未満の魔導師 マナが感じとれない俺が魔導学院をぶっ壊すまで
たぬき
第1話 未満
昼下がり、部屋の片付けしていると玄関の扉が乱暴に閉まる音がした。ドタドタと走る可愛らしい足音の主はすぐに姿を見せた。
「おかあさーん!」
ようやく学校に通い出した息子が帰るなり膝に抱きついてくる。困惑しながらも、いつまでも甘えたがりな黒い頭を優しく撫でる。
「あらあら、どうしたの?」
「ぼくって才能がないの……?」
質問に答えずにこちらを見上げる愛しい我が子。自分と同じ黒い髪の毛がサラサラと指先を流れた。
「ないわね──」
「うわああああああん!!」
微笑みを浮かべながらの一刀両断に息子の顔は涙でべしゃべしゃになってしまった。我ながらもう少し答え方は無かったかと反省する。息子が顔を押し付けたズボンの場所から湿り気が徐々に素肌に伝わってきた。
「お母さんと同じ髪の毛だもの。でもね──」
柔らかな髪をまだ弄んでいたかったが、頭から離して息子の両肩に乗せた。
「ルシアは知らないかな、
「のーりーち……?」
どうやらまだ学校では教わっていないらしい。それは今よりほんの少し前の英雄の名前。
「なに、それ?」
涙を引っ込ませ、頭にハテナが浮かべた息子が愛おしい。
「むかしね、魔法っていうのは才能のある人だけのものだったの」
夫の鮮やかな髪が思い浮かぶ、それが少しでも息子に遺伝してくれていたらと思わない日はない。母親の業だ。自分自身のことはとっくに腹を括っているが、幼い我が子を思うとどうしても遺伝子のイタズラを恨みたくなる。
「で、でも、ぼくも使えるよ……? その、才能はないかもしれないけど……!」
自分の髪を一房摘みながら、涙目でこちらを見上げる息子。母の真剣な顔が落ち込んでるように見えたのかもしれない。涙の理由をもう忘れ、もう母を励まそうと必死になっていた。
優しい息子だ。きっと才能云々も無邪気な同級生の誰かに言われたのだろう。自分の記憶を振り返ってみてもそんなことばかりだった。
身を屈めてしっかりと息子と目線を合わせる。
「その人はね、まったく使えなかったの。ルシアの大好きな勇者グラドのようにカッコ良く戦ったりもできなかった」
「そうなんだ……かわいそうだね」
「ぷっ──っ!」
悲しそうな息子の表情につい吹き出してしまった。
「ふふふ、そうね。確かに可哀想かもしれない──ふふっ!──くくくっ──!」
「お、おかあさん!?」
浮かんだ涙を拭ってみたが、それでも笑いはおさまらず息子は突然笑いだした母に困惑していた。
笑いの衝動と戦う自分とそれをオロオロと心配する息子という構図がしばらくの間続いた。
「はぁー……」
ようやく笑いおさまった頃には息子はもう泣き出す寸前だった。
「その人は確かに可哀想だったけど──」
あの湿っぽい言葉が似合わない不機嫌な顔を思い出すと、やはり笑いが込み上げてきた。いけないいけない、これ以上笑えば息子はとうとう泣き出してしまうだろう。
「コホン──その人はね、たくさんの人にあるものをくれたの」
「あるもの……?」
私の英雄を思い出す。あの人は私と同じ「可哀想」で、いつも睨むような目つきをしていた。でも頭を撫でる手は優しくて、絶対に約束を破らない人。息子にとっての英雄が勇者グラドなら、私たち可哀想な人にとっての英雄はその人だ。
手をゆっくりと息子の頭に伸せる。かつての自分の髪もこんなに柔らかな髪をしていたのだろうか。
「それはね──」
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