乙女ゲーの攻略対象に転生した俺。どう考えてもヒロインちゃんが俺を攻略しようと躍起になっているようにしか思えません
鳴神衣織
転生したらしい
「ここは……どこだ?」
朝、ベッドの上で目が覚めたら、知らない天井が見えた。
周囲を軽く観察してみる。
どこか中世ヨーロッパによくありそうなゴテゴテした壁や、古めかしい意匠の凝らした家具調度品が壁際に並んでいた。
窓を覆い隠すように引かれているカーテンも分厚くて、まるで迎賓館を思わせるような部屋。
今寝ているベッドも随分と大きい。キングサイズぐらいあるのではなかろうか。
俺が普段寝ていたベッドと言えば、病院によくあるようなアレ。
「くそ……状況がよくわからない。いったい何が起こったと言うんだ? どこだよ、ここ」
薄暗くて見慣れない一室を前に、少しだけ心臓の鼓動が早くなった気がする。
冷や汗も出てくる。
俺は頭が混乱したまま、起き上がれないはずの上半身を起こして……そして、余計に錯乱した。
「なんだ……どういうことだ? この身体はいったいなんなんだ?」
視界に入ってきた自分の身体。
記憶の片隅にあったそれとは明らかに異なっていた。
もはや骨と皮しかないと思えるような、そんな身体だったはずなのに、今目の前にあるのは逞しい男のものだった。
上半身裸で下半身はズボンをはいていたが、丸見えになっていた腹はシックスパック。
分厚い胸板と、太い二の腕。
それなのに、手の甲や指先は女のように細く、美しい。
まさしく芸術的なまでに完璧に整った肉体美をしていた。ムダ毛もまったくない。
「なんだ……何が起こったって言うんだ? ここはいったいどこだ? 俺の身に何が起こったんだ?」
呆然としながら、ベッドから下りて立ち上がった。
歩けないはずなのに、ふらふらっと勝手に足が動いてしまう。
そしてふと、何気なく壁際に置かれていたデカい姿見を見て愕然とした。
「誰だ……こいつは……」
――そう。
そこに映っていたのは見たこともない男だった。
知らない男の姿が目に入り、一瞬、幽霊でも映り込んだのではないかと思って心臓がビクンと痛くなったが、自分の動きと連動するようにそいつも動く姿を目の当たりにし、それが紛れもなく自分なのだと嫌でも理解させられた。
「だけど、なんでこんなに見た目が変わってしまったんだ? 黒髪で黒い瞳なのは一緒だけど、どこか西洋人っぽいし、それにこいつ……」
どっからどう見てもイケメン。
通りすがりの女子すべてが必ず振り返ってキャーキャー言いそうな、そんな姿をしていた。
もしかしたらイケメンになりたいという願望を神様が叶えてくれたのかとも思ったが――
だが、これではまるで少女漫画や乙女ゲーに出てくる――は!? 乙女ゲーだと!?
俺はそこまで考えて、あることに気がつき血の気がひいていった。
姿見に映っていた自分の姿。
顔や身体を触ってそれが本物であるかどうか確かめていた手を止めた。
知っている。
見たことのない姿だと思ったけど、寝癖が酷い髪をなでつけて、イケメンヘアに変えてみたらあら不思議。
「ウィリアム・レンフィールド! 間違いない! 妹が最推ししていたあの乙女ゲーの攻略対象じゃねぇかっ」
その瞬間、俺は昨日までにあったすべての出来事を思い出すのであった。
◇◆◇
『蒼天の蛇と闇夜に咲く一輪のスカーレットローズ』というゲームがある。
いわゆる乙女ゲーという奴だ。
『さぁ、君は俺たちの中から誰を選ぶ』という謳い文句が有名なゲームでもある。
このゲームは十九世紀の英国のような世界が舞台で、ダークファンタジーな雰囲気漂う一風変わった女性向け恋愛SLGだった。
蒸気機関車や蒸気船、馬車などが登場するような、どちらかと言えば中世と言うより近世や近代に近い文明レベルで自動車はまだない。
そんな世界を舞台に繰り広げられる恋愛もの。
ヒロインはいつも霧が立ちこめるこの国の首都に居を構える花屋に勤務する普通の元気娘。
しかしあるとき、王国の密命を受けて裏稼業を営んでいた私設武装組織『蒼天の蛇』の仕事現場に遭遇してしまい、それが原因で彼らに誘拐されてしまう。
彼女は口封じに殺されそうになるが、組織を束ねる総帥の一声で命を助けられる。
しかし、無罪放免というわけにもいかず、代わりに食事の提供や雑務全般をこなす使用人という立場を与えられて屋敷勤めする羽目に陥ってしまう。
こうして、うやむやのうちに組織で働くことになるが、なぜかこの秘密組織の構成員は皆イケメンだらけで、しかも、全員一癖も二癖もある危険な人間ばかり。
ヒロインはなんとかそんな連中を相手に日々過ごしていくのだが、やがて組織から一目置かれる存在となる。
そして、彼女が選んだ人間であれば次期総帥に相応しいとして、五人の男たちから一人選べと総帥が言い出したせいで、その日を皮切りにヒロイン争奪戦が幕を開ける。
その末に彼女は一人、次代のリーダーを選んでそいつと結ばれハッピーエンド。
それがこのゲームの大雑把な概略だった。
そしてどうやら、俺はそんな攻略対象の一人で一番癖強な黒髪貴公子ウィリアム・レンフィールド(二十四歳)に転生してしまったというわけだ。
「マジか……」
俺は改めて現状を再確認し、思わず絶句した。
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