第5章【3】
追加ダウンロードコンテンツには、ベアトリスの心情が語られる物がある。ふんだんに愛を注いでくれた両親を、故郷を守りたいこと。弱く役立たずな自分を責める気持ち。みなに愛されるヒロインへの憧れと嫉妬。密かな恋心。悪役令嬢ベアトリスは、ただのひとりの少女だ。ただ、誰にも心を開けなかったのだ。
「あなたにライフルをあげるわ」
「えっ、ですが……」
「最終決戦だというのにハンドガンだけでは心許ないもの。私はショットガンとサブマシンガンがあるから。素材回収中にライフルに慣れておきなさい。最終的に自分が使いやすいほうを使うといいわ」
「……承知しました」
「大丈夫よ。殿下の討伐隊がショットガンとサブマシンガンを装備しているし、次の後発隊にも弾を持たせてくれているでしょうから、私たちは後衛のはず。それほど危険は多くないわ」
「……はい」
ニーラントがどこか不満げなので、ベアトリスは首を傾げる。むしろいままでハンドガンだけで戦わせていたことのほうが危険だっただろう。
そこにクリストバルとレイラが来る。それでニーラントは顔を上げた。
「ベアトリス様、今回は何を集めますか?」
レイラは気合充分といった様子である。
「ハーブを多めに確保したいわ。弾薬はおそらく充分よ」
「わかりました!」
レイラは明るい表情で頷く。クリストバルも晴れやかな顔をしている。心の状態が表情に大きく影響を及ぼすことがよくわかる。わかりやすすぎね、とベアトリスは心の中で呟いた。
後発隊が弾薬を大量に持参しているため、素材回収であっても弾薬を節約する必要がなくなった。ベアトリスは湧いて来たゾンビに次々とショットガンを叩き込み、ニーラントも慣れないながらもライフルを存分に撃ち込む。クリストバルももう心配はいらない。レイラも自分の魔力残量を見つつ的確に光魔法を発動した。
「随分と進歩したわね」
倒れかかってきたゾンビを蹴り飛ばし、ベアトリスはレイラに言う。レイラは頬を染め、満面の笑みを浮かべた。
「ベアトリス様のおかげです!」
「そう。じゃあ、探査魔法を使ってもらおうかしら」
「はい! お任せください!」
両手を組もうとしたレイラを止め、ベアトリスはステータスウィンドウを開く。魔力残量は探査魔法を使っても充分に余るほどにあった。
「できればハンドガンのロングマガジンを見つけたいわ」
「お嬢様」ニーラントが言う。「私はライフルで戦います。ハンドガンのパーツはもう探さなくてもよろしいのではありませんか? もっと他の物を……」
「あなたがライフルに慣れるまでには、まだ時間がかかるわ。咄嗟の場合にはハンドガンのほうが上手くやれるはずよ。研究所内でもハンドガンを使うとなると、ロングマガジンは必須だわ。大丈夫よ。あなたは私が守るわ」
そう言ってショットガンを構えて見せるベアトリスに、ニーラントはもう何も言えなかった。クリストバルとレイラは一様に苦笑いを浮かべている。しかし、ベアトリスは三人の表情の訳に気付いていなかった。
レイラの探査魔法が差したのは、ひとつの崩れた家屋だった。おおよそ武器があるとは思えないが、レイラは奥の部屋まで三人を導く。その部屋は、武器が床に散乱していた。
「誰かがここで戦っていたのね」
「……助からなかったのでしょうか……」
「どうかしらね」
散乱した武器の中に、ハンドガンが落ちていた。弾はひとつも入っておらず、マズルが歪んでいる。そのハンドガンには、追加パーツが取り付けられていた。
「残念ながら、ロングマガジンではないわね」
「あ、そうですか……」
「でも」
肩を落としかけたレイラが、ベアトリスの言葉に顔を上げる。
「とても有益な物よ。ごらんなさい」
ベアトリスがハンドガンから取り外したパーツに、三人は一様に首を傾げる。ごらんなさいと言っておいてなんだが、とベアトリスは心の中で呟いた。三人に銃のパーツなどわかるわけがなかった。
「これはスピードローダー。リロードの速度を上げる物よ」
「リロードが素早くできれば」と、ニーラント。「隙を少なくすることができますね」
「ご名答。あなたのハンドガンはすでに威力を二段階も上げているし、リロード速度も上げればライフルより使いやすいんじゃないかしら。よくやったわね、レイラさん」
「はい……! ありがとうございます!」
ロングマガジンではなかったが、スピードローダーを発見できたのは充分な成果だ。ハーブも想定ていたより多く採取できたため、三人は帰路に着いた。
セーフハウスに到着すると、少し借りる、とクリストバルとレイラがニーラントを連れて行った。残ったベアトリスは特に気に留めず、ニーラントから預かったスピードローダーを合成する。
ゲームでは、ハンドガンとライフルで言えばライフルを重用するだろう。だが現実では、慣れている武器を使うべきだ。ライフルをもっと早くニーラントに渡すのだった、とベアトリスはこの旅の中で初めて後悔した。だがそれと同時に、ここまでハンドガンで戦い抜いたニーラントに賞賛の言葉が浮かぶ。
作業台に寄りかかり、ふむ、とベアトリスは考えに耽る。いま作業部屋には誰もいない。この旅の中でひとりきりになったのは初めてだ。いつもそばにニーラントがいた。
(おかしな話ね。従者ニーラントは悪役令嬢ベアトリスについて来ないのに、なぜニールはついて来たのかしら。何も知らないゾンビとの戦いは怖かったはずだわ。……私が悪役令嬢じゃなかったから?)
ベアトリスは、悪役令嬢のはずだった。レイラの恋路を邪魔し、道中でゾンビ化し射殺されるはずだった。そのつもりでいたし、それなりに覚悟して旅に出た。それが異世界からの転生者としての責務、そして悪役令嬢の役割だ。だと言うのに、ベアトリスは破滅しなかった。ゲームでは攻略対象のプロポーズより先に破滅していたはずだ。すでにクリストバルのレイラへのプロポーズは済んでいる。なぜ生き永らえているのか。それは、ベアトリスが悪役令嬢ではなかったということである。
(なんだか混乱する話ね……。同じベアトリス・セランなのに)
「お嬢様」
ニーラントが戻って来るので、ベアトリスは考えるのをやめた。
「ハンドガンを改造しておいたわよ。ハンドガンは弾が余りに余ってるし、雑魚ゾンビならこれで充分よ。好きなほうを使いなさい」
「はい。……あの、お嬢様」
ハンドガンを受け取ったニーラントが、そのままベアトリスの手を取る。ベアトリスが首を傾げていると、ニーラントは意を決したように言った。
「お嬢様は私を守ると仰ってくださいましたが、私は、お嬢様に守られるのではなく、お嬢様をお守りしたいんです」
「ニール……。ふふ、あなたに手を握られたのは久々だわ」
「そりゃ主人と従者ですから……」
「腕相撲以来ね」
「え?」
「あら。憶えてない? 子どもの頃によくやったじゃない」
「え、いや、まあ……やりましたけど……」
「懐かしいわ……。あの頃は私もあなたも無邪気だったわね」
ベアトリスは一人っ子であるため、子どもの頃からそばにいたニーラントは兄のような存在だった。いつしか、性別や立場の違い、身分の差、そんなもので区別されるようになってしまった。それでも、ニーラントがそばにいてくれさえすれば、それでよかった。
「ありがとう、ニール。そうね・あなたも随分と強くなったわ。……でも、あなたはきっと私の前には出られないわ」
「え……?」
「だって、あなたはきっと“相棒キャラ”だもの」
「……なんですか、それ……」
主人公のそばにいて主人公と共闘してくれる登場人物、それが“相棒キャラ”だ。あくまで主人公の後ろについて来て、自動で戦ってくれる。ゲーム「ラブサバイバル~暁の乙女~」では攻略対象がそれに当たる。
そう話すと、ニーラントは顔をしかめた。
「あの……、一旦、ゲームの話は忘れていただいていいですか……」
「あら、そうね。これは現実だわ。あなたは自分の意思で動く、ひとりの人間だものね」
「……そうです。私は、自分の意思でお嬢様をお守りしたいと思っています」
「ありがとう、ニール。でも……私のほうが強いわよ?」
「……ハイ……ソウデスネ……」
渋い表情で頷いて、ニーラントはふらふらとベアトリスから離れて行く。部屋の入り口で待っていたらしいクリストバルとレイラが、その肩を両側からぽんぽんと叩いていた。
さて、とベアトリスは考える。イェレミス研究所に行けば嫌でも最終決戦が始まる。所長に負けるわけにはいかない。負傷者を出すことは不可避かもしれないが、全員を生きて故郷へ帰らせなければならない。そのためには、盤石な作戦が必要だ。
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