エピソード 1ー9
「――という訳で、アレンとソフィアのお姉ちゃんになりました」
「……いや、もう少し分かるように説明なさい」
ウィスタリア侯爵家の執務室。その部屋の主であるお父様は、開口一番に放った私の報告を聞いてこめかみを押さえた。
その反応に私は小首を傾げる。
「ウィルフッドから既に報告を受けていませんか?」
「もちろん受けている。だが、当人から話を聞くことも重要だ」
それに頷いて、どこまで説明するか考える。
「あの二人の強い意志に興味を持ち、少し面倒を見てみようと思ったんです」
「少し? 最後まで面倒を見るつもりはない、と?」
「その後の対応は、そのときの状況次第ですね。いくら二人が天使のように可愛いからと言って、なにがあっても最後まで面倒を見る、なんて言うつもりはありません。もちろん、無責任に放り出すつもりもありませんが」
ひとまず訓練はするけれど、やる気がなければ放り出す。そう宣言すれば、お父様は「分かっているのならかまわない。好きにしなさい」と応じてくれた。
「あぁそれと、フローラは薬師だったようです」
「ほう? では、そっちの仕事を手伝わせよう」
「ありがとうございます」
という訳で、三人を保護することが出来た。そして宣言通り、アレンには剣術を教え、ソフィアには治癒魔術を教える。
予想通り、二人はめきめきと実力を伸ばしていった。
でも、万事が予定通りという訳じゃない。
ロイドは救うことが出来なかったし、襲撃で亡くなった人も多くいる。それに、フローラが生きているとはいえ、馬車の事故事態は防ぐことが出来なかった。
なにより、ゲームの本編はまだ始まってすらいない。
いまから五年後、訓練校でゲームの本編が始まる。そしてゲーム通りに話が進めば、私やセレネ、そこで出会う多くの仲間達が亡くなってしまう。
ストーリーの強制力から逃れるためには、死に物狂いでがんばる必要がある。
という訳で、私は引き続きの自己鍛錬を続けた。
それに感化されたのか、アレンやソフィアは私の訓練に参加することが多くなった。
そして一年が過ぎ――
「さあ、二人纏めて掛かってきなさい!」
ウィスタリアの訓練場で、私は二人と向き合っていた。アレンとソフィアはあれから少しだけ成長した。その成果を見るべく煽れば、二人が顔を見合わせて頷きあった。
次の瞬間、短剣を構えたアレンが地を這うように詰め寄ってくる。
たった一年でよくここまで成長したと思う。だけど、私に比べればまだまだだ。目前に迫り来る短剣は難なく弾き返す。そうしてアレンの体勢を崩して反撃に出ようとするけれど、そこにソフィアの放ったグロウシャフトが飛んでくる。
タイミングは悪くない。私は反撃を中断しての回避を強いられた。
そのわずかな隙、体勢を立て直したアレンが再び斬りかかってくる。
「悪くない連携ね。まあ――まだまだだけど」
側面へと回り込んで短剣の一撃を回避。隙だらけのアレンに反撃を――加えず、横へと回避する。瞬間、私の背後から打ち込まれたグロウシャフトがアレンを撃ち抜いた。
「うわぁっ!?」
グロウシャフトが、アレンの持っていたシールドに弾き散らされる。その反動に驚いたアレンを投げ飛ばし、続けてソフィアに向かって駆け寄った。ソフィアは誤射に慌てながらもグロウシャフトを展開――しているあいだに、彼女の首元へと剣を突きつけた。
「ま、参りました」
「反応速度は悪くないけれど、グロウシャフトに頼ろうとしたのはよくなかったわね。一度距離を取るか、武器でしのぐべきだったわ」
私は笑って言い放つ。アレンに視線を向ければ、背中を打った痛みに顔をしかめながらも、「降参」と言って立ち上がるところだった。
まだまだひよっこだけど、未来の勇者と聖女だけあって筋はいい。
「連携を取るのは大事だけど、不完全だとさっきみたいに相手に利用されることもあるわ。次は味方の位置を意識して戦いなさい」
私の言葉に二人は力強く頷いた。
こんな日々が続き、私は十五歳になった。
原作の舞台となる訓練校に入学する歳だ。
ただし、一つ年下のアレンやソフィアが入学するのは来年。つまり、原作が始まるのも来年なので、様々な悲劇が起きるまではまだ一年の猶予がある。
だから、一足先に入学して環境を整える予定だ。リズやセレネの協力も取り付けて、お姉様の治療に必要な素材も出来るだけ早く揃えようと思っている。
それと一つ、気になることがある。
それは漂流者――つまりプレイヤーキャラの存在だ。
『紅雨の幻域』は操作キャラの名前や性別、見た目も変更することが出来るので、漂流者がどんな姿なのか分からない。それ以前に、この世界に漂流者が登場するかどうかも分からないのだけど、この世界に現れるのなら仲間にしたい。
そう考えた瞬間、私の視界が変わった。
ここではない何処か。だけど、どこか見覚えのある泉のまえに立っていた。
「……一体、なにが?」
疑問を口にして、その声に違和感を得る。
私はその違和感の正体に気付けなかった。だけど、目前に手を伸ばして気付く。私の身体がリディアのものでなくなっていると。
そのとき脳裏に浮かんだのは、このままじゃ運命を変えられないと言うこと。だから、リディアに戻らなくっちゃ。そう考えた直後、再び視界が一転した。
「……元に戻った?」
周囲を見回して息を吐く。
なにがどうなったのかは分からない。
ただ、冷静になって、さっきの違和感の正体には気が付いた。
「さっきの声、あれは……」
リディアの声じゃない。だけど、他人の声でもなかった。
あれは、生まれ変わるまえの私の声だ。
……もしかして、前世の私がこの世界にいる?
それとも、漂流者が私の姿をしているほかの誰かだろうか?
さきほどの光景がなにを意味しているのか、いまの私には分からない。
ただ、どういう意味だったとしても、私がやることに変わりはない。私やみんなに降りかかる悲劇を回避して、魔王を討伐してゲームにはなかったハッピーエンドを迎える。
「私は悲劇の物語を認めない」
そんな決意を胸に、訓練校へ向かうための準備を進めた。
そうして旅立ちの日。
屋敷の前にはお父様とお母様、それにアレンとソフィアの姿があった。
私はまずお父様の元へと歩み寄った。
「お父様、行って参ります」
「うむ。ウィスタリア侯爵家の名に恥じぬように……といいたいところだが、あまり無理はするな。おまえはすぐに無茶をするからな」
「……善処します」
私も出来れば無茶はしたくない。けど、これからゲームの本編が始まることを考えると、そうも言っていられないと思う。
そんな私の内心を読み取ったのか、お父様は苦笑いを浮かべる。
そこへお母様が近づいてきた。銀色の髪に青い瞳、姉と言っても通じるほどに童顔のお母様は、私をまえに目元に涙を浮かべた。
「リディア、貴女が訓練校に通う歳になるなんて、時の流れは早いものね。もっと、貴女に色々な服を着せて楽しみたかったのに……っ」
「……あはは」
私が旅立った後、アレンとソフィアの面倒はお母様が見てくれることになっている。妙に乗り気なのが気になっていたのだけど、いまの反応でなんとなく予想がついた。
「お母様、アレンとソフィアであまり遊ばないでくださいね」
「大丈夫、嫌がることはしないわ」
信用が出来ない。
小さく息を吐き、それから用意していた言葉を口にする。
「着せ替え人形にして遊ぶのは、お姉様が目覚めるまで我慢してください」
お姉様を必ず救ってみせる。
そんな意識表明をすればお母様は目を見張った。
そして――
「その日を楽しみに、アレンとソフィアを着せ替え人形にするわ」
「……まぁ、いいですけど」
処置なしだ。
まあ、本気で二人がいたがることはしないだろう。そんなことを考えながらお母様にしばしの別れを告げ、続けてお父様にも出発の挨拶を済ませる。
それから、健気に待っているアレンとソフィアの元へと歩み寄った。
「リディア姉様、もう行っちゃうの?」
「リディア姉様、たまには帰ってきてくれよ」
十四歳になったアレンは格好よくなり、ソフィアは可愛くなった。お姉ちゃん呼びから姉様呼びになったけれど、いままで以上に私のことを慕ってくれている。
そんな二人に向かって微笑みかける。
「しばらくは忙しいと思うわ。でも、来年には貴方たちも入学でしょう?」
「じゃあじゃあ、私が入学したら、また魔術の手合わせをしてくださいね!」
アレンを押しのけて、私の胸元に飛び込んでくる。そうして頬をこすりつけてくる姿が可愛いと頭を撫でていると、アレンがソフィアの襟首を掴んで引っぺがした。
「ズルいぞソフィア! リディア姉様、俺とも剣術の手合わせをしてくれよ!」
目をキラキラと輝かせる。アレンはまるで尻尾を振っている子犬のようだ。以前より格好よくなったけれど、こういった言動は相変わらず可愛らしい。
「なによ! リディア姉様は私と手合わせをするのよ。リディア姉様は忙しいんだから、アレンはウィルフッド様に手合わせをしてもらいなさいよ!」
「はあ? だったらソフィアが師匠に手合わせをしてもらえばいいだろ?」
「いやよ、私はリディア姉様に手合わせしてもらいたいの!」
「リディア姉様に手合わせしてもらいたいのは俺だって同じだよ!」
言い合いをする二人を見てクスクスと笑う。
「二人は相変わらず仲がいいわね」
「「どこが!?」」
同時に否定する姿に笑うと、二人は顔を見合わせる。
「ちょっとアレン! 貴方が突っかかるから、リディア姉様に誤解されたじゃない!」
「はあ? 突っかかってくるのはソフィアの方だろ!」
再び争いが始まる。
いがみ合っていると言えばいがみ合っているのかもしれないけれど、原作の二人も遠慮がなくなった後はこんな感じだったから、仲が悪いようには思えないんだよね。
「いいわよ、訓練校に来たら、二人がどれくらい成長したか確認してあげる」
「「ほんと!?」」
「ええ、だから私がいなくても訓練を怠っちゃダメよ」
ゲームのストーリーが始まるまであと一年。
必ず『紅雨の幻域』の感動と涙の物語をハッピーエンドに変えてみせる!
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