こわい話のよせあつめ

興走 極

1. サイレン


 独り暮らしをしているんです。

 都心まで電車で通える距離のアパートで、家賃の割にはそこまで古い感じもなくて、気に入ってたんですけど。


 ただちょっと、この間、変なことがあって。


 その日は連休初日だったんですよ。

 それで、前の日の帰りが遅かったのもあって、僕、部屋の隅に布団敷いて、まぁ、爆睡、って言うんですか、ぐぅぐぅ寝てたんです。昼前まで。


 多分、本当だったら、昼過ぎまで寝ちゃうぐらいの勢いだったと思うんですけど。


 じゃあどうして昼前に起きたのかって言うと、サイレンの音が聞こえて、それで飛び起きたんですよね。


 サイレンって言っても色々あると思うんですけど、その時に聞こえたのは、ちょっと説明が難しい、聞いたことないような音で。


 救急車のサイレン、あるじゃないですか。ピーポーピーポーってやつ。

 あれのリズムはそのままに、音程だけを変な風にずらしたみたいな。


 それからサイレンの音自体を、何だろうな、緊急地震速報……テレビじゃなくて、スマホから鳴るやつ……ギュイッ、ギュイッ、っていう音に変えた、って感じの。


 分からないですよね。すみません、説明が下手で。


 でも、僕の記憶にある音は、本当にそんな感じなんです。

 要は、聞いただけで不安になるような、本当に一回も耳にしたことないようなサイレンでした。


 しかもそれが、多分なんですけど、部屋の中で鳴ったんですよ。外じゃなくて。音量的に。


 飛び起きてまず最初は、天井の火災報知器の音かと思ったんです。

 でも、あれって何年か前、点検の時に消防署の人が鳴らしたのを聞いてて、それはその時に聞こえたサイレンとは全然違う音で。


 次に考えたのは、さっきも言いましたけど、緊急地震速報の音で、でもそれらしいメッセージとかはスマホには入ってなくて、SNSとかでもこれといって言及されてなくて。


 じゃあガス漏れかな、とか、水回りかな、とか、部屋にあるメーターやら警報器やらの類いを一通り見て回ったんですけど、どれも特に異常なくて。


 そうなると逆に怖いですよね。だったら今のサイレンは何だったんだよ、何を警告してるんだよ、って。


 気になって仕方がなかったので、叩き起こされて重たい頭を抱えながら、スマホで色々調べました。

『火災報知器 音』とか、『ガス漏れ 警報』とか、『サイレン 室内』とか、とにかく手当たり次第に、ありそうな線を当たっていったんです。


 室内でサイレンが鳴った時に考えられる要因を調べて、動画サイトに投稿されている色々な警報器の色々なサイレンの音を聞いて。


 でも、どれも違いました。

 どれ一つとして、今しがた聞いたばかりのサイレンの音とは全く一致しなかったんです。


 同じようなページ、もう聞いたような音ばかり検索結果に出てくるようになって、ひょっとして夢だったのかな、もう夢だったって事にしようか、なんて思い始めた、ちょうどそれぐらいの時に。


『警報』


 というタイトルの、一本の動画が目に留まりました。


 それは『サイレン 室内』というワードで動画サイトを検索して、ずらっと出てきた動画をずーっと下にスクロールしていた時に、いきなり現れたんですけど。


 暗い部屋、ちょうど電気を消してカーテンを閉め切った僕のアパートみたいな部屋の、何もない角の所だけを何故か写してるらしいのが辛うじて分かる、そんなサムネイルの動画でした。


 徒労だろうな、と思いつつ再生してみたんです。

 再生回数はたった二回で、その動画の投稿主のチャンネルはランダムな英数字の羅列みたいな名前で、デフォルトのアイコンを使っていて、登録者数がゼロだったのを覚えてます。


 再生して最初の数秒は無音でした。

 サムネイルにもあった暗い部屋の隅だけが、人の目線ぐらいの高さに固定されてるらしいカメラで映っているだけの動画で。


 でもしばらくすると、遠くから近付いてくるみたいに、段々と大きくなる音が聞こえてきたんです。


 あのサイレンの音でした。


 その時の僕はもう、サイレンの出所を特定するのを九割九分、諦めていたもんですから。


 半ば興奮状態で、そのサイレンが何の警報器の音なのか詳しく書いてあるだろうと、折り畳まれていたその動画の概要欄を慌ただしくタップして開きました。



『いるとなります』



 概要欄にぽつんと書かれたその一文を見た瞬間、僕、何故か全身にぶわっ、と鳥肌が立っちゃって。


 慌てて動画を閉じて、サイレンについてはもう、それっきりなんですよ。今の今まで。



 どういう意味だと思います?

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