第31話 デミウルゴスの書

「あれ、アスティはどこへ?」


 入れ違いで戻ってきたリソラがレインに声をかけた。


「教会に逃げ遅れた人がいるかも知れないと言って、確かめに行った」

「そっか、もう誰も残ってないといいんですけど……」


 リソラは振り返り、教会の様子を伺う。焼け落ちた建物から黒い煙が燻っているのが見えた。


「ああ、アスは人影を見たと言っていたが……」

「それ多分、私達を攫ってここに連れてきた奴だよ!」


 リソラと一緒について来たリサラが横から口を挟んだ。


「えーと、名前なんだっけ……」

「…トリオン・リーバー」


 隣にいたアークが答える。


「あー、そうそう。そいつだよ、きっと」

「あの人が、二人をここに連れてきたの?」

「…そう。僕らを司祭様に引き渡した後、どこかへ行った」

「逃げ遅れたんだとしたらザマーミロだわ」


 リサラが腕を組んでフンと鼻を鳴らした。


「トリオン……。それが、あのアジトのリーダーか?」

「そうよ。手下も従えて、偉そうに威張ってたし」

「…仲間はみんな狼に襲われたみたいで死んじゃったけど……。あ、でも教会で誰かと話ししてた」

「誰か? 司祭とは別の人間がいたのか?」

「うん、姿は見えなかったけど声は聞こえた。若い男の人と…何か言い争ってるみたいだった」

「……そうか」


 レインは何かを考えるように手を顎にあてた。


「ねぇ、アンタ、魔法使いなの?」

「そうだが?」


 リサラはレインに顔を近づけて自分の首元を指差して言った。


「じゃあ、これ! この首輪外してくれない? これがあると魔法が使えないみたいで困ってるの。自力じゃ外れないし、外し方もわかんなくて」

「……魔導士拘束具か。生憎だが、今はマナ切れでな。魔法はつかえないんだ」

「え〜! そんなぁ」

「…魔導士様」

「今度はなんだ?」

「…あの、コレ。どうしたらいいですか?」


 アークが小さな両手に乗せた卵型の宝石をレインに差し出した。


「……卵殻石か」

「…さっき、身体から出て来て」

「卵殻石にデミウルゴスの書か。どちらもオレの手には余る代物だな」


 レインは腕を組んで眉間にシワを寄せた。


「……おーい……おぉーい」


 遠くから聞こえてきた声に四人が視線を向けると、御者の青年がこちらに向かって手を振っているのが見えた。


「お客さん、一体なにがあったんですか?」


 レイン達の元までやって来た御者の青年は燃える教会を見て困惑した表情を浮かべる。


「ああ、ちょっと賊に襲われてな……」


 レインがそう答えると、青年は納得したように頷いた。


「やっぱり、賊が居たんですね。さっき、お客さんの帰りを待っていたら柄の悪い人に絡まれて……。怪我をしていたから放っておくわけにも行かず、慌てて町まで送って行ったんですよ」

「ああ……」


 教会に来る途中で出会った男だと察したレインがチラリとリソラを見た。その冷たい視線に気付いたリソラは気まずそうに視線を逸らす。


「心配だったのでついでに詰所にも連絡を入れておきました。もうすぐ憲兵も来てくれると思います」

「そうか、それは悪かったな」

「いえ、これも仕事ですし」

「そうか。じゃあ、ついでにもう一仕事頼みたいんだが」

「なんですか?」

「この3人をリーベルの町まで送って行ってくれないか」

「リーベルですか? もちろん、ご依頼とあらば可能ですが……」

「代金は先払いでいい。これだけあれば足りるだろうか?」


 レインは懐から布袋を取り出すと、中から紙幣を何枚か取り出して、御者の青年に手渡した。


「こ、こんなに?」

「旅の費用も入っている。この三人にもそれで色々と賄ってやってくれ」

「わかりました。では、すぐに馬車の準備しますので暫しお待ちを!」


 御者の青年はレインに一礼して、馬車を取りに駆けて行った。


「あ、あの……私たち、これからどうすれば」


 レイン達のやりとりを見ていたリソラが不安げに声をかける。


「お前達の目的地は神都だと言っていたな。だが、まずはリーベルへ行って、石賢者に会うといい」

「イシケンジャ?」

「そいつならその本のことも、卵殻石も……ついでにその首輪も。全部まとめて面倒見てくれるはずだ」

「その人はレインの知り合いなんですか?」

「ああ、そうだ。……レイン・ロストフィールドの知り合いだと言えば会えるはずだ」

「え、一緒に来てくれないの?」


 リサラがキョトンとした顔でレインを見た。


「悪いがオレにはまだやることがあるんでな」

「そっかぁ」


 チェッと残念そうに口を尖らせたリサラにリソラが声をかける。


「大丈夫だよ、三人だけでも! いざとなったらこの本でなんとかするし」

「ああ、ちなみにその本だが……、使うのは止めておけ」

「え、どうしてですか?」


 リソラが驚いた顔で聞き返した。


「やはり何も知らずに持っていたんだな……。いいか? その本は使用者のエレメントを消費して術式を発動させる代物だ」

「エレメント?」


 双子は聴き慣れない言葉に首を傾げる。


「エレメントとは生命の源だ。この世の万物全てが持つ最も原始的な元素の一つだ」

「ふーん、それを使うとどうなるの?」


 リサラが問いかける。


「エレメントは誰しもが持っている物だが、その量は微量であり、有限だ。つまり、自身のエレメントを使うということは命を削る行為に等しい……。そして、この本で使用する術式一回でおよそ人、一人分のエレメントを消費すると言われている」

「それって……」

「使えば死ぬという事だ」

「……死っ!?」


 リソラは思わず息を呑んだ。

 リサラもアークも同様に言葉を失っていた。


「命と引き換えに万物を創造する書物。それがそのデミウルゴスの書だ」

「……し、死ぬって言っても、そんな全員が死んじゃうわけじゃないよね!?」


 リサラが青ざめた顔をして言った。


「ああ、大抵の人間では必要なエレメントが確保できず使用することすら出来ない。稀にエレメント保有量の多い人間もいるが、使えたとしても一、二回が限界だろう」

「そ、そのエレメントは回復させたりは出来ないんですか?」


 今度はリソラが質問する。


「エレメントの保持量は生まれた時に既に決まっていると言われているな。生涯でエレメントが減ることはあっても増えることはまず無いだろう」

「……そんな」


 リソラは頼りにしていた本が使えないとわかり、がっくりと肩を落とした。


「そんな危険な本さっさと手放した方がいいよ!」

「…手放すより、処分した方がいいと思う」

「オレも出来るならその方がいいと思うが、その本は火に焚べようが、ナイフで切り裂こうが、消滅させることは出来ない」

「え、なにそれ怖…」


 リサラが顔をひきつらせる。


「その本を作った者にしか、破壊できない仕様だ」

「一体誰がこんな物を……」


 リソラは抱えていた本に目を落とした。


「稀代の大錬金術師、リュヒェンデリック・オーデン」

「大錬金術師……? その人は今――」


 リソラが言いかけたその時、遠くから響くラッパの音が聞こえた。


「……ああ、憲兵隊のラッパが聞こえてきたな」

「え?」

「お前達も見たところ訳ありの様だし、憲兵に捕まるとなにかと面倒だろう。さぁ、早く行くんだ」


 レインは三人の背を押しながら、馬車に乗って戻ってきた御者に声をかけた。


「準備は出来ているか?」

「はい、いつでも出発できます」


 リソラの達は半ば強引に馬車に押し込まれた。


「ま、待ってください! 私、まだちゃんとお礼を……!」

「いや、報酬ならもう十分頂いたよ」


 そう言ってレインは自分の目元を人差し指で突くような仕草をみせた。


「え? それってどういう意味…」


 リソラの言葉を遮るようゆっくりと馬車が動き始める。リソラが馬車の窓から顔を覗かせ叫ぶ。


「あ、あの! アスティにありがとうって……!」

「ああ、伝えておく」

「レインも! 助けてくれてありがとう! またどこかで……!」


 次第に遠ざかっていく馬車をレインは静かに見送った。


 しばらくして、レインの元へ戻って来たアスティは走り去る馬車を見ながら声をかけた。


「あれ? レイン、他のみんなは?」

「先に行ったよ」

「ああ、そうなんだ……」

「ありがとう、だそうだ」

「え?」

「ソラからの伝言だ」

「ああ……」


 少し寂しそうに目を伏せたアスティにレインは苦笑する。


「なぁに、生きていればまたそのうち会えるさ。どうせお前もソラも目的地は同じだ」

「あ、そうか」

「さあ、オレ達もそろそろ逃げるぞ」

「え?」

「ここで憲兵に捕まって時間を取られたくはないからな。いくぞ、アス」

「え、ちょっと、待って!」


 そう言って走り出したレインを慌てて追うアスティ。

 そんな二人が走り去った後に、ようやく憲兵の馬車が到着した。

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