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まぼろし坂は、北品川 六丁目にある。
五反田駅と品川駅の中間にあたり、御殿山という地名からも、かつてそこが山だったことがわかる。
その上り勾配は都内最高の二十九パーセントであるから、十メートルを歩けば約三メートルのぼったことになる。しかし、雨にかすむ大崎の灯りを背中に、その坂をようやっとのぼりきった彼女には、ひと息をつくまもなかった。
マンションの前に男の影がある。
それは傘もささず、この風雨のなか、濡れるがままこちらを見ている。
しかし近づかざるを得ない。裏口から……とも考えたが、あちらのほうが暗く、狭く逃げ場がない。彼女は傘の中で目を伏せた。そして念のため、首からさげているペンダントスイッチをなかで引き出して、柄を持つ両手のなかで胸の前にしっかりと握りこんだ。
そうして無事に、歩みを早め、目を合わせぬよう傘に隠れ。彼女はその横を通りすぎたが、
「由里子先輩…… ですよね」
それは、背後から、彼女の名を呼んだ。
ふりかえると、申し訳なさそうに会釈したそれは、会社の部下の
この雨の中、いつから立っていたのだろう。彼は濡れた笑顔を震わせて、それでも嬉しそうに歯を見せた。
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