Count 23 IRON MAN(長伝寺達磨)

 さて、ここからが本番ね。準備はいい? 安里ちゃん。

「うん、いつでもいいよッ! あ、でも無茶はしないでね、タツコさん」

 あら? それは安里ちゃんも同じことよ。私を上手く使いなさい。

 言いながら突きだした私の拳に彼女の拳が軽く触れる。もう迷いは無いようね。


 目の前には10歩の間をおいて天竜鬼が立っている。その後ろに海竜鬼。天竜鬼は直立不動のままで、どこにもダメージを負った様子は無い。傲岸不遜そのものね、憎たらしい。

 五星王はすでに倒されて待機部屋セメタリーに戻っている。ありがとう、五星王あなたたちの戦いは無駄にはしないわ……そしてさようなら(注:死んでません)。

 天竜鬼との距離が五歩に縮まる。さあ、いくわよ、安里ちゃん。Here we go!


 【群雲】は二人一組の戦い方だ。『雲』役が切り込み隙を作って、『月』役が追い討ちをかける。反対に相手が攻めに転じた時は『雲』役が攻撃をさばいて崩し、『月』役が攻撃を返す。お互いが役目を入れ替わりながら、攻防一体のつるべの動きをすることがポイントね。

 空手の理想型は、相手の攻撃に先んじて一撃を打ち込むことだけど、実際に一撃で勝負が決まる事はほとんど無いし、そうなれば受けや技のコンビネーションも当然必要になってくる。それが乱戦や長丁場になれば尚更、毎回相討ち覚悟という訳にもいかないしね。何よりそんな状況では生き残ることが最優先なのだし。


 何度か攻守を入れ替わり、今度はワタシが『雲』役になり前に出る。ロングフックとローキックで横に揺さぶりをかける。天竜鬼がガードをしないと分かってるからこその強気な攻め。しかし痛みを感じない、反応がない敵と戦ってると感覚が麻痺してくる。熱くなって引くところを間違えれば命取りになるわ。

 ……っと! 言ってる側から天竜鬼が私のパンチを払い落とす。返しのミドルキックを思わず踏み込んで受けてしまう。まずい! コンビネーションが単調になったところを狙われた。倒されて寝技に持ち込まれるのは避けたいわ。

「タツコさん!」

 そこに安里ちゃんが体を割り込ませ、天竜鬼のみぞおちに肘打ちを食らわす。私の脚を抱えようとした、天竜鬼の腕をすくうように蹴り上げる。

 私はそのまま転がって距離を取り、安里ちゃんも追い打ちはせずに私の側に立った。ありがとう、助かったわ。

「気にしないで。今度はボクから行くよ! もう出し惜しみしてられないし」

 分かったわ。でも大丈夫なの? ダメージは?

「うん、全然平気。もらったリングのせいかな? いつもより気が充実しているみたい」

 言い残して彼女は飛び出していく。安里ちゃんの言葉に私もブレスレットに目をやる。魔装具にそう感じるのも当然よね。パワースポットを背負ってるみたいなものだから。

 合着ジョインの魔装具は要くんを通して【きみなぐ!】がプールしている魔子マミを分けてもらえる。私たちは魔法を使えないけど、魔子マミを取り込んで内功として使うことができる。

 私たちの世界は魔子マミが薄いから、取り込むには武術や瞑想とかの『修行』が必要になる。ごくまれに神社や霊山とかで自然に身につく人もいるけれど。それでも魔子マミと気の変換を修行なしで普通に自得していたなんて。いくら達人たちのそばで暮らしていたとは言え……安里、おそろしい子。


 そしてこの【きみなぐ!】は本来魔法使いのためのゲームの世界だから、公正を期すため、プレイヤーの魔子マミを一時的に預かり、レベルに応じて魔子マミを貸し出して振り分けている。そして遊んだ魔法使いから代価として徴収した魔子マミを、また【きみなぐ!】にプールしていく。よくできたシステムね。

 要くんも日本では魔法がほとんど使えなかったでしょうから、その分10年近く魔子マミを貯め込んでいたことになるのよね。それを一人でプールしていた魔臓庫の容量も相当なものよね。リミッターが外れたら魔法の実力は、加護女ちゃんにもそう引けはとらないんじゃないかしら?


「タツコさん、お願い!」

 安里ちゃんから声がかかる。天竜鬼の目が青から赤の点滅に変わる。回復モード移行のサインだ。私もすぐさま安里ちゃんに加勢して、二人がかりで天竜海竜の合流を阻止する。この時ばかりはなりふり構っていられないわ。これまであと一歩で振り切られ完全には成功してはいないけれど、体力の回復量は回数ごとに減っている。

 私は天竜鬼の右腕を片羽固めにして壁に押しつける。もう一方の腕を安里ちゃんが極めている。人体を模して作られてるなら関節技は有効なはず。いくらパワーファイターでも技術が無くては外せないわ。


 そしてついにその瞬間が来る! 機能停止の機械音とともに天竜鬼の体が崩れ落ちる。私たちは残心をとったままゆっくりと体を離した。

「やったの? ホントに? もう起きてこないよね」

 大丈夫よ。この『目』で確認してるから。補給が無いかぎりはね。

 私の言葉にほうっ、と安里ちゃんから息が漏れる。


『天竜鬼ノ活動停止ヲ確認。ふぇいず1ニヨル排除ヲ断念。コレヨリふぇいず2ニ移行スル』

「「えっ?」」

 その合成音の主、海竜鬼に私と安里ちゃんが同時に目を向ける。こいつ、喋るぞ?

 ……ああ、そうよね。これで終わるわけ無いって分かってたわよ。

 だけどそのゆっくりみたいな声はなんとかならないの? 緊張感が削がれるんだけど。

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