異界渡りの双姫-外伝-

くろねこ

World of Struggle

―World of Struggle―


梨鈴りりんが姿を消し、そして探し始めてからもうすぐ一年……早いものですわね)

 紫色のミニドレスを纏った物静かな雰囲気の女性が夜空を見上げながら感慨に耽っていた。

「どしたのミッこ? そんな顔で空でも見て。まるでお嬢様みたいだよ?」

 静かに夜空を眺めていた所、背後から“ミッこ”こと“ミシェ”を呼ぶ声が聞こえたので彼女は声のする方へと振り向いた。するとそこには活発な声と共にキャスケット帽を被ったベルスリーブ服の女性が今にもくっつきそうな距離で顔を覗き込んでいた。

「わたくしに気品があるの仕方がないとしてお嬢様って言うのはヤメて。……それよりもサクニャ、ターゲットの動きはどうだったの?」

 サクニャと呼ばれた女性はミシェをからかうような素振りで話しかけたのだが、ミシェがターゲットの話題を出した時先程までの人懐っこさがどこかへ行ったかのように急に真面目になって偵察中の出来事を報告した。

「例の包みは無事に届いていたよ。後はその包みの中身をあの人がちゃんと動かしてくれれば――」

「そう、お疲れさまサクニャ。それじゃあ寝床の用意をしましょうか」

「ん……分かった。じゃあご飯食べたらウチも手伝うからそれまでミッこお願いね」

「分かっているわよ。いつも通りわたくしはテントの設営をしてるわね」

 いつも通りと言うように手慣れた様子でミシェは寝床を設える。その間にサクニャは偵察での疲れを回復するために少し遅い夕食を取っていた。

「今日はウチが偵察だったからミッこには手間をかけさせちゃったね」

「別に手間ではなかったわ。ただ……サクニャが作ったのよりは味が劣ってしまうけど」

 今、サクニャが口にしているのは陽が落ちる前にミシェが料理した物なのだが、その腕前はサクニャに比べると劣りはしても味は決してマズいとは言わないがさりとて美味いっ! となる訳でもない無難な物であった。

「ウチは全然……ムグムグ…………ん、美味しいよミッこ。だから大丈夫だって」

「そう……? 久しぶりに作ったから気にしていたのだけれど……」

 ミシェは自分の料理の腕を気にしているが、サクニャはそんな彼女の内心など気にしていない事を現わすかのように夕食にがっついている。

 そんなこんなでとりとめのない会話をしている内にサクニャの食事は終わり、その後ミシェの手伝いをし始めるとすぐに寝床の用意と就寝時の襲撃を警戒するためのブービートラップの設営が完了して後は寝るだけとなった。

「寝床の用意も終わりましたのでそろそろ寝ましょうか」

「そうだね、ウチも疲れちゃったし寝よ……そういえばさっき何か考えてたの? ミッこのお嬢様顔なんて久しぶりに見たけど……」

 そうして二人がテントに入ってその中にある寝袋に入る。

 後は目を閉じるだけなのだが偵察から帰って来た時に見たミシェの顔を思い出して、なんとなくその理由を聞いていた。

「それは……ちょっと思い出してたの、あれからもう一年が経ったのね……って」

「一年……そっか、リリっちがいなくなってからもうそんなに経つんだ」

 サクニャがリリっちと呼んだ存在、それは――ミシェとサクニャにとって短い時間ながらも親友と言っても過言ではない仲だった。だがそれも今からおよそ一年前に二人の前から何も言わずに消えてしまい、今二人はそのいなくなってしまったリリっちこと鳴風なりかぜ梨鈴に再び会うためにアテの無い旅をしている最中なのである。

「この一年……本当にいろいろな事があったわね」

 そして二人はこの一年の間にあった出来事を次々と思い返していくのであった。




 ――今から一年前、ミシェとサクニャが梨鈴を探し始めた所まで遡る――

「……ここは……いったい……?」

 不可思議な空間を抜けた先は今さっきまでいた部屋の中とはまるで違う所であり、目に映る風景・肌で感じる空気・そして――鳴り止むことのない銃撃の音がここはもう平和からかけ離れた世界なのだと認識できる。

「さっきも説明したがこの世界は危険度ランクAのトップクラスにイカれた危険地帯だ。お前らの命の保証はするがそれ以外の保証はできん」

「大丈夫だって! 危険だろうと何だろうとリリっちを見つけて連れ帰ればいいんだから。……ところで、ここはどういう事があって危険なのかにゃ?」

 3秒前までの威勢のよさはどこへ行ったのやら、どうにもならない不安が込みあげ二人の引率として同行して来た男――蓮豆れんず大五郎だいごろう――に詳しい説明を求めた。

「分かりやすい所でいえばこの世界は四六時中どっかこっかで大小を問わない戦が起こっている」

「うわっ……! なにそれ、それじゃあの戦争の時の方がこの世界と比べたらだいぶぬるいじゃない」

「……言ったはずだ、分かりやすい所では――と」

「確かにそんな事を仰っていましたわね。……ここは他の世界と多数に通じるとは聞いていたから…………もしかして!」

「ほう……? この世界のヤバさにもう気付いたか」

「えっ、なになに! いったい何がそんなにヤバいっていうの!?」

「では順序立てて一から説明しますわ。まず一つ目、ここは四六時中戦が行われていると言っていましたがこの時点で気になる事がありませんか?」

 ミシェが人差し指をピンッ! っと一本上げてサクニャでも理解しやすくなるよう説明を始める。

「うぅー……なんだろ、全然わからないにゃ……」

 だが、理解しやすくなるための導入段階でサクニャが躓きミシェの目論見はそこで破綻となってしまう。

「……いいですわ、では回りくどい言い方はやめます。とどのつまり、これだけの戦を四六時中続けるだけの兵士は一体どこに居るのでしょうか?」

「えっと……分かんない。でもこんな無茶苦茶な世界なら一日中戦っていられる人がゴロゴロいても不思議じゃないんじゃないかな?」

「はぁ……」

 サクニャのあまりの理解力の鈍さに思わずミシェはため息を突いてしまった。どうやらサクニャにはこういう物事を見る目が少々足りないようであった。

「なんで溜め息つくのさっ⁉」

「ここまで分からないとは思わなかったからですわ。では、逆に聞きますがあの戦争時でサクニャの周りにもおかしな人達は何人かいましたがその中で一日以上休みなく戦闘を行った時がありまして?」

「そ、そういえばそんな時はなかったかも」

「でしょう? そんな人間などいない――ここまで言えばもう分かったのではないかしら?」

「……ごめんミッこ全然わっかんないや」

「…………」

 ここまで言っても意図が読み取ってもらえないミシェは恨みがましくサクニャを見つめる。

「そんな目で見てやるな。そもそもこの世界の仕組みに簡単に気付く方がおかしいんだよ」

「……どうでもいいから早く教えてほしいにゃ~」

「ごめんなさいね、サクニャ」

「まぁつまりだ……この世界が常に戦を続けられるのは単純に兵士の数が多いってのもあるが、その兵士だって体力も数も限りがあるならどうするか――」

 その時サクニャは大五郎の言葉になぜかあの忌まわしい戦争の記憶が蘇る。だがそれも大五郎の次の言葉を聞くとそれはあながち必然とも言えた。

「簡単な話だ、足りなくなれば補充すればいい――他の世界からな」

 補充――大五郎は敢えて無機的な表現をしていたが実態はただの人攫いだ。彼がそんな表現をしたのはミシェとサクニャは望まぬ戦争に無理やり参加させられた被害者でありそれを思い起こさない配慮だったが、そもそもこの世界に来ている時点でそんな配慮など欠片も意味をなしていなかった。

「やはりというかなんというか……そんな気はしていましたが実際に耳にすると胸くそが悪くなりますわね」

 予測していた事とはいえ実際に体験した身としては胸が締め付けられる思いとなる。それどころか締め付けられすぎて普段の彼女からはとても出てこないような悪態が口を衝いてくる始末だ。

「憤る気持ちは分かる、だがこれがこの世界での現実だ。兵士を調達しようと他の世界への道をやたらめったら創ったんだが、皮肉なもんだ――オレ達はそれを利用しようとしてるんだからな」

「「………………」」

 危険だと言われた世界の成り立ちは二人にとっては衝撃的そのものだ。ミシェもこの世界の秘密に辿り着きはしても他人の口から言われそして自らが嫌悪する人攫いから生まれてしまった道が親友を探すための足掛かりになる事は、頭では理解していもそれを利用しなければならない事にミシェの良心は傷付いていく。

「……辛いんなら平和な生活に戻るか? 今ならまだギリギリ引き返せるが」

「……お気遣いありがとうございます。ですが引き返す事などしません、わたくし達はどんなことがあっても前に進むと決めましたから。――では早く済ませましょうか」

(震えてる、か。無理もない、今まで生きてきた環境と違いすぎるからな。この二人の為にもさっさとあそこに行かんとな)

「そうだな、早く済ませないといかんな。そうだ、お前たちにはこいつを渡しておこう」

 そう言って大五郎は二人に一丁ずつ小型拳銃を手渡した。サクニャはそれをおっかなびっくりで受け取り、ミシェは一切物怖じせず受け取りセーフティの場所や装填数を確認する余裕を見せていた。

「えっ……⁉ なんでミッこはそんなに手馴れているの……?」

「確かに手慣れたもんだな。何処でそんなの覚えたんだ?」

 当然、二人は大いに気になりどうしてなのかと問い詰める。

「別に……家の事情からたまたま覚えてただけですわ」

「分からない……ミッこの家庭事情がさっぱり分からない」

 親友の意外な事情に驚くサクニャ。だがミシェに関して驚くのは別に今回が初めてでもなく、今サクニャが知っている事だけでかなり大きい豪邸に住んでいた・サーキットコースが敷地内に存在しバイクを乗りこなす事が出来る・戦術に関してもそれなりの知識を持ち実際に作戦立案などもしていた――と、家柄から技能までハイスペックなミシェではあるがさらにその中に銃の扱いもただの素人では無いという事が分かり、ますます親友について謎が深まっていく。

「どうでもよろしいでしょうわたくしの家の事は。今は為すべき事を為すただそれだけでいいじゃないの」

「違いないな。今は余計な詮索はしないでやることをやるで結構だ」

「それで、何処に向かうんですの? 銃を渡したという事はそれなりに危険な所なのは分かりますが」

 そう、まだこの世界に来てからどこに行って何をするのか――それは未だ何も聞いていない。大五郎がこの世界の事を説明したのは自分達の眼でこの世界の現状を確認することで気を緩めないようにする為なのはすぐに分かった。そして次の段階はこれからの指針をはっきりさせることだ。

「この世界はあくまで中継地点で終点じゃない。ここから他の世界に移動するにも特定の場所に行かないとならないしどうしても必要な手続きがいる」

「ん……? 素通りとかは出来ないのかにゃ? ウチ等はなんの断わりもなくここに来れたけど」

「他の世界だとそれなりに素通りできるがこの世界では無理だ。よく考えてみろ、ここにいる連中の大半は連れてこられた奴ばかりだ、そんな奴等がいるのに素直に他の世界へ行かせてくれると思うか?」

「――無理そうかも」

「実際無理だ。まぁオレはこの世界ではそれなりに顔が効くから多少の無理は通るがお前ら二人を連れた状態では到底受け入れられるとも思えん」

「ではどうなさるので? わたくし達はこの世界の勝手を知らないので貴方だけが頼りなのですが」

「……強行突破する。だがそれをするにも協力者が必要でな、今からその人に会いに行くんだ」

「強行突破とは穏やかではないですが……話を聞く限りそれもやむ無し、ですわね」

 銃を二人に渡したのは自衛だけが目的ではなく、万が一の為に戦力になってもらいたいのだと理解した。

「それで? ウチ等がこれから会うって人はどこに居てそれにどんな人なの?」

「それは道中説明する。ついてこい」

 大五郎に促されるまま二人は黙って彼の後をついて行く。遠くの方から聞こえる銃声に悲鳴、時折見える爆発に目を逸らしながら大五郎はこれから会いに行く人物について話しだす。

「今から会いに行くのは何年か前にユリウスの奴が世話になった人でな。オレもあの戦争が始まる少し前に会ったんだが……実のところ、できれば二度は会いたくない人だ」

 ユリウス――あの戦争の時に出会った青年で自分達を助けてくれた者の一人だ。だがその彼も戦争が終わって一度自分達の前に姿を見せたものの、なんらかの目的があるらしくすぐにどこかへと消え去ってしまったという男だ。

「随分と辛辣なのですね。それで、貴方はその方にどういった事を頼もうとしているのでしょうか?」

 今から会う人物に対し複数回の接触はしたくないと言っている大五郎だが、ミシェとサクニャの為にその人に会いたくないと言っておきながら連れて行ってくれるのはありがたい。だけどあの戦争であれほど豪胆に振舞っていた男が控えめながらも会いたくないと言う人物はいったいどんな人なのだろうかという疑問が生まれる。

「あの人は凄腕の魔術師でな。この世界では唯一非正規で門の起動と制御が出来る」

「魔術……ねぇ。あの戦争の時も魔術ってのが使える人はいたけど、魔術ってそんなにほいほい使える人がいるのが一般的なん?」

「それは世界によりけりとしか言えんな。だが、少なくともこの世界では魔術の存在は全くと言っていい程ない」

「ではそのお方はわたくし達と同様に他の世界からこちらにやって来たのですね」

「そうらしい。なんでもあの人は一族秘伝の魔導書を無断で持っていった弟を探している最中だとか」

「……随分と手のかかる弟さんですのね」

「全くだな……。っと、ここだここだ。危うく通り過ぎるところだった」

 話が弾み思わず通り過ぎるところだったがすんでの所で気付き事なきを得る。

「ここが……これから会う人がいるところなのですのよね?」

「うん……それはいいんだけど……ここって洞窟だよね?」

 大五郎に連れられてやって来たのは何の変哲もないただの洞窟で、中は暗闇が支配しているため先は全く見通せず、ともすればこんな所で生活できるのかという疑問すら生まれる。

「そうだな。まぁ偏屈なんだよあの人は。ユリウスが昔会った時も結構な深さの縦穴の底に居たって聞いたし」

「え……っと、もしかして二度は会いたくないと言うのは――」

「人がおいそれと立ち入ることの出来ない所に住んでるからな。まぁそれを差し引いてもまた会いに行こうなんて思わないが」

「――ウチ等、無事にその人のとこまで辿りつくんかな……?」

「ガイドが優秀だと信じましょう……えぇ」

 二人は一抹の不安を抱えながらも大五郎の先導の下、一行は洞窟の中へと足を踏み入れるのであった。




「うぅ~ん……それにしても本当に暗い! なんでこんな所に来るのに灯りがライターだけなのさ! 幽霊とか寄ってきたらどう責任取るの!」

「そんなのは来ないし灯りがあるだけマシだろ。文句を言うならここを根城にした本人に言う事だ」

 曲がりくねった道をかれこれ400メートルほど歩いたところでオカルトの類が苦手なサクニャの恐怖度メーターが最大値付近にまで達し、それを紛らわすために大五郎に不満をぶつけ始めた。

「そうですわよサクニャ。いくら騒いだって明るくはならないしなにより……反響でうるさいわ」

「うっ……ごめんちゃい――」

 あまりに騒ぎすぎたためにミシェのお説教を受けてしまう。だが、怖いものは怖いのでサクニャは思わずミシェの袖を無言でキュッと掴んだ。

「……まったくもう。仕方ないわね、静かにしているなら好きに掴んでいて構わないわ」

「――っ! ありがとう、ミッこ!」

 冷たく扱われたと思っていたサクニャだったが、ミシェからのお許しをもらい嬉しくなって、控えめに掴んでいた左袖からミシェの左腕へと大胆に掴み直した。

「ちょっ――サクニャ⁉ そんなに掴んだら歩きにくいでしょ!」

「外はずっとドンパチやってるってのに、コイツ等は平和なもんだな――」

 少女たちの喧騒を聞きながら黙々と目的地まで歩いて行くのであった。

 そんなこんなでさらに歩き続けると目の前に二つの灯りが灯っているのを見つけた。

「ここだここだ、おい二人ともイチャつくのはもう終わりだ。ここが目的地だ」

「なっ⁉ 誰がイチャついていますか!」

「失礼な! 健全な愛を育みあってるだけだって」

「なお表現が悪くなっていますわ!」

「いいから静かにしろ………お邪魔します」

 後ろでイチャつく二人を軽く窘めドアを開けて洞窟の奥に創られた部屋の中へと入って行く。二人もそれに続き後を追う様に部屋に入って行った。

「んー……誰よ、こんな所に来るもの好きは……」

「オレです。大五郎です」

「…………おーっ! 誰かと思ったら筋肉ダルマ君じゃない! 久し振りね~元気してた?」

「……えぇ、まぁ。元気してました。それで、あの、今日は――」

「あれっ? ユールレシアはいないの? あっ、お嬢さん達こんにちは。ねぇ大五郎、この子達はなに~?」

「そんなにいっぺんに質問しないで下さい。ちゃんと説明しますから」

 矢継ぎ早に質問をまくし立てるこの女性に大五郎が押し負ける。その様子をただただ眺める事しか出来ない二人はその光景に呆気に取られていた。

「この方が大五郎さんがお会いしたかった方ですか……想像してたよりその……賑やかな方なのですね」

「……ウチと若干キャラが被っている気が……いやウチよりも濃いかも」

「ねぇねぇ大五郎~早く説明しなさいよ~」

「分かってますって! えーっと、こっちの帽子を被っているほうがサクニャ=キッツェル」

「はぁ~い、サクニャちゃんでっす!」

「それとこっちのひらひらはミットシェリン=ラインノルドだ」

「ひらひらって……確かにそういう服ですがもっとマシな紹介はないんですの?」

「えっと……サクニャちゃんにミットシェリンちゃんね」

「わたくしはミシェで構いませんわ、名前が長いので」

「そう? じゃあミシェちゃんよろしくね」

「あの、盛り上がってるところ申し訳ないんですがまだアロエさんの紹介がまだ……」

 ミシェとサクニャの自己紹介は済んだが、まだ女性は自分の名前を名乗っていない事に大五郎が指摘する。

「おっとごめんごめん。あたしは葉神はがみアロエ、魔術士の名門でお馴染みの葉神家の出身だよ!」

「えっ……!? 葉神……?」

「葉神って……もしかして樹の兄やんが姉貴って言ってた?」

「あれっ、二人とも樹の知り合い? それじゃあの馬鹿がどこに居るのか知ってるの⁉」

 葉神という名に二人は驚く。と言うのもこの二人は以前参加せられた戦争の時、葉神樹という魔導書を持った青年と会ったことがあり、先程聞いた大五郎の話と総合するに彼女の弟と言うのが樹という青年で、アロエが探していると言っていたのはまさに二人の知り合いである葉神樹その人であった。

「わたくし達が最後に分かれた場所なら存じ上げておりますが……」

「それでいい! それでいいから教えて!」

 アロエのあまりの剣幕にミシェは一度大五郎の顔を覗き見る――が、彼はミシェの質問に耳を傾けている余裕が無かった。なぜならば――

「ア、アロエさんが葉神家……? じゃあオレはアロエさんの弟にあんなことを言っちまったのか……。いや、まて――ユリウスの奴はアロエさんが葉神家だと知ってたはず。って事は知ってて黙ってやがったなあのヤロウ!」

 ブツブツとユリウスに対し文句を言っていたかと思えばいきなりキレ散らかしたりと、とてもではないが他人の話が耳に入る状況ではなかったからだ。

「あぁいいよあそこのダルマは放っておいて。それでうちの愚弟はどこ!」

「どこと言うのは説明しにくいですが……」

九麻里くまり皇国ですよ、アロエさんの弟がいるのは」

「あら? ちゃんと聞いていたのね」

「聞いてなくてもそれぐらい分かりますよ」

「あっ、そう。でも九麻里か……なら急ぐ必要はなさそうね。そういえばあんたは何しにここに来たの? 暇つぶし?」

 興味の対象がコロコロ変わるアロエであったが、ここに来てようやく本題へと切り込めるようになった。

「そんな事でこんな辺鄙な所に来ませんって。用件はこの二人の事についてです」

「そういえばお嬢さん達、よくそんな装備でここに来たね。って事は超大事な用件?」

「そうですわ。わたくし達は親友を探すための旅に出始めたのですが、彼女を探すには世界は多すぎます。それでこの世界ならいろいろな世界と多く接している聞いたので、あの子を探しやすくなると思いこの世界へと来ました」

「友達を探しにわざわざここまで……ねぇ。ちなみになんだけどその友達とどれくらいの付き合いなのかな?」

「……一緒に過ごしたのは三ヶ月ほどですが、付き合いの長さなど関係ありませんわ!」

 アロエの質問がミシェには少し癇に障ったようで語気を荒げて答えた。

「あぁごめんごめん、お姉さんそういうつもりで訊いた訳じゃないの。むしろそんな短い間なのに親友と言える間柄なのがちょっと……羨ましいと思っただけなのよ」

「……他意はありませんのよね」

「ないないっ! 全然ないって! ねぇねぇその親友の子ってどんな子? あと名前とか。協力するにも相手について何も知らないんじゃ協力しようがないからね」

 明確にアロエの口から協力するという言葉が出てミシェとサクニャは歓喜した。これでまた一歩梨鈴に近づいたと。

「えぇっと……名前は鳴風梨鈴16歳、緑色のショートヘアーでわたくしより少し小柄な女の子。わたくし達が最後に会った時は紺色のブレザー型の学生服を着ていましたわね」

 鮮明に記憶に残っている梨鈴の姿を思い浮かべながら彼女の特徴をアロエへと伝えていく。もっとも、この情報もいくつかは役に立たない情報もあるだろうが、アロエはそれでも真剣に梨鈴の情報を頭に入れていった。

「なるほど、ねぇ……。鳴風が絡んでいるのかい。――おい、大五郎!」

「は、はいっ! なんでしょうかアロエさん」

「ちょっと前にあんた等があたしの所に来た時……ユールレシアの奴これから何か起きそうだから少し調査してくるって言ってたよな、確か?」

「えぇそうですね。――その後、面倒ごとに半年ほど巻き込まれましたけど」

 ほんの僅かだけ大五郎が言い淀んだ瞬間――アロエは大五郎のスキンヘッドを片手で掴み上げた。

「――な、なにをするんですか、アロエさん!」

「なにって……? いやいや、アンタ等こそ何してたんだよ。あたしを連れて行けばその面倒ごとなんてそもそも起こらなかったってのに」

「そりゃそうでしょうけど――ユリウスの奴がアロエさんには絶対言うなって……まぁ当人は誰にも何も言わずにさっさとどっかに行ったからもう全部話しますが」

「ほーそうかい、んじゃあ全部話しなよ」

 そこでようやくアロエは大五郎を解放するとその辺にあった椅子に腰かけた。

「ああ、そうだ。そこの二人も聞いておきなさいよ、こっから先の話はあたしら側の領域だ。友達を助けたいのなら聞いておいて損はないよ。あっ、椅子は適当なのに座ってていいから」

 アロエに言われるがままに二人は壁際に立てかけてあったパイプ椅子を開いてそこに腰かけた。

「アロエさん側の領域って……樹の兄やんだけでも十分お腹いっぱいなのに、そのお姉さんだともう想像つかないかにゃあ」

「確かにそうですわね。ですがこれからの事を考えるとここで慣れておかないといけませんわね」

 二人が座ったのを見計らって大五郎はあの戦争の裏で起こった事を語り始めた。

「まず一つ断わっておくがオレはユリウスから口止めされていた以上の事は知らないからな」

「いいからさっさとゲロっちゃえよ。でないと今度はその頭握り割っちゃうぞ?」

 まるで前置きなど不要だと言いたいかのようににこやかに脅して来る。それにビビった大五郎は無言で頷き余計な事は一切省いて続きを語る。

「あの戦争の世界でオレ達三人は仲間たちの訓練をしつつある調査をしていたんだが……」

「思いがけず戦争に巻き込まれてしまったのですね。それで大五郎さんは……いえ、あなた方は結局何を調べていたので?」

 ここに来てミシェ達が経験した戦争について、その根幹に関わることを知るまでに至る。

「あの世界は今はユリウスが管理しているんだが、あそこにあった塔だけはいきなり現れたもんだからそれの調査をしていたんだ。――セムリに繋がる手がかりあると睨んでな」

「ふーん……それであたし抜きでやった調査はどうだったんだい? さぞやいい結果が見つかったんだろうね」

「まぁ、そこそこには。とは言え分かった事といってもセムリの組織が関わっているらしい事は掴んでいます」

「なぁ~んだ、つまんないわね。それくらいならあたしも掴んでいるわよ」

「はっ……? なんでこんな辺鄙な所にいてそんなの知っているんですか」

 尤もな疑問を呈する大五郎だがそんな彼を構うことなくアロエは話を続ける。

「あなた達が無理やり参加させられたあの戦争……それを起こした側は蠱毒戦争と呼んでいたみたいね」

「だからなんでそんな事を知っているんですか! あの戦争に名前があったことだって初耳なのに……」

「あぁ……ちょっとしたコネよ。あの戦争にあたしの協力者が二人ほどいたの。あっ、そうそうそれが誰かは教えられないから、向こうの意向もあるし何よりバレると困るからね」

「協……力者? そのような方があの戦争の時にいらしたのですか?」

「うん、いたいた。でも気にすることないって。アイツ無関係な人には一切危害は加えてないって言ってたし」

 非情に軽く肯定される。そのあまりの軽さに無関係な当事者であるミシェとサクニャだけでなく、戦争に深く関わる要因であった大五郎ですらアロエの態度に呆気に取られていた。

「…………えっと、聞いていいかどうか分かりませんがその方ってスパイか何かなのでしょうか?」

「そうだよ。だからもし分かったとしても気付かないフリとかしてくれると助かるのよね」

「その方に会うかどうかは分かりませんが肝に銘じておきますわ」

「――さて、あたしからはアナタ達に伝えられることは以上ね」

「……なんか、思ったより小さく纏まった話だったね。てっきりもっと想像のつかない内容かと思ったけど」

 前振りが大仰だっただけに話を聞く姿勢を改めていたのだが、最後まで聞くとなんてことないただの情報交換の様相を呈していた。

「それにしてもここにユリウスの奴が来なかったのは予定外だったけど、かわりにオマエが来てくれて良かったよ」

「な、なんですかアロエさん……そのイヤーな笑顔は」

「いや、なんだ。あたしがこの世界で身動きの出来ない状態にあるのは知っているよな?」

「そりゃ……まぁ、アロエさんがあの世界の管理者権限と他の世界に渡る為の通行証をユリウスに渡したから身動き出来ないってだけでしょう?」

「そうそう! それでものは相談なんだが……オマエの通行証をあたしに貸してくれ」

 この時アロエの顔は、今日出会った中でとびきりの笑顔だったが、その笑顔の奥には隠しきれない程の殺気を孕んでおり、その証拠にアロエの左手がぴっちりと大五郎のスキンヘッドに張り付いてすぐにでも握り割れそうに見えるからである。

「それは構わんのですが……オレにはこの二人を無事に親友の所まで送り届けるという役目が――」

「気にすんなよ、そんなのあたしが代わりにやっておくから。あとついでに頼まれてほしいんだけど、この世界――サクッと征服しておいて」

 アロエの発言に場が静まり返る。本人のノリの軽さからまるでちょっとお使いに行って来てとでも言っているかのようで、あまりのあり得なさに聞き間違いかそれとも言い間違いかを疑うレベルだった。

「え~っと……なんて言ったんですかアロエさん? なんかおかしなことを言っていた様な――」

「だーかーらー、この世界を征服しておいてって言ったのよ。まったく……その耳は飾りなの? それとも筋肉で耳の穴が塞がっているのか?」

 どうやら聞き間違いでも言い間違いでもなく、本当に世界征服なんて夢物語みたいなことをしてくれと頼んでいるのであった。

「そんな征服だなんて……なんで今更そんな事を。それに自分でやったらいいでしょうそんな事」

 至極真っ当な反論が大五郎から返ってくる。その当たり前な反応にアロエは今までの軽さが嘘のような真面目な顔になって大五郎に理由を語る。

「なにも酔狂でこんなことを頼んでるわけじゃないの。そもそもこの世界は無秩序に世界を繋げ過ぎた、それに無関係な人間の犠牲も大勢出してきた。これはもう潰すしかないじゃん。そ・れ・に、あたしにそれが出来ない事情だってオマエ知ってるじゃん」

 だが、アロエの返しも一部を除いては真っ当で、この歪な世界を元ある世界に正そうともしている。手段はとても褒められたものではないが。

「えぇまぁ――ですが、前にオレとユリウスが来た時にはそんなこと頼みませんでしたよね? なぜ今になってそんな事を頼むんですか?」

「ユリウスの奴がいたからよ。とってもじゃないけどアイツに頼み事なんておっかない事出来ないわ。それにアンタは知らないかもしれないけど最近のユリウスには黒いウワサが多いの」

「黒いウワサ……ですか? 確かにそれは知らなかったですけど、マジものなんですか?」

「そこまでは分からないわよ、何せウワサだもの。まぁただのウワサ程度ならあたしも別に気にしないけど、その中身がとんでもないとねぇ」

「……聞くのも何だか怖いですが、どんなウワサなんですか」

 どれほど目を背きたくなるような噂であろうと大五郎はきちんと受け止めてみせようと思った。――だが、アロエの口から出た言葉はそんな大五郎を嘲笑うかのように彼の希望を打ち砕く。

「ユリウスの奴、セムリの組織の名前は何だったか……あぁそうだ! 世界救済教団とやらと関りを持っているらしいのさ。ただまぁ所詮はウワサだけども出所は分からないのがねぇ」

「ユリウスがセムリの組織と関わってるだと! 馬鹿なっ、そんなのあり得る訳がないだろ!」

 あまりの内容のあり得なさに大五郎は声を荒らげた。

「あたしに怒鳴らないでよ。それにウワサなんだからそこまで気にしなくてもいいじゃない」

「しかし――」

「はいはい……そんなに気になるんならなおさらアンタがここを征服した後に確認すればいいのよ」

「――分かりましたよ、やりますよ。それじゃあちゃっちゃと片付けてくるとしますかね」

 大五郎が左腕をぐるぐると回しながらアロエの頼みごとを遂行するべく歩き出す。外に出るドアに大五郎が手をかけた所でアロエが声をかける。

「あっ、そうだ! 言い忘れてたわ。時間は掛け過ぎないでよ、でないと調停者が来るからね。ホント暴れ過ぎなのよここのヤツ等は、おかげでいい迷惑よ」

 呆れたようにアロエが呟いた。

「えっ! ちょっ待って⁉ 聞いてないですよ調停者が来るなんて」

「うん、今言ったからね。大丈夫だって、なにかあったらあたしの所為にしておけば何とかなるから」

「本当ですね⁉ もし来たら本当にアロエさんの名前出しますからね!」

 調停者という名前が出た後、大五郎は目を見張るほどの速さで仕事に移っていった。調停者と呼ばれる存在がどのようなものか知らない二人は話が終わるまでその事に一切口を挟めず、内容もほとんどが頭に入ってこなかった。

「途中から何の話だかサッパリ分かりませんでしたわね」

「途中どころか最初から意味不明だって。頭がどうにかなるかと思ったよ」

「あ~ごめんごめん。詳しい事は道中で教えるから、取り敢えずついて来て」

 言われた通り二人はアロエの後に付いていく。――と言っても案内されたのは自分達が入って来たドアとは反対にある壁で、一見しても単なる岩の壁としか答えられない所であった。

「よいしょ!」

 アロエが壁の隅を足で小突く。するとただの岩の壁であった所は左右に開き、その先は新たな道が広がっていたのだが、今まで通って来た道とは異なり場違いなまでに舗装され、天井には蛍光灯が煌々と輝いていた。

「なん……ですの、これは」

「抜け道」

「い、いくら何でも綺麗すぎる……。さっきまでウチ等が通って来た道は何だったんかにゃアレ」

「あんな歩きづらい道なんて普段使いするわけないじゃない。こっちが通用口よ」

 アロエに連れられて通用口を行くミシェとサクニャ。そこでふとミシェは先ほどの大五郎との会話の中で気になる部分を聞いていた。

「少し聞いておきたいことがあるのですがよろしいでしょうか? アロエさん」

「い~よ! それでなにが聞きたい?」

「まずセムリについて……名前だけなら以前にユリウスさんから聞いているのですが、どのような人物なのかは存じていないのです。それで――」

「ストップ! それを知るにはちょ~っと早いわ。その名を迂闊に出すと他人から恨みを買ったり面倒になるからね。知りたければもう少し強くならないと」

 セムリという名が出た途端、アロエの顔が強張る。

「そう……ではその時が来たらまた伺いますわ」

 現段階では教えられないという事だが教える気が全く無いという訳ではないようで、自分達がアロエから聞き出すには少なくとも戦闘能力が無くてはならない事は分かった。つまりはセムリというのは無力な人間には存在すら知る権利すらないのだろう。

「ゴメンね、こればっかりはソッチの命に係わる事だから。それ以外ならあたしはいつでもバッチコイだから」

(どーにも調子が狂いますわねこの方。おチャラけてるかと思えばいきなり真面目になったり……)

「どしたのミッこ? いきなり黙って」

 アロエとの会話中にいきなりミシェの口が止まった事で、サクニャが心配そうに小声で話しかけてきた。

「あの人と会話してたらなんだか気疲れしてしまったみたい」

「だったらウチが代わりに聞いたげるから、ね!」

「……では、お願いしますわ」

「任された!」

 気疲れしてしまったミシェに代り、サクニャが質問を引き継ぐ。それと同時にミシェから質問したい内容を耳打ちされた。

「ん~? どうしたのいきなりひそひそ話して」

「なんでもないです。それよりウチも聞きたいことがあるんだけどいいです?」

「あれ? そっちの子はどうかしたの」

「ミッこは……なんかここに来る間で疲れちゃったみたいで、だからウチが代わりに」

「そうなの? まぁあたしとしてはどっちでもいいけど。それで何を聞きたいの?」

「さっき言ってた調停者って何者なんかなって。えーっと、名前の響き的には害とかなさそうなんだけど」

 本来はミシェが言うはずの内容をサクニャが聞いたそのままに話すものだから若干たどたどしいというか、そもそも言葉に振り回されている感がある。

「う~ん……なんて言ったら良いのかな、一応はいろいろな世界を監視してて現地の人間ではどうしようもなくなった事態に対処する人――かな」

「うわー、それは責任重大やね。でも、それなら何で大五郎のおっちゃんはなんであんなに焦ってたん?」

「調停者が来るって事はその世界が危ないからってのは分かったよね?」

「まぁ、それなりには」

「んでね、調停者でも事態の収取がつかなくなっちゃうと今度はもっとヤバいのが来るってワケ」

 やれやれとポーズを取りながら語るアロエの顔は後ろから出は窺い知ることは出来ないが、声のトーンからしてふざけた態度など取れる相手ではない事が容易に知れる。

「えと……ついでだから聞いちゃうけどヤバいってどれくらい?」

「――破壊神と創造神の二種類がいるんだけど、前者は世界の存在そのものをその名の通り破壊し、後者は世界を原初の歴史から創り変えるくらいの……端的に言えばどっちも化物だね」

「神様って……聞くんじゃなかった」

 ミシェに頼まれての事だったとはいえ、その内容は聞いたことを後悔するシロモノであり、オマケに死すら生ぬるい事をやってのける存在が迫ってきているのは正直いって精神衛生上、非常によろしくない事態だ。

「だいじょーぶ! そうならない為に大五郎が必死こいてるからね。それに調停者が来る頃にはあたし達はもう違う世界にいるしね」

「もう蓮豆さんの扱われ方が不憫でなりませんわね」

 アロエに便利屋扱いされるに留まらず、このままいくと破壊神か創造神のどちらかとエンカウントまで漕ぎついてしまうのではないかと……もう、不憫という言葉が温くなりそうな状況に嵌りつつある大五郎であった。

「こればっかりは仕方ないかな。いくら心の広~いあたしでも自分の尻は自分で拭いてもらわないといけないから」

「言っている意味が分かりませんわね、それではまるでこの世界の惨状は蓮豆さんが生みだしとた様に聞こえますわ」

「別にそこまでじゃないんだけどね。ただ、まぁ――こんな事態になるまで放置していた責任の分くらいは働いてもらわないと」

「――大五郎のおっちゃんって何者なん?」

 当然の疑問が湧いて出る。アロエの言うとおりであるならば彼はこの世界において重要な立ち位置にある人間ということになる。

「ただの兵士――とは違うか。なんだったっけ、えーと……准将とかそんなんだったはず」

「意外と偉い立場だったのですねあの方」

 大五郎の経歴に驚きこそするが、あの戦争でユリウスに千戯せんぎ白慈はくじという二人の曲者や、八十人余りの兵士やルール上では敵対していた者達を形はどうあれまとめ上げていたのだからその部分だけで評価しても一般人とはとても言い難いだろう。だがそれもアロエの発言により戦争での大五郎の振る舞いに納得がいった。

「はい! もういいでしょアイツの事は。それより、もうそろ出口……というか入り口に着くから準備と覚悟をしておいて。ほらあそこ」

 アロエが指す視線の先はのっぺりとした何の装飾の無い、しいて言えば鋼鉄製の雨戸が付いたちょっと豪華なプレハブ小屋という風情で、その周りでは銃弾が飛び交い硝煙と血のにおいが漂っている。

「あそこって……ただの家じゃないの?」

「まぁパッと見はただの家にしか見えないよね確かに。でもあそこにはアナタ達待望の他の世界に繋がる門があるのよ」

「という事はここが出発点ですのね」

「でも、うーん……中の様子が分からないにゃ~」

 目の前の家はこの銃弾の雨に晒されているからかそこら中に弾痕があるものの中までは一発も貫通しておらず、それに加えて窓の部分も鋼鉄製の雨戸で覆われており中の様子も窺えない様になっていた。

「それに関しては、んーーー……一応は廃棄された施設扱いだからか警備の人数はそんなにいないみたいね。精々三人ってところかな」

 建物の中を凝視しながらアロエは答える。どうにも彼女の眼には中の様子が大まかにだが把握できているようだ。

「そういう訳だからここの制圧頑張ってね!」

 ――と、笑顔で信じられない事をアロエが言う。

「えっ……?」

 聞き間違いだろうか、なんだかとんでもない事を口走っていた気がする。制圧――? 誰がそんな大それたことをするのだろうかと。

「えっ……? じゃないわよ。これくらい出来ないとこの先とってもじゃないけど生きて友達を探すなんて出来ないわ」

「いやいやいや⁉ ウチ等はごく普通の一般人だよ⁉ それなのにこんな武器を持ってる連中とやり合えっちゅーの⁉」

「そう言ってるじゃない。それとも怖気づいた?」

「そういう事を論じているのではありません。わたくし達はここへは戦いに来た訳でない事はご存じだと思いましたが」

 ミシェの言う通り二人は梨鈴を探すための足掛かりの一つとしてこの世界に降り立った訳だが、戦闘方面は大五郎が受け持つことになっていた。

「それはそっちが勝手に考えていただけの話。あたしは最初から大五郎をアナタ達から引き離すつもりだったわ」

「そんな……ウチ等に死んで来いっちゅーんか!」

「違う違う、むしろその逆。大五郎と一緒にいるとアナタ達――地獄を垣間見る事になるよ」

「どういう事ですの」

 大五郎といると地獄を見る――そう言われてもピンとこない。彼は半ば押し付けられたような形ではあったが、それでも二人の願いを叶える為に力を尽くそうとしていた。だというのに彼といると地獄を見るというのは理解できない。

「別に大五郎の奴が危険って事じゃないんだけど、アイツを邪魔者だとして狙う奴ってこの世界以外にもそれなりにいるのよ。本人的には他愛ない相手ばかりだから気にも留めないだろうけどアナタ達からしたら……ね」

「「…………」」

 それを聞いて二人は想像する。確かに大五郎は先の戦争で強大な敵にも臆せず立ち向かうだけでなく、敵だと認定した者には容赦のない攻撃をする苛烈さもある。そんな男が側で護ってくれるのは確かに心強いが、裏を返せば日常には戦いが溢れかえり血生臭い生活を送りかねないという事になる。

「想像出来たみたいね。つまりはそういう事よ、確かにアイツの傍にいれば身の安全は確保されるけどあくまでそれは身体のみ、精神の安定までは保障してないワケよ」

「意地悪を言っとったと違うんやね」

「あったり前じゃない。むしろあたしはアナタ違の事を考えてるんだから。さ、理解したなら行ってらっしゃい」

「話の前後が繋がってない⁉ ウチ等があそこに突っ込んでいく理由の説明が一切無かったんだけど!」

「世の中は不条理なの……だけど後でちゃんと説明してあげるしフォローもしっかりするから気兼ねなく逝けるわ!」

「イントネーションっ! いやもういいや。何だか分からないけどやればいいんよね」

 状況など未だに微塵たりとも分からないが取り敢えず覚悟は決まった。ので、気取られないようゆっくりと建物に近づいていく。

「サクニャっ⁉ ――いえ、わたくしも行かなくては。理不尽な世界へと踏み込む覚悟への一歩を」

 サクニャに続きミシェも後に続き建物の周囲を探り始める。

「おっ……泣き言の一つでも言うかと思ったけどこれはこれは――。あの戦争でいい感じに死生観がぶっ壊れたかな」

 本来であればあのような『戦闘のせの字も知らない』二人など戦場に放り込まれた時点で泣き出すか逃げ出すかおおよそそれぐらいの行動を取るだろうが、ことミシェとサクニャに至っては一度戦場を経験しながらも生き残っている事があの行動力を生み出していた。

 だからといって常人ならばこのような場は二度目の経験など避けるのが当然だが二人は違った。

「見た所で入り口はこのドア一つ限りのようですわね」

 ミシェは戦争前も戦争中も籠の中の鳥の様な状態ではあったがどちらも武器に触れており現在もその技術を以い――

「でも……鍵かかってるから入られんよ?」

 サクニャはミシェの様な特別な技能は何一つ有していないが戦争で大量の敵から生き残る術とアロエの姉である樹から生き延びるための術だと教わった格闘術を以て二人は困難へと立ち向かっている。

「早速苦労しているね若人よ」

 気合を入れて飛び込んでいったものの、案の定先に進めずつまっている二人にアロエが声をかける。

「あっ! アロエ姉やん。鍵かかってて入れんのだけど……」

「そりゃ……廃棄同然の扱いでも一応は重要拠点だからね、鍵くらいかかってても不思議じゃないわ」

 人が駐留しているのだからそれぐらい当然じゃないというニュアンスで語りかける。

「では、このアロエさんなら鍵を何とか出来ますの?」

「まぁね。ピッキングの一つや二つ淑女の嗜みよ。今度教えてあげるから今は雰囲気だけでも見ておきなさい」

 ――とアロエはかっこよく言ってのける。『淑女にそんな嗜みなどありませんけど⁉』などという外野の声を華麗に無視しながら。

「久しぶりだから出来るかな~」

 アロエが無造作に人差し指と中指を伸ばすもその指の先には何も持っていない。いったい何をするのか――そう思った瞬間その指先はドアの隙間をなぞる様に滑り落ちていった。

「……何をなさったのかは存じ上げませんが、それが『ピッキング』ですの」

「これぞいわゆるマスターキーってやつよ」

 アロエが行ったのは確かにドアを破るという一点に置いてはピッキングと言えるのかもしれない。だが果たして魔術によって指先に光刃を纏い、鍵の仕組みそのものを切断するのはピッキングと言うのは強引すぎではないだろうか。

「これ、ウチ等が教えてもらったところで実践難易度が高すぎるんやけど」

「……ですわね。まぁそれは気にしないようにして今は中を探る方が先ですわ」

 アロエが『ピッキング』と称する二人には実行不可能な技術により、中にいる人物に気取られることなく侵入出来たが問題はまだまだある、室内の間取りと相手の正確な人数や所持武器などと非力な二人で攻め入るには必要な情報が欠如していた。

「だね。でも……」

 この建物に入った瞬間、サクニャが何かを察したかのように息をひそめて一時停止する。

「どうしたのサクニャ?」

「この先の部屋には一人もいないっぽい。ほら――」

 誰もいない事を示すようにサクニャがズカズカと、だが静かに部屋に入って行く。すると、そこにはサクニャの言う通り人っ子一人おらずそれどころか無造作に銃器が壁に掛けられていた。

「……侵入したわたくし達が言える事ではありませんが、不用心にも程がありますわね」

 壁に掛けられた銃器を見て呟く。そこにはアサルトライフル二挺に狙撃銃が一挺と一人一挺ずつとするのであればアロエが言っていた人数と一致している。

「ホントにね。しかも上でなんかやってるみたいだからウチ等の事もサッパリ気付いとらんし」

 外から見ただけでは分からなかったがこの建物は天井が低い二階構造になっており、ここを守っている兵は残らず二階にいた。

「そうみたいね。取り敢えずこれは借りておくとして、後は……」

 ミシェはアサルトライフルを肩にぶら下げ背中に狙撃銃を掛けながらなるべく物音が出ないように家探しをしている。

「……なに、やってるのミッこは」

「三人で拠点を任されているのならばアレがあってもいいはず……っと、ありましたわ」

 ミシェが見つけたのはレバーの様なものが付いた筒状の物体で、銃器などに詳しくないサクニャは一見しただけでも用途が分からないでいた。

「これはスタングレネードって言って投げ込んだら強烈な音と光で相手の動きを止められのよ。後は縄でも使って拘束してしまえばアロエさんの無茶振りもこれで完了――ですわ」

 一階での準備は済んだので二階へと向かう。この階では何も起こらず拍子抜けしてしまったが、階段を上がったらそこはもう戦場となる。たとえ相手が武器を持っていなくとも兵士である以上反撃されることは必至だろう。

「――この部屋から声がしますわね。準備はよろしいですかサクニャ」

「ソレを投げ入れた後ウチが殴ってミッこが縄で縛るだよね――うん、大丈夫」

 二人が顔を見合わせミシェがスタングレネードを投げ入れる。部屋の中の兵士はミシェの行動に気が付かないままスタングレネードが炸裂した。

「な、なんだ! 敵襲か⁉」

「くそっ! 迎い討て!」

「誰か何とかしろよ!」

 三人とも敵が攻めてきたのは理解しているが、パニックになったこの状況では自分たちの身に起こった事までの理解は及ばず、目も耳もきかないのでは戦闘の素人であるミシェとサクニャにも対処が出来ずにいた。

「本当にウチ等の場所バレてないよね」

「触れなければね、早く済ませますわよ!」

 部屋の中の人間が怯んだ隙にミシェとサクニャが突入する。

「ガッテン!」

 そしてサクニャはその怯んだ兵に対して一階から拝借したアサルトライフルの銃床を兵士達の頭部へと力一杯振り下ろしていく。

「グヮアッ! ……この!」

 サクニャの非力な腕では一撃で昏倒させることが出来ず、攻撃を受けた兵士も殴られた方向からおおよその見当をつけて腕を振り回して抵抗する。

「こん……のぉ!」

 振り回された腕に掴まれないように数歩下がってから再度サクニャは攻撃する。今度は相手の不意を突くべく頭目掛けて振り下ろすのではなく顎目掛けてかちあげる様にして振り上げた。

「がっ……! ……ぁ」

「はい、次ぃ!」

 さすがに頭部に顎と連続で喰らって参ったのか、その二撃で兵士は意識を手放した。そして一人目を無力化したサクニャは次なる目標へ向けて銃を振り下ろす。だが一人目に時間をかけてしまったせいで残りの二人の視力と聴力が回復しつつあった。

「何処の誰か知らないがよくもやってくれたな!」

「あっ……ヤバッ!」

 次の狙いへと定めていたが、その時にはもうサクニャはもう一人の相手によって首根っこを掴まれ持ち上げられていた。

「う…………あ……っ」

「くっ……この、離しなさい!」

 敵に掴まったサクニャを救出すべく、ミシェは背負っていた狙撃銃の銃身部分を握ってそのまま隙だらけの後頭部へ向けてフルスイングした。

「かっ……あ……」

「いつまで触ってる……のっ!」

 サクニャへの拘束が緩んだ一瞬を逃さずそこから抜け出し、お返しとばかりに股間への強烈な蹴りを浴びせる。

「はぐぅわぁっ!」

「……あれはもう再起不能ですわね」

 これで二人目。残りはあと一人なのだが所詮ミシェとサクニャは戦闘の素人――その間に残りの一人が復活しようとしていた。

「よくもやってくれたなクソガキども!」

「あっちゃー……復活が早いにゃ~」

 復活した兵士はサクニャが先程まで持っていたアサルトライフルを手にし、それを二人へと向けている。

「動くなよ~……動いたら蜂の巣だぜ」

「……これは困りましたわね」

 銃を向けられ硬直する二人――

「大人しくしてろよ……でないと綺麗な体のままで遊べなくなるからな」

「仕方ありません。それでは少々手荒な方法しかないですわね」

 下種な笑みを浮かべてにじり寄ってくる兵士に対しミシェとサクニャはあろうことか兵士に向かって走り始める。

「なにっ⁉ これが目に入らねぇのか!」

「入りませんわ!」

 予想外の行動に目を見開く、だがそれも一瞬ですぐさまミシェに向かって銃の引き金を引く。

「じゃあ死ねっ……って、弾が出ない⁉」

「だって空ですもの」

 そう、ミシェとサクニャが銃を向けられても冷静でいられたのは下から拝借して来た銃から予め銃弾を全て抜いており、万が一奪われた場合でもそれを利用して反撃に転じる策を練っていたのだ。

「クッ……ソがぁッ!」

 銃を向けられた時サクニャはこっそりミシェから縄の端を受け取っており、お互いに縄の端を持って突撃と見せかけ相手の体を支点にして回ることで縄を巻き付けそのまま縛った状態で後は――

「「これでお終い」ですわ」

 受け身の取れなくなった相手をそのまま床へ押し付ける様に引きずり込んだ。

「――ッ!」

「「イェイ!」」

 策がきれいに嵌まり戦闘のド素人であったミシェとサクニャによる制圧劇はこれにて終幕と相成った。




 小さな建物の制圧を終え、兵士達を縄で縛り終えるとタイミングを見計らったかのようにアロエがやって来た。

「よくやったね二人とも。これなら今後そうそう死ぬ事も少なそうね」

 姿を見せて早々に物騒な事をのたまっている。

「随分とまたいいタイミングで現れたにゃあ……まるで見てたみたい」

 最初の鍵開け以外まったく干渉してこず、次に現れた時も全てが終わった後となれば皮肉の一つもぶつけたくもなるだろう。だが――

「ずっと見てたわ。いやぁ~さすがに金的は威力あるわね、喰らった奴なんて未だに悶えてるじゃない」

 そんな皮肉もそれを上回る単純な事実の暴露によって皮肉にもならなくなってしまう。

「どうやら見ていた事は事実のようですが、そんな事はどうでもいいですわ。わたくし達は貴女の言う通り二人でここを制圧しました。それで、この次はどうなさるのですか」

「アナタ達の願いを叶える手伝いをしてあげる。でもその前に……コイツ等邪魔だからちょっと片付けないと」

 アロエが縛られている兵士の下へ近づき両手を『パンッ』と叩く。すると瞬きする間もなく三人の姿が掻き消えてしまっていた。

「――⁉ 消えた……一体何処へ……?」

「コイツ等の本拠地に送り返したわ」

「な、なんでそないな事を! そんなことしたら向こうに気付かれるんじゃ――」

「良いのよこれで、むしろ気付いてもらわないと困るの。でないと今頃暴れまわっている大五郎に負担が集中するからよ」

「あーなるほど……っていうかおっちゃんの事ちゃんと考えていたんだ」

 だいぶ失礼な事を言っている気もするが、今までの大五郎に対するアロエの言動と行動からするとそう指摘されてしまうのもむべなるかなと言えるだろう。

「当たり前じゃない。おっと……そんな事で盛り上がってる場合じゃなかった。邪魔者がいなくなったことだしアナタ違の用事の手伝いをしないと」

「……おっちゃん、本当に心配されてるのかもう怪しくなっちゃたにゃあ~」

「いっそ不憫ですわね。ですが何はともあれ――ようやく本題ですわね」

 肯定した後の話の切り替えの早さに辟易しつつもこれから先はようやく自分たちの本懐が成し遂げれる事もあってミシェとサクニャは途端に姿勢を正す。

「ええ、そうね。取り敢えず二人とも一階に降りて来てちょうだい」

 アロエが部屋から出ていき階段をゆっくり降りていく。ミシェとサクニャは顔を見合わせた後すぐさまアロエの後を追った。

「えぇ~っと……門の反応はこの辺…………あ、あったあった」

 先行したアロエは暖炉の前で手招きしていた。

「これがどうかしたの?」

「家探ししていた時は余り気にしていませんでしたが確かにこんな暖炉がありましたわね。……ん? でもこの暖炉、何か違和感が」

「その違和感の正体はこれよ」

 アロエが暖炉の中に潜り込み何やら壁の方を弄っているとなんと壁が回転し隠し通路が現れた。ミシェの感じた違和感も外から見た時のおおよその内部空間と実際に足を踏み入れた時の空間とで認識に差があるのに気付いたのだ。

「奥にこんな空間が……ではこの先に――」

「えぇそう。この先にアナタ達が渇望した異なる世界への門があるわ」

 その隠し部屋は細い廊下の様な出で立ちで最奥に人一人を飲み込めそうなほどの大きさの『門』がそこに存在していた。

「これがリリっちに繋がる道……でもなんだろ、なんとなくコレ道が途切れてる様な……」

「――驚いた。だいぶ勘が鋭いね。そう、今この門は休眠中で繋がってない、けど心配しないで、無理やり繋げるから」

 そう言いながらアロエが門の前に手をかざす。すると最初は暗い色をしていた門が次第に輝きを取り戻し、すぐに極彩色ともいえる目に悪い色に変貌していった。

「この先にリリっちが……でもこの門、なんか不自然というか不安定というか……どうも安心出来ない雰囲気があるような」

「そりゃあね。この門はアナタ達が通って来た門のようにちゃんとした物でなく、出来損ないの技術で創ったから何もかもが不安定なのよ」

「だからこんなに周りがギザギザしてて目に悪いのかぁー」

 見てて不安になる門を前にしながらもサクニャは呑気な感想を言っている。そんな感想をアロエは背後から聞きながらふと無謀な旅に飛び込もうとする二人の若者について考えていた。

(ミシェは見た感じ空間把握能力がそれなりに高いのと頭の回転が速い以外は特筆すべき長所はあまりない。一方でサクニャは危機というか非日常の存在を感じ取る嗅覚みたいなところが見られる。――あれなら多少揉んでやればもう少し伸びそうね)

「――うん、悪くないかもね。アナタ達ならやることやってくれそうね」

「――? いったい何を?」

 まるでアロエの為に動いてくれと言わんばかりのニュアンスがミシェの疑問を加速させる。そんなミシェの問いに答える間もなくアロエはミシェとサクニャの手を取って門の向こうへと駆けだそうとする。

「えっ⁉ まだ心の準備が出来てな――」

「いいからいいから! ほれ、レッツゴー!」

 そのまま三人は極彩色の光の中へと掻き消えていくのであった。




 そのまま極彩色の光の中を進み、そこを抜けた先は照り付ける日差しに白い砂浜と水平線が見渡せるほど何の影も見えない青い海が広がっているという、つい数秒までいた無機質な景観と硝煙のにおい漂う所とは180度環境が異なっていた。

「あぁ、もう……いきなり何するんですの」

「目がクラクラするにゃ~……」

 有無を言わさず門の向こう側へと連れてこられた二人は片や今の状況が呑み込めず、片や極彩色の眼に悪い門に目をやられて目の辺りを押さえている。

「ん~……あ~……気持ちわる……どんだけ門の創りが雑なのよっ!」

 そしてこんな地上の楽園みたいなところに連れて来た張本人は、此処へ来る過程で通って来た門に対して隠すことのない不満をその辺りに転がっていた岩へと蹴りを伴ってぶつけていた。

「「…………うわぁ」」

 それはもう驚きの連続の中にある二人が思わずドン引いてしまう。その視線の先にアロエの不満を一身に背負い物理的に身を砕く岩の姿を視界に納めた状態で。

「ふぅ、スッキリ」

「――樹の兄やんも大概やったけど、アロエ姉やんはそれに輪をかけて滅茶苦茶やね。魔術師って人種は皆そんなんなの?」

 あの戦争の時、樹は補助付きであったが何発も打ち込んで素手で岩を砕いていたが、それに比べてアロエの放った蹴りは岩を砕くどころか粉微塵の領域にまで達している。

 比較できるほど魔術師というのに出会ったことが無いので、サクニャからしたらこれくらいは簡単に出来るものなのかと思ってしまうのも無理もないだろう。

「さぁ? 他所の事はそんなに知らないけど」

「サクニャ――まずわたくし達の現状を説明してもらう方が先ではなくて?」

「あっ、そうだよ。いったいここはどこなのさ。パッと見、リリっちと関係なさそうなんだけど」

 アロエの非常識っぷりは驚きこそすれど、こうも立て続けにくるとさすがに慣れもする。なので今自分達の身になにが起こっているのかアロエに質問した。

「そんな簡単に居場所を捉えられるわけないじゃない。今からアナタ達はあたしのプライベートアイランドで死なない術をみっちりと叩き込むのよ」

「そっ――そんな事してるヒマなんて――」

「悪いけど口答えをするヒマなんて与えないわ」

「ふにゃっ――!」

 それは一瞬の出来事だった。当事者でないミシェの眼でも捉えられない程に素早く、そして鮮やかにサクニャは砂浜に顔を埋められながら指に携えた光の刃を首元に突き付けられ、サクニャは自らの身に起きた出来事を認識出来ぬまま死の際に立たされていた。

「アナタ達がこれから進もうとする道にはこういう事を行ってくる奴もいる。ただ黙って見てたら――死ぬだけなのよ」

「――っ⁉」

「理解できたなら付いて来なさい。これから先のアナタ達の旅が遠足だと思えるように今から地獄を体験させてあげる」

「――お手柔らかにお願いしますわ」

 アロエの発言はなんとも物騒ではあったものの、この先に訪れるであろう苦難を考えるとアロエの提案そのものは純粋な親切心で言ったのだと分かる。それを理解させるための方法が手荒であった事を差し引いてもだ。

「死なないぐらいには加減できるだろうから安心して」

「――先行きが不安になりますわね」

 地獄というのは視覚だけでなく聴覚だけでも味わう事が出来るのかと、ぬるま湯に浸かりきった人生では経験できなかっただろうとミシェは思った。

(そんな事よりも早くウチを引っ張り出してくれないかな……)

 その様な事を埋まりながら考えていたサクニャはその後無事に掘り起こされるのであった。




 ――そして現在へと至る――

「思い返してみてもよくウチ等今まで生きてこれたよね」

「それどころかトラウマにならなかったのが奇跡とも言えますわ」

 改めて思い返してみてもアロエの地獄巡りという名の修行は一般人上がりの二人にとって今生きているだけでも幸運と思える程の出来事の連続で、修業期間である約三百日の日々に比べると現在という日常をより輝かしく見せてくれる。

「でもだからこそ今はこーんな辺鄙なとこでも安心できるんだけどね」

「そうかもしれないわね。さて、明日もやることがある事ですしそろそろ寝ましょうか」

 それからすぐにミシェは眠りにつき、サクニャもミシェに寄り添いながら眠りについた。

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異界渡りの双姫-外伝- くろねこ @an-cattus

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