深海魚の涙

綾海 佳依

第1話 前科

 オヤジ(担当刑務官)に連れられて行く通路。

 五年ぶりに身に着けた私服は、規則正しい生活に守られていたおかげで難なく身に着けることができた。体型は赤落ち(実刑が確定し、刑務所に行くこと)になった日から変わっていないということだ。

 シャバと呼ばれる檻の外の世界がだんだん近づいてくる。溢れんばかりの日差しが閉ざされたカーテンから漏れ出すように内側の一部を照らしていた。

最後に日差しを浴びたのは、刑務所のグラウンドで開かれた運動会だった。その時は自然と心身が跳躍し、思う存分楽しんだことを覚えている。特にリレー競争は果てしなく広がる大地を駆け抜けるかのような気持ちで全力疾走した。追い風も味方してくれた。それが実って一位で着地することができた。

 全体重をかけて掛け声を上げながら開けるシャバへの扉。容赦ない陽光に出迎えられて、伏屋宗一郎は目を細めた。まるで決して見てはいけないものを目にするように。この日を境に、前科を背中にべったりと張り付かせたものたちと過ごした月日は過ぎ去り、仮釈放となった。

 社会復帰へ向けた生活が始まるが、不安しかない。

いっそのこと、ずっと牢獄にいた方が気持ちは安らぐのかもしれない。国がかき集めた税金で生活し、真面目に過ごしていれば、完璧な自由はないが生き延びることができる。慣れてしまった牢獄での生活が少しだけ名残惜しいのはどうしてだろうか。

刑務所での最初の二年間は、地元企業から受けた仕事を任されていた。公共施設で使われる簡易椅子の制作で、モノ作りの楽しみの味をしめて次々に作り上げていった。時間を忘れて黙々と作業を続ける姿は、オヤジや他の刑務官に真面目に与えられた仕事をこなす受刑者という評価に繋がった。仮釈放になるまでは豆腐作りに精を出した。もう手慣れたもので他の受刑者と阿吽の呼吸で一気に作り上げ、それが夕食に出されていた。我ながら美味しくできて大きく頬張った。

 宗一郎は自分の手がへばりつくかと思うぐらい凝視した。

 オヤジに、「どうした? 不安か?」と問われた。

 威勢よく「いえ」と即答した。

 服役中は他の受刑者とほとんど口を聞かなかった。宗一郎が起こした犯罪をバカにされても、罵詈雑言を浴びせられても。それが原因で喧嘩になり懲罰(刑務所内で違反行為があった場合に罰を受けること)を受けることなったら損をする。懲罰になると、刑務作業の報奨金をカットされたり、自弁購入の制限などの罰が課せられる。一番きついのが閉居罰だ。定めされた時間ずっと何もせずに過ごす。刑務官が見える場所で同じ体勢で座り続け、トイレも刑務官の許可がないと行くことができない。時間をただ持て余して時計の針を少しずつ削っていく。想像するだけでも吐き気がする。この恐怖心に操られて懲罰はゼロだった。だからこそ仮釈放の手続きを踏むことができたんだ。

 宗一郎の身元引受人は親族ではない。就職が決まっている「つつみガラス」の社長で堤栄二だが、今日は現場に出ているため迎えはない。今後は会社の社員寮に住むことになっている。居住地があることは仮釈放になる条件の一つだ。

 この日は他にも仮釈放になった受刑者が三人いた。皆は家族に迎えられる中で、宗一郎はオヤジに歩きながら最寄り駅まで歩いて行くことになった。

 今でも手錠がかけられているかのように、オヤジの斜め後ろを行く。刑務所内では必要時以外に会話を交わすことができなかったため、沈黙が普通だったが今は違う。シャバにいる。だから会話をしてもいい。それが宗一郎をむやみに急かしてくる。何か話すべきか。

「しっかり立ち直るんだぞ。それと暗くなるまでに買い出し済ませておけよ」

 宗一郎の気持ちが透けて見えたのか、オヤジがそう言った。

「はい」

 オヤジに何か言われると即答する癖がついている。すべてはこの人の評価が刑務所内では絶対だったからだ。

「もう二度とあんなところ戻ってくるんじゃないぞ」

「はい」

 駅に到着した。すぐに寮の最寄り駅への切符を買った。

シャバの人々から視線を感じる。制服を身に着けたオヤジは、ここでは物珍しい存在だ。

 いくつも突き刺さる視線を避けるように、宗一郎はさっとお礼を述べて改札内に入って行った。背後から何か言われそうで落ち着かない。一番奥のホームで立ち止まってゆっくりと後ろを振り返った。もうオヤジはいなかった。全身から力が抜け落ちて近くのベンチに身を預けた。

 本当に監視された生活はここで終わった。宗一郎はすぐに吸い取られた力を取り戻し、近くにある売店へ向かった。お目当てはつぶあんのどらやきだ。とりわけ空腹なわけではない。以前は甘いものが特別好きではなかったが、服役を経て甘いものに目がなくなった。刑務作業で支給されたお金を取り出して二つ買った。早速ベンチに戻って開封して一口食べた。丁寧に味を噛みしめながら。純粋に美味しい。あっという間に一つ目を完食して二つ目に手を伸ばした。

 時刻は午前十時すぎ。普通なら刑務作業をしていた。

 電車が来た。オヤジから渡された社員寮への地図を取り出した。シャバに出ての最初の仕事は、無事に社員寮に辿り着くことだ。

 

 フライパンの上でベーコンが小刻みに動いている。卵を落として朝の音色を奏でる。まだ寝ている兄を起こさぬように、プライパンにふたをした。その間に茹でたほうれん草を力いっぱい絞って、水越晴香は小皿に添えた。少しだけつまんで味を確かめながら卵の様子を見た。

起きたばかりでぼさぼさの髪の毛。ちゃんと整えていれば、肩に届く黒髪が艶を残しながら落ちる。ぱっちりとした目から放たれる視線はどこか冷めきった世の中を眺めるようだ。

 今は無職で変な対人関係のストレスは軽減されているから負担は少ない。

 夜勤明けで早朝に帰宅した三歳年上の兄、水越達司は自室で眠っているが、もうすぐ起きてくるだろう。それまでに朝食の用意ができていればいいから晴香のペースを貫く。

 晴香はコンロの火を止めて、達司の部屋のドアを静かに開ける。枕に顔を埋め込んで眠る達司が、本当に達司なのか覗き込む。少し伸びてきた黒の短髪に、身長百八十センチの長い脚がベッドからはみ出ている。腰回りがスエットで隠れきれていないから直してあげたいが、そのまま視線を送っている。静かに足を部屋に踏み入れた。車関係の仕事をしているから汗とオイルの匂いがする。この匂いに迎えられた時、間違いなく達司だと感じることができる。

 人の気配を感じたのか、達司が眠りの世界から抜け出そうとして動き出した。

晴香は慌てて部屋を出て、放置していたフライパンに手を伸ばした。余熱のおかげでベーコンエッグに少し焦げつきを残している。その方が好きだと達司が言っていたから、失敗ではないと思っていい。

 達司が部屋から出てきた。肩幅があってがっしりしていて、味噌顔で喧嘩が強そうに見える。気が優しくて困っている人をそのままにしておけない性格だから、喧嘩をしても冷静に対処する。表情にも滲み出ていて晴香は頼りにしている。めんどくさがりで家事を先延ばしにするが、今は晴香と一緒に住んでいるから問題ない。

 交際して二年ほど経過する彼女がいて、結婚も視野に入れている。でも最近はうまくいっていない。原因は晴香にあると、そう思っている。

「おはよう」

「おはよう。起こしちゃったね? ごめん」

 首をコリコリと音を立ててほぐしながら達司は、「いいよ」と言って冷蔵庫にあるお茶を取り出す。晴香は反射的に水をしっかり切ってあるグラスを手渡した。

「サンキュ」

「朝ごはん食べられるよ」

 達司が望んだこげ茶色のベーコンエッグを目の前にして「今日もうまくできてる。さすが晴香」

 晴香は微笑んで褒めの言葉を受け取り、「ここに住ませてもらってるから、なるべくお兄ちゃんの希望に添えるように」

「ありがとう……でも、気にしなくていいよ。俺も助かってるから」

「……でも家賃も払ってないし」

「毎日うまい飯が食べられるし、スーパーとか行くの面倒だから。晴香がいなくなったらどうなるか」

 ベーコンの上に黄身を広げて達司は一口食べた。まだ少し眠そうにしながら「うまい」と言った。晴香は「うん」と頷いて同じく口にした。

「今日の予定は?」

 達司が日課のように聞いてくる。答えるのが面倒な時もあるけど、変な意味で聞いていないことは一番自覚している。

「はるみかトークする」

 はるみかとは、晴香の『はる』と、晴香の高校時代の友達である杉浦美佳の『みか』をとって、はるみかトークと呼んでいる。友達と話すということだ。達司に初めて話した時、「はぁ?」と言われた。

「どこか行くの?」

「オンラインだから、ここでやる」

「俺、少し出かけるから」

「……彼女?」

「うん。二時間ぐらい。ちゃんと戸締りしとけよ」

「……前にも聞いたけどさ……大丈夫?」

「何が……彼女のこと?」

 晴香は頷いた。

「大丈夫だよ。余計なこと気にしなくていい……何時から『はるみか』するの?」

 話を広げると、晴香の気持ちが沈んでいってしまうから、達司は話の内容を戻した。

「美佳の仕事終わりだから、夜の六時ぐらい」

「分かった。楽しめよ」

 晴香は黙って頷いた。

「食べたらそのままにしておいて。洗っておくから」

「分かった」

 きれいに平らげたお皿を流しに置くと、再び自室に戻っていった。


「晴香!」

 明るい声がパソコンの向こうから聞こえてきた。杉浦美佳は黒縁の眼鏡をかけてリラックスしている。

茶色のショートヘア。きれいな顔立ちで堂々としているから、できる女に見える。話すと意外にお茶目だから知り合った時はギャップに驚かされた。昔から「男子といた方が楽」と言う美佳は男友達が多かった。ノリが良くて男女隔てなくコミュニケーションが取れるから気づいた時にはいつも会話の中心にいた。

 美佳と仲良くなった高校二年の時。いつもお弁当を自分で作っていた晴香は、ご飯を少しだけ分けてあげたことがあった。

「おいしい! 毎日作ってほしい!」

 声が教室中に響き渡って、美佳に褒められやる気になり、数をこなして食べてもらうことで腕がどんどん磨かれていった。帰り道も同じ方向だったから自然に話す機会が増えて仲も深まった。

 ある時、美佳は「晴香の前が一番素直になれる」と言った。

 人と多く関わっている美佳にかけられた言葉だったから、晴香は思い出すだけで笑顔になれた。薄暗く足元を濡らす雨の日に太陽の光を届けてくれるような存在だ。新卒入社した化粧品会社に務めていて、横浜にある「にしや百貨店」でビューティーアドバイザーとして勤務している。毎日ストレスまみれで、海に向かって思いっきり何かを投げつけたい、と言っていた。それでもどこか楽しんでいる。

 今もほぼ毎日ラインをして言葉を交わしている。

 晴香は自分らしく生きている美佳が羨ましくて、話をするのが辛い時もある。一番仲の良い友達と話しているのに、そんなことをふと考えてしまう。

「晴香、今度にここに行きたいんだけど、興味ある?」

 ラインで共有されたURL。職場に向かう途中、インスタグラムで見つけた新店のレストラン。美佳の職場の近くだったからさっそく興味が湧いた。家にこもっているだろうと思っていた美佳は、晴香に外出の機会を与えたかった。もちろん、直接会って元気な姿を見たいという気持ちもある。

「行ってみたい」

 晴香はパソコンの画面越しに笑顔を見せた。

「決まり!」

「いつ空いてる?」

「じゃあ明日のランチで行こう!」

「ランチの時間分かるの?」

 お客さんの流れで休憩時間が変わる美佳。

「無理やりにでも出てくるからいいよ! 晴香に会いたいしね!」

「なら明日で」

「じゃあ、一時ぐらいにデパートの南館に来て」

 スクリーン越しで晴香は頷いた。


 緊張の面持ちで明石則夫は仏壇の前で手を合わせた。眼鏡を震わせながら亡くなった両親のことを想う。

 定年退職を迎えて保護司として第一歩を踏み出す。

 洗面台で黒に染め直した髪を整える。堅苦しい印象を残したくなくて柔らかさを与えた。ネクタイをせずに温かみのあるブラウンのスーツを着用した。今まで着たことがなくて購入に迷いがあったが、店員からお褒めの言葉をもらって財布のひもが緩んだ。

 笑顔に自信がない明石は表情の体操をする。妻にバカにされながらもめげずに第一印象をよくすることに余念がない。目元にあるイボに威圧感があって気にしている。隠すことができないからとにかく笑顔が大切だ。

 去年まで中学教師で現代文を教えていた。生徒に厳しくも愛情を込めて接していたつもりだが、生徒たちからは融通の利かない仏頂面の先生として捉えられていた。教師という職を真面目に捉えすぎた結果だった。

 今は時間に追われる生活から解放されてストレスも少ないが、保護司としての生活がどんなものか想像がつかないから不安を抱えている。しかし明石自身で決めた道だった。教え子が同じこと考えていたら、「大丈夫。そのうち慣れる」と言って励ましただろう。だからそう言い聞かせて玄関口で革靴に足を差し入れた。

「今日からだったわね。約束の時間より、ずいぶん早いじゃない」

 妻が明石に話しかけた。

「私も初めてだから、余裕を持っていきたくてね。頼りないって思われたら嫌だから。第一印象、第一印象」

「そう。気を付けてね」

「行ってくる」

 明石は玄関のドアをいつもより丁寧に開け閉めした。太陽の光を浴びる。部活動の顧問はいつも文化部で、最後の年はイラストクラブだった。小柄でスポーツが得意ではなかった。だからグラウンドと紫外線とは無縁で日差しがちくちくするが、これからはうまく付き合っていく。運動不足解消のためにウォーキングの靴だって購入した。

 明石が口元を動かして呪文のように何かを呟いている。

「明るく元気に。前向きに。押し付けない」


 二階建てアパートの一室。ここはガラス製造会社「つつみガラス」の社員寮で、明石が担当する伏屋宗一郎がいる。保護観察官の吉野順平によると、現在二十八歳で神奈川県出身。兄弟はいない。前職は高卒で入社した田中建設で営業をしていた。二十二歳の時に強制性交(現不同意性交)の疑いで逮捕され、懲役五年六ヵ月の実刑判決が下り、河崎刑務所に収容された。

 服役中に真面目に刑務作業をこなし、懲罰を受けることなく生活態度も良好で、反省の弁を述べて更生意欲もあったため、六か月の刑期を残して仮釈放の手続きが取られた。再犯が多い性犯罪者に仮釈放の判断が下されるのは稀なケースである。

 今後は保護観察下に置かれ、すぐに性犯罪者処遇プログラムを受けて更生を図る。性犯罪者処遇プログラムは、AからEの五つのセッションから構成されるコアプログラムを中心に、導入プログラム、メンテナンスプログラムなどがある。これらは原則として保護観察官の吉野が行い、宗一郎は個別で受講する。

 健全な生活態度の保持や、吉野や明石との定期的な面接や呼び出しに応じることなどの一般遵守事項を履行しなければならない。

さらに各仮釈放者に合わせて設定される特別遵守事項として、「用もないのに、夜に一人で外出をしないこと」、「アダルトサイトなどの危険なサイトの閲覧禁止」がある。

 今後の生活行動指針として、「ストレス軽減を目的として、再犯に手を染めることのないように、趣味などを見つける」も設定された。起こした事件は、上司との人間関係による『ストレス』という外的要因に左右されたとの発言があり、また社会に戻りストレスに晒された時、同じことを繰り返さないとも言えない。自己コントロールをすることが肝要だと、刑務所から保護観察所に報告されている。

 今日は代表取締役社長を務める堤栄二と面会を行う為、明石が迎えに来た。鎖に絡まれるかのように動きが硬くなる。相手に伝わると緊張を与えてしまうから、笑顔の練習の成果が発揮できるように顔を柔らかくする。

 アパートのドアをノックした。どんな表情で出てくるのか興味が湧く。しばらく静寂が流れたが、少しずつドアに向かって聞こえてくる足音。受け入れ態勢に入る。ドアが軋む音と共にゆっくりと開いた。

「おはようございます。伏屋さんでよろしかったですか?」

 明石の営業マンのような高らかな声が響く。

 宗一郎は無言で頭を下げた。顔を上げたと同時にくりくりした目はすぐにどこかに逸れた。前科の後ろめたさといったところだろうか。身長百七十センチ。服装は灰色のトレーナーにデニムのジーンズ。

 無理に笑顔でできた細い目で直視してみると、吉野から見せてもらったプロフィール写真とも一致している。頬に隆起がなく平べったく、警戒心からか蝋人形のように表情が強張っている。しかし極悪人と言うよりかは、何かに怯えている野良猫のようだった。真っ黒で太い眉毛に、毎日野球に明け暮れる高校球児のように刈り上げた坊主頭。被害者への賠償やこれからの生活もあるため、シャンプーにお金なんてかけられない、と暗に伝えているようだった。

「保護司の明石則夫と申します。よろしくね」

「はい……」

「出かける準備はできてる?」

 宗一郎は頷いた。

「今から伏屋さんの職場に出向きます。お手洗いとか大丈夫ですか?」

 再度頷いた。

 明石は声なき会話でも反応してくれるだけでよかった。初めて中学校に着任し、教師の情熱に満ち溢れていた時の頃の気持ちを思い出した。

 ずっと刑務所にいたことを考えれば、うまくコミュニケーションが取れなくても不思議はない。そう前向きに捉えて、宗一郎を車へと誘導した。


 明石の車が「つつみガラス」の入り口を跨ぐと、作業服を着た堤は立ち上がった。程よく日焼けした茶色い顔と顎から伸びる髭に白みがかかっている。しかし人を遠ざけるような威圧感はなく、仕事を一歩離れれば気さくに話ができる人物だ。

 現場で負った傷を刻み込んだ手で、プラスチックのカーテンに触れる。運転席にいる明石と助手席に座った宗一郎の姿があった。

 明石は宗一郎を小さなプレハブの一室に案内した。室内の壁には県からの感謝状がある。

 堤は二人が中に入ったことを確認すると、プレハブのそばまで赴いて様子を窺う。中からは明石の声だけが響いてきた。

 宗一郎が席に腰を下ろすと、明石は「昨日はよく眠れたかな?」と聞いた。

「……」

「会合があるのに眠れるわけないか、あはは」

 宗一郎は少しだけ縦に顔を動かした。

「しばらくは慣れない生活になると思うけど、困ったことがあったら遠慮なく私に言ってね。仕事のことでも何でも」

 事務的にならないようにとにかく笑った明石。言葉を発しない中学生と幾度となく接してきたから、こういう場面には慣れている。しかし保護司としての明石を意識しているからぎこちない。普段使わない筋肉をふんだんに使っている。

「伏屋さんは、学生の時、何の教科が得意でしたか?」

 質問の意図が分からなくて、答えは口の中におさまっている。

「私ね、去年まで中学校の先生だったんだ。だから何が好きだったかなって……」

 反応を見て補足説明を付け足した。

「現代文の先生でね……伏屋さんはどうだった?」

「……まぁまぁですね」

 低く透き通るような声。会話のキャッチボールができた。得意な教科の答えは素通りされたままだったが気にすることなく続けた。

「現代文はまぁまぁってこと? 数学のほうが得意だった感じかな?」

「はい……」

 目線はテーブルに注がれていたが、少しでも会話をしてくれたことに明石は安堵した。

「じゃあ、賢い生徒さんだったんだね。私と違って、あはは」

 かぼそい声で「いえ……」と言った。

 そこにどこか急かされるようなノックが聞こえてきた。堤が時間を気にしながら叩く様子が明石の脳裏に浮かんだ。威勢のいい声で明石は「はい」と応えた。

「ちょっと待っててね」

 そう言い残して外に出ると、怪訝な顔をした堤と目を合わせた。

「堤さん、朝早くからごめんね」

「いえ」

「今日も朝から現場でしたよね?」

「そうですね。九時には現場に行きたいので、それまでにお話ができれば……」

「お忙しいですね。本当にごめんね」

 堤はチラッと宗一郎に視線を送った。視線を落として大人しく座っていて、手がかかるような様子はなかった。

 保護観察所の協力雇用主として登録しているつつみガラス。現在、女性従業員がいないこと、会社の近くに社員寮があり、堤や明石たちの目が行き届きやすいことから、宗一郎の面倒を見ることになった。明石は堤の子供の担任教師を務めていたから、この上ない就職先だった。

「さすがに重たかったかな……あはは」

 堤から不安の渦を見た明石がそう言った。

「事情を抱えた人たちと働いてきていますから、慣れているので大丈夫ですよ」

 かろうじて見える会社名と堤の名の入った感謝状。

 堤は就労継続を促すために指導を行い、保護観察所に月一回報告をしなければならない。今までにも窃盗事件や傷害事件の出所者を受け入れてきた過去があり、それを讃えているのがプレハブ内にある感謝状だった。社会貢献活動の一環だったが、いつしか人手不足を解消するための術になっていた。採用してもすぐに辞めていく我慢のできない労働者がたくさんいる。前科人を受け入れてきたのはそういう苦しい事情もあり、協力金も支払われるため悪いことばかりではなかったからだ。

 しかし娘を持つ堤としては、再犯率の高い性犯罪の前科を持つ男を受け入れることは抵抗があり、息子にも悪影響を与えないとも限らない。妻も動揺するかと思って話すタイミングを見計らって正直に打ち明けたが、意外にも淡々と受け入れた。


 堤が引き戸をノックした。

 宗一郎は電撃が走ったかのように体を揺らし、一瞥もせずに俯いている。さっきよりも深く視線を落としている。社長という肩書は心に重くのしかかった。

「おはようございます」

 堤なりに笑顔を作ったつもりだったが、警戒心は拭えず硬い表情になってしまった。

「伏屋さん、こちらが社長の堤さん」

 明石の声で宗一郎は窮屈そうに視線をゆっくりとあげて、少しだけ頭を下げた。

 その反応を見た明石と堤は目を見合わせる。

「優しくて良い方だから、心配は要らないからね、あはは」

 明石の急造の笑顔だけが目立つ。

 堤が宗一郎の向かい側に座り、「堤と申します……これからよろしくお願いします」と言った。

 それでもまともな反応が返ってこない。緊張を与えてしまっていると、反省しながら堤は続けた。

「しっかり更生していけるようにやっていきましょう。少しずつ、自分のペースで仕事も覚えていってもらえればいいですから」

 通り一遍の激励の言葉は、宗一郎にはしっかりと入ってこない。恐れながらも堤の表情を一瞬見た。一つの会社を背負って立つ人間と、性犯罪の前科を持つ人間。差は歴然としている。前職で上司に侮辱された過去が蘇ってくる。手が震えてくる。あの経験はもう二度としたくない。拷問されるような叫び声が脳裏で響いている。

「伏屋さん」

 宗一郎は我に返った。

 繰り返すうちに得意になりそうな明石の作り笑顔があった。

「具合でも悪い?」

「いえ……」

「過去のことは社内では私しか知りません。なので、安心してください」

 不安を取り除こうとしたが、逆に宗一郎は体に力みが出た。

「始業は基本九時です。お客さんとの関係で、前後することはあるかもしれないけど、柔軟に対応してもらえるとありがたいです」

 頷きも何もしない宗一郎。伝わっているのかいないのか、堤は半信半疑だった。しかし、仮釈放や刑期を終えた者たちは誰しもこんな感じだったから驚きはない。

堤の隣で明石はただ笑顔を絶やさない。古傷を庇うように隠していた懸念が抜け出そうと動き回る。それでも宗一郎と相まみえる。今は教師ではなく保護司だから。

 

 ドアノブに手をかけた。押せば容易に開くドアを前に、アパートに居座ろうとする宗一郎がいる。ドク、ドク、と鳴るスリルを味わう鼓動が次第に身体全体に広がった。綱引きのように引っ張り合っていたが、ドアを開けてしまった。

 宗一郎は空腹に耐えかねてコンビニに向かったはずだった。しかし足先は駅に向かっていた。特別遵守事項である「用もないのに、夜一人で出歩かないこと」に違反している。いや、夕食を買うという口実がそこにあった。内側から何度も叩かれる鼓動。あの時に感じたものに酷似していて興奮が治まらなかった。

 一週間前の勤務初日は、事情を知らない他の従業員たちに挨拶したが、まともに目を合わせることができなかった。慣れない仕事に休まることのない疑心暗鬼。誰かからの視線は犯した罪を憎む刃。どこかで誰かが話すたびに、前科を話されているようで生きた心地がしなかった。嘔吐を催してトイレに駆け込んだ。洋式トイレの水溜りに顔を接近させた。胃袋が締め上げられるように吐いてしまった。朝食を食べる余裕もなかったから、胃液だけが流れ出る。ぼんやりと水溜りに反射した表情を見つめた。惨めだった。

 刑務所暮らしの方が楽だったかもしれない。オヤジは事情を知っている。大人しく従っていれば自ずと更生へと手を引っ張られた。しかし、今は自力で前へ進まなければならない。無力感に襲われた。周囲の助けがなければ何もできない。こんな調子で本当に更生できるのか。そんな疑問が膨らむ。

 そそくさと歩いて駅に到着した。ここで暮らす女性たちが改札から出てきた。狼が獲物に見つからないように、木陰に身を潜めるように物色している。日差しが消えて少し寒さが加わった駅周辺。灯りはどんな女性かを見極めるのに必要だ。しかし夜でも、今ははっきりと見える。

 背後を気にしながらも警戒心を光らせて歩く女性。

 彼氏と手を繋いで歩く女性。

 集団でいくつもの声色を出す女性たち。

 香水と汗が混じる香りを漂わす仕事帰りの女性。

 スマホに夢中になり、ゆっくりとした足取りの隙だらけの女性。

 かぶりつくように見つめている。

 駅の改札から出てくる太ももを露出するミニスカートの女性。見せつけられているかのようで、宗一郎の心臓は振り動かされる。破竹の勢いで体中に震えが増す。それを抑えようと、震える手をポケットにしまった。壊れかけの機械のように息が切れかかる。でもそのスリルをどこか楽しんでいる。普通の人では理解できぬ心地よさも感じる。仕事場で感じる息苦しさとは比にならない。その快感にどっぷり浸っていると、女性と目が合った。一瞬で目を逸らして何事もなかったかのように努めた。その間に女性はどこか暗闇へ消えてしまった。

 次の獲物を探す。コンビニにいた。宗一郎も同じく足を運ぶ。言い訳なんて要らない。夕食を買いに来たんだ。女性は白のワンピースを着ていた。足元は歩きやすいスニーカーでさっきの女性と比べると色気はなかった。少しだけ肌寒いのか、黄色のカーディガンを羽織り始めた。その時に少しだけまくれあがったワンピースが宗一郎の心臓を刺激して暴れ始めた。なんとかそれを鎮めこもうと、少しだけ距離を置いてその女性を見つめる。女性は担いでいるカバンからスマホを取り出して電話をし始めた。不審に感じられたのかと思ってすぐにコンビニの出口へ向かった。

 あの時の被害者も電話をしていた。それを再現するような振る舞いに、宗一郎はあの時の事件を重ね合わせた。女性に性的暴行を加えた後、巡回していた警察官に見つかり、身柄を拘束された。

 悪いことだと分かっている。二度とやってはいけないことだ。そう分かっていながら、ここまで来た労力を惜しんでいる宗一郎がいる。スリルと隣り合わせで良心は取り上げられた。

 ガタガタと震えていた体はコンビニを出た瞬間に消えてなくなった。外から店内を見つめる。鏡となったガラスを前に自分自身の姿。仕事場で見慣れてきたガラスが今の忌まわしい宗一郎を映し出している。

 いったん店内から視線を外して夜の駅を眺める。今か今かと女性が外に出てくるのを待っている。この待ち時間。もどかしくも鼓動をむち打ちのように叩いて興奮させる。

 女性は電話を切ってコンビニから出てきた。宗一郎は横目で視野を広げると、何かあったのか、俯いていた。頼りない背中。それが宗一郎を優位に立たせた。

見開いた眼球。乾いていても痛みなど感じない。このチャンスを逃すまいと、宗一郎は女性の背後をつけた。あの時を歩み直すかのように時間が刻まれる。事件の時のように夜道でも警戒心がない女性だった。状況は整いつつある。しかし二度とやってはいけないことだが、そんな自制心はすぐに消え去り、怪しまれることのないよう距離を空けている。

 しばらく歩いていくと、女性と宗一郎は二人になった。女性は後ろを一切確認することなくただ歩いてきたから、この暗闇で背後の様子など知る由もない。

 あの時と同じだ。性犯罪を企む人間にとっては最高の状況だった。スリルに支配されながら少しずつ女性との距離を詰めていく。もう止められそうにない。仮釈放になり、こんなにも簡単に再犯を起こしてしまうのか。オヤジから「必ず立ち直るように」、「二度と戻ってくるんじゃないぞ」と声をかけられたのをはっきり覚えている。よくしてくれたオヤジに背くように再犯へ向かっている。牢獄で反省しているつもりだった。しかしこの有様だ。また一人被害者が増えていくのか。

 すると急に女性が立ち止まった。

 宗一郎は面食らった表情ですぐさま背を向けた。無我夢中で安易な言い訳を考える。目が泳いで挙動不審になり、踵を返した。警察官がいたら不審に思って声をかけただろう。そして身元が分かり仮釈放は即刻取り消されて刑務所へ逆戻りになる。恐ろしいシナリオでもあり、宗一郎にはそれがベストなのかもしれない。脱力感に殴打されて体を支えることができなくなった。

 チラッと女性に視線を向けると、姿が消えていた。

 宗一郎は自然とまた立ち上がった。

 見失ってしまった。

 でもこれで良かった。再犯に手を染めることなく戻れる。

 しかし女性の居場所は、狭い階段に響く足音が教えてくれた。すぐそばにある五階建ての雑居ビルからだった。入っている店舗の営業時間はとっくに過ぎている。だからここに用はないはずだ。それでも一途に上を行く。

 息を殺して足音を封じ込めて女性の後を追う。

 女性は五階に着くと、常夜灯を頼りに足を動かしている。でも奥は行き止まりで急に進路変えた。

 宗一郎は慌てて体を丸めて近くにあった給湯室に避難した。女性に気付かれたと思って、犯行前のスリルが焦りに塗り替えられた。無我夢中でここにいる理由を考える。

 しかし何事もなかったかのように女性は給湯室を横切って行った。少しだけ顔を出して女性の動向を見ながら安堵した。下手な言い訳を考える思考が止まり、焦りは再びスリルに変わった。女性は屋上へとつながる階段を見つめている。

 こんな時間に、一体、何を求めて歩き回っているのか……。

 すぐにピンときた。それが惨い企みを打ち消した。後をつけていた足元は打って変わって、小走りで後を追う。宗一郎の足音は聞こえているはずなのに、それを気にせず我が道を行く女性は屋上の最先端へ。その光景を見て確信した。

 女性はここから身を投げるつもりだ。

 ここで大声を叫んで女性を制止させる術もあったが、声がひっかかっている。だから無理やり止めるしかなかった。

 女性はスニーカーを脱いだ。目の前には暗闇。それは屋上と地面との距離を曖昧にさせて恐怖心を取り除いてくれた。半歩踏み出した瞬間だった。

 宗一郎が女性の肩に触れた。女性は手を勢いよく振り払って叫び声をあげた。宗一郎はパニックになりながらも女性を少しずつ中央へ引っ張った。日中に照らされた屋上は肌寒くなった夜間でも熱を帯びていた。

「やだ! やだ!」

 地面に尻もちをついた女性は顔を伏せて、空中を蹴り上げて抵抗して今あるすべての状況を振り払おうとしている。

 ここまで来ても宗一郎の声は出なかった。とにかくビルの端へ向かっていく女性の腕を掴んで自殺を食い止めた。

 女性から涙が飛び散る。乱れた髪の毛、脱げかけのカーディガン、カバンから乱雑に飛び出した私物。叫び声は森閑とした最上階を独り占めしている。

 そこへ一人の警備員が勢いよく上がってきた。

「どうかしましたか!」

 警備員に話しかけられても、宗一郎は黙ったままだった。

 

 再犯の文字が脳裏を過った。

 警察からの一報を受けた明石は、慌てて車のキーを握って自宅を出てきた。何事かと思って妻は見ていただろう。

 警備員が警察に通報し、女性は保護され、宗一郎は近隣の警察署で事情を聞かれている。明石に連絡がきたのは、宗一郎の所持品から連絡先が出てきたからだ。

信じたくないが、再犯を起こした可能性がある。この短期間で再犯を犯してしまうのかと、驚きを隠せなかった。性犯罪の再犯は高いとは聞いているが、現実を介して目の当たりにすると、唖然とするしかなかった。

 しかし、まだ容疑が固まっているわけではない。事情を聞かれているだけだ。性犯罪の前科があるというだけで、明石も無条件で宗一郎を疑ってしまっていた。しっかり事情を聞くまでは分からない。それだけが焦る明石を冷静にさせていた。

 警察署に着いて身元を明かすと、一階にいた警察官に案内されて刑事課に向かった。

 明石の視界に宗一郎の姿が見えた。取調室は使用中なのか、他の刑事にも丸聞こえの状態で事情を聞かれている。ひどい貧乏ゆすりが身体を振動させて顔は伏せたままだ。現場にかけつけた警察官と私服の刑事に鋭い視線を浴びせられている。

 客観的に見ても明らかに怪しい。率直にそう思った。

「伏屋さん」

 宗一郎の反応はなかった。

「明石さんですか?」

 代わりに私服刑事が応えた。

「はい……伏屋さん、どうした」

 やり取りが聞こえてきたのか、宗一郎の体の震えが止まった。しかし何も発しない。

 警察官から事情を聞かされた瞬間、途方に暮れた。再犯の可能性が大いにある。状況的にそう考えざるを得ない。それがなくても、仮釈放中で強制性交(不同意性交)の前科がある。疑われても仕方ない。警察側も宗一郎の状況は調べがついているだろう。

「伏屋さん、何があったか話してくれないかな」

 少しだけ顔を上げた宗一郎ではあったが、訴えかけるように明石を見つめるだけで何も言わなかった。

 いつまでも口を割らない宗一郎に刑事の視線がさらに鋭くなる。

「何かあるなら言えよ」

 宗一郎はさらに萎縮していった。

「女性を暴行しようとしたんだろ」

 高圧的な言い方をしても意味がない。明石は疑いの目を隠して、宗一郎に目線を合わせた。

「伏屋さん、何があったか知りたいだけなんだ。だから、話してくれないかな」

「……」

「怒ったりしないし、受け止めるから。この……」

 このままだと君が何かしたと思われる。

そう思わず言いかけてしまった。カチカチに凍った心を溶かす妨げになるところだった。周囲から矢のように浴びせられ続けている視線と、宗一郎の第一声を待ち続ける森閑とした空気が窮屈にさせているんだろう。

「個室で話すことはできないですか? ここでは話しにくいのかもしれないですね。ね?」

 宗一郎は肯定も否定もせずに黙っている。

「別室でお願いします」

 刑事はちょうど空いた取調室に宗一郎を連れて行った。

「おい、遊びでやってんじゃねぇんだ、さっさと吐けよ」

 周囲の目がなくなったからか、刑事がさらに高圧的に言った。

 明石は呆れた。そんなことをしても話してくれない。分かってない。

「伏屋さん」

 明石は優しく名を呼んだ。笑顔も忘れなかった。

「……じさつ」

「自殺?」

 刑事が顔を顰めた。

「女性が自殺をしようとしていたってこと?」

 警備員の話では、逃げるそぶりもなくただ女性のそばで腕を掴んでいたと語っていた。明石は少しだけ希望の光を見た。しかし刑事はこう言った。

「嘘じゃねぇだろうな」

 横暴さにさらに拍車がかかる。接し方を知らない刑事に辟易としてきた。

「もう少し詳しく教えてくれないかな」

「たぶん……自殺しようとしたと思う」

 宗一郎の中で確信があったが、「たぶん」と言った。

「……じゃあ、助けてあげたってことでいいの?」

 宗一郎は小さく頷いた。

「そういうことか」

「本当かそれ」

 それでも刑事の疑いの目は拭えない。わざわざビルの屋上まで女性をつけている。それに自殺をしようとしたとされる女性の話を聞いていない。防犯カメラの解析もこれからだった。何よりも性犯罪の前科者という肩書は、宗一郎をどこまでも不利な立ち位置に追いやっている。明石もまだ完璧に疑いが拭えてはいない。ただ宗一郎を信じたい気持ちが勝っているだけだった。


 警察署に自殺未遂をした女性の兄、達司と『はるみか』の美佳が自動ドアの開きを待たずに駆け込んできた。

「電話もらった水越です」

 呼吸を取り戻しながら達司が縋るように言うと、三階に行くように指示された。刑事課のすぐ隣にある来客対応するための応接室で休んでいるという。

 達司はすぐに近くにあるエレベーターを無視して階段を駆け上がり、美佳は少しだけ涙を滲ませて後を追った。

「晴香!」

 女性警察官に声をかけられる晴香の姿があった。睡眠障害かのように目が死んでいて、目元から広がった青ざめた表情が嫌な予感を膨らませる。

「ご家族の方ですか?」

 達司は女性警察官の問いかけを無視して晴香の肩に触れた。代わりに美佳が「そうです」と答えた。

「何があった?」

 達司の険しさが窮屈に感じた晴香は手を振り払った。

「晴香」

 晴香の視線よりもさらに低くして美佳が晴香の手に触れた。

「自殺を図ったようです」

 女性警察官が二人の背後からそう告げた。それで男性に助けられたと、晴香はかぼそい声で答えた後、表情を崩して涙した。

 達司は神経のすべて抜き取られてしまうかと思うぐらい力を失って体をげんなりさせた。ついに自殺を試みた。二人が一番恐れていたことだった。

「落ち着いたら、帰って頂いてもいいですよ。もしもまだ不安定ならば、最長で五日間なんですけど、こちらで保護することは可能です」

 警察署内に泥酔者などを保護した際に使う保護室があるという。

 晴香の様子からまた同じことを繰り返す可能性がある。明日は達司も美佳も仕事だ。警察という檻にいて誰かについていてもらったほうが二人も安心だ。わざわざビルの屋上に上がったぐらいだから、晴香の死への執念を感じる。

「こちらでお世話になっても大丈夫ですか?」

 達司は一番安心できる選択肢を選んだ。美佳は隣で頷いた。


 宗一郎たちが取調室に入って数時間が経過した。

 刑事たちは防犯カメラの解析を進めたが、確かに宗一郎は女性のあとつけているが、必ずしも女性を襲おうとしたとは言えず、見方はだんだん変わっていった。そして何よりも晴香が「助けてくれた」と証言していることが大きかった。

 横暴な態度に出ていた刑事は手のひら返して宗一郎に声をかけた。疑うのが仕事とはいえ、乱暴な態度ではあったから、明石は謝罪の言葉を待っていた。しかし何も聞かれることはなかった。

「伏屋さん、人助けをしたんだね。素晴らしい」

 明石は労をねぎらうような清々しい声で言った。宗一郎は無反応だったが、少しずつ慣れてきている。これで吉野や堤にもいい報告ができる。疑ってしまったことを申し訳なく思った。身元引受人には明石が名乗り出た。

 そこへ女性警察官が入ってきた。

「すいません」

「はい」

 明石は女性警察官に駆け寄った。

「女性のご家族の方が、お礼がしたいとおっしゃっていて、お通ししてもよろしいですか?」

 宗一郎の反応を確認するが、固まったままだった。

「伏屋さん、呼んでもいいかな?」

「……」

「良いことをしたんだし、大丈夫だよね?」

「お礼なんて……」

「でも感謝しておられましたよ……」

 女性警察官がそう付け加えたが、どこかじっと嫌な視線を宗一郎に送っている。

明石も真相が分かるまでは同じような視線だった。気持ちは分かるが、そんな目で見ないであげてほしかった。故意に女性警察官の前に立ちはだかって、「私が対応しましょう」と言った。


 女性警察官がカタカタと足音を立てる達司たちを連れてきた。

 明石は女性警察官について歩く達司と美佳を見つめた。命を取り留めた安堵の表情を見せているが、事情を知るまでに感じた不安の色がまだ表情に張り付いている。

「こちらの方々です」

「こんばんわ」

 明石が頭を下げた。

「こんばんは。水越と申します。妹を助けていただいてありがとうございました」

 達司も同じく頭を下げた。

 美佳は仕事でお客様に応対するように笑顔を作った。

「いえ。お礼なら彼に伝えてあげてください」

 達司は部屋を覗き込むと宗一郎が視線を落としておとなしく座っていた。

「ああ、そうなんですね……」

 遠くからでも達司は、宗一郎の陰をつぶさに感じることができた。助けてくれた人物にも関わらず、感謝の念はどこか黒く塗りつぶされていった。

 美佳は達司の背中に隠れながら恐る恐る宗一郎に視線をやった。聞こえるようにお礼を言ったが反応はなかった。

 第一印象は最悪だろうと感じた明石は、「人見知りなんですよ、彼。気を悪くしないでくださいね」と言った。

「はい……本当にありがとうございました……」

 達司は明石にそう言って、次に宗一郎を見つめた。足元を鎖に巻かれるようなこの腑に落ちない感じ。陰に隠れる何かに、気持ち悪さを覚えるばかりだった。


「ちょっと待っててね」

 明石は助手席を片付けて宗一郎の居場所を作った。

 宗一郎はささやくようにお礼を言って車に乗り込み、サイドミラーを見つめた。

夜が遅かったため、明石は明日の朝いちばんに堤や保護観察官に連絡を入れる予定でいる。一日の疲れを溜め込んだ時に話す内容ではないと判断した。

 サイドブレーキを動かして車を走らせる。警察署から二十分ほどの場所にある会社の寮に向かう。

 夜間外出をしていた宗一郎。特別遵守事項で禁止されている。明石はそれが気になっていたが、今責め立てても仕方ないと思い、グッと喉の奥に押し込んだ。

「仕事はどう? 少しは慣れてきた?」

 サイドミラーから視線を外した宗一郎は、「いえ……」

「そうか。これから少しずつ慣れていけばいいと思うよ。少しずつね」

 宗一郎にはうまくやっていける自分がうまく描くことができていないのか、頷きも何もしなかった。

「夜ご飯は食べたの?」

「いえ……」

「そうか。どこか寄ろうか?」

 今日はもう何も喉を通りそうにない。だから断った。

 寮の目の前で車を停車させてハザードランプを灯した。

「明日からまた頑張って。私から社長たちに伝えておくから……」

 後に吉野から状況把握のために呼び出しがあるだろう。

「すいませんでした……」

 宗一郎は頭を下げたあと、ただ足元を見つめていた。

「とんでもない。人助けができる方だって、分かったから」

 『人助け』という言葉が鋭利な棘にひっかかって、宗一郎は何も言えなかった。

「きっとやり直せる」

 宗一郎も胸を張ってそう言いたかった。しかし明石の表情を一瞥もできずに車を降りた。頼りない背中に明石はだんだんと顔を曇らせていく。

 宗一郎は足を止めて拳を作った。今日僅かに残っていた力が手に集まっている。目を閉じてしばらくそのままだった。時が止まったかのようにピクリとも動かない。

「伏屋さん、どうかした? 何か伝え忘れたことでもある?」

 何も返事は返ってこないという前提に問いかけた。語ることのない背中。もう一声かけようかと思った時、宗一郎はゆっくりと振り返った。いつも通り視線は下にある。足先が今も変わらず存在しているかを確かめるように。目元に留まっていた涙が頬に落ちた。

「助けたんじゃないんです……」

 明石は言葉を失った。

「女性を襲おうとしたんです……」

 ブルブルと動く口もとから転げ落ちた言葉は、明石が最も恐れていたことだった。

「まさかこんなことになるなんて……」

 もうどう声をかけたらいいか分からない。

「またやってしまうかもしれない……」

 宗一郎は力なく二階へ足を傾けた。

 明石の安堵は束の間、ひとかけらの希望は闇の中へ落ちていった。本当に底があるのかどうか不安になるぐらい、深いところに転がり落ちて動かなくなった。


 目立つことのなかった中学時代。

 宗一郎は人気のないコンピュータールームでプログラミングに精を出していた。ネット上で作り出されるウェブサイトの制作だった。

 友達はそれなりにいた。それは小学校時代から知っている子たちで、中学でできた友達は数えるぐらいしかいなかった。一人っ子で団体行動が苦手だったから、学校を一歩外に出ればいつも一人だった。

 勉強はそれなりにやっていた。しかしテストの点になかなか反映されることはなく、やっても無駄だと思うようになってからは、真剣に取り組むこともなかった。

 高校は自宅付近にある公立高校を選んだ。近場にあり宗一郎の学力で行ける範囲の学校だったからだ。組まれた授業をこなして刺激のない日々。友達が欲しかったが、友達の作り方が分からない宗一郎にとって見ず知らずのクラスメイトと過ごす高校生活は苦痛だった。

 次第にクラスにはグループができて、同時に宗一郎は片隅で静かに息をひそめるしか選択肢がなかった。ただ暇も持て余し、時間を潰すだけのために生きているような感覚に襲われて、行く意味を見出せなくなった。

 部活動は入っていなかったから、知っている人は皆無で、他のクラスの生徒たちと談笑しているクラスメイトや、汗を含んだグラウンドから聞こえる激励の声に孤独感を強くしていった。

 好きだったプログラミングも飽きてしまい、家に帰っても暇との共存だった。インスタで興味があったバイクの投稿に指先を滑らせる。『いいね』ボタンを押して取る無言の交流。後にコメントも残すようになり、心のよりどころになっていった。

 眺めているうちに自身でもバイクの写真を共有したいと考えるようになり、駅から少し離れたボーリング場で資金稼ぎをし始めた。コンビニや飲食店、モールが学校の最寄り駅にあり、通勤しやすかったが、クラスメイトに目撃されることを嫌った。総従業員数三名のボーリング場で、ビルの三、四階を陣取って経営されていたが、三階は大きなイベントがない時は使われていなかった。

 業務内容はお客さんが来ない時間帯はひたすら清掃だった。ボーリングの球を転がしてついた指紋を消し去る。普通なら機械が掃除してくれるが、ここは手作業だった。その方がきれいになると、支配人の稲葉信二はそう胸を張って言っていた。経営がうまくいっているわけではなかったから、余計なお金をかけたくなかっただけだ。慣れてくると、二十分もあれば全てのボウルからお客さんの指紋を消した。場内にモップをかけて、受付をアルコールスプレーで拭き取る。出勤してからの日課だった。

 お客さんが来る時間帯になると、接客対応を任された。クラスメイトが来るかもしれないという恐怖も、仕事に集中すればそんな不安が片隅に追いやられていった。

 地味で面白味のないバイト。でも特に文句はなかった。時間をお金に変えることができる。時間を無意味に削らなくてもいい。何かに打ち込めるものが欲しかったから、自室にこもって廃人のように時計を眺めるよりははるかにマシだった。原付バイクを手にするという動機も後押しした。

 それが仕事熱心と捉えられ、支配人の稲葉に評価されてどんどん仕事を任されるようになった。

 二児の父で穏やかな人物だった稲葉は、宗一郎の要望を聞き入れて、学生がよく来る夕方は裏で仕事ができるように配慮した。バイクが趣味であったため、宗一郎が職場に溶け込むのにそう時間は要しなかった。

 このまま高校も辞めてしまいたかったが、稲葉に「高校ぐらい卒業しとけ」と言われて嫌々ながらも通い続けた。

 二年生になった時に、無事に原付の免許を取得して、原付バイクも手にすることもできた。写真撮影をして、学校関係者にバレないように名を隠して投稿しては、ネット上に溢れているバイクオタクたちと果てしなくバイクを語りつくし、稲葉にもそれを共有していた。

 思い出も何もなく高校を卒業すると、稲葉の紹介で田中建設という会社の営業職に就いた。稲葉の知り合いの会社というだけで安心感を覚えて、迷いなくお世話になることを決めた。勉強するよりも仕事をしている方がいい。進学してもまた一人になるだろう。周囲の人間と溶け込んでいる姿が想像できなかった。

 右も左も分からない宗一郎は、先輩社員の後ろをひっつき虫のように付いて回り、既存顧客の挨拶回りに出向いた。その時に一緒に同行し、教育係を務めたのは三崎武史だった。当時二十五歳で三年のキャリアを重ねており、宗一郎を可愛がっていた人物だった。

 挨拶回りの途中で、以前に三崎がリフォームを担当した会社の休憩室を見せてもらった。古びた倉庫のような会社で、全ての改装ができない中、せめて休憩室だけでもということで行われたものだった。その時に細かく従業員の意見を汲み取って、現場に仕事を引き継いだ。完成すると、気分転換になって仕事の生産性も上がると、従業員から好評を得た。それに三崎は驕った様子はなく、「会社の先輩たちが今までに信頼関係を築いてくれていたから」と照れくさそうにしていた。

 稲葉の紹介だけあっていい人がいる、と宗一郎は思った。三崎のような社員になる、という目標も立てた。

 しかし、各先々で回る社長や責任者との交流には骨を折った。極度の緊張で笑顔はなく、続くことのない会話。相手も居心地の悪さを感じて宗一郎から離れていくか、三崎に話しかけて気まずい雰囲気を払拭した。無能で話もまともにできないというレッテルを貼られたような気がして、アルバイト経験で下手に出来上がったプライドは腫れて痛みを感じた。余裕も何もない毎日に神経を擦り減らしたが、稲葉の顔に泥を塗ることだけはしたくなかったから、重くなった足取りを引きずりながら仕事に向き合った。

 しかし、次第に自分の会社での存在意義を考えるようになった。片足でしか立つことができない現状に耐えられなくなり、稲葉に連絡を入れた。

「最初からすべてできるわけじゃない。ひとつひとつ覚えていけよ」

 その言葉で気持ちが楽になり、片足でも会社に出向くことにした。

さらに三崎からも、「相手に何かを教わるぐらいの気持ちで相手のことを聞いてみたら。伏屋君だったら、バイクが好きなんでしょ? そのことを話している時は楽しいと思うから。相手に興味を持って何が好きなのかとかさ」

 一人行動が多かった宗一郎には難しいことだった。興味も持つ、と言ってもできない。言葉が続かない。分からない話題にどう切り込んだらいいかも分からなかった。

伝えても難しいと考えた三崎は、既存顧客の打ち合わせに宗一郎を同行させたときに実践して見せた。週末の過ごし方を聞いて相手との共通点を見つける。あれば掘り下げる。なければ教えてもらうという姿勢に変えて聞き役に徹する。時にはオーバーリアクションで相手を称賛した。相手が得意になって話が弾むうちに仕事の話に切り替えていた。それがあまりにも自然で驚愕だった。無知なことでも余裕を持って相手の懐に入り込む。そんな大胆さを見たような気がした。一番感じたことは、心から相手のことを知りたいと思う気持ちが違うという点だ。仕事上だけでなく、仲を深めたいという気持ちが手に取るように分かった。

 そのことを素直に三崎に伝えた。

「じゃあ、もう遠慮なく助言していくよ」

 教育係でもどこか遠慮があった三崎は、喉のつかえが取れたかのように晴れやかな表情だった。パワハラを懸念しなければならないこのご時世で、口に出せずにいたこともあった。

 信頼する稲葉、尊敬できる三崎からの助言をもとに、宗一郎は一から仕事を学ぶ姿勢と、雑談時には好きなバイクの話題を中心に盛り上げるようになり、「以前より話しやすくなった。成長したね」と、顧客から褒めの言葉をもらった。一つの小さな成功は仕事への動機に繋がった。

 宗一郎は任された顧客へこまめに連絡を入れて、雑談する中で会社の状況を聞き出して信頼関係を築くことに注力した。そこから新規顧客を紹介してもらいながら人脈を作り、定期的に仕事の依頼が増えていった。

 それが評価されて、「総合営業部のリーダーも視野に入れて頑張ってほしい」と、社長から声をかけられた。

 三崎に報告すると、居酒屋に誘われてお酒を共にした。飲みに出かけたのはこの時が初めてだった。自分の話で終始することはなく、適度に宗一郎にも話題を振った。その中で「独立」という言葉を聞かされた。その時はもう五年のキャリアを数えていて、全て自分の責任で頑張りたいという夢だった。楽しいはずの三崎との飲み会は、突如現れた荒波に台無しにされてしまった。

 精神的支柱であった三崎がいずれいなくなる。そんな職場を想像することができなかった。

「そんな顔するなよ。すぐに辞めるわけじゃないし、もし何か聞きたいことがあったら、いつでも聞いてくれ」

 諭すように宗一郎の肩を叩いた。

「会社に残る可能性はない感じですか?」

 一ミリでも可能性があるなら縋りたい気持ちだった。

 三崎は静かに頭を横に振った。

「もう慣れてきたでしょ? それは次に進むってことなんだよ」

 そう言われたとしても自信を纏った表情で返事はできなかった。実績を積み上げてきているが、まだまだ経験不足は否めなかった。特に新規顧客の開拓は実績不足だ。これまで得てきた新規顧客は既存顧客からの紹介だった。そのことに触れると、

「新規は紹介で良いと思う。取れるかどうかも分からない飛び込みの営業なんて時間がもったいない。それなら今いる顧客を大事にして、信頼してもらった上で仕事を紹介してもらえばいいと思うけど」

 そう三崎にかぶせられて、ひとまずその場では納得せざる得なかった。しかし寂しさの水かさが増すだけだった。それでも建設業に携わる者として、夢や理想を語る三崎を応援したい気持ちもあった。この場で物分かりの悪い子供のようにごねても仕方ない。

 複雑な心境を抱えながら稲葉に相談すると、

「その人の人生だからな」

 暗に止められる術は残っていない、と強調するような物言いだった。改めて三崎が大きな存在だったことを思い知らされた。

「宗一郎が成長するチャンスなんじゃないか」

 稲葉はさらにそう続けて宗一郎の気分の落ち込みを持ち上げようとした。

 三崎の思いが現実になる時は、決して遠くはなかった。その気持ちを突如打ち明けられてからわずか数か月後のことだった。だから宗一郎を飲みに誘い、話を切り出したのかもしれない。だから社長も『総合営業部のリーダー』という肩書を敢えて出したのだ。

 最終勤務日。三崎はよそよそしかった。逃げるように他の従業員と言葉を交わす姿に、宗一郎はショックを受けた。呼吸をするように言葉を交わせば引き止められてしまう、そう思っていたのだろう。三崎は短く「これから頑張れよ」と声をかけて会社を去って行った。

 宗一郎は筋書き通り、総合営業部のリーダーとなった。同時に他の社員も転職で会社を去っていき、今まで以上に負担が増えていった。相変わらず新規顧客の獲得はうまくいかず、達成されることのない目標数値に焦りばかりが目についた。すでに他の建設会社と取引があり、他社が割り込むことは容易ではなかった。仕事が取れないから経験が積めない。経験がないからリーダーになっても後輩にアドバイスができない。焦燥感と肩書が身体を動かそうとしても、無力感でその場に佇むだけだった。

 会社の中心を担ってから一年。

 こなしてもこなしても減らない仕事量に圧倒されて、意識していた既存顧客への定期的な外回りや電話も手が回らなくなった。

 さらに稲葉の知り合いであった社長が、新規ビジネスを立ち上げのため会社を去った。

 新社長として就任した増本との出会いが宗一郎を地獄へと突き落とすことになった。増本は宗一郎と面談を持ち、経営の生命線である既存顧客の仕事が取れていないことや、新規顧客開拓の業績が伸びていないことの説明を求めた。

「俺は新規顧客のエキスパートって呼ばれてた」

「伸びないのは、お前の考えが浅いから。今まで何やってきたんだ」

「どうせ少しできたぐらいで、浮かれて遊んでたんだろ」

 そう酷評して、増本は過去の仕事の実績を延々と語った。既存顧客との交流を意識し、工事に着手する現場の作業員のことも考えて仕事を取る、と豪語した。それは三崎からもアドバイスを受けていたから、分かっている。時間が浪費されていく。学生の時に感じた暇を持て余して時間を逃がす感覚に近い。防波堤が立ちはだかるように話が入ってこなかった。

「お前のために話してやってるのに、時間が気になるか」

 増本は癇癪を起した。さらに仕事ぶりを酷評した。

 経験不足が否めず、自信がなかった宗一郎は反論することができず黙るしかなかった。

 昼食時は、増本の遠い過去に経験したモテ自慢が始まった。息抜きの時間であった休憩時間が奪われていく。宗一郎の相槌は適当になっても気付かずに息を吸うように話し続けた。

 ある日、既存顧客として取引があったカフェの経営者から依頼が舞い込んできた。三年前に第一店舗目の改装を担当し、小学校の給食室を改装してオープンさせた店舗で給食室の名残を残しつつ経営している人気店だ。当時の担当であった三崎が細かい要求にも応えて、期待通りに仕上がったことが評価されての再依頼だった。二つ目になる新店舗の立ち上げだ。

 しかし、今回は人手不足で完成時期に間に合わない。宗一郎は出店時期をずらすことはできないかどうか譲歩案を求めたが、売り上げが見込める夏の時期を逃したくないとの要望で、折り合いがつかなかった。やむなく依頼を断ったことを増本に報告すると、

「お前バカか。死ぬ気で間に合わせろ」

 地響きがするほど他の従業員の前で叱責を受けた。誰が見ても納期に間に合わせることができない。

「それを間に合わせろ。新規が取れないんなら、既存顧客ぐらい満足させられるようにしろ」

 何も言えなくなった。実績の部分を燻ぶられると、身体も目も声も全てが凍らされたかのように何もできなくなる。

 増本は宗一郎にカフェ経営者に再度連絡を入れるように指示した。

「他の業者にお願いしたから、今回はもう結構です。また機会があれば次回お願いします」

 そう回答があった。

 それを知った増本は、

「大損だよ。できない奴を部下に持つと俺までできないと思われる。これでまともな給料をもらうのか。ボーナスももらうのか。結果が出なくても金が入るんだな」

 一生忘れることのできない台詞だった。要するに、給料泥棒と言いたいのだ。手を触れると、生涯取り除くことができない瘡蓋が触れるようだった。稲葉や三崎は決して口にしない言葉だった。

 現場のことを配慮した結果だったが、仕事を一つ取り逃がしたことも事実だった。自分のしたことはそんなに悪かったかと、自問自答した。でも答えは見出せなかった。

 後ろめたさを背負って業務を続け、既存顧客から仕事を取ってきたとしても、過去の失敗を引き合いに出された。

「過去の失敗の負債が残ってるだろ。いい気になるなよ」

 増本がそう言った時、目の前で盾線を描きながら言った。まるで仕事ができる人間と、そうでない人間。その境界線を引くようだった。

 増本を黙らせるには実績を残すしかない。逃した魚を必死で追いかけるように仕事に精を出した。帰りも遅くなり、寝るためだけに帰るような日々だった。

 しばらくして、宗一郎が教育係を務めていた後輩社員がクレームの電話を受けていた。自宅の寝室の天井部分が老朽化しているから改装して欲しい、という個人の顧客だった。工事全体の五割程度が終わっていたところでのクレームで、よく事情を聞いていくと、後輩社員が聞き取った内容が現場に伝わっていなかったことと、聞き取りが甘くて勝手に判断して工事を進めてしまったことが原因だった。会社側に過失があったため、半分ではあるものの再工事の費用は会社側が負担しなければならなくなった。それに追い打ちをかけるように時間も労力もかかり、現場から不満の声が相次いだ。

「この経験を次に活かしていけばいいから」

 そう後輩社員に助言を送った。

 数多くの失敗をした時、三崎が宗一郎にかけてくれた言葉だった。それで救われたことを、この状況でも思い出すことができた。

 増本に呼び出された宗一郎は、夜遅くまで叱責を受けた。

「ちゃんと指導してたのか」

「給与なしでいいよな、できないんだし」

「指導できないならリーダー降りろ」

 降格案まで口に出してきた時は、血の気が引くような思いがした。

 もしも降りれるならそうしたい。まだまだ上に立って誰かを指導するだけの器はないと心の中で反芻した。

「俺は分かってたけどな。聞き取りが甘いなって」

 宗一郎は増本を直視した。

「なんで教えてくれなかったんですか?」

「それはお前の仕事だろ。とうとう人のせいにするようになったか」

 どことなく湧き上がってくる一説。

 こいつ、気が付いてなかった。

 後付けでそう言っているだけなんだと感じたが、それ以上の言葉は遮断された。後輩社員に任せっきりにしてしまったことと、クレーム処理の手助けもできなかったからだ。

 その後、過度なストレスが体調不良となって宗一郎の体を蝕み、二週間ほど仕事を休むことになった。長い期間休んでしまうと仕事へ向かう気持ちは削がれ、増本の長ったらしい説教とサビつきがひどい自慢話を聞かなくていい。汚れ一つないそよ風を感じて、自然に囲まれた大地で過ごすような開放感に包まれた。しかし、他の従業員に負担をかけさせてしまっていたから、やむなく大地を後にすると、不在だった期間に溜まっていた仕事が目の前で威嚇してきた。増本は少しも手を差し伸べることなく、女性社員に声をかけて相変わらず自慢話をしていたらしい。そして病み上がりの宗一郎にこう吐き捨てた。

「休んでいた分、死ぬ気で働け。まぁ、俺は体調悪くても出勤してたけど」

 宗一郎はまた身を奮い立たせて働いた。

 繰り返される叱責を目の当たりにした社員たちは、増本と関わることを避けていった。総合営業部のリーダーは宗一郎だ。私たちの仕事ではない、と暗に言っているようだった。

 そんな中、手を差し伸べてくれる人もいた。当時は新人だった牧田紗江という社員だった。宗一郎の仕事のサポートに回り、食べ損ねたランチを買いに行ってくれた。宗一郎の車で共に昼食を取ることもあった。増本に聞かれたくない話もあり、周囲を気にしなくてよかったからだ。

 紗江は岩手県出身で、知らない土地の話は宗一郎の興味をそそった。ひっつみ汁という郷土料理があり、おばあちゃんと同居していた頃に、よく一緒に作っていたそうだ。

「今度作ってもってきます」

 紗江は労をねぎらうように笑顔で話してくれた。

 しかし、そんな微笑ましい話も束の間、宗一郎と紗江の仲がだんだん社員の中で噂になり、増本の耳にも入ってきていた。女性としてではなく、仲の良い後輩社員だった紗江との関係を詰問口調で追及された。

「付き合ってるの?」

「そういう関係ではありません。ただ仲良くしているだけです」

 仲良くしているだけのことを責められる筋合いはない、続けてそう言いかけた。

「恋愛する場所じゃないだよ、ここは」

「ただ仲良くしているだけです」

「そういうのは一人前になってからだ。女にうつつぬかしてる暇あるのか」

 何を言っても話が通じない。ただ数少ない女性社員の紗江との仲を深めたかった増本は嫉妬心に左右されているだけだ。

 休んでいたせいもあって時間がない。とにかく時間がない。こなす業務はたくさんある。増本と油を売っている暇はなかった。そして繰り返される遠い昔のモテ自慢だった。言うことは決まってる。まるで練習してきた台詞を繰り返すように。耳障り。どうでもいい。増本が誰に好かれていてもいなくても。そもそも、それが本当なのかも大いに疑問だった。

「もうそのお話は結構です」

 ポロっと出てしまった本音だった。これが増本のプライドを刺激してしまった。

 その翌日、宗一郎が出社すると朝から会議が開かれていた。

 会議の予定なんて聞かされていなかった。クレームでも出たのかと思ってその様子を見つめていると、増本と目が合った。がっちりと合った。凍り付いたかのように視線はブレなかった。寒気さえも覚えそうな沈黙に、会議に参加していた他の従業員もドア越しに宗一郎を見た。無言で会釈もすることなくすぐに逸らされた。

 会議終了と同時に出てきた紗江に話しかけようとした時、深く視線を落として「すいません」と捨て台詞を残すようにスタスタと行ってしまった。他の従業員も避けるように仕事に散らばっていった。

 知らされていない会議の予定。増本を見ると視線はパソコンに集中していた。あれほど真面目な表情で見つめている姿は初めてだった。

 おそらく、宗一郎に業務上の連絡も協力もするな、と伝えられたのだ。それなら紗江や他の従業員の行動の意味が理解できる。みんなは命令に従っただけだ。ますます意地の悪い人間だと思った。稲葉や三崎との間にまたがる差が顕著で目に余る。

 増本はやけに他の従業員と会話をする。意図は明確だった。宗一郎が蚊帳の外にいる、仲間外れにされているということを強調するためだ。宗一郎は不愉快でその場をあとにした。

 紗江は宗一郎を目で追っていく。ふと横を向くと増本がそばにいた。やけに優しい口調で話しかけられた。距離も近くて紗江にだけ声色を変えている。狙っている女なのか。それとも女っ気がなくて話したいだけか。そんな増本に身震いがして、しばらくして出社しなくなってしまった。

 体調不良かと思い、宗一郎は個別で連絡を取ったが返信はこなかった。予想はできた。理由は明確に分かっていたから。増本だ。しかし数日後に、

「手帳を置いてきてしまったから、会社のポストに入れておいてほしい。すいません」

 言われた通り宗一郎は実行した。

 どんどん人が消えていく。いずれは増本と宗一郎になるのではないかという目も当てられない状況が脳裏をよぎった。こんな会社なら辞めたい。そう思ったが稲葉たちのこともある。宗一郎にとって簡単にできることではなかった。

 ある土曜日の夜。コンビニの駐車場。車中で夕食をとっていた。

 一人の女性が宗一郎の前を横切って行った。夜の仕事をしているのか、街に繰り出していった。ショートパンツから伸びるふともも。見せつけるかのように晒された体に下半身が刺激された。宗一郎のアパートの方向と同じだったことをいいことに、車を徐行させながらその女性の後を追った。アパートに入って行くところまでを確認してしまった。部屋の電気がつく。それを見つめる視線。追跡するまでに感じた体の震え。やまない貧乏ゆすりにも似た小刻みな動き。下半身を確認すると性器が湿っていた。果てしなく糸を引いてちぎれない体液。

 何だろうか。この小さな期待を追いかけている時の鼓動の弾み。好奇心旺盛な少年に戻るように見知らぬ世界が広がっている。もっともっと知りたい。その先に何があるのか。

 少しずつ下がっていくストレスの水かさ。どこか快感を覚えてしまった。

 次の土曜日の夜。運は宗一郎に味方してくれたのか、お目当ての女性はコンビニの前を通過した。チャンスを与えてくれる神様に背中を押されているような錯覚さえ感じた。それをみすみす逃すなんて神様に抗う行為だ。

 その日はジーンズ姿で先端から見える下着。宗一郎は理性を失いかけた。車を降りて女性の後を追い始めると、女性は電話をして甘えた声で誰かに問いかける。好きな男にしか見せない表情と声。微かだが通話相手の声が聞こえてきた。電話を片手にアパートへと消えていった。十中八九、彼氏だろう。あの美貌で周囲の性欲にまみれた男たちが放っておくわけがない。ふつふつと感じ始める見知らぬ彼氏への嫉妬心。周囲にちやほやされて何不自由のない生活。充実する日々を見せつけられているようだった。

 増本に押さえつけられ、粉々にされたプライドがさらに叩きつけられて砂埃のように舞った。女性に恨みなどない。しかし体の震えは止まらない。

 次の土曜日が待ちきれない。女性を見かけることが生きがいに変わっていく。そんな小石のような期待に目を輝かせた。

 続く増本の容赦ない嫌がらせ。宗一郎の欠点をあら探すための会議。中身はまた始まった過去の功績自慢とモテ自慢。紗江に相手にされなかったことを気にしているのか、風当たりが強くなった。ついに堪忍袋の緒が切れた。

「それ、嘘ですよね?」

 その台詞が小さな個室で響いた。

「なんだと?」

「何じゃ! 文句あんのか」

 宗一郎は怒鳴り声をあげて立ち上がった。

「お前みたいな指導もできない責任も取れないお礼も言えない謝れない給料泥棒は要らねぇんだよ!」

 不愉快な体臭に耐えながら詰め寄った。後退りするが壁面に身を任せるしかなかった。それをいいことに釘で木材を固定するように瞬きせずに睨んだ。増本は数秒で逸らしてしまった。

「口くせぇんだよ。顔もイマイチ。自慢話ばっか。しかも嘘の自慢話。それなら女に相手にされないのは普通だろうが。モテないからって八つ当たりすんな! 俺の言ってること間違ってるか?」

 図星なのか、増本は黙ったままだった。

だんだん宗一郎は優越感に浸った。この男の正体はゴミだ。自分より弱い者を探して、自慢話を無条件に聞いてくれるゴミ以下の者を探してマウントを取り続けているだけだ。

「ゴミ以下か……」

 そう呟いた。格下に見られていたことに対して、怒涛の勢いで血液が上げ潮のように暴れまわった。

 そこへ他の従業員が恐る恐る宗一郎と増本の間に入ってきた。か細い声で、「伏屋さん、お電話が入っています」

 宗一郎は、突き刺した視線を抜くのに時間を要した。

「伏屋さん……」

「かけ直すって言っとけ」

 今までにない乱暴な言い方だった。

「はい」と返事をして、すぐその場を後にした。

 

 自宅に戻った宗一郎は多大なストレスが緩和され、女性を襲うアダルト動画を視聴して妄想を膨らませた。増本を一発で一喝した時の出来事を思い出す。

 ゴミ以下だ。ゴミ以下の人間がこの世にいた。今までのごみ以下扱いを回想していく。怒りが再び最高潮に達して、デスクに置いてある全てを排除しようと手で払った。グラスは形を崩して床に野垂れ死ぬように静かになった。

 動画の音量を上げた。もうこれ以上は上がらない。それでも執拗に上げ続けた。

 そして次の土曜日。いつものようにコンビニの駐車場にいた。宗一郎は私服に着替えて今か今かと女性が目の前に現れることを心待ちにした。

 ゴミの増本を制圧することができた。しかしゴミ以下の伏屋宗一郎をなんとかしなければならない。あのゴミよりも上に行かなければならない。世界のトップに立ったかのような妄想に取り憑かれていた。

 女性が現れるだいたいの時間が迫ってくる。前回確認した時間は十一時前だった。時間が削られていくたびに、地震が立て続けに起こったかのように地響きがした。性器を確認すると、異常な湿り気を帯びていた。

 そしてついにこの時が来てしまった。女性はいつものようにコンビニの前を通過した。居ても立っても居られない宗一郎はコンビニの前から姿は見えなくなったことを確認して車を降りた。そして小走りで女性の後を追う。今日の女性は薄紫色のミニワンピースを着ていた。彼氏と会っていたのだろうか。残していく甘い香り。

 宗一郎はブルブルと足を震わせながら女性を凝視する。あの美貌で警戒心がないのか、不審者の存在には気づいている様子はなかった。

 埃が舞う音でさえ聞こえてきそうな静けさ。暗がりの道路は宗一郎に手を差し伸べる。女性のアパートが見えてきた。

 中に入られる前に襲いかかるんだ。

 呼吸をすることさえも忘れそうな緊張感。

 ゴミ以下の自分を抜け出して、増本を蹴落として上に行くんだ。

 そう宗一郎の背中を押す声が聞こえたような気がした。

 やれ。やるんだ。

 そんなささやきが耳元で響いている。

 女性はスマホを片手に指先を動かして文章を打つ。送信相手は彼氏だろう。もうすぐ自宅に着くことを報告しているのだろうか。宗一郎の嫉妬心が点火した。瞬く間に大きな炎をあげて目の前を照らす。照らされた道を飛び越えて女性に向かって突進し始めた。

 もう誰にも止められない。

 背後から女性の首を絞めた。そのまま人気のない場所に連れ込んだ。宗一郎は近くにあった先の鋭い枝で女性を脅迫して自分の意思で動けないようにした。口元を抑えて声を打ち砕いた。シャンプーの香りとハンドクリームの匂いが絡む中、我を忘れて性的暴行を加えた。

 その後、防犯警戒でパトロールをしていた警察車両が、道端に放置された電子機器を見つけた。何度も光を放っては消えて、放っては消える。助手席に座っていた警察官が腰回りに身につけた携行品を揺らしながら近づいて行った。

 スマホだった。スマホケースに蜘蛛の巣のようなヒビが入っていたが、操作することができた。何度も誰かから着信があった。不審に思った警察官はライトを照らして付近を捜索していくと、女性がすすり泣きながら寒さに凍えるように体を震わせて丸まっていた。

「大丈夫ですか? 警察です」

 警察手帳を出して語りかけたが、呼吸困難になったかのように吸って吐いてを繰り返して体を震わすだけだった。髪の毛や服装が乱れている点や顔の頬に擦り傷がいくつも確認できる。腕には砂や小石がくっついていた。何らかの事件に巻き込まれたことは言うまでもなかった。

「このスマホ、お姉さんのですか?」

「女性警察官の応援を呼ぼうか」

 運転席にいた警察官も車から降りてきてそう声をかけた。

 警察車両に戻ると、他の警察車両から応援要請の連絡が入った。周辺で不審人物を職務質問中だという。犯行現場から逃げてきた宗一郎だった。その場で「女性に乱暴した」と犯行を自供したため、身柄を確保された。被害女性の証言から容疑が固まり逮捕された。余罪もあると見て捜査が続いたが、初犯であるという見方が強まった。

 その後、弁護士をつけたが示談が成立せず起訴され、懲役五年六ヶ月の実刑判決が下った。

 弁護側は、犯行後は逃げ回っていたのではなく、自分の行いに気が動転していたこと、さらに職場での多大なストレスで自分をコントロールできる状態ではなかったこと、初犯であり公判中に反省の弁を述べている点を考慮して懲役五年を求刑した。

しかし示談が成立しておらず、そこまでストレスののりかかる会社であるのならば、休職や離職をするという選択肢もあり、アルバイトしていた時の上司や、先輩社員に相談することもできたにも関わらず、自身の決断で会社をいたことを考えても減刑理由にはならない。

 初犯ではあるが、被害女性の帰り道付近で何度も待機し、今か今かと犯行の機会を伺っていた点から計画性が見られ、上司との人間関係で蓄積したストレスのはけ口として、何の罪もない女性に性的暴行を加えたことは身勝手極まりなく、事件のことを生涯にわたって背負い続けていくことは、私たちでは計り知れない心理的負担であり、情状酌量の余地はないとして弁護側の求刑を退けた。

 宗一郎が控訴の意思を示さなかったため、刑が確定した。

 その後、弁護士を通して被害者に謝罪の手紙を送っているが、被害者側が受け取りを拒否しているため、やり取りができない状態になっている。

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