決まりましたわね。
2球目こそ、ギュワッと来たと思ったらそこからククッ。カッターでしたわ。バットの先に当たって、切れた打球はヨワヨワしながら1塁ベンチの方へ。
ふうっと息を吐く。
1ー1というカウントになり思ったことは、これはカットボールを決め球にしてくる可能性があるなぁというやつ。
初球のスプリットを見て、前の打席にファストボールをヒットに出来ていて、カットボールをヨワヨワファウルですから。
同じボールで同じような打たれ方はしたくないだろうという本能的な考えがありますし、勝負が切迫すればするほど、成功率の高い選択に頼らざるを得なくなるのは仕方のないことだ。
という思考から、1番対応出来ていないだろうと見られているカットボールに狙いを定める中……。
やってきたのはカーブだった。グワァッと来て、ギュンとくるナックルカーブ。そんなボールに対し、おピンクバットが自然と振り出される。
乾いた打球音と、ない手応え。打った瞬間に自然と回転しながら投げ出されるバット。
右中間の真ん中に高く上がった打球を見上げながら俺は1塁に向かって走り出す。ロサンゼルスの外野手がボールを追っていく姿を見ながら。
もっといけ、抜けろ!!いったっしょと、口ずさんだ。フェンス際、共にジャンプした2人が体をぶつけ合いながら伸ばしたグラブの先に打球は弾んだ。
地面に倒れ込む2人。どうしてそっちにいくん?状態のボール。
2塁を回るって見えたのは、スタンドにいる緑色のユニフォームを着た同士達。全員と言ってもいい人数が立ち上がり、皆が腕をグルグルと回していた。
これが今年のラストプレー。
その中心に俺がいた。
3塁ベースを蹴った瞬間に、ヘルメットがどこかへすっ飛んでいった。
すでにホームベースの向こう側には、ピョンコピョンコ飛び跳ねた待ちきれないチームメイト達。
歓喜の瞬間へと俺は飛び込もうとするところだった。
待ってくれ!もうちょっと空けて、カメラに映された俺を華麗に飛び込ませろ!!
そんな勢いで頭からホームベースへ滑り込み、バックネットに跳ね返ってきたボールをちょうどナイスキャッチしながら立ち上がる俺。
アズスーンアズ、平柳君のだいしゅきタックルを食らって、再び土の味を噛み締めることになったのだった。
それからの記憶は何故か曖昧で、ゾンビのように襲いかかって来るチームメイト達に、すったもんだをされながら、またしてもびしょびしょ。
少し経つと、涙を流すタイプのおじさま連中とハグするような展開になり、ワールドチャンピオンとロゴの入った真緑のTシャツを着させられた。
そして用意されたステージにみんなで昇り、キャプテンのバーンズがトロフィーを高々と掲げると、左右に置かれたギミックが火を吹き、カラフルな紙吹雪がこれでもかと舞うのであった。
芝生の掃除が大変そうですわね。
世界一の感想はそんなところでしたわ。
トロフィー掲げタイムが終わると、みんなで球団ペナントを順番に持って、グラウンドぐるぐるタイム。
びしょ濡れ状態をタオルで拭きながら誤魔化しつつ、スタンドのファンに手を振ったりなんだり。俺は平柳君と前村君と並ぶようにして列の先頭を歩いていた。
一回りが終わろうとしたところで上を見上げたところを前村君が指差した。
バックネット席の上の方のやや1塁側。そこにはラウンジ席がある。そのラウンジ席でも1番大きい部屋のバルコニーから、彼らのお嫁さん達がブンブンと手を振っているのだ。
「平柳さん、平柳さん!ほら、アナウンサーの奥さまに手を振ってあげないと。子供達にも!!」
「はいはい」
そんな風に言われて気恥ずかしいのか、平柳君は控えめに腕を上げてブラブラさせた。
前村君も子供を抱っこする奥様に向かって大きく手を振り返す。
「おとうー!!」
「パパー!!」
「おー、かえで!もみじ!世界一になったぜー!かずちゃんもサンキュー!!」
分かっているのかどうか怪しいが、俺の父親に抱っこされたかずちゃんが俺に向かって、やあと手を挙げた気がした。
待って。
みんなで喜んでいるその後ろ。微かに見えるところで、みのりんがどんぶりを片手で持ってラーメン啜ってるんですけど。
これはちょっと考えものですわね。
ジュワジュワ、パチパチ。ジュワジュワ、パチパチ。
世界一になった2日後は、みんなで集まってまたホットプレートパーティーである。
優勝した夜はシャンパンファイトをした後に、シャーロットのテレビ局の生放送に出演するなど取材も目白押しで、結局家に帰れたのは朝。
お酒臭いと子供達に言われてしまう前に、シャワーだけ浴びて、一緒にスクランブルエッグを食べたら、アイスも食べずにすぐ眠ってしまいましたね。
かずちゃんにペチペチされて起きた時には、もう出発するけど、どうする?みたいになっていて。
もちろん着いて行きまして、うちの家族が帰国するのを空港までお見送りに。寂しくてワンワン泣く妹に爆笑しながら。
午後3時過ぎくらいに帰って来たら、スーパーに買い物だけ行って、ちょっとまた仮眠。
夕方頃に平柳家に集合すると、既に前村一家もやって来ており、奥様方が餃子を仕込み始めていたのだ。
100個、150個くらい包んで、それをどんどんと焼いていく。
蓋を被せたそれが湯気で見えなくなった時、俺はみんなに話を切り出した。
「優勝旅行どうする?ちっちゃい子居たら、ヨーロッパなんて無理だよねえ」
「あっ、そうですね!ハワイとかならまだ連れて行けたかもしれないですけど。ヨーロッパは厳しいですね。こっちとまた違いますし」
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