赤目の彼女と一緒に

だるいアザラシ

第一話 任されました

第1話

 正装というものは、とても面倒くさい。


 先週タニアから渡された本日式典用の正装を箱から出して、たくさん身に着けないといけない物を見て、朝なのに気が重くなった。


 立襟の上着、襟に金色の縁取りがあって、エギュイエットも付いている。

 乗馬ズボン、こちらも無駄な金色の線が入っている。

 礼服用の帽子、いかに私に似合わない。

 マント、これは一番理解できない、何の意味もない役にも立たない物。マントを羽織れば正式にみえるのだろうか。

 唯一気に入ったのは機能重視の長靴、他の物と比べれば大分有意義な品物になっていると思う。


 何せ、私は儀仗隊所属ではない。

 式典に出席する理由は姫様の護衛、本来は動きやすさと正式感を兼ね備えた近衛隊の常装を着るべきだったが、姫様が見たいという理由でタニアが儀仗隊に私のための正装を特注したらしい。襟に刺繡された紋章は国のではなく、姫様を象徴するかりんの花がその証だ。

 改めてみると、私が知っている儀仗隊の正装と違うところは結構あった。

 多分あの二人の趣味だろうと思い、私は詮索することを諦めてシャツから着るようにした。


 今日はこのベシュヴェーレン王国が5年に一度開催する「祈神祭」、王家が民の前で女神様に祝福を願い、祈りを捧げる伝統的な式典。

 今年農産物の収穫もとてもよかったため、収穫祭も一緒に開催することになった。

 さらに、昨日隣のバルト国から王子様も式典に合わせて訪問しに来たので、今回は前回のより大分盛大になると聞いた。


 式典は女神像前の祭壇で開催する。

 こういう近距離で王家の人を目の当たりにする機会滅多にないから、当然大量な人が集る。それに王家だけではなく、来賓のことも含めて護衛面は盤石な布陣をしないといけない。

 近衛隊ミゲン隊長はこの件で相当悩まされている。昨日近衛隊の最終確認会議で、ミゲン隊長の顔が老けたように見えた。


 正装を順番に着ながら、私は脳内で式典の流れと護衛の立ち位置をもう一回復習する。

 最後に帽子をかぶろうとした時、トントンのノック音がした。


「ジュン、入っていいか?」

 タニアの声がドアを越して部屋に入った。着替えが終わったら姫様の部屋に行って合流する予定なので、タニアは多分私の準備状況を確認しに来た。

「はい、大丈夫です」

 タニアに問題ないと答え、私は帽子を手に取って、鏡の前で位置を確認しながら頭にかぶる。


「おぉ、想像を超えるほど似合っている」

 部屋に入ったタニアが私の正装姿を見て、目を光らせた。


「この後クリス様の悔しい顔が目に見えるわ」

「やはりお二人の仕業ですか?この服は」

 タニアの言葉を聞いて、さっき自分が思ったことが正しいとわかった。

「二人ではない、クリス様だけ。正装を着るジュンを一番でみたいと前からずっと言ってたよ」

「そうですか」


 時々姫様が何を思っているかがわからない。自由で破天荒、時に危険な発想や行動に付いていくのが精一杯。

 この正装も、私に着せて何が楽しいのか、いまいち理解できない。


 彼女がやりたいと言い出したら、陛下でも王妃様でも、アルフリート様でも止められない。正確に言うと、止めようとせず自由にさせている。

 わがままに聞こえるが、姫様はきちんと目的を持って行動する人間で、やりたいことも基本的に他人に迷惑を掛けていない。

 でも、なんだかんだ言って、姫様が喜ぶなら、私は何でもする。


「うん、かっこいい。クリス様やはりセンスはいいね。」

 忘れてた、ここにいるタニアも姫様にとても甘い人だ。

 タニアは姫様の専属メイドだが、実際は姫様と私と一緒に育った、お姉さんのような人。


「儀仗隊は女性隊員を増やしたいと聞いているの。ジュンを推薦してみるか?」

「私が入るわけがないことくらいはわかっていると思います」


 冗談だとわかっていても、思考より先に口走ってタニアを否定した。失言ではないが、部屋になんとも言えない変な空気になっている。

 タニアが反応に困った顔を私に向ける。


「もう準備はできましたので、姫様の部屋に移動しましょうか」

 気まずいこの場をしのげるように、私は剣を腰につけて、タニアに移動を促す。

「そうだね。行きましょう」


***


「クリスティーナ様、ジュンが来ました」

 タニアが姫様部屋のドアをノックして、私たちの到着を伝えた。


 まだ着替え途中かもしれないから、姫様の許可が下りるまで部屋の外で待たないといけない。

 ドア越しでも聞こえる、姫様の部屋の中にはいつもより騒ぐ人々の声と物音。


 普段はタニアが姫様の身の回りを世話しているが、式典という公の場に立つため入念に準備しないと、王妃様から数人のメイドが派遣された。

 髪をセットする人、化粧をする人、ドレスを着せる人などなど、このせいでタニアは今回式典姫様の準備作業に全く携わってないことになった。

 悔しいだろうから、来る途中タニアから散々愚痴聞かされた。


「入っていいよ。今丁度終わったところ」

「失礼します」


「ジュンさん素敵」

 部屋に入った途端、ドアの前に立つ知らないメイドさんの思わぬ言葉が耳に入った。気にすることもなく、私は真っすぐに姫様のところに向かう。


 姫様が椅子から立ち上がり、私の方に振り向いてくれた。いつもと違う雰囲気を纏っているが、彼女の美しさに変わりがない。

 動きやすくするためいつもポニーテールに束ねている姫様の髪、今日は下ろしている。

 姫らしくないとたまに王妃様に怒らる姫様の衣装、今日は淡い緑のドレスに変わっている。

 面倒くさいという理由で殆ど付けてない姫様のネックレス、今日は首元から見える。


「ジュン…私は、どう?」

 姫様は私の視線を気づき、頬がすこし赤く染めて、照れながら私に問いかける。

「はい、とても…美しいです」

「ありがとう。ジュンもとても似合っているよ。でも…」


 私が姫様を見たように、姫様もまた私を頭から足まで観察していた。そして、ちょっとすねったような口ぶりでタニアに話す。

「私よりタニアが先にジュンのこの姿を見たのはとても悔しい。この部屋で着替えて貰いたかった」


「お二人ともとても素敵です。私の眼福です。」

「ありがとうございます」

「もうーーータニア!」


「はい、見つめ合う時間はここまで、早くホールに移動しないと王妃様に怒られます」

 タニアが呆れたような表情で部屋の時計を確認したら、冗談半分真剣半分な口調で姫様と私に移動の催促をし始めた。


「怒る母上は鬼。早く行こう」

 王妃様の怒る姿を思い出したか、姫様は急いで部屋から出ようとしている。

 私はすぐ彼女の後ろに立ち、ついて行こうとしたところ、タニアに呼び止められた。


「ジュン、クリス様のこと任せた」

「はい、任されました」

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