エピソード 1ー1
意識を取り戻した私はすぐ、これからのことについて考えた。
ここは前世の私がやりこんでいたゲームを元にした世界だ。
オープンワールドRPG『紅雨の幻域』
完全没入型VRとも呼ばれる、フルダイブシステムを使用したそれは五感を再現し、実際にそこで戦っているかのようなリアルな体験をプレイヤーに提供する究極のゲーム。
私は『紅雨の幻域』が好きだ。
プレイヤーキャラである漂流者とともに戦う仲間達が大好きだ。
だけど、ストーリーは大嫌い。
魔物が跋扈する世界で、それぞれの願いを叶えるために集まった仲間達。その仲間達とともに魔王討伐の旅に出るのだけど、仲間は一人、また一人と夢半ばで死んでいく。
そして残された者が、仲間の夢と願いを背負って魔王を倒す。
涙なしには語れない、努力と友情と青春の物語が作品の基板となっている。
完成度の高い、素晴らしいストーリーだと思う。
だけど、どんなに努力をしても仲間を救うことは出来ない。
『紅雨の幻域』はプレイヤースキルに依存したゲームだ。レベルや装備の強化といった育成要素はあるけれど、スキルや魔術をいかにうまく扱うかはプレイヤースキルに依存する。
ゆえに、努力と才能で何処までも強くなれると言われている。私はそんなゲームにおいて、もっとも難しいとされるクラスの一つ、剣姫(けんき)でランキング一位に輝いた。
それでも、漂流者は仲間を救えない。
『私が弱かったせいでリディアが死んでしまった。私がもう少しだけ強ければ、彼女を死なせずに済んだかもしれないのに……』
そんなふうに後悔して、次こそは仲間を護れるようにと力を求める。
なのに、どんなにがんばってもあと少しが届かない。
仲間が、仲間の大切な人が、一人、また一人と死んでいく。
いつも『私がもう少しだけ強かったら、仲間を失わなずに済んだのかな?』そんな風に泣きながら、仲間の死を乗り越えて強くなっていく。
『紅雨の幻域』はそういう物語だ。
ゲームだからって言うのは分かってる。そういう物語を好む人が多いのも知ってる。でも、私は『紅雨の幻域』の逃れられぬ運命を受け入れられなかった。
ゲームの中でくらい、ハッピーエンドを迎えたいと想ったから。
余談だけど、そう想う理由は二つある。
一つは、とある理由で『紅雨の幻域』の仲間達に感情移入をしてしまったから。そしてもう一つは、過去に多くの人の死に触れてきたから。
だから私は、『紅雨の幻域』の死別をテーマとした物語が嫌いだった。
だけど、現実となったこの世界なら?
ストーリーを知り、戦闘技術を極めた私なら、運命を変えられるかもしれない。
というか、運命を変えなければ私が死ぬ。
いまの私はアンビヴァレント・ステイシスでほとんどの魔術を使えない。それでも、姉の治療法を探すために魔物と戦う道を選び、道半ばで死んでしまう運命だ。
もちろんお姉ちゃんも例外じゃない。
お姉ちゃんが患っているのは災禍の息吹。それも珍しいケースで、死の直前には魔力を暴走させて、辺りに破壊を撒き散らす運命だ。
『私のせいでリディアが死んでしまった……っ』
ある回想のワンシーン。
お姉ちゃんは自らが目覚めたことで妹の死を知った。そうして泣き叫び、魔力を暴走させて屋敷の人々を巻き添えに死んでしまう。
リディアを始めとした多くの犠牲を払いながら、ようやく治療薬を手に入れてウィスタリア侯爵家へと向かった仲間達が目にしたのは、吹き飛んだ屋敷の跡地――という結末。
雨の古屋敷跡で膝を突き、リディアを殺した魔将に復讐を誓うシーン。『紅雨の幻域』を泣きゲーと言わしめるエピソードの一つだ。
つまり、死にゆく私達は感動と涙の物語の引き立て役だ。
私はその運命を認めない。
ゲームをプレイ済みの私なら、運命を変えることが出来るはずだ。お姉ちゃんを救い、私も、幼なじみも、誰も死なない未来を掴み取ることが出来るはずだ。
もちろん、お姉ちゃんを治療する方法も知っている。
ただし、治療薬に必要な素材は物語が始まらないと手に入らないモノもある――というか、私の死の原因となる魔将の一人が持っている。
ゆえに、お姉ちゃんを救うには順序立てて問題を解決する必要がある。
一つ目は、聖女のソフィアにまつわる悲劇を止めることだ。
彼女は小さな町に生まれた平民の子供だった。
そんな彼女が十歳になったある日、兵士である父親が亡くなった。赴任先で、町に押し寄せた魔物の群れから人々を護るという任務を、その命を懸けて全うしたのだ。
それでも、ソフィアは優しい母親とともに強く生きていた。
けれど、十一歳になったある日。父のお墓参りに向かう途中に再び悲劇が起こる。親子の利用する乗合馬車が魔物に襲撃されてしまうのだ。
そして――
「これは酷いな……」
知らせを受けた騎士団が駆けつけると、そこには壊れた馬車が横転していた。魔物の襲撃を受け、乗合馬車が崖から転落したのだ。
川辺には、乗り合い馬車から投げ出された人々の遺体が散乱していた。
「隊長、生存者です! 子供が一人、まだ息があります!」
「――っ! すぐに救助を、治癒魔術師のもとまで連れて行け!」
「そ、それが……」
部下が言いよどむ。最悪の事態を予感して、隊長は部下の元へと駆け寄った。そして、その光景を目の当たりにすることになる。
目を見開いて震える女の子が、女性の腕の中に抱きしめられている姿を。
「母親らしき女性が女の子を離そうとしないんです」
「その女性は……」
視線を向けるが、そちらはピクリとも動かない。命を失ってもなお、娘だけは護ろうとする母の愛がそこにはあった。
その光景をまえに、隊長は静かに黙祷を捧げる。
――これが、作中で明かされるソフィアの壮絶な過去だ。
二つ目は勇者のアレンが見舞われる悲劇。
アレンも、ソフィアと同じような傷を抱えている。アレンの場合は、生まれ育った町が襲撃されたとき、自分だけが生き残ってしまうという悲劇だ。
ちなみに、アレンの場合は物心ついたころから孤児だった。
ただ、普段からなにかと優しくしてくれる兵士がいた。その兵士が、魔物の襲撃からアレンを逃がしてくれるのだが――その兵士こそ、ソフィアの父親である。
アレンは悲しみを乗り越え、自分を救ってくれた兵士のようになりたいと願い、訓練校へと入学することになる。そこでソフィアと出会い、知ることになるのだ。
自分が誰の幸せと引き換えに生きながらえたのか、という事実を。
アレンが悪い訳でも、ソフィアが悪い訳でもない。魔物との戦争が引き起こした悲劇。けれど、二人の心はすれ違うことになる。
そして苦しみながらもまえに進んだ彼らは絆を深め、強くなっていく。
感動と涙の物語だ。
私自身、そのストーリーを見て泣きじゃくった。だけど、私はそのキャラ達に幸せになって欲しかった。悲しい過去なんて蹴っ飛ばして、大丈夫だよって言ってあげたかった。
私は今作に登場する仲間達が大好きだ。
全員が全員、私の推しキャラと言っても過言じゃない。そんな推しキャラ達が不幸になると知っていて、目を背けるなんて出来るはずがない。
私は『紅雨の幻域』のストーリーを否定する。
まずは町の襲撃を防ぐ。続けてソフィアの乗り合わせた馬車の事故を防ぐ。同じようにほかの登場人物を救い、彼らが魔王を倒せるように後押しをする。
私も、仲間も、全員救ってハッピーエンドにたどり着いてみせる!
ちなみに、アレンの故郷が襲撃されるのは三年後で、ソフィアが事故に遭うのは四年後だ。回想シーンは詳細に語られているので、いつ何処で事件が起こるかは分かっている。
ただ、その場所が他領にあるため、幼い私が気軽に行ける場所じゃない。それに襲撃を防ぐには私だけじゃ無理だ。少なくとも騎士団を率いる必要がある。
だけど、三年後になっても私は十一歳の小娘だ。そんな私が騎士団を率いて、他領に向かうと言っても窘められて終わるのが関の山だ。
それを避けるためには、周囲から大きな信頼を得なくてはいけない。
そのための一歩として、私は自らお父様の部屋を訪ねた。
「リディア、アンビヴァレント・ステイシスを使用したそうだな」
「はい。ですが後悔はしていません」
貴族は魔物と戦うことを義務としている。ゆえに、私のやったことは許されない行為だ。私は貴族の義務を放棄した者として指を差されることになるだろう。
お父様にも叱られるかもしれない。
そう思ったけれど、お父様は「そうか……」とだけ呟いた。
「……お父様?」
怒っていないのですかと目で問い掛ける。
けれど、お父様はその問いには答えてくれなかった。
「リディア。おまえはこれからどうするつもりだ?」
「お姉様の治療薬を探します」
「だが、おまえはろくに魔術を使えない状態だ」
「分かっています」
アストラル領域を占有されているいまの私が使えるのはせいぜい初級魔術だけ。
ゲームの私はそれでもあれこれと魔術を模索して、魔物と戦う術を手に入れた。けれど、それだけでは魔将に及ばず、道半ばで命を失うことになる。
だから――
「家庭教師を付けてください」
「魔術の、か?」
「いいえ、剣術も、魔術も、座学も、すべてを学ばせてください」
――私が、大切な人達を守れるように。
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