第12話 銀片
「――――姉さま!?」
――運命神の紋章からの光が消えた後、最初に円卓の間に響いたのは、そんな悲鳴だった。
聖女様の声。そして幾人もの息を飲む音。部屋にいる全員の視線が教官に集まっていた。
教官は視線の真ん中で、顎に手を当てて考え事をするような顔をしていた。
聖女様は音を立てて立ち上がり、そんな教官に迫る。聖女様の顔からは笑顔が消えていた。
……コノエも、狼狽している。
死の予言。教官に? ……教官が、死ぬ?
「姉さま、予言はなんと」
「……ダメだね。私には何も出来なさそうだ。予言で言われたよ。お前には何も出来ないから、信じて待っていろってさ」
「――――、――っ」
聖女様は愕然として、ばっと部屋に他の人間に視線を向ける。
そして、同時に誰かが言った。「――本人には何も出来ないパターンの予言。では他の誰かに回避のための予言があったはずだが」、と。
「――誰ですか!?」
聖女様が叫ぶと、部屋にいる人々は口々に、『俺は違う、すぐに国に帰って防備を固めろと言われた』『僕も同じです』『私も』と首を振る。そこでコノエは、受け取った予言が自分と他で違うことに気付く。
そうしている間に、コノエ以外の全員が首を振って……最後に聖女様とコノエの目が合った。
――死の運命を、回避するための予言。
……それはきっと、先ほどの。
『――落ちた銀の灯を探すため、あなたは赤と銀片と共に深い穴の底へ向かうことになる。
きっと、あなたはそこで出会うでしょう。救いたければ、あなたは向き合わなくてはならない。なぜなら、そこに居るのは、かつてのあなたなのだから。
きっと、あなたはそこで見るでしょう。救いたければ、あなたは証明しなければならない。なぜなら、背を見上げているのは、あなたの星なのだから』
――どうやら、回避の予言を受け取ったのは自分のようだった。
だから、動揺を無理やり押し殺し、コノエは頷く。どんなときでも、冷静に。それがコノエが教官から教わってきたことだった。アデプトとしての在り方。
コノエはウエストポーチから紙を取り出し、記憶にあるうちに全ての文章を記す。戦闘態勢で脳を強化していたため、長い文章でもすんなりと書き出せた。
教官に渡すと、教官と、その後ろから聖女様が覗き込む。
紙をじっと見つめて――そこで、聖女様は顔を泣きそうに歪め、「対象固定、それも抽象型」と呟き、それに周囲の面々が顔を引き攣らせ、息を呑む。……しかしその中で教官だけは少しだけ顔を綻ばせた。
……そして。
「――どうやら、私を救えるのは私の弟子だけみたいだね」
◆
――それから、数分の時間が過ぎた。
その間にコノエが説明されたのは、今回の予言――対象固定、抽象型の予言がどういう予言かという話だった。
対象固定とは、対応に当たる人間が最初から決まっている予言のことだ。今回の「あなたは赤と銀片と共に」のように名指しで指定されている場合を言うらしい。……なお予言では、赤、銀片、のように色を表す言葉は基本的に人のことを指すようだ。
このタイプの予言では、名指しされた人間だけで対応を行わなければならない、と教えられた。名指しされた人間が参加しなければ失敗するし、逆にそれ以外の人間が参加しても失敗するのだと。
そして、抽象型とはその名の通り、予言が極めて抽象的で曖昧な場合のことだ。何を言っているのかも曖昧な予言。通常はもっと分かりやすいらしいが、抽象型の場合は時が来るまで何が起こるのか分からない。
予言にある深い穴の底、という言葉から、ダンジョンが関わっているのではないか、という意見もあったが、それも可能性でしかない。
……つまり、現状で分かっているのは、教官を救いたければ、コノエは三人で深い穴の底へ向かう必要があるということだけだった。三人でなければならないという前提条件が分かっているだけマシと考えるべきか。
「――じゃあ、ここで話していても仕方がない。皆はすぐに防備を固めろと言われているのだから、帰らないと」
「……姉さま」
教官が、パンパンと手を叩いて言う。
それに聖女様は――先ほどは言っていなかったが、聖女様も国で防備を固めろと予言が出ている――泣きそうな顔で視線を彷徨わせ、教官の言葉に抵抗するように動かない。
……しかし、他の九人は静かに頷いて、部屋から出て行く。去り際にコノエに、頼んだよ、という意味の言葉を順番に言って去っていった。
聖女様はそれに、ぎり、と歯を鳴らした後、立ち上がる。
コノエに近づいて来て、コノエの手に自分の手を重ねた後、お願い、と言って、すぐに駆け出していった。
「……突然こんなことになってごめんね。もっとこう……皆で和気藹々と交流を深めてもらおうと思ってたんだけど」
「……いえ」
「どうやら、君に頑張ってもらうしかないみたいだ。……頼んでもいいかな?」
「はい」
「うん、ありがとう。私たちも、戻ろうか。予言にある赤っていうのは――君が受け取った予言だし、メルミナのことかな。彼女にもよろしく頼んでおかないとね」
銀片って言うのはよく分からないけど、と教官は笑って言う。
その笑顔はいつも通りで、コノエは何と言えばいいか分からない。
「じゃあ、行こうか」
「…………はい」
コノエと教官は立ち上がり、部屋を出て、来るときに通った魔法陣に向けて走り出す。
二人で走る途中、コノエは教官の背中を見た。
師匠の背中。二十五年前からずっと見てきた背中だ。
誰よりも強く、誰よりも先に立ってコノエを指導してくれた人。
――その教官が、今、死の危険に晒されている。
突然過ぎてまだ理解出来ていないことも多いが、それは間違い無いらしい。
予言の言葉は抽象的で、何が起こるのかもわからなくて、しかし、回避しなければ教官は必ず死んでしまうらしい。
「………………」
……コノエは、ただ拳を握り締めて。
◆
そうして、二人は神国に帰ってくる。城の地下から出て、まず城の一室で待っているメルミナとテルネリカの元へ向かった。
メルミナに付いて来てほしいと頼んで……なぜかフォニアもいたため、ちょうど良いので彼女にテルネリカを任せた。
「………………」
「………………」
「………………」
三人で学舎前の階段を上る。メルミナは事情は聞かなかった。
雰囲気で只事ではないと察したのだろう。
そのまま学舎の門を潜り、最上階の教官の部屋を目指す。
すると……。
【――――】
教官の部屋の入口、そこには既に神様が待っていた。
神様はただ、耐えるように唇を噛んでいた。
――四人で、扉を潜る。
そして、部屋の真ん中にあるソファに座って、では話を、と――。
――?
「――へ? あれ?」
――それは、ちょうどそんなときだった。
全員が椅子に座った、その瞬間。部屋の中に声が響いた。高い声。子供の様な声だ。
ここに居る四人の誰とも違う声。子供の、少女の声だった。
「……え? ここどこ? ……え?」
「―――――」
声は続く。困惑している声だ。コノエは見る。声の主は、きょろきょろと周囲を見渡している。
「……え? お兄さん、誰ですか? お姉さんも。……ここどこ?」
コノエはそのとき、呆然としていた。異常事態なのに、構えるでもなくただ呆然としていた。
本来なら教官に見られた時点で、間違いなく再教育になる醜態。人類の守護者たるアデプトにあるまじき姿。
「……えっと、それにあなたは……? え? その翼、本物?」
声の主――少女は、銀色の髪をふわふわと揺らして困惑している。
ここは何処? あなたは誰? と。
……十歳くらいの、幼い銀髪の少女が、ただ困惑している。
「…………」
「……あの、なんで誰も喋らないんですか……?」
――困り果てた顔の少女。
彼女が座っている位置は、つい先ほどまで教官がいた場所だった。
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これで第四部二章は終わりです。
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