第7章【3】
転移魔法でマダム・キリィの酒場に行くと、勇者パーティの面々はすでに揃っていた。
「やあ。待たせてしまったかな」
「待ちくたびれたよ」
嫌味たらしく言うアルトに、ロザナンドは軽く肩をすくめて見せる。
「先に行けばよかったのに。別に僕の力が必要なわけでもないんだし」
「昨日のこともご報告したかったのです」
ロレッタは真剣な表情だ。ロザナンドは特に気にしていなかったが、やはり彼女には生真面目な部分があるらしい。
「国境を突破しようとしていた宮廷騎士隊は、私が接触して王宮に引き返させました。言い逃れはできないでしょう」
「もう王宮が勝手なことをすることはない」エアリスが言う。「言質も取ってあるよ」
「僕たちを信用していないなんて……」と、イディ。「なんのための勇者選抜だったんだろ」
イディの表情には悔しさが見える。勇者パーティは、魔王討伐のために編成された精鋭たちだ。勇者たちの力を信用しているなら、わざわざ宮廷騎士隊を送り込む必要はない。どうやら人間は魔王アンブロシウス以上に短気らしい、とロザナンドは呆れるばかりだ。
「もう、魔王と戦えるのは私たちだけです」
ロレッタは真っ直ぐロザナンドを見据える。その澄んだ瞳に、彼らは惹かれるのだろう。
「じゃあ、なんとしても阻止しないとね。まずは僕に勝たないと」
「余裕なのが腹立つわ」フローラが言う。「武具を揃えたら全力でぶつかって行くから!」
「楽しみにしているよ」
不敵に微笑むロザナンドに、フローラはまた悔しそうに唇を尖らせた。
「で? 今日はどこに行くのかな」
「まずは『止まり木の館』に行きます」
ロレッタにひとつ頷いて、ロザナンドは転移魔法をかける。彼らが足を着いたのは、暗い建物内だった。壁は煤で汚れ、床には埃が積もっている。長年、暮らす者がいなかったということがよくわかる。
行きましょう、とロレッタが先陣を切る。彼らも毎日、武具を集めるための攻略に出ているが、その表情は疲れを感じさせなかった。
出現する魔物にランクの高い個体はいないようで、ロレッタを筆頭に順調に討伐は進む。そうしていると、後衛側のフローラには出番がなかった。
「殿下はどれくらいの本気度であたしたちを止めるつもりなの?」
隣に並んだフローラがロザナンドに問いかける。彼女の杖は一度も振られていない。
「それはきみたち次第かな。僕が全力を出せば赤子の手だよ」
「でも、あたしたちは全力で戦うしかないわ」
「そうしなければ、故郷に帰れないのだろう?」
ロザナンドがそう問うと、フローラの表情が曇る。
「家に帰りたい。ロレッタのことを置いては行けないけど、早く帰りたいわ」
フローラは勇者パーティとして招集されたのではなく、ロレッタとの同行を希望してパーティ入りした。戦いに参加したくて同行しているわけではないのだ。
「戦いを放棄すればいいんじゃないか? そもそも、魔族は人間を敵視していないよ」
「……そんなことしたら、家族がどうなるかわからないわ」
「ふうん。どこも似たようなものか」
討伐される側の身としては、勇者パーティがどうなろうと関係ない。だが、参加したくもない戦いに巻き込まれたことは哀れに思う。魔族に負けたとき、彼らはどうなるのだろうか。それでも、魔族と戦うしかないのだ。
「みんな、気を付けて!」
ロレッタの声に、勇者パーティの緊張感が高まる。甲高い咆哮とともに姿を現したのはハーピーだった。この迷宮の主だ。
ハーピーの二度目の咆哮のとき、フローラがハッと息を呑んだ。
「フローラ! 下がって!」
ロレッタが緊張した声を上げる。フローラの魔法が封じられた。前衛とフローラの間が空きすぎていたのだ。
ひとつ息をつき、ロザナンドは指を鳴らす。パキン、という音とともに、フローラがロザナンドを振り向いた。魔法封じを解いたのだ。
「きみには戦う理由があるんだろう?」
フローラが表情に決意を湛え、杖を振り上げる。杖から溢れた光が、柱となってハーピーに降り注いだ。爆発音が辺りに響き渡り、ハーピーの姿は塵となって消え去った。
煙が収まると、ロレッタがフローラに駆け寄る。明るい笑みとともにフローラの手を握り締めた。
「すごいわ、フローラ! いつの間にそんな強力な魔法を身に付けたの?」
「あたしだって、努力はしてるのよ。いつまでも子どもの頃と同じじゃないわ」
胸を張るフローラは、横目でロザナンドを見遣る。それから、借りができたわね、と小さい声で伝えた。そのどこか挑発的な表情に、ロザナンドは軽く肩をすくめて応えた。
ロレッタが先頭に戻り、奥の部屋へと進んで行く。その狭い部屋の中央に、木の箱が置かれる台座があった。ロレッタは頷くようにバルバナーシュを振り向く。バルバナーシュはひとつ頷き、箱に手をかけた。その中には、青く光る美しい刀身の剣が納められていた。剣を掲げるバルバナーシュは、誇らしげな表情だ。
「試してみてもいいだろうか」
「どうぞ」
肩をすくめるロザナンドに、バルバナーシュは真っ直ぐ剣を振り下ろす。光を放つその斬撃を、ロザナンドは軽く手のひらで受け止めた。ロザナンドの魔防壁に阻まれた切っ先は、ロザナンドに届くことはなかった。バルバナーシュは悔しそうに息をつき、剣を下げる。
「まったく歯が立たないな」
「でも、聖なる力は使っていないんだろう?」
「聖なる力は生命力を消費します」ロレッタが言う。「魔王戦まで温存しておかなければなりません」
「ふうん」
本当に生贄のようだ、とロザナンドは心の中で呟く。ロザナンドが勇者パーティに向ける感情は、ただ哀れみだった。
「次はどこに行くのかな」
「次は『エメラルドの森』に行きます」
ロザナンドは転移魔法をかける。彼らに休憩している時間はなかった。
一行が足を着いたのは、枯れ果て痩せ細った木が立ち並ぶ森だった。
「これは……」
「迷宮の主が消滅して長いみたいだね」ロザナンドは言う。「迷宮は主がいないと存在できない。この迷宮は死んでいるようだ」
「武具は無事でしょうか……」
「さあ。行ってみるしかないんじゃない」
森の最奥は、そこだけ空間が違うような雰囲気だった。青々と茂る木々に囲まれ、陽を受けるとキラキラと光る美しい泉が湧いていた。武具は見当たらないが、ここが勇者たちの目的地だった。
バートが前に進み出て、そっと泉に手を浸す。泉が水飛沫を上げ、溢れ出た光がバートを包んだ。光が収まると、バートは手を握り締めた。泉の魔力がバートの新しい能力になったのだ。
「従魔術だと殿下では試せないね」
「僕に従魔術は効かないからね」
従魔術は魔獣を使役するための魔法。魔族であるロザナンドには効果がない。
「最後は『街角の女王』です。気を引き締めていきましょう」
ロザナンドが転移魔法をかけると、彼らが降り立つのは荒れ果てた街の中だった。建物は崩れ、地面はところどころ凹み、瓦礫が道を塞いでいる。『街角の女王』は民がいなくなった街に棲みつく魔物。街そのものが魔物になった場所だ。
「僕が攻撃の来る方向を伝達するからよろしく」
イディの言葉に、勇者パーティの面々は一様に頷く。街角の女王は、街を利用して攻撃を仕掛けて来る。その方向は魔法で感知するしかないのだ。
「イディは私が守るわ」と、ロレッタ。「各自、自分の戦いに集中してください」
仲間たちが頷くのを確認して、ロレッタは先頭を歩き始める。
勇者パーティには瓦礫や木の根、つむじ風など様々な攻撃が降り注ぐ。そのたびにイディが感知魔法によって方向を伝え、彼らは滞りなく街の奥へと向かった。
瓦礫がロレッタに降りかかる。それを剣で弾いた瞬間、後方にいるイディに木の根が襲い掛かった。ロレッタは体勢を持ち直せず、反応が遅れる。イディが息を呑んだとき、ユトリロが剣を振り上げた。その鋭い切っ先は、次々と突出する木の根を薙ぎ倒した。
「あ、ありがとう……」イディは呆然としている。「助かったよ」
「私に助けられるようでは、ロザナンド殿下に勝つのは夢のまた夢ですよ」
呆れた表情で言うユトリロに、イディは少し悔しそうにしながら頷いた。
「きみは合流して間もない」ロザナンドは言う。「連携が取りきれていないのは痛手だろうね」
「私たちのことは調べ尽くしているようですね」
小さく息をついて言うロレッタに、ロザナンドは肩をすくめた。
「部下が有能でね」
「悔しい」アルトが顔をしかめる。「こっちは宮廷に侵入することすらできなかったのに」
「能力の差が出たね。そもそも、魔族と人間では能力値が比べ物にならないんだよ」
「それでも」と、バルバナーシュ。「人間に勇者が生まれるたびに魔王は負けてきたのだろう?」
「そういうことになる。数百年に一度のことらしいけど、それは確かだろうね」
魔王を討ち滅ぼす光が「聖なる力」と「聖なる武具」である。それがどれほどの脅威となるかロザナンドは知らないが、魔王を討伐されること自体は特に困ることではない。
「僕たちは負けるわけにはいかない」イディが決意を込めた瞳で言う。「そのために必死で修行をしたんだから」
「無駄にならないといいね」
嫌味たらしく肩をすくめるロザナンドに、イディは悔しそうに眉根を寄せた。
その努力を証明するように、勇者パーティはあっという間に街角の女王を討伐した。イディとの連携もスムーズになり、彼らの能力値の高さがうかがえた。
街角の女王が背にしていた建物内に、台座に突き立てられた剣がある。ひとつ深呼吸をして、ロレッタが柄に手を添えた。陽を受けて虹色に光る刀身が美しく、勇者のための洗練された剣だった。
「これですべて揃ったわけか」
息をつくロザナンドに、ロレッタが穏やかな微笑みを湛えて振り向く。
「ありがとうございます、殿下、ユトリロ様。あなた方のおかげです」
「僕は自分の目的のためにやっただけだよ」
ロザナンドが指を鳴らすと、ロレッタの体の力が抜け、予想外の圧力にロレッタは地面に膝をつく。目を剥いた仲間たちも、同じように倒れ込んだ。
「どういうつもりなの!」
アルトが声を上げる。ロザナンドは、あくまで嫌味たらしく肩をすくめた。
「きみたちは僕を信用しすぎた。その美しい心が仇になったみたいだね」
そのとき、ロザナンドのそばで光が瞬く。ユトリロが手を伸ばしたのは報せ鳥だ。
「宮廷では指示通りに城を出たようです」
「そう」
「いったい何を……!」
ロレッタは剣を地面に突き立て、圧力に抵抗する。しかし、彼らの体は地面に縫い留められたように動かなかった。
「これが僕のやり方だよ」
不敵に微笑んで見せ、ロザナンドは自分とユトリロに転移魔法をかける。目的地は、魔王城、王座の間だ。
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