空の雲

部活終わりに…

校内の自動売買機前で、七瀬を見かけた。

美味しそうに、激甘々のいちご牛乳なんて飲んでいる…

何だか、妙に似合っていて。

可愛いヤツといちご牛乳の、組み合わせは…合うんだとオレは知った。


気付いたら、声を掛けていて…

さらに、気付いたら、、、

ストローに口を付けていた。

吸い寄せられるように、彼の飲みかけのいちご牛乳のストローに。

いる?って聞かれたから…なんて、自分に言い訳してみたけど。


ストローを介して触れた事に気付いた時、その後から来たガツンとした甘さに…クラクラした。

いちご牛乳の甘さでなのか… はたまた、間接キスの衝撃か、一瞬分からない位…

実は、甘い物は苦手。


「好き?」

なんて聞いてくる顔が可愛すぎて…

甘い飲み物が好きかどうかを聞かれた事は、ちゃんと分かっていたけれど。

伝わらない事を祈りつつ、オレの中の本心を込めて…告げた。


【好き】だと。


伝わって欲しくないのに、言ってしまうオレも大概なんだけど…イチイチ反応が可愛いくて。

一度味わってしまったら病みつきのお菓子みたいに、この間の教室での出来事を皮切りに、タオルを貸した事といい、今回話しかけた事といい、既に何かのタカが外れたみたいに、急激に七瀬に対して積極的になっていくオレが居た。


しゃがんで何をしてるのかと思ったら、タオルを返してくれると言う。

持っててくれても良かったのに…なんて事は、流石に言わず受け取ろうとすると、盛大な空腹音が聞こえた。

恥ずかしそうに、マックに誘ってくる七瀬。

断る訳も無く、余りの嬉しさに、前のめりに即答してしまった。

引かれなかったかなぁ…



感情が表に出ない…

何を考えてるのか分からん…とか、しょっちゅう友達や先輩から言われる俺がだ。七瀬の前だと、感情が…むしろ上手く隠せない。


2人で歩く…しかも並んで。

これは夢か?

肩が時折触れ、今が現実だと分かり、体温が一気に上昇するのが分かった。

マックまでの、たったの10分の距離、俺は一歩一歩を噛み締めていた。

夏休みの宿題をまだ始めていないと聞いて、部活がそんなにも大変なんだろうか…と思った。

オレは、嫌な事は先に終わらすタイプなので、宿題は一刻も早く終わらせてしまいたい派だ。


マックでコーヒーを口直しに飲むとホッとした。

やっぱり、いちご牛乳の甘さは…正直ヤバい。

でも、それと同時に…ストロー越しに触れた唇を思うと、違う甘さが広がった。


ガムシロップとミルクは、横に避けた。いつもなら、注文時に不要だと断るんだが。

そうしなかったのは、七瀬から、本当は甘いの好きじゃ無い…と気付かれるんじゃないかと思うと怖くて。

変なとこで妙に小心者になっていて、積極的な自分と、消極的な自分に振り回されていた。



予想はしてたけど、やっぱり問われた七瀬から“陸上してた?”って事。

オレは腹を括って答えた。


実は中学の時から七瀬を知っていた。


中学の陸上部での日々は、顧問も先輩も異様に厳しくて、ハードな練習に、仲間とは微妙な距離感、そして、記録が伸びない、何一つ良い事が無く。

辞めるか…なんなら、怪我でもして、いっそ走れなくならないかな…なんて事まで考えてた程。

唯一の楽しみが…

大会でしか見ることの出来ない七瀬の走る姿。

憧れだと思っていたソレが、別の感情も混ざっている事に気付いたのは、いつ頃だろうか…

考える前に、彼の沼に落ちていた。

大会に出なくては、七瀬を見れないので、陸上部を、引退する最後まで続ける事が出来た。

ある意味、彼が居なかったら、どこかで陸上には、見切りを付けていただろう。


それでも高校で陸上に入らなかったのは、七瀬を入学式で見かけ、その上、同じクラスになったから。

その時のオレの驚愕…今も思い出すと震える程。

もう、たった一つ残っていた陸上への執着心は、一気にどこかへフッ飛んだ。


一学期中、何度も何度も、声を掛けようと思ったのに出来ず。チャンスをモノにできず一日が終わる、その繰り返し。

そこで、自分の想いが、実はかなり重たいものだったんだ…と気付いてしまった。

話題は何がいい?どんな反応をされるか分からない…嫌われたらどうしよう…色々考えてしまい、その一歩が出ない。

友達に囲まれ、笑顔の彼を密かに見つめるだけの日々。



そして……夏休み初日に、オレの席に座る彼を見つけた時の衝撃。

生まれて初めて位の動揺と昂りが、オレの口を開いた。


そして、今は、七瀬からご飯に誘われて、マックに居るという現実。

まぁ、お腹が空いていたから、目の前の相手を誘っただけなんだろうが、オレには全く違う意味を持つモノ。


オレの言葉に照れる彼、そして、煽るとすぐに乗ってくる彼、差し出したポテトをオレの手から食べる姿に、釘付けになった。

眼をギュッと瞑り、小さな口で…

オレの物を食べる。

こんなにも愛おしいとは…思わず頬が緩む。

そして、可愛さに赤面するとは、この事か…と初めて知った。

隠す為に眉間を手のひらで覆ったが、口から出る言葉の素直さが、オレでは無いみたいだった。

ポーカーフェイスは、どこへ置いてきたのか。


デートだとオレは思ってるから、甘い雰囲気を出したつもりではあったけど、少しでも感じて貰えたら…なんて思ったけど、鈍そうな彼にそんな期待はしてなかった。

それに、気持ち悪いと思われる可能性もあるのに…自分の口を塞げれない…次々に出る、“好き”ってワード。


周りの女子がチラチラ見てくるのは、いつもの事だけど。

七瀬とのデート…じゃなかった、大事な食事の時間を邪魔するじゃねぇ!って、少しだけ叫びたくなった。


それでも、ただのクラスメイトから、ご飯を食べる友達位には、昇格したかな…ってニヤつくのを止めれなかった。


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