第16話 夢と笑顔


 その日も、コノエは夢を見る。夢の中で過去の自分と向かい合う。


 ――コノエにとって、世界は残酷だった。

 ずっと、一人だった。気が付いたら周りは敵しかいなかった。


 信じられる人などいなかった。だから、信じることを忘れた。

 目の前の人から目を逸らし、ルールと約束だけを見て生きてきた。そんな己を、コノエは真面目と定義した。


 人を拒絶して生きてきた。誰のことも見ていなかった。それがコノエだった。

 ……でも、そんな人間のくせに、コノエは誰かに傍にいて欲しかった。


 一人は寂しかった。だから、二十五年前のあの日、薬に頼ることにした。人は信じられなくても、薬なら信じられた。

 金を稼いで、奴隷を買って、惚れ薬を飲ませる。そうすればもう一人じゃない。きっと、寂しくなくなる。


 アデプト候補生として訓練する間、コノエの中にあったのはそれだけだった。

 寂しさを満たしたいという想いだけがあった。


 家を買って、そこで誰かと暮らす。そんなあやふやな願望。

 そこには、こんな女性が好きだという欲はなかった。女性とアレやコレをしたいという欲もなかった。


 コノエはただ、誰かに好かれるという結果だけを見ていた。

 中身のない願いだけがそこにあった。目標がきっとズレていた。


 ……そして、だからだろう。

 コノエがそんな人間だったから、コノエの槍は真っ白のままだった。


 アデプトの武器。神から与えられた、神威武装。

 その色と形は、アデプトそれぞれの性質によって変わる。それなのに、コノエの武器は形こそ十字槍になったものの、色はいつまでも変わらなかった。


 神様から授けられたときの色。純白。虚ろの槍。

 コノエには確固たる己が無かった。欲が無かった。愛が無かった。


 ――故に、本当は。コノエはアデプトとしても欠陥品だった。

 ……コノエは、固有魔法オリジンが使えなかった。


 この世界には、固有魔法オリジンと呼ばれる力がある。

 魔力――意志によって現象を起こす力があるこの世界では、人であれ魔物であれ、その意志には力が宿る。そして、時に、何よりも強固な意志は世界そのものも侵食する。改変し、支配する。


 固有魔法とは、世界を変える力だ。

 何者にも侵されぬ自我によって世界を改竄かいざんする力。現実を侵し、例え術師が死んだとしても世界に傷を残し続ける力。


 もちろん、誰もが使える力ではない。千人に一人、万人に一人の確率で覚醒するような特別な力だ。そこに種族は関係なく、年齢も、技術も関係ない。ただ、なによりも強靭な自我だけがそれを可能にする。


 全ては素質と境遇こそが許してくれる力。望んで修得するような力ではない。

 決して努力で手に入れられるような力でもなくて――。


 ――しかし、アデプトなら、当然のように持っている力だった。


 だって、その位に強固な自我が無ければ、欲が無ければ、愛が無ければ、アデプトの鍛錬は耐えられない。例え指先から付け根までやすりで摩り下ろされたとしても、そんなもの知ったことかと、堂々と己を叫べる者しかアデプトにはなれない。


 でも、コノエにそんなものはなかった。

 あったのは、穴だけだ。それを埋めたくて、本人すら知らない何かが欲しくて必死に足掻いて来た。


 そして、コノエがアデプトになるまで二十五年必要だった一因もそこにあった。

 固有魔法を持たないコノエは、それを埋めるだけの基礎を積み上げるしかなかった。誰よりも多く槍を振って、誰よりも多く血を吐くしかなかった。


 ……コノエは、学舎の中で異質な存在だった。

 周囲の候補生はコノエを理解できなかった。コノエも、周囲を理解できなかった。


 だからコノエは、誰とも分かり合えぬままにずっと生きてきた。

 ただ一つだけ信じられると決めたくすりを求めて、コノエはずっと足掻いてきて――。


 ◆


 ――コノエは、目を覚ます。

 瞼を開けると、そこは学舎ではなく、シルメニアの城の一室だった。まだ弱い日の光が目の奥に入ってきて、反射で目を細める。


「……」


 体を起こし、窓へ向く。ちょうど日が顔を出したところだった。

 まだ微かに夜の色が残っている、そんな頃合いの空。


 ……コノエはベッドから抜け出し、なんとなく窓に近づいて。


「……」


 窓際に立ち、街を見る。そこは昨日まで目を逸らしていた場所だ。

 コノエが悪意を想像した場所。


 ……コノエは、少しだけ街に意識を向ける。

 すると、人々の動く気配が伝わってくる。朝早くから起きて、街の復興のために活動を始めている気配が伝わってくる。


 朝食を机に並べる気配。それを囲み、笑い合う気配。

 食べ終わり、外へ駆け出していく気配。それに手を振って見送る気配。大きい気配に、小さい気配。皆が皆、必死に生きているような気配。


 そこには、昨日見たものと同じような気配がある。

 コノエはそんな人々しばらくそのまま眺め続けて。


「……」


 ……少しだけ。ほんの少しだけではあるけれど。

 体から力が抜けたような、そんな気がした。


 ◆


「コノエ様、どうぞ、お茶です」

「……ああ」


 昼過ぎ。一通りコノエの仕事が終わった頃。

 コノエはいつものようにテルネリカの用意した茶に口をつける。そして献上品の菓子を摘まんだ。


「……」


 甘いな、なんて思いながら、コノエは菓子を食べる。

 いつもより少し甘味が強い気がする。もしかして作り方でも変えたんだろうかなんて思いながら、コノエは向かいに座るテルネリカを見て――。


「……」


 ――しかし、それにしても。

 結局、テルネリカのことは良く分からないままだな、とコノエは思った。


 昨日は街で色々と思うところがあって流していたけれど、ここ数日、コノエはテルネリカのことについて悩んでいた。


 自由にして良いと言った。したいことをすればいいと。

 許可を出して、それなのにテルネリカがメイドをしている理由をコノエは理解できない。だからずっと疑問は消えなかった。


「……」

「……? コノエ様?」

「……いや」


 今もそうだ。傍にいて、コノエに笑いかける。

 テルネリカは朝から晩まで笑っている。そして語りかけてくる。楽しそうに、嬉しそうに。穏やかに微笑んでいる。


 金髪の少女。年若い外見のエルフ。

 長い耳の美しい少女がコノエを目を細めて見ている。


 テルネリカがどうしてコノエにそんな顔を向けるのか。コノエには分からない。

 愛想笑いにしても、ここまでずっと笑っている必要はないだろうにと思っている。もし本当に笑っているとすればそれこそ理解できない。


「……君は、いつも笑顔だな」

「……? そうですか?」

「ああ、そうだ。……僕といても楽しいことなんて何もないだろうに」


 不思議だった。わからなかった。

 だから、コノエはつい本音が漏れる。


 それはいつもなら決して口にしなかった言葉だ。

 ネガティブな言葉を吐いて良いことなんて何もない。引かれて、疎まれて、拒絶される。そういうものだ。少なくともコノエはそう思っている。


 後悔も自己嫌悪も、マイナスは己の中だけで。

 コノエはそう信じていて、なのに、今回つい口から出てしまったのは……。


 ……これまでの日々でテルネリカに慣れ過ぎたのか、それとも昨日色々と衝撃を受けたからか。


「……む」


 ……とにかくコノエの口は滑った。しまった、と思う。

 誤魔化すようにお茶のカップを口元へ運ぶ。


 テルネリカは目を見開いてそんなコノエを見る。

 そして目をパチパチと瞬きして――。


「――いいえ、楽しいですよ?」


 ――数秒の沈黙の後。しかし、テルネリカからの言葉はそれだった。


「……なに?」

「コノエ様と一緒に居るの、楽しいです」


 今度はコノエが瞬きをする。何を言っているんだ? と思う。

 でもテルネリカはコノエに、ただただ、微笑みかけていた。


「……」


 コノエは、手にお茶のカップを持ったまましばし固まる。

 楽しい? こんなまともに雑談もできないような男と一緒に居て?


「……僕は、ほとんど口を開かないだろう」


 続けて滑らせた言葉だった。

 ネガティブで、みっともない言葉。あとで後悔すると分かっているのに、コノエはその言葉を止められなかった。


 でも、テルネリカはそんな無様なコノエに、首を小さく傾げる。

 少し困った顔で、眉が下がっていて……。


 ……でも、どこまでも優しい顔で。テルネリカは、コノエに――。


「――言葉が無ければ、いけませんか?」


 ――そう、言った。


「………………………………………なに?」


 言葉が無ければ、いけませんか、って。

 ……なんだそれ。どういう。


 コノエは、今度こそ完全に固まる。

 ぽかんと口を開けて、それにテルネリカがにっこりと笑う。


「私、本当に楽しいと思ってますよ?」

「……………………そう、か」


 コノエはなんとか、そう呟く。

 理解できなくて、混乱していて。誤魔化すように何度もお茶に口をつける。でも味なんかわからないくらい混乱していた。


 ……だって、そんなのはコノエの人生には無かった。



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とても雑なアデプト戦力比較


コノエ

基礎能力:5000

固有魔法:0



コノエの同期のアデプト(15年修行)

基礎能力:3500  

固有魔法:500~3000(距離次第)



固有魔法は人によって能力が全然違います。

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