かつての英雄、引き立て役の魔姫に転生して推しの子達に慕われる

緋色の雨@悪逆皇女12月28日発売

プロローグ

「ごめんね、リディア。私はもう、ダメみたい」


 ベッドに横たわり、擦れた声で訴えるのは儚げな容姿の少女。

 七つ年上、今年で十五歳になる私の姉だ。

 幼少期から魔術に高い適性を示し、将来は魔姫(まき)になることが確実視されている。それなのに謙虚で優しくて、私にいつも魔術を教えてくれた。

 優しくて強い、憧れのお姉ちゃんだ。


 そんなお姉ちゃんがいま、原因不明の病を悪化させて死にかけている。

 治癒魔術師やお医者様は己の力不足を嘆き、お父様は方々を駆け回って最後に膝を屈し、お母様は私を抱きしめながら嗚咽を漏らした。

 屋敷の人々は、これが逃れられぬ運命だと嘆き悲しんだ。

 だけど、私はそんな運命を認めない。


「お姉ちゃんは死なない。私が治療法を見つけるから!」

「……ありがとう。だけど……」


 そんな時間は残されていないと、お姉ちゃんは口にしなかった。認めるのが嫌だったのか、私を悲しませたくなかったのか、いまの私には分からない。

 だけど、時間を稼ぐ方法なら知っている。

 そんな想いを込めて笑えば、お姉ちゃんは大きく目を見張った。


「……貴方、まさか。――ダメ、ダメよ! ……そんなことをしたら、はぁ……っ。貴女が、魔術を使えなくなって、しまう、じゃないっ!」


 アンビヴァレント・ステイシス。

 対象を仮死状態にして、死にゆく者の運命をねじ曲げるという上級魔術。

 けれど、展開している魔術はアストラル領域を占有する。つまり、お姉ちゃんを延命している限り、術者は魔術のほとんどを使えなくなってしまうという欠点がある。


 魔物と戦うことを義務とする貴族にとって、悪徳とされる行為だ。

 だけど、私は誰になんと言われてもお姉ちゃんを救いたい。

 だから――


「お姉ちゃんを救えるなら、夢なんて諦めたっていいよ」

「ばか……っ。私に、妹の夢を奪うような、愚かな姉になれというの……っ!? ダメよっ、私のような、魔術師になるって、言ったでしょう? 私は貴女の夢を奪いたくない……っ」


 お姉ちゃんは泣き笑いのような顔をした。

 でも、私の覚悟はとっくに決まっている。


「絶対に、死なせない! ……絶対にっ!」

「誰か、やめさせて! このままだと、リディアの才能が――なくなっちゃうっ!」


 最期のお別れをするという名目で人払いは済ませてある。

 いくらお姉ちゃんが懇願しても、私の邪魔する人間は現れない。


 ホントをいうと、いまの私に上級魔術は荷が重い。八歳になったばかりの私がアンビヴァレント・ステイシスを成功させれば、それは歴史的に見ても快挙だ。

 もちろん、姉の延命のためにアンビヴァレント・ステイシスを使った私は、たとえそれを成功させても、後ろ指を指されることになるだろう。

 けど、名誉や汚名なんかどうでもいい。


 私が望むのは、お姉ちゃんを救うことだけだ。


 上級の精巧で複雑な魔方陣を慎重に構築。

 そこにありったけの魔力を注ぎ込んでいく。だけど魔力を注いでも注いでも、魔方陣は魔力で満たされない。魔力不足による飢餓感に襲われる。


 あと少し、もう少しだけ。

 魔力が足りないのなら、自らの命を削れ!

 お姉ちゃんが助かるなら、私はどうなってもいいから!


 歯を食いしばって魔力を絞り出していると、不意に風が頬を撫でた。

 濁流のように、いまとは異なる人生の記憶が流れ込んでくる。


 ……あぁ、そうだったんだ。


 ここは『紅雨の幻域』、完全没入型VRのRPGを元にした世界だ。そして私はお姉ちゃんを救うために主人公とともに旅をして、道半ばで死んでしまう仲間の一人だ。


 このままじゃダメだ。

 お姉ちゃんも私も死んでしまう。

 どうする? アンビヴァレント・ステイシスの使用をやめる?

 いや、それじゃダメだ。

 それで私が生き延びても、お姉ちゃんは死んでしまう。

 そんな悲しい結末を私は認めない!


 そうだ。

 未来を知るいまの私なら、悲しい結末を変えられるはずだ。


「……お姉ちゃん、大丈夫だよ」


 優しく語りかける。

 様子が変わったことに気付いたのだろう。お姉ちゃんは戸惑うように私を見上げた。


「……リディア?」

「私に考えがあるの。絶対に、お姉ちゃんを救ってみせる。絶対に、お姉ちゃんを悲しませない。だから――信じて」


 ありったけの想いを込めてお姉ちゃんを見つめる。お姉ちゃんの青い瞳の中に、決意を秘めた私のカーマインの瞳が写り込んだ。

 お姉ちゃんは息を呑んで……やがて、小さく息を吐いた。


「次に目覚めたとき、貴女が不幸だったら絶対に許さないから」

「うん、約束する」


 魔力を注ぎすぎたのだろう。意識が遠くなってくる。それでもギリギリで意識をつなぎ止め、アンビヴァレント・ステイシスを発動させた。

 運命を否定する奇跡の光が部屋を満たしていく。


「……未来で会おうね、お姉ちゃん」

 

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