アキハバラの片隅 懐古趣味者のオモイ

有馬佐々

第1話 プロローグ

 「おかえりなさいませ」愛らしいメイドが積極的に彼女を迎えて、お淑やかな笑みを見せながら、チリリンとベルを鳴らして、彼女の入国を迎えている。

 中からはフルーティーで甘い香りが漂って、彼女はふと、無性に中へ入って確かめてみたくなった。

 だけど、そこは世間一般的にイケナイ場所。

一度足を踏み入れたら踏み入れるほど、後戻りが困難になる。

そこに、そういった罠があるということを彼女は知っている。

 彼女は、手招きをするメイドに敢えて一つ質問をしてみた。

「私で、何人目ですか?」

 メイドは一瞬、この人は何を言っているの? というような不思議な表情を見せたが、おもむろに答えた。

「ええと、――人目……、でございます」

メイドは自身のしている行為が悪だと、ひとかけらも思っていないような表情で答えた。そう、このメイドも時すでに遅し、それが普通で当たり前だと錯覚してしまっているのだ。

 彼女はそのメイドの言った数を聞いて、僅かに足がひるんでしまった。

 この数だけ、罠にはまってしまった人がいる。この数だけの心を黒く染めあげて、暗黒に沈めていったのだ。

 その心はいまだに、暗黒から抜け出せず、甘い蜜を吸っている。

 甘い蜜を吸い続けることは簡単でもそれは有限でとても短く、蜜を吸えば吸うだけ心の寿命が縮んでいくデメリットがある。

 蜜が悪影響だと知ったうえでも、それを悪用するものがいる。

 そこで彼女が現れた。彼女の名は惠谷ジュン。

「あら、私にたった今気が付いたようですわね、あなた」

 惠谷ジュンは私たちに気が付いて声を掛けてきた。

 惠谷ジュンは美能陸の助手の探偵である。極悪人に制裁を下し、底に沈んだ人間たちの息を復活させるのが惠谷ジュンの今回の使命なのである。

「そういえば、あなたと会うのもお久しぶりの事ですわね」

 小さく会釈をする。

「なんですの? その不安げな表情は。私も探偵の端くれとしてはや三年。少しは役に立つようになったと思っているのですけど、いまだにその本領を発揮するタイミングがなかったのですのよね」

 ――本領なんて簡単に発揮できるものなのだろうか。

私が考えていると、惠谷ジュンは案内役のメイドに入国とやらをせがまれてしまった。

「ご入国は? なさいますよね? はやくこちらへ」

 そんなわけで、惠谷ジュンは調査という文字を背負って、悪意のない悪への勧誘に敢えて甘えてみることにした。

 この甘えは、敢えて、ワザと、騙されたふりをしての事であるが……、惠谷ジュンはその悪に甘い蜜を与えられ、身を委ねるフリをした。そう、

 フリ――だ。演技。演技。暗示をかける惠谷ジュン。

 目を閉じて顔をこわばらせていたから我々は惠谷ジュンに声を掛けた。

「ん? 心配なんてしなくても大丈夫ですわよ。今回の事件は私の第二の故郷アキハバラですのよ? 今回のお話は私が解決して見せますわ、ぜひ見ていてください。フフフ、それでは――」

 惠谷ジュンは我々に別れを告げて、静かに目を閉じて呟く。

 「さて……、一肌脱ぎますか」


 ようやく私の出番が来たようですわ。あなたたちも今回の事件は私に身を委ねてみてください。季節は灼熱が続く夏でうんざりしますが、そんな暑さを吹き飛ばすくらいの、清々しい結末をお見せ致しますわ。


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