、名前はゆうじゅです!妖精の事はあまり知らないようですが、動物や友人に優しく思いやりもあります!ただちょっと、気が弱いところがあって……あとはちょっと、ドジなところもあるかな?このニ点を除けば、両親は妖精を信じている様ですし、全然オッケーかなって!」

 「わかりました。確認しておきます。他にはいませんか?」

言いながら、キャサリンはテキパキとパソコンにデータを打ち込んでいく。残り十七名の妖精も、各自担当する地域から集めた五十名程の子どもの中から、有望な候補者を数名ずつ挙げていったが、有望な子どもたちは全部合わせても、たったの五十名程度だった。

しかし、いくら有望でも、この後行われる”試練”を乗り越えられるかどうかは分からない。それは裏を返せば、有望ではなくても”試練”さえ乗り越えられれば、妖精国の学校に入学出来るという事だ。そう、”人間招集”の目的は、妖精国の学校に入学させる子どもたちを集める事なのである。千名程集められた人間の子どもたち......皆、十歳から十一歳の子どもだ。この子たちは、これから”試練”を受ける事になる。

「では、皆さん、それぞれ子どもたちの担当の妖精を派遣し、”試練”を開始して下さい。最初の試練は前回の会議で決めた通りの内容です。大丈夫ですね?」

「はい!」皆が一斉に返事をすると、各自パソコンに向かい、子どもたちの担当の妖精を調べ始めた。

もはや、誰もアンドリューの様子を気にしていない様だが、アンドリューの方も大事な会議の事も忘れ、会議の書類を届けに来た妖精をつかまえると、

「タピオカジュース、一緒にタピるう?〜最近ね〜妖精国にもお店出来たからね〜、わーしが奢るよ〜?じゃから一緒に飲みに行こうじゃ!」

と言って、白いパナマ帽を被り直すと、戸惑う妖精の手を取り、ルンルンで会議室を去っていった。

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