四月一日噓日記

暁明夕

第1話 日記

嘘というものはこの世界であまり良い印象は持たれていない。

何故なら嘘というものはそもそも信頼関係に関わってくるからだ。嘘ばかりついている人間の言葉なんか信用できるわけがない。

そんな【嘘】をついても大抵のことは許されてしまう日、それが今日、【エイプリルフール】である。

ということで今日のSNS、掲示板、インターネットに至るまで普段より多く【嘘】で塗れていた。嘘とすぐわかるようなことから今日がエイプリルフールじゃなかったらわからないのではないかという噓まであった。いや、もしかしたらまだ見抜けていない嘘すらあるかもしれない。

こういう嘘をつくことが許されている今日を僕は好きだ。いろんな嘘を見ることができ、それを一つのコンテンツとして楽しめる。

そんな今日、僕は掘り出し物市のようなものに来ていた。別に来たくて来たわけじゃなくて親に連れられてきたのだ。

こんなガラクタみたいなものより、今日のネットのほうがおもしろい。そんなことを思い、かごのようなものに山積みのものとスマホを交互に見ながら見て回っていた。その途中で足が止まった。

手帳......? いや、日記か。よくよく考えてみると日記帳というゲームや小説でよく出てくるのに実際つけているのは小中学生や絵日記、夏休みや冬休みの一行日記だとかだ。そう思って革のカバーで包まれたその日記帳を手に取った。

あれ、この日記帳、裏を見てみても値札がないな......。

どこか物欲しさを覚えるその日記帳、それが茶色い革の手触りかその特有のにおいか、或いは全体的な雰囲気からなのかはわからない。どうせすぐ日記をつけるということに飽きるだろうに、ただその風貌に惹かれ、立ち止まっていた。

「あ、拓。欲しいの見つかったの?」

「え、あ、それは......。」

「あら、これ値札がないわね。店員さんに聞いてみるか。」

僕の話を聞かないままに母はそれをレジカウンターに持って行ってしまった。母にはああいう人の話を聞かないところがあるから困る。値札がないということは混じってしまった非売品なんてこともあり得るのに。

遠目から見て母はカウンターにいる店員と話しているようだった。その後もろもろの会計を済ませて戻ってきた。

「これ、値札が付いてなかったけど置いてあった場所を話したら、五百円のコーナーだったみたいで欲しいなら五百円でお譲りしますだって。はい、これ。いい日記帳ね。」

「そうなの、ありがとう。」

明らかに五百円じゃなさそうなんだけどな。まぁいいか。

車に乗り込み、エンジンがかかる。帰るために来た道を戻る。このあたりも人生で何回見たかわからない。窓の外に見える景色は記憶の中で飽和していた。記憶にこびり付く車窓から見える日記からたった今買った記憶に新しい日記帳へと目線をそらす。時刻は日が赤色に近くなる時間帯で、窓から差す夕日で川に日記帳はより一層きれいに見えた。買ってよかったと感じるほどに綺麗なものだった。

何気なくページを開いてみると一ページ目に何か書いてあった。よく考えてみると店の中ではこれを開かなかったな。書かれてる文字を読もうと試みる。

『この日記帳は一年のうち、四月一日の一日を除いた日は一年間を通して普通の日記帳として使うことができますが、四月一日だけは使い方が普段と変わり、その日だけできる事が有ります。

それは、この世界にもう一冊だけ存在するこの日記帳の持ち主との一日限定の交換日記です。

四月一日になると、それまでに書かれた文字はすべて消え、交換日記ができます。四月一日が終わると書いていた内容は消え、また真新しい日記帳として次に来る四月一日まで日記帳として使うことができます。

交換日記に書く内容は嘘の事でも本当の事でも構いません。なにせエイプリルフールなのですから。ただし、この日記帳に書いた文面全てをカメラ等の機能で保存することはできませんのでご注意ください。』

「はぁ? なんだこれ。」

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもない。」

ばかばかしい、そんなことふつうあり得ない。文字が何もせず消えるなんて。知的な言葉を使うならば非科学的だ。

だが、その風貌からして「この日記帳ならばありえなくはない」とも思った。

そしてその分の下に一文だけ、『四月一日嘘日記をお楽しみください。』と書いてあった。

『四月一日嘘日記』にはフリガナは付いていなかった。恐らく、【しがつついたちうそにっき】と読むのだろうが、【エイプリールフールブック】という僕の感性でかっこいいと思ってしまった名前を思いついたのでそう呼ぶことにした。ただその時、これは日記帳なのだから、【ブック】ではなく【ダイアリー】であることにまだ、中学生程度、またはそれ以下の英語力しか身に着けていない僕は気が付かなかった。

さらにページを開く手を進めてみると、既に誰かのものと思われる筆跡があった。もし、前のページの注意書きを読まなかったら、使用途中のものかと思って、返品するか捨てていたのかもしれない。

こういう交換日記は普通日付から始まっているものだが、一日限定のものであるからか、それは日付の代わりにおそらく書いた当時の時間だと思われる時刻が日記とともにつけられていた。

『9:31、起床した。今日は少し遅めだった。生活習慣位改善したいな。この日記帳を持つもう一人の相手に届きますように。

10:13、朝食を持ってきてくれた。ご飯と鮭だった。少し遅めだけど食べた。程々においしかった。昼ご飯は遅めに持ってきてくれるそうだ。暇だからそれまで本でも読んでおくことにする。

13:32、お昼ご飯を食べた。少しのお肉とスープだった。美味しかった。本の続きを読むことにする。

15:23、お母さんが来てくれた。今私が読んでいる本の内容を伝えた。お母さんは面白そうに聞いてくれた。次はどんな本を読もう。』

こんなに沢山あるページの中でこの文章だけで、少し勿体なさを匂わせる。それより、今僕は、僕も何か書いてみたいという衝動に駆られていた。交換日記というこのはここまで面白いものなのか。一度だけ小学校で流行っていた時期があったような気もするが、その時は興味すらなかった。

「お母さん、何かペンある?」

「もうその日記に書いてみるの?」

「うん。」

すると母は「待ってね。」と言って運転しながら僕にさっき買った少し年季があるような、少し趣があるボールペンを差し出した。

「え、いいの?さっき買ったのに。」

「いいのよ。日記帳もってるところを見てそれに合うようなボールペンを探して買ったのよ。」

「ほんとに? ありがとう。」

確かにそのボールペンは日記帳の雰囲気にあっていた。このボールペンでこの日記に文字を残したい。そう思えた。

早速ペンを日記帳に走らせる。

『18:19、掘り出し物市でこの日記帳を見つけた。雰囲気に惹かれて買ってもらった。今日から日記を書くことにする。』

......もう一文相手に向けて付けておくことにするか。

『少しだけだけどよろしくお願いします。』

書き終わってボールペンを挟んで日記帳を閉じた。車窓の景色に再び目を戻すともう既に家まで一,二分程の所まで来ていた。日記帳をカバンに放り込み、車から降りる準備をする。

もう既に今日という日の三分の二以上が終わっている。そんなこんなで交換日記をする時間などあと僅かしかないというのに、「次は何時にこの日記帳を開こう」と思う程に今日の楽しみになっていた。一つ言える事があるとすれば、少し前の自分の「こんなガラクタみたいなものより、今日のネットのほうがおもしろい」なんてことは結果的になかったということだ。

駐車して止まった車を降り、いつもより急ぎ足に感じるほどの速さで歩き、玄関前で母が鍵を開けてくれるのを待つ。

「どうしたの、なんかいいことあった?」

「いや、何でもないよ。」

きっと今の自分はにやにやしているだろうな。自分では分からないけれど。

鍵を開けてもらってすぐさま自分の部屋に戻る。カバンを机に置いて中にある日記帳を開く。

期待していたが、まだあれから反応は来ていなかった。まぁそれもその筈だ。なにせ最後に書いてからまだ五分程度しかたっていなかったから。

気長に待つしかない。メッセージアプリで相手からの反応を待つかのように。

......その間に風呂でも入るか。

日記帳を一旦閉じて、机に置いたまま、風呂場に向かった。

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