娘を誘拐された僕は、女装する
葉っぱふみフミ
第1話 誘拐
金曜日の残業を終えた帰り道を歩く、青葉聡志の足取りは1週間の労働の疲労から重かったが心は軽やかだった。
さて、帰ったらビールでも飲むか。ビールと言っても発泡酒だけど。
頭の中で帰宅後のプランを練りながら、駅から15分の道のりを歩く。
仕事で大きなミスをしてその弁解に追われた1週間だったが、ようやく終わった。
3カ月前、浮気がバレてから妻の美由紀とちょっとした修羅場になったが、二度としないと土下座して謝ったこともあり離婚にはならずに済んだ。
娘の愛美からも汚いものを見るような視線を向けられ、針の筵のような日々を過ごしていたが、この頃はようやく許してくれたのか口を聞いてくれるようになった。
仕事も家庭も順調とは言えないが、まあ何とかなっているから良しとしよう。
「ただいま」
玄関のドアを開けリビングに入ると、いつもなら夕飯の支度をしている美由紀がリビングのテーブルに座ったままだった。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「聡志、愛美が、愛美が……」
話始めると同時に美由紀からは堰を切ったかのように涙があふれてきた。
嗚咽が混ぜながら必死に娘の名を呼ぶ美由紀にただならぬものを感じた。
リビングのソファを振り返ってみるが、いつもなら寝転びながらスマホをみている愛美の姿がない。慌てて玄関を見てみるが、愛美の靴はない。
「愛美はどうした?」
泣き崩れる美由紀から、なんとか事情を聴きだすことができた。
いつもなら部活を終えて帰ってくるはずの6時を過ぎても帰ってこず、心配していたところ愛美からラインが届いた。
そこには、「お母さん、助けて」というメッセージとともに、手足が縛られ猿ぐつわをされた愛美の写真が添えられていた。
愛美が何者かに誘拐された。
「警察に連絡しないと」
スマホを取り出し、警察に電話しようとする僕を美由紀は静止した。
「ダメよ。警察に連絡したのがバレると、逆上して愛美の身になにかあるかもしれないじゃない」
「そうだな」
「今は、犯人からの連絡を待ちましょ」
リビングの椅子に腰かけ、犯人からの連絡を待つことにした。
どれくらいの時間が経ったのだろう、1分1分が長く感じる。
―——ピンポーン
チャイムが静寂を破った。インターホンの画面には、一瞬だけ人の姿が見えたが、すぐに消えた。
不審に思いながら玄関のドアを開けると、玄関の前に段ボールが置かれてあった。
左右を見渡しても誰もいない。
段ボールを持って、リビングに戻ると美由紀が開けるように促してきた。
「伝票も貼っていないから、宅配便じゃないわ。多分、犯人が置いていったものよ」
「だとしたら、何のために」
「いいから開けてみて」
段ボールの中には服とともに封筒が一通入っていた。
封筒のあて名は「青葉聡志へ」と自分の名前が書いてあった。
封筒を開けると、QRコードが印刷された紙が一枚入っているだけだった。
スマホで読み込んでみると、ラインの友達登録画面が表示された。
ユーザー名は「へのへのもへじ」。ふざけてやがる。
早速友達登録をすると、「愛美は無事なのか?」とメッセージを送った。
犯人からはすぐに返信があった。
「安心しろ無事だ。明日10時に10万円持って駅に向かえ」
10万円、身代金にしては安すぎることを不思議に思っていると、2通目のメッセージが届いた。
「ただし、一緒に送った服でくること」
段ボールの中から、服を取り出してみる。
フリルいっぱいの白のブラウスに、ピンクのミニスカート。
えっ、これ着ていくの?
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