最高の睡眠を求める浪漫寝具職人。国を救った女勇者が魔王の呪いで不眠症になったので、ショタ好き勇者と無垢な少女に迫られながら、究極の枕を求める。

向原 行人

第1話 意外過ぎるお客さん

「魔王を倒した勇者様が本日王都へご帰還される! これにより、本日を我が国の祝日とし、凱旋パレードを行う! 繰り返す……」


 窓の外を歩く兵士さんの声を聞いて、思わず大きなため息が出る。


「はぁ……とりあえず、商店街全体でお祝いセールをするって言っていたけど、これで新規のお客さんが来きてくれないかなー」


 半年前にお父さんからお店を受け継いだものの、昔からの常連さんしか来てくれず、新たなお客様は未だにゼロ。

 お母さんを探して旅に出たお父さんではなく、そろそろ僕の力でお店を何とかしなきゃ!

 力を込めて描いた半額セールのチラシを入り口に貼り、奥でお茶を飲んでいると……


「ここが最高の寝具を作る店で間違いないかしらっ!」


 勢いよく扉を開く音と共に、女性の声が聞こえてきた。

 は、半額セールのチラシの効果、凄いっ! ……って、そんな事より、せっかくお客さんが来てくれたんだから、接客しなきゃ!


「いらっしゃいませっ! はいっ! 最高の寝具をオーダメイドで作る浪漫寝具店はここです! そして僕が店主のアルスです!」

「店主? ……坊やが?」

「坊やじゃないです! 僕はもう十二歳ですっ!」

「……親御さんは?」

「お母さんは……ベ、別に良いじゃないですかっ! それよりも、小さい頃からお父さんに寝具の作り方を教わっていて、もう大丈夫だって太鼓判を押されてます!」


 これは本当。同い歳の子と比べて、僕が小柄だから信じて貰えないかもしれないけど、お父さんから職人としてやっていけるって言われているもん!

 僕を見て黒髪のお姉さんが茫然としているけど、僕が一人前の職人だって事を……じゃなくて、お仕事の話をしなきゃ!


「あの、お姉さん。今日はどういった御用でしょうか?」

「あぁ、すまない。急ぎで枕を作ってもらいたいんだ。実は、私は枕が変わると眠れないんだ」


 なるほど。言われて見てみれば、確かに目の下に大きなクマがある。

 せっかく綺麗な顔なのに……って、お姉さんが近付いて来たっ!?

 えっ!? 何!? 何を……むぎゅー。


「お、お姉さん!? いきなり何を……」

「え? 君が私の胸を見つめているから、おっぱいが好きなのかなと思って」

「ち、違うよっ! 顔を見ていたのっ!」


 突然お姉さんが僕を抱きしめてきたから、大きな胸に顔が埋もれて息が苦しい。

 このままだと、死んじゃうよっ!


「あぁ、私に惚れてしまったのか。良いだろう。弟の劣情を受け止めるのも姉の役目。私の胸を好きにして良いぞ」

「僕にお姉ちゃんはいないし、お姉さんはお客さんだよっ! あと、劣情って何!?」

「ん? 少し難しかったかな? 劣情というのは……」


 お姉さんが説明しようとしたところで、再び扉が開き、二人目のお客さんがやって来たみたいだ。


「カレンさん。置いていかないで下さ……って、な、何をしているんですかっ!? 帰ってきて早々、犯罪に手を染めないで下さいっ!」

「いや、違うんだ。この子が可愛い……じゃなくて、私の胸に興味があるみたいだからさ」

「そんな事、言ってないですっ!」


 顔が胸に埋もれているから見えないけど、新たに来たお客さんは、この人のお友達みたい。

 可愛らしい綺麗な女の子の声で……あ、解放された。

 助けてくれた人に目を向けると……僕より少し年上かな? 長い金髪で優しそうな女の子と目が合うと、可愛らしく微笑んでくれる。

 けど、何処かで見た事がある気がするんだよね。

 お姫様みたいに可愛い子だし、会ったら忘れなさそうなんだけど……って、ちょっと待って!


「そ、ソフィア王女様っ!?」

「うふふ。その通り……けど、私がここに来た事はナイショにしてね。騎士さんたちに見つかったら、小言を言われちゃうの」

「は、はいっ! わかりましたっ! で、ですが、どうして王女様がこんなところに?」

「あら? 聞いていないのかしら? こちらの、カレンさんの望む枕を作ってあげて欲しいの。だから、店主さんを呼んで欲しいのだけど……」


 うぅ……王女様からも、店主だと思ってもらえなかった。

 まぁ仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ。


「あ、えっと、父が旅に出ているので、今は僕が店主です。ですが、父からしっかり技術を教え込まれているので、ご安心ください」

「そうなのね、ごめんなさい。では、貴方が国内最高と言われる寝具職人という事で良いのよね?」

「はいっ! お任せください!」

「ではお金は私……というか、王国が支払うわ。どれだけ費用を掛けても構わないから、カレンさんが熟睡出来る枕を作ってあげて」


 わぁ……王女様から直々に寝具作りを依頼されるなんて。

 責任重大だけど、絶対にこのお姉さん……カレンさんが満足する枕を作らなくちゃ!


「ふぅ。では、アルス君。私たちは、野暮用があって少し外出してくる。おそらく夕方には戻って来られると思うから、戻り次第枕を作ってもらいたい」

「わかりました。けど、今から夕方って……かなり時間がありますね。大変な用事なんですか?」

「まぁある意味では大変かな。私は凱旋パレードなどしたくはないのだが……まぁ仕方がない。絶対に参加しろと、ソフィアがうるさいからな」


 ん? 凱旋パレード?


「アルスさん。ひとまず前金を渡しておきます。繰り返しになりますが、お金はどれだけ掛かっても構いません。カレンさんは、それだけの偉業を成し遂げていますので」

「はぁ……」

「アルス君。頼んだぞ」


 王女様が僕に何かを握らせ、二人が出て行ったけど……こ、これって白金貨!? しかも三枚も!?

 街の人の平均年収の十倍なんだけどぉぉぉっ!

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