1文字目 異世界の日本人

ハーシバル歴の9371年。


世界は平和とは到底呼べない、邪悪の瘴気が流れ込んでいるのではないかと錯覚するほどの悪意に満ち満ちていた。

それは何も人に限った話だけではない。


これが物語であるのだとすれば、今の世界では存在しないであろう竜の存在、魔物の存在、聖獣の存在、

数多の種族や事象や環境が複雑に絡み合って、今この中の世界は成立している。


悪意に満ちているとは言ったが、明確に空が黒いだとか世界が闇に包まれただとかそのようなわかりやすいものではなく、

客観的に見ればむしろ平和を象徴しているような晴れ晴れとした青い空が天に広がっている様が窺える。

一周回って実はこの世界は平和そのものなのではないだろうかとすら思い込んでしまえるだろう。


とどのつまり、どの世界でも人族は束の間の平和すら享受して平穏無事なまま生きようとしている。



辺境の伯爵家でも例外ではない。

それどころか貴族という立場を思う存分利用している分、これまた一周回って悪質であるともいえる。


そんな光と闇が闊歩するこの屋敷で、呪われた血を宿しているという理由だけで迫害されている人物がいた。



「はぁ~……」



とてつもなく大きく長い溜息をついて、現状を憂いている人物。

身なりは伯爵家に住まうものながらそれに似つかわしいとは到底思えぬような型落ち衣類を身にまとう者。


そしてその人物は――――



「伯爵の家だっていうから期待してたのに、まさかこんな扱いの人の身体に詰められるなんてなぁ…」



この世界で誕生した身体を器に、別世界より誘われし魂が収まっていたのである。

この者、自分の出自をこう語る。




「あの過ごしやすかった日本は一体どこに行ったんよぉぉぉお!」




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