第3話1803日目 ギルドのE級ダンジョン実習1

 ギルバートはお昼を食べ母親に声をかけた後、あらかじめ用意していたカバンを持って家を出ると、東の大通りまで出て東門の方へと歩いていく。東門に近づくにつれて人通りもまばらになっていくが、代わりに明らかに武装した一見して冒険者と分かる人物が増えていく。これは多分に地理的な要素を含んでおり、北に王城、西に海、南は砂漠、東側にS・B~G級ダンジョンとはっきりと分かれているからである。


 大抵の冒険者が東門を抜けてダンジョンへと向かう日常が当たり前のそんな中、東門にギルバートが軽い足取りでたどり着くと、そこには5人の若い男女の集団がキョロキョロと人探しをしていた。ギルバートは彼らのそのまだ慣れていない様子を見て少し微笑ましくなり、にこやかに近づいていく。彼らの方も近づいてくるギルバートに気づいたようで、一瞬ほっとした雰囲気になるがギルバートの後ろに誰もいない事が分かると戸惑いが広がった。そんな彼らにギルバートは自然体で声をかける。


「こんにちは。E級パーティー「狼の牙」さんで良かったですか?僕の名前はギルバート・ニコラス。冒険者ギルドから皆さんの実習に派遣された者です。本日はよろしくお願いします」


 パーティーの中でもひときわ大柄な男が前に出て、返事してくる。


「ああ、俺達が「狼の牙」だ。リーダーをやってるダンクだ。よろしく頼むよ。後ろにいるのが…」

「ラックだ」「ナーナよ」「ミライ」「トットだぜ」

「分かりました。依頼者の方達と確認できました」


 ギルバートは先に自身のギルドカードをダンク達に見せ、それぞれと挨拶を交わす。彼らはギルバートのC級のギルドカードを見て、先ほどの戸惑いの気配を消していた。「狼の牙」はその名の通り、狼の耳や顔、しっぽなどが生えている、狼の特徴をそれぞれに持った所謂いわゆる獣人と呼ばれる種族の人達であった。


 この世界では狼に限らず、多種多様な獣人種族がいる。その中でも、有名なのは王国の冒険者ギルドのギルドマスターであり、大陸にわずか10人しかいないと言われているS級冒険者のリュウ・ムラサキが竜人種族である。彼らの強さと王国の守り神としての役割も相まって、王国の中では非常に人気のある種族であった。


 その為、ここ王国では差別らしい差別は無いものの、他所の国では明らかな差別や弾圧がある事もある。比較的過ごしやすく、しかも実力次第ではどんどん冒険者としてのし上がっていく事も十分に可能なこの王国を、エルフやドワーフも含め、異人種が母国以外の選択肢として選んで暮らす事は珍しくなく、普通の人間族達もそれを当たり前の事として受け入れていた。


 ギルバートはその場で必要な手続きをその場で終えると話を進める。


「それでは自己紹介と手続きも終わった所で、E級ダンジョンに向かいます。確認ですが、今回の実習依頼はゴブリンジェネラルの倒し方を学ぶ、でよろしいですか?」

「ああ、頼む。それで間違いない」

「分かりました。では詳細は現地に着いてからご案内しますので、まずは東門の外に出て、ウォーミングアップがてら身体を動かしましょうか」

「分かった。話が早くて助かるよ」


 6人はそのまま門番に各々のギルドカードを見せると、直ぐに東門の外に出て、E級ダンジョンまでの舗装された土の道に出る。「では行きましょう」と「狼の牙」の面々に軽い調子でギルバートが声をかけると、皆が一斉に駆け出した。


 そもそもの話、人間族と獣人族では種族としてのフィジカルに差があるのは当たり前で、特に彼らのような狼をルーツにした者達はその特性上、走力には全体的にアドバンテージがあった。その事を承知の上でギルバートが先程の発言をしたものと判断した彼ら「狼の牙」達は、こちらも相手が人間族のC級冒険者と知った上で、全力でE級ダンジョンの入り口に向けて走り出したのだ。


 約10キロの道のりをわずか5分ほどで走り抜けた彼らは後ろを振り返り誰もいない事を確認すると、深呼吸しながらお互いに笑い合っていた。そんな優越感に水を差すように、E級ダンジョンの入り口の方から声がかかる。 


「うん、5分20秒ですか。E級冒険者としては十分なスピードと体力ですね。これならもう少し鍛えたら、D級昇級も夢じゃないですよ」

「…ギルバートさん、俺らよりも先に着いていたんだな」

「?ええ、じゃないと一番基本の体力面の評価が出来ないですからね。皆さん十分にこのE級ダンジョンを攻略する資質はありますよ」

「…ありがとう」

「はい。では皆さんの息が落ち着いたら、さっそくダンジョンに入って攻略して行きましょう」


 息がまだ十分には落ち着いていない「狼の牙」のメンバーを尻目に、ギルバートは汗を一つも搔かずに手に持つ書類に書き込みを入れていく。ようやくして息が整った「狼の牙」のメンバーを確認してから、E級ダンジョンの入り口の入ってすぐ横の魔法陣のある小部屋にやってくる。そこで再度自分達の装備を確認していたダンク達が確認を終えるのを待った上で、ギルバートは書き込みを入れた書類を鞄に仕舞い、彼らに声をかける。


「ゴブリンジェネラルの討伐という事は30階ですね。それだと今回はその手前の29階からパーティーの攻略を見せてほしいのですが、かまいませんか?」

「その方がギルバートさんにとって良いのか?」

「はい、その方がゴブリンジェネラルの討伐シュミレーションを幾つか提案しやすくなりますね」

「分かった。俺たちは構わないから、あんたのやりやすいやり方でいいよ」

「ありがとうございます。では…うん、29階の入り口に飛びますね」

「…はっ?この転移陣は10階ごとしか行けないんじゃ…」

「大丈夫ですよ。ダンクさんは私に、他の方達も手をつないで下さい」

「えっ…?」


 「狼の牙」の面々はギルバートに言われるまま手をつないだ。各等級ダンジョンには10階ごと、更にF・G級には5階ごとに転移陣があるが、今回のように途中の階層に飛ぶ事は出来ない筈だった。混乱するダンク達の思いとは関係なく、転移陣は起動して6人は29階の入り口に降り立っていた。周囲を確認するダンク達は一瞬だけぽかんとした顔はしたものの、普段の転移陣のある小部屋でない事を把握し、直ぐに斧や剣、槍を構え臨戦態勢に移った。


「うん。素早い対応ですね。これならC級ダンジョンから出てくる転移トラップからの不意打ちにも対応できますね」


 軽くパチパチと拍手をしてちゃんとした賞賛を送るギルバートの対応をダンクは一睨みする。


「…ギルバートさん、確かにここは29階みたいだな。ここの景色にも見覚えがある。ただどうやったんだ?」

「まあまあ、それは秘密って事で。では皆さん、僕にゴブリンジェネラル討伐が出来そうか、その可能性を見せて下さい」


 そう挑発的に言われた「狼の牙」の面々達は獰猛な笑顔で、ゴブリン達が待つであろうダンジョンの奥へと進んでいく。E級ダンジョンは分かりやすい部屋と廊下に仕切られたタイプのダンジョンで、基本モンスターは部屋からしか出てこない。しかもこの日はラッキーな事に罠にかかる事もなく、4つの部屋を順調に攻略した所で、終始パーティーの邪魔にならないように振舞っていたギルバートが休憩がてらモンスター達から素材と魔石をはぎ取るダンク達に声をかけた。


「ダンクさん、大体のパーティーの特徴は分かりました。十分にゴブリンジェネラル討伐は可能だと僕の方では判断しましたが、どうしますか?」

「あっ?どうしますかというと?」

「選択肢としては2つあります。一つは僕をパーティーに加えて指示の元やっつけてみるか。それとも自分達でいきなり一度やってみるか」

「分かった。少しメンバー内で相談させてもらうよ。」


 ダンク達5人は一度剥ぎ取りの手を止めて集まり相談する。一度モンスターを討伐した部屋は2時間は再度モンスターが湧いてくる事はこの世界の原則として分かっている為、この時間を逆に無駄にしたくなかったからだ。


 前回自分達だけでゴブリンジェネラルに挑み、対戦した時の圧倒的な差を理解して今回のダンジョン実習の依頼をしていた彼らは満場一致でギルバートのサポートを頼んだ。ギルバートはその判断に笑みを浮かべると、一つ頷き、口元に手を添える。


「分かりました。賢明な判断だと思います。ではまずは僕がパーティーに入った際の指示のやり方に慣れてもらうようにこの後に何戦かしておきましょう。では僕の指示の出し方ですが…」


 「狼の牙」とギルバートは戦い方の詳細を詰める為に29階の残りのフロアで戦闘を行い、自信をもって30階へと降りて行った。

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